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12章 伯爵令息の夏休暇
30 え……レネは?
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なんとか斜面に着くと、アンドレイが躓かないよう慎重に降りて、アイロスの言っていた洞穴を探す。
それは小さな岩の窪みにあり、人一人がやっと入れるくらいの入り口で、中を覗いてみると、四人がけの馬車くらいの広さがあった。
「アンドレイ、ここの中に隠れろ」
「え……レネは?」
当然レネも一緒に隠れるものだと思っていたアンドレイは、急に泣きそうな顔をする。
「言っただろ、オレのいうこと聞くって」
アンドレイを無理矢理中へ押し込む。
アイロスから洞穴の存在を教えられた時から、こうすると決めていた。
「レネっ」
「いいかっ、デニスさんがお前を探しに来るまでここから顔を出すな。たとえオレが名前を呼んでも絶対返事するなよ」
「どうして? レネが呼んでも?」
今それをアンドレイに話すのは酷だろうから理由は言わない。
だが最悪のことを想定して行動しないと、助かるはずの命が助からなくなる。
レネは少年の頃から師匠であるルカに、色々な状況で生き残る術を叩き込まれてきた。
頭に入っているこの島の情報を総動員して、どうしたらアンドレイが生き残れるかだけを考えて行動する。
「いいか、絶対だぞ。デニスさん以外の人間は信用するな」
「レネ……」
「もうすぐ奴らがやって来る」
もう最後かもしれない……そういう想いでアンドレイを抱きしめ、額に口付けをすると、入り口を木の枝で隠して外から見てもわからないようにした。
「——お前は、絶対オレが守り抜くから」
(オレはデニスさんに、命に代えてもアンドレイを守り抜くと約束したんだっ!)
強い想いを秘めて、レネは山賊たちと対峙すべく目を付けていた場所へと駆け出した。
「ここら辺にいるはずだぞっ、探せっ!」
松明を持った山賊たちが続々とプラムの木が生い茂る林へとやって来た。
「ガキと従者の二人だ。従者は五人殺しているらしいから気を付けろ」
(ちっ……あの男が喋りやがった……)
丸太小屋に置いてきた男を始末しておくべきだったと、レネは後悔する。
最後、アイロスが気を利かせて耳元で囁いてくれた内容だけが、山賊たちには伝わってない情報だ。
レネはアンドレイが隠れる洞穴の斜め上から山賊たちを観察する。
ちょうどそこは高台から見ると窪みになっていて、身を潜めるにはちょうどいい場所だ。
狩猟用に持ってきた弓を構え、暗闇の中から山賊たちを翻弄する作戦だ。
特に身体の大きく、戦うと厄介な斧や槍を持つ男たちに狙いを定め、戦力を削いでいく。
「ぐっ……」
「……がっ」
「おいっ、どこからか矢を放ってきてるぞっ、上だ高台を探せっ!」
だが五本しかなかった矢はすぐに尽きる。
狩猟用の弓矢では、頭や心臓に命中しない限り一発で殺すことはできない。
(ベドジフみたいにはいかないな……)
結局、怪我を負わせることはできたが一人も殺せぬまま、場所を移動する。
東側の水辺のへと進み、高台へと向かう山賊たちの後ろ側に回って、木の幹に身体を隠す。
髭を生やし厳しい格好をした山賊といえども、しょせん烏合の衆。
中には嫌々ながら付いてきた者が必ずいる。そういった者たちは、我が身可愛さに後ろの方で遠巻きに状況を窺っている。
レネはナイフを逆手に持つと、そんな男たちの背後に回り込み、声を上げぬよう口を塞ぎナイフで喉を切り裂いた。
断末魔さえ上げることもできず、男たちは次々と口からゴボゴボと血の泡を吹いて倒れていった。
仲間たちは前方ばかり気にしていて、後ろで惨劇が繰り広げられていることさえ気付いていない。
五人ほどやる気のない山賊たちを仕留めた所で、前方を見ると何人かがアンドレイが身を隠す洞穴の方へと向かっていた。
(——そっちに行っちゃ駄目だっ!)
そう思った時には衝動的に叫んでいた。
「坊ちゃま、先に逃げてくださいッ!」
洞穴とは反対方向の北側へ、一心不乱に走り出すと、山賊たちの意識が一斉にレネへと向けられる。
『あっちに逃げたぞ! 追えっ!!』
『森の方だっ!!』
◆◆◆◆◆
島に向かって何隻もの舟が向かいはじめると、デニスたちも急いで出発した。
「あっ……舟が北側に着岸……それと一隻島から離れていく舟も……」
「島から誰か逃げ出してるのか?」
「そうかもね、もしかしたら一緒に脱出しているかもよ?」
舟を操りながら、夜目の利くゲルトが島の状況をデニスたちに教えてくれる。
そこへ、島の方から破裂音が響く。
「なによ、今の!? 爆竹かしら?」
「レネだっ、あいつらはまだ島に残っている、もしなにかあったら合図して知らせると言っていた」
デニスは助っ人たちにそう教えながらも、落胆を隠せないでいた。
(クソッ……二人は逃げ切れなかったのか……)
「あれだと三十は下らないわね……五十近くいるかもしれない。レネ一人で大丈夫かしら?」
「真っ向勝負だと難しいだろうな。でもなんとかするだろ」
吟遊詩人は涼しい顔で答える。
「まあ、信頼してるのね。アタシ……自分の弟子をそんなに信用できないわ」
自分の弟子の顔でも思い浮かべているのか、困った顔をしてゲルトは頬に手をあてる。
まるでその姿は井戸端で自分の息子の愚痴を言う主婦のようだ。
「あいつこの前、新しい槍買って周りに自慢してたぞ」
「アタシに相談もなしに!?」
「完全に舐められてるな……一回シメた方がいいんじゃないか?」
二人の間でなにやら物騒な会話がされているが、デニスはアンドレイたちのことが心配でまったく会話の内容が頭に入ってこない。
(どうか、間に合ってくれっ!)
デニスの中で焦燥だけが募っていく。
それは小さな岩の窪みにあり、人一人がやっと入れるくらいの入り口で、中を覗いてみると、四人がけの馬車くらいの広さがあった。
「アンドレイ、ここの中に隠れろ」
「え……レネは?」
当然レネも一緒に隠れるものだと思っていたアンドレイは、急に泣きそうな顔をする。
「言っただろ、オレのいうこと聞くって」
アンドレイを無理矢理中へ押し込む。
アイロスから洞穴の存在を教えられた時から、こうすると決めていた。
「レネっ」
「いいかっ、デニスさんがお前を探しに来るまでここから顔を出すな。たとえオレが名前を呼んでも絶対返事するなよ」
「どうして? レネが呼んでも?」
今それをアンドレイに話すのは酷だろうから理由は言わない。
だが最悪のことを想定して行動しないと、助かるはずの命が助からなくなる。
レネは少年の頃から師匠であるルカに、色々な状況で生き残る術を叩き込まれてきた。
頭に入っているこの島の情報を総動員して、どうしたらアンドレイが生き残れるかだけを考えて行動する。
「いいか、絶対だぞ。デニスさん以外の人間は信用するな」
「レネ……」
「もうすぐ奴らがやって来る」
もう最後かもしれない……そういう想いでアンドレイを抱きしめ、額に口付けをすると、入り口を木の枝で隠して外から見てもわからないようにした。
「——お前は、絶対オレが守り抜くから」
(オレはデニスさんに、命に代えてもアンドレイを守り抜くと約束したんだっ!)
強い想いを秘めて、レネは山賊たちと対峙すべく目を付けていた場所へと駆け出した。
「ここら辺にいるはずだぞっ、探せっ!」
松明を持った山賊たちが続々とプラムの木が生い茂る林へとやって来た。
「ガキと従者の二人だ。従者は五人殺しているらしいから気を付けろ」
(ちっ……あの男が喋りやがった……)
丸太小屋に置いてきた男を始末しておくべきだったと、レネは後悔する。
最後、アイロスが気を利かせて耳元で囁いてくれた内容だけが、山賊たちには伝わってない情報だ。
レネはアンドレイが隠れる洞穴の斜め上から山賊たちを観察する。
ちょうどそこは高台から見ると窪みになっていて、身を潜めるにはちょうどいい場所だ。
狩猟用に持ってきた弓を構え、暗闇の中から山賊たちを翻弄する作戦だ。
特に身体の大きく、戦うと厄介な斧や槍を持つ男たちに狙いを定め、戦力を削いでいく。
「ぐっ……」
「……がっ」
「おいっ、どこからか矢を放ってきてるぞっ、上だ高台を探せっ!」
だが五本しかなかった矢はすぐに尽きる。
狩猟用の弓矢では、頭や心臓に命中しない限り一発で殺すことはできない。
(ベドジフみたいにはいかないな……)
結局、怪我を負わせることはできたが一人も殺せぬまま、場所を移動する。
東側の水辺のへと進み、高台へと向かう山賊たちの後ろ側に回って、木の幹に身体を隠す。
髭を生やし厳しい格好をした山賊といえども、しょせん烏合の衆。
中には嫌々ながら付いてきた者が必ずいる。そういった者たちは、我が身可愛さに後ろの方で遠巻きに状況を窺っている。
レネはナイフを逆手に持つと、そんな男たちの背後に回り込み、声を上げぬよう口を塞ぎナイフで喉を切り裂いた。
断末魔さえ上げることもできず、男たちは次々と口からゴボゴボと血の泡を吹いて倒れていった。
仲間たちは前方ばかり気にしていて、後ろで惨劇が繰り広げられていることさえ気付いていない。
五人ほどやる気のない山賊たちを仕留めた所で、前方を見ると何人かがアンドレイが身を隠す洞穴の方へと向かっていた。
(——そっちに行っちゃ駄目だっ!)
そう思った時には衝動的に叫んでいた。
「坊ちゃま、先に逃げてくださいッ!」
洞穴とは反対方向の北側へ、一心不乱に走り出すと、山賊たちの意識が一斉にレネへと向けられる。
『あっちに逃げたぞ! 追えっ!!』
『森の方だっ!!』
◆◆◆◆◆
島に向かって何隻もの舟が向かいはじめると、デニスたちも急いで出発した。
「あっ……舟が北側に着岸……それと一隻島から離れていく舟も……」
「島から誰か逃げ出してるのか?」
「そうかもね、もしかしたら一緒に脱出しているかもよ?」
舟を操りながら、夜目の利くゲルトが島の状況をデニスたちに教えてくれる。
そこへ、島の方から破裂音が響く。
「なによ、今の!? 爆竹かしら?」
「レネだっ、あいつらはまだ島に残っている、もしなにかあったら合図して知らせると言っていた」
デニスは助っ人たちにそう教えながらも、落胆を隠せないでいた。
(クソッ……二人は逃げ切れなかったのか……)
「あれだと三十は下らないわね……五十近くいるかもしれない。レネ一人で大丈夫かしら?」
「真っ向勝負だと難しいだろうな。でもなんとかするだろ」
吟遊詩人は涼しい顔で答える。
「まあ、信頼してるのね。アタシ……自分の弟子をそんなに信用できないわ」
自分の弟子の顔でも思い浮かべているのか、困った顔をしてゲルトは頬に手をあてる。
まるでその姿は井戸端で自分の息子の愚痴を言う主婦のようだ。
「あいつこの前、新しい槍買って周りに自慢してたぞ」
「アタシに相談もなしに!?」
「完全に舐められてるな……一回シメた方がいいんじゃないか?」
二人の間でなにやら物騒な会話がされているが、デニスはアンドレイたちのことが心配でまったく会話の内容が頭に入ってこない。
(どうか、間に合ってくれっ!)
デニスの中で焦燥だけが募っていく。
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