菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
235 / 445
12章 伯爵令息の夏休暇

26 失態

しおりを挟む
◆◆◆◆◆


 生まれて初めて弓矢を持ち、草原で草を食む兎を狙ったが、レネの指導も虚しくアンドレイは獲物を逃してしまった。
 ここからはアンドレイには任せられないと、レネがアンドレイから弓矢をとりあげ兎を一羽仕留めた。
 だが小さな島なので、これ以上狩れる獲物もいない。
 
「どうしようか……?」

 まだ日は高い。

「また釣りでもする?」

 ベルナルトに合流して仲間に入れてもらうのもいいかもしれない。
 無人島のせいか、ここの魚はすれておらずなんの疑いもなく餌に食いついてくれるので、比較的簡単に魚が釣れる。

「……そうだね」

 アンドレイの提案に少し間を置いてレネは頷いた。
 釣りをするということは、まず餌集めをしないといけない。

(はぁ……)

 午前中と同じように、泉の近くの石を裏返してミミズを探す。
 棒切れを持ってミミズを葉っぱの上に移動させようとしていると、足音が聞こえた。

「どうしたのアンドレイ……」

 ずっとアンドレイと二人っきりだったので、完全に油断していた。
 しゃがんだまま後ろを振り向こうとした時、首根っこを掴まれ無理矢理立たされる。

「……っ!?」

 後ろを振り返ると、アイロスがニヤリと笑ってこちらを見ていた。

「姫君、そんなにミミズが欲しいのならくれてやるよ」

 シャツの襟元を弛められ、その中に無数の冷たいぬるりとしたものがバラ撒かれる。
 
(まさか……)

 シャツと素肌の間で、無数のヌメヌメとした生き物が暴れまわる。

「うああああぁぁぁっっ…………」

 レネは無意識のうちに泉の方へと走り出し、剣とナイフを投げ捨てると服を着たまま水の中へと飛び込んだ。

「——レネっ!」

 異常に気付いて、アンドレイもレネの後を追う。

「あははははははっっ!」

「本当にミミズが嫌いなんだね」

 パトリクの爆笑する隣で、楽しそうにアイロスが呟いた。

 レネは無我夢中で、水に濡れてまとわり付く服を脱いでいく。
 ボタンに手こずっているその間にも、肌の上をミミズが這い回る感覚に戦慄し、身体中に震えが走る。

「あっ……あっ……」

 震える手でなんとか上を脱ぎ捨てると、肌に刺さるような冷たい泉の水でゴシゴシと身体を擦る。
 夏といえども湧き水は身体が竦むほど冷たかったが、それどころではなかった。

「レネっ! 大丈夫?」

 裸足になってズボンの裾を捲り上げたアンドレイが、バシャバシャと音を立てて近くまでやって来る。
 肩まで浸かるレネの所は一段と水が深くなっていて、アンドレイはそれ以上近くまで寄って来ることができない。

(オレ、アンドレイの護衛なのになにやってんだろ……)


 情けない顔を見られたくなくて、レネは背中を向けたまま一度頭まで水に潜って気合を入れ直した。

「アンドレイ……ごめん……」

「悪いのはアイロスだ」

 今度は寒さで震えながら岸まで上がると、パトリクとアイロスの視線が肌の上を這い回るのを感じた。
 レネは唇と噛みしめて二人を睨む。

(クソ野郎が……)

「僕の従者になんてことをしてくれるんだっ!」

 アンドレイが長身の騎士に掴みかかるが、アイロスはびくともせずニヤニヤ笑ってレネから視線を離さない。

「さっきのお返しだよ」

 パトリクが「ざまあみやがれ」とばかりにアンドレイに向かって笑いかける。


「——お前、ちゃんと火の側に居ないと風邪引くぞ」

 兎を捌いて串に刺していると、クルトが薪を焚べながら震えるレネを覗き込む。
 あれからレネたちは、丸太小屋の横で火を起こして夕食の準備をしていた。

「大丈夫です」

 一泊だったので着替えを持ってきておらず、陽が傾きかけ一気に気温の下がる中、下着一枚で過ごす羽目になった。
 火の上にはレネの服がロープに吊るされ乾かされている。

(まだ乾くまでしばらくかかりそう……)

「それにしても君、足もツルッツルなんだね。なにか手入れしてるの?」

「……いや」

「凄いな……天然物でこれか。君となら……簡単に一線を越えられそうだな」

 パトリクは泉から上がってからというもの、ずっと粘っこい視線でレネを見つめてくる。

「その時は私が手ほどきしますよ」

 アイロスが主と一緒にニヤニヤ笑う。

(なんのことを言ってやがる……主従共々、嫌な奴らだ……)
 
「レネを誂うのは止めてくれないか」

「そうやってるとどっちが主人かわからないな。うちのクルトとは大違いだ」

 ベルナルトがアンドレイを横目で見ると、勝ち誇った顔をした。


 今日一緒に行動していて気付いたことがある。
 パトリクの難のある性格の影に隠れがちだが、ベルナルトはアンドレイをライバル視しており、レネがなにかやらかす度に自分の騎士と比べ、まるで自分のことのようにクルトを自慢する。
 ベルナルトにとってお付の騎士とは自分の延長線のようなもので、手足のように動かし、クルトがやったことも自分の手柄になっている。

 ベルナルトだけではなく、たぶんパトリクもそうだ。
 パトリクは本当は小心者だが、そんな主に成り代わりアイロスが自由奔放に行動して、主の好奇心を満たしている。

 アンドレイも二人ほどではないが、似たようなところはあるかもしれない。
 いつもデニスがどんと構えているので、アンドレイは安心して行動を起こせる。

 レネは、それがすべて悪いこととは思わなかった。
 なにも起こらなければ、この三人は将来、爵位を継いで領主になる。
 支配者として上手に人を使いこなさなければ、領地と領民を守ることはできない。
 だから、子供の頃からお付の騎士を側に置き、人を使う資質を養っているのかもしれない。

(——そうだとしたら……)

 レネの一連の行動は、すべてアンドレイの落ち度になっているはずだ。
 ミミズ騒動でレネの従者としての資質は疑わしいものとなっている。

(どうにか名誉挽回しないと……)

 このままではアンドレイが、自分のせいで恥をかくことになってしまう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話

Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。 爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。 思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。 万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

処理中です...