菩提樹の猫

無一物

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12章 伯爵令息の夏休暇

番外編 編物男子の密かなる趣味1

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 住み込みの職人たちもそれぞれの部屋に行って寝静まったっ頃、ゲルトは私室で酒を片手に趣味の製作にとりかかっていた。
 そこは狭いが、ゲルトにとっては秘密基地のようなもので、レンガの壁を覆い隠すように設置された木の棚には、色とりどりに染められた毛糸や、レース用の絹糸や木綿糸がぎっしりと詰め込まれている。

 珍しく蒸し暑い夜だったので窓を開けていたら、アップルグリーンの窓枠から侵入者がやって来た。
 
「——ま~た作ってんのかよ……」
 
「だってせっかく渡そうと思ってたのに、一枚レネに譲ったじゃない? 材料がまだあるから同じのを作っておこうと思って。レネも似合ってたけど、あの子はもっと淡い色がいいわ。あれはルカちゃんのために作ってたんだから」

 虹鱒亭にレネを運び込んだのはいいが、山賊たちに襲われて服がボロボロになっていたので、背格好の変わらないルカが服を貸した。
 ジェゼロ滞在中はルカはたいてい虹鱒亭を定宿にしているため、いつも着替えを置いている。
 だが流石に下着はどうかということになり、偶々ルカに渡そうと持ってきていた新作をレネに穿かせたのだ。
 身に覚えのない際どい下着を穿かされてさぞかし吃驚しただろう。

 かぎ針を使い絹糸で編み上げたレースのモチーフを、要所要所に散りばめた臙脂色の紐パンはゲルトにとって会心の出来栄えだった。
 だが、あれはルカをイメージして作っていたので、少々レネにはどぎつかった。
 
 ゲルトにとって、下着ショーツとは自分を覆う最後の砦だ。
 特にいま編んでいるような勝負パンツは、穿く側に寄り添うものでないといけない。
 身に着けているだけで、いつもとは違う自分になれることも重要だが、ハラリと最後の布を取った時に違和感があってはいけない。
 
 最初、妻のために心を込めて作ったら『こんなの穿けるかっ!!』と言われ投げ返されたので、ゲルトは非常に困った。
 だからと言って妻がありながら、他の異性に手作りの下着(それも際どいデザイン)を贈るわけにもいかない。新たなデザインが頭の中に浮かんでくる度に吐き出すことができずにモヤモヤとしていた。

 一度自分で作ったレースの下着を風呂場の脱衣所でこっそり穿いてみたのだが、自分の美意識が「それは違う」と訴えかけてきた。
 そこにたまたま洗濯物を取りに来た妻に見つかり「ふっ」と鼻で笑われて以来、しばらく勃起不全に陥った。

 男というものは、繊細な生き物なのだ。


 そんなある日、ゲルトはたまに工房に顔を出す吟遊詩人にふと目が行った。
 年齢も性別も若干不詳気味のこの男こそ、もしかして自分の下着を穿くのに相応しい人物ではないか……?

 ルカはある出来事がきっかで、条件に合う男だったら誰とでも夜を共にするようになった。
 そんな時、ゲルトの作った下着を身に着けたら、きっと盛り上がり楽しい夜が過ごせるのではないか?
 
 ゲルトはさっそくルカを趣味の部屋に呼び出しお願いをしてみた。
 
「ねえルカちゃん、ちょっとこれ穿いてみて?」
 
「は?」
 
 ぴらんと、明らかに男物にしては布地の少ない下着を手渡され、さすがのルカも固まった。

「ねえ、絶対似合うから、ちょっと人助けだと思って穿いてみてよ、上の格好はそのままでいいわ。帽子もね」

 謎の気迫に押されたのか、吟遊詩人は黒のハットと上着はそのままに、渋々とその下着を穿いた。
 人前で下着を脱いで着替えるとは異様な光景だが、ルカはそんな羞恥心などとうの昔に捨ててしまった男だ。

「穿いたぞ。これ絶対勃ったらはみ出るよな……」
 
 ルカは繊細そうな外見に似合わず、こんな身も蓋もない言い方をする。
 
「そこがいいのよ」
 
(まったく……吟遊詩人なのに情緒がないんだから……)

 男二人で異様な会話を交わしている自覚があったが(いや行っていることも異様だが)、ゲルトはやっと自分の中で湧き起こってきたイメージが具現化する時が来たのだ。そんなことどうでもよかった。
 
 ゲルトは改めて、ルカの全身を目に焼き付ける。
 つばの広い黒のハット、黒の上着に黒いブーツ。下半身には紫色のレースの下着を身に着けただけだ。
 その姿を見た瞬間に、ゲルトは全身に震えが走るのを感じた。

「ルカちゃん、ちょっとクルリと回って——ああ……想像以上だわ……」
 
 ゲルトは、両手を頬にあてまるで少女のように顔を赤らめると、感嘆のため息を吐いた。

(アタシの求めていたものは正にこれだわ……)

 なにもかもが完璧だった。
 
 ルカは全体的には細身だが、剣と乗馬で鍛え上げられた尻はツンと上を向き肉感的だ。
 筋肉質の男の尻といったら、普通は四角に厳しくなるものだが、天は二物を与えた。顔に似合ったなんとも性別不明な尻をしている。

 別に女っぽいのではない、性別が不明なのだ。
 その尻の割れ目に吸い込まれてゆくレースのモチーフは、想像していた通りの効果を生み出している。

「ほら、ちょっと自分で後ろを見てみなさいよ」
 
 得意顔で、ルカを姿見の前に後ろ向きに立たせる。
 
「なんだ……これ……」
 
 ほぼなにも身に着けていないのと同じ尻を見て、ルカは驚愕する。

「全身黒にその紫色……ハットも相まって伝説の魔女みたいだわ……その格好で誘われたら、その気のある男なんてイチコロよ」
 
 そしてきっと、服を脱いで背中の傷跡を見たら男たちは獣のように燃え上がるだろう。

「おい、それじゃまるで魔女が変態みたいに聞こえるじゃないか……」 
 
 少し呆れた顔をしてルカがぼそりと呟く。
 だがそこには照れも含まれていると、長い付き合いのゲルトにはわかる。

「どう? あなたの狩りのお役に立てそうかしら?」
 
「——まあな……」
 
 鏡を覗く顔を盗み見ると、どうやらまんざらでもなさそうだ。
 それ以来、ゲルトはルカの下着を専属で作るようになった。
 


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