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12章 伯爵令息の夏休暇
36 目が覚めるとそこには……
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◆◆◆◆◆
ツィホニー語の子守唄が聴こえる。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
生まれ変わりを意味する坊やの名前
古い人々は貴方のことを探しているでしょう
でも母さんの願いは唯一つ
優しい人に育っておくれ
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
夜会でルカが唄っていた子守唄だが、少し歌詞が違った。
英雄を意味する坊やの名前
同胞たちは貴方が戦うことを望んでいるでしょう
でも母さんの願いは唯一つ
優しい人に育っておくれ
本来の歌詞はそうだったと思う。
レネはぼんやりとそんなことを考えていたら、真っ暗闇に小さな光の点が現れ、あっという間に視界を埋め尽くす眩しい光となった。
「…………!?」
「目が覚めたか?」
その声は、子守唄を唄っていた張本人のものだった。
レネが目覚めるまで待っていたのか、窓際に座ってルカは本を読んでいたようだ。
(どうしてルカが?)
「——ここは?」
意識が途切れる前は無人島にいたはずだ。
(……そう、デニスさんが……)
「虹鱒亭だ。俺とゲルトもあの島へ一緒に行っていて、たまたまボリスが今朝までここにいたから治療してもらったんだ」
(だから怪我が……)
レネはベッドから半身を起こし、自分の身体を確かめる。
「アンドレイは無事だった?」
それが一番の気がかりだった。
「ああ、お前の治療が終わるまでここにいたんだが、伯爵が心配するだろうから屋敷の方に帰ってもらった」
「よかった……」
あの場でデニスからも答えを聞いていたのだが、意識が朦朧としていて確信が持てないでいたのだ。
「俺は若君を先に舟へ送り届けてから、お前を助けに行こうと思っていた。若君がどうしてもお前を助けに行くって言うんだ。危ないからって止めても、騎士殿がな……若君に『この剣に誓って、お前の命令を実行するっ!』って剣の誓いを立てたんだよ。あそこまでされたら、誰も反対できないだろ? 主従が一体となってお前を助けることを最優先にしてくれたからお前は助かったんだ」
「……うそ……」
デニスが助けに来てくれた裏にそんな経緯があったとは知らなかった。
護衛ごときにそこまで二人が動いてくれていたなんて——
「剣を捧げた主を置いて、騎士が他の誰かを助けに行くなんてよっぽどのことだぞ。それを命令した若君も大した器の持ち主だ」
「——どうしよう……オレ、そこまでさせて護衛として失格だ……」
両手で頭を抱えて髪の毛を掻き毟る。
つかつかとルカが近付いて来たかと思うと、読みかけの本でスパンと頭を叩かれた。
「馬鹿め。お前が護衛としての仕事をまっとうしたから、あの二人がお前のために動いてくれたんだ。今の実力のお前にあれ以上なにができる?」
「…………」
ルカの言うように、今のレネがあれ以上のことを望むのは思い上がりなのかもしれない。
「まだ足りないと思うのなら、今度ベドジフの的になって鍛えてもらうしかないな」
この男はいつも恐ろしいことをシレっと言う。
そして高い確実でそれは実行される。
「せめてゴムの矢尻に……」
「俺は緊迫感がない鍛練が大っきらいだ」
師匠との鍛練はいつも真剣しか使わない。
レネは思わず涙目になる。
「だってなあ? 副団長は鬼のように怖いんだろ?」
(……えっ……バレてる……)
凍てつく瞳で見下され、レネは震え上がる。
漏らした犯人は間違いなくアンドレイだが、本人は悪気などまったくないに違いない。
それに元はといえば、そんな言葉をポロリとこぼしたレネの自業自得だ。
◆◆◆◆◆
アルベルトはヘルミーナを書斎へ呼び出すと、オストロフ島の事件を問い詰めた。
観念したのか、ヘルミーナはぽつりぽつりと罪を告白していく。
明かされる事実に、アルベルトは怒りで目の前が真っ赤に染まった。
「君には失望したよ……」
「旦那様……どうか、お許し下さいっ!」
ヘルミーナは髪を振り乱し、夫に縋るが、アルベルトは冷酷に自分の妻に告げた。
「シュテファン、この女を地下牢へ」
「なんてことをっ!? ちょっとっ、止めなさいっ! 旦那様っ、旦那様っ……お願いです——」
執事のシュテファンがシモンと二人で、懇願するヘルミーナを引きずりながら部屋の外へと連れ出した。
今朝、ダルシー伯爵がアルベルトの別荘を訪ねてきた。
共犯者のベルナルトがすべて、父親のダルシー伯爵へ自分の犯した罪を喋ったのだ。
話し合いの結果、お互い醜聞が表に出ないようことを進めていくことで話はついた。
だがヘルミーナの場合は、まだ若く将来もあるベルナルトと事情が違う。
ベルナルトは偽の山賊と聞いていたようだが、ヘルミーナが父親であるヴルビツキー男爵の力を借りてジェゼロ周辺の山賊を集め、アンドレイに高額の懸賞金を賭けて襲撃させたのだ。
だが予想よりも大人数の山賊たちが集まり大事に発展し、こっそりとベルナルトとパトリクを逃す手筈も狂ってしまったという次第だ。
下手をすれば、リンブルク伯爵家だけではなく、ダルシー伯爵家、ペレリーナ侯爵家の嫡男を亡くすことになるという大惨事になっていた。
(——レネ君を付けておいてよかった……)
デニスの報告によると、何十人もの賊たちが集結する中、足を挫いたアンドレイを隠して、最後は自分が囮になってアンドレイを守ったという。
レネは重傷を負い、偶然ジェゼロに居合わせた癒し手から治療を受けた。
しかし昨晩は意識が戻らず、安静のために治療を行った宿屋に預けているらしい。
それともう一つ。
デニスは助っ人の協力があって今回の救出劇が成功したと言っていた。
でもそれが誰かは、アルベルトにも話すことができないと、きっぱりと言われてしまった。
朝一番で家の者に島を見に行かせたところ、五十人近くの山賊の死体が転がっていたという報告を受けている。
先ほどジェゼロの役人が屋敷を訪ねてきて、問題行動を起こしていた山賊たちを殲滅してくれたとして逆に礼まで言われた。
(——もしかしたら……)
アルベルトの頭を、ある組織の名前が掠める。
「ラデク、アンドレイも痺れを切らしている頃だから、命の恩人を迎えに行かせようか」
「痺れを切らしているのは坊ちゃまだけではありませんよ」
褐色の肌をした騎士は主人を見て思わせぶりに笑った。
「おや……もしかして堅物の君の弟のことを言っているのかい?」
「弟だけでなく、私もそうだと言ったらどうします?」
護衛をする同士としてレネの一連の行動は、この騎士の兄弟の心を揺り動かすものがあるのだろう。
「今度は私がハンカチを取り出して涙を拭く番かもしれないね」
「ご安心を。私は絶対浮気などしませんから」
またラデクはなにか含んだ笑みをアルベルトに向けた。
(ヘルミーナのことにかこつけてるな……)
「——不貞をはたらく妻など持つものではないね」
アルベルトは、絶対自分を裏切ることのない我が騎士を余計に愛おしく思う。
ツィホニー語の子守唄が聴こえる。
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生まれ変わりを意味する坊やの名前
古い人々は貴方のことを探しているでしょう
でも母さんの願いは唯一つ
優しい人に育っておくれ
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
夜会でルカが唄っていた子守唄だが、少し歌詞が違った。
英雄を意味する坊やの名前
同胞たちは貴方が戦うことを望んでいるでしょう
でも母さんの願いは唯一つ
優しい人に育っておくれ
本来の歌詞はそうだったと思う。
レネはぼんやりとそんなことを考えていたら、真っ暗闇に小さな光の点が現れ、あっという間に視界を埋め尽くす眩しい光となった。
「…………!?」
「目が覚めたか?」
その声は、子守唄を唄っていた張本人のものだった。
レネが目覚めるまで待っていたのか、窓際に座ってルカは本を読んでいたようだ。
(どうしてルカが?)
「——ここは?」
意識が途切れる前は無人島にいたはずだ。
(……そう、デニスさんが……)
「虹鱒亭だ。俺とゲルトもあの島へ一緒に行っていて、たまたまボリスが今朝までここにいたから治療してもらったんだ」
(だから怪我が……)
レネはベッドから半身を起こし、自分の身体を確かめる。
「アンドレイは無事だった?」
それが一番の気がかりだった。
「ああ、お前の治療が終わるまでここにいたんだが、伯爵が心配するだろうから屋敷の方に帰ってもらった」
「よかった……」
あの場でデニスからも答えを聞いていたのだが、意識が朦朧としていて確信が持てないでいたのだ。
「俺は若君を先に舟へ送り届けてから、お前を助けに行こうと思っていた。若君がどうしてもお前を助けに行くって言うんだ。危ないからって止めても、騎士殿がな……若君に『この剣に誓って、お前の命令を実行するっ!』って剣の誓いを立てたんだよ。あそこまでされたら、誰も反対できないだろ? 主従が一体となってお前を助けることを最優先にしてくれたからお前は助かったんだ」
「……うそ……」
デニスが助けに来てくれた裏にそんな経緯があったとは知らなかった。
護衛ごときにそこまで二人が動いてくれていたなんて——
「剣を捧げた主を置いて、騎士が他の誰かを助けに行くなんてよっぽどのことだぞ。それを命令した若君も大した器の持ち主だ」
「——どうしよう……オレ、そこまでさせて護衛として失格だ……」
両手で頭を抱えて髪の毛を掻き毟る。
つかつかとルカが近付いて来たかと思うと、読みかけの本でスパンと頭を叩かれた。
「馬鹿め。お前が護衛としての仕事をまっとうしたから、あの二人がお前のために動いてくれたんだ。今の実力のお前にあれ以上なにができる?」
「…………」
ルカの言うように、今のレネがあれ以上のことを望むのは思い上がりなのかもしれない。
「まだ足りないと思うのなら、今度ベドジフの的になって鍛えてもらうしかないな」
この男はいつも恐ろしいことをシレっと言う。
そして高い確実でそれは実行される。
「せめてゴムの矢尻に……」
「俺は緊迫感がない鍛練が大っきらいだ」
師匠との鍛練はいつも真剣しか使わない。
レネは思わず涙目になる。
「だってなあ? 副団長は鬼のように怖いんだろ?」
(……えっ……バレてる……)
凍てつく瞳で見下され、レネは震え上がる。
漏らした犯人は間違いなくアンドレイだが、本人は悪気などまったくないに違いない。
それに元はといえば、そんな言葉をポロリとこぼしたレネの自業自得だ。
◆◆◆◆◆
アルベルトはヘルミーナを書斎へ呼び出すと、オストロフ島の事件を問い詰めた。
観念したのか、ヘルミーナはぽつりぽつりと罪を告白していく。
明かされる事実に、アルベルトは怒りで目の前が真っ赤に染まった。
「君には失望したよ……」
「旦那様……どうか、お許し下さいっ!」
ヘルミーナは髪を振り乱し、夫に縋るが、アルベルトは冷酷に自分の妻に告げた。
「シュテファン、この女を地下牢へ」
「なんてことをっ!? ちょっとっ、止めなさいっ! 旦那様っ、旦那様っ……お願いです——」
執事のシュテファンがシモンと二人で、懇願するヘルミーナを引きずりながら部屋の外へと連れ出した。
今朝、ダルシー伯爵がアルベルトの別荘を訪ねてきた。
共犯者のベルナルトがすべて、父親のダルシー伯爵へ自分の犯した罪を喋ったのだ。
話し合いの結果、お互い醜聞が表に出ないようことを進めていくことで話はついた。
だがヘルミーナの場合は、まだ若く将来もあるベルナルトと事情が違う。
ベルナルトは偽の山賊と聞いていたようだが、ヘルミーナが父親であるヴルビツキー男爵の力を借りてジェゼロ周辺の山賊を集め、アンドレイに高額の懸賞金を賭けて襲撃させたのだ。
だが予想よりも大人数の山賊たちが集まり大事に発展し、こっそりとベルナルトとパトリクを逃す手筈も狂ってしまったという次第だ。
下手をすれば、リンブルク伯爵家だけではなく、ダルシー伯爵家、ペレリーナ侯爵家の嫡男を亡くすことになるという大惨事になっていた。
(——レネ君を付けておいてよかった……)
デニスの報告によると、何十人もの賊たちが集結する中、足を挫いたアンドレイを隠して、最後は自分が囮になってアンドレイを守ったという。
レネは重傷を負い、偶然ジェゼロに居合わせた癒し手から治療を受けた。
しかし昨晩は意識が戻らず、安静のために治療を行った宿屋に預けているらしい。
それともう一つ。
デニスは助っ人の協力があって今回の救出劇が成功したと言っていた。
でもそれが誰かは、アルベルトにも話すことができないと、きっぱりと言われてしまった。
朝一番で家の者に島を見に行かせたところ、五十人近くの山賊の死体が転がっていたという報告を受けている。
先ほどジェゼロの役人が屋敷を訪ねてきて、問題行動を起こしていた山賊たちを殲滅してくれたとして逆に礼まで言われた。
(——もしかしたら……)
アルベルトの頭を、ある組織の名前が掠める。
「ラデク、アンドレイも痺れを切らしている頃だから、命の恩人を迎えに行かせようか」
「痺れを切らしているのは坊ちゃまだけではありませんよ」
褐色の肌をした騎士は主人を見て思わせぶりに笑った。
「おや……もしかして堅物の君の弟のことを言っているのかい?」
「弟だけでなく、私もそうだと言ったらどうします?」
護衛をする同士としてレネの一連の行動は、この騎士の兄弟の心を揺り動かすものがあるのだろう。
「今度は私がハンカチを取り出して涙を拭く番かもしれないね」
「ご安心を。私は絶対浮気などしませんから」
またラデクはなにか含んだ笑みをアルベルトに向けた。
(ヘルミーナのことにかこつけてるな……)
「——不貞をはたらく妻など持つものではないね」
アルベルトは、絶対自分を裏切ることのない我が騎士を余計に愛おしく思う。
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