227 / 571
12章 伯爵令息の夏休暇
18 今度はレネが
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
食事が終わり、デニスがアンドレイと一緒に食堂から廊下へと出ると、なにやらシモンが深刻な顔をしてこちらへとやって来るのが見えた。
(なんだ?)
「デニス、ちょっと」
どうやらすぐ横にいるアンドレイには聞かせたくない話のようだ。
「あれ……? レネがまだ来てない……」
いつも廊下で待機しているはずのレネの姿が見えないことに、アンドレイが首をかしげる。
(——まさか……)
『なにかあったのか?』
アンドレイに聞こえないような小声でシモンに尋ねると、嫌な予感が当たってしまったようだ。
『ああ、坊ちゃまの従者が急に倒れたみたいだ』
(次のターゲットはレネか……)
先に食堂を出ていたアルベルトも、なにが起きたのかとラデクを引き連れこちらへ戻ってきていた。
「なにかあったのかい?」
アンドレイに聞こえないようにデニスは小声でアルベルトに伝える。
「どうやらレネが倒れたようです。詳しくはシモンが」
「そうか……ここは私に任せて、まずはアンドレイを部屋に連れて帰ってくれ」
「承知しました」
アルベルトは表情を引き締めると、次々と指示を出す。
「シモン、彼の所に案内してくれ」
「こちらです」
ラデクを伴い、アルベルトはシモンの案内でオトがいる二階の廊下へと向かった。
三人の背中が遠ざかるのを見届けると、デニスは事態を飲み込めていないアンドレイの肩を抱いて歩き出す。
「アンドレイ、部屋に戻るぞ」
部屋に戻ると、アンドレイはすぐさまデニスにせっついてきた。
「ねえ、なにがあったの? レネは?」
いつもは食事が終わるのを廊下で待っているはずのレネの不在に、アンドレイの瞳が不安に揺れている。
「レネが倒れたらしい」
「えっ……嘘だっ! さっきまであんな元気だったじゃないかっ!」
編物工房に行った帰りに、レネに気を付けろと言ったばかりだったので、デニスもまだ混乱していた。
アンドレイに服を掴まれ縋りつかれるが、デニスにもレネがいったいどういう状態なのかもわかっていない。
「デニスも怪我をして、レネまで……」
我が主は、幼い頃から何度も大切なものをあの女によって取り上げられてきた経緯があり、大切に飼っていた犬までも、牙を剥いて吠えたからという理由で殺されてしまったことがある。
「レネまでも、マーロみたいに死んじゃったら……」
アンドレイも同じことを思い出していたのだろう。飼い犬と同じ運命をレネが辿ったらと、デニスの胸に顔を埋めて震えている。
いつもは『もう十六なのに』と言って、こんな子供じみたマネはさせないのだが、今回だけはアンドレイの好きにさせた。
「レネは夕食の間に、使用人の食堂で賄いを食べていたはずだ。もしかしたらそこになにか盛ってあったのかもしれない」
ピンピンしていた人間がいきなり倒れるのは不自然なのでそう考えるのが妥当だろう。
「じゃあ毒を飲まされて……」
アンドレイの顔が、まるで自分が毒でも飲んだかのように真っ青になる。
「俺は違うと思う。お前だって自分でレネに忠告していただろ? あの女は大の美青年好きだって。あいつは黙ってれば、滅多にお目にかかれないくらいの美青年だぞ。あの女がそう簡単に殺したりすると思うか?」
「——確かに……」
少しアンドレイの顔に血の気が戻ってくる。
◆◆◆◆◆
「さて君たち、なにが起こったのか話してもらおうか」
レネを担いだまま廊下に佇んでいたオトに自室までレネを運ばせ、控えの間にあるラデクのベッドへ寝かせた。
ラデクがさっと意識のない美青年の胸元をゆるめ、状態を確かめる。
心音と呼吸は正常で、ただ眠っているようなので、アルベルトは使用人二人にまずはその時の状況を詳しく訊くことにした。
「オト、君はなんでアンドレイの従者を担いでどこに連れて行こうとしていたんだい?」
気を失ったなら、一階の使用人用の休憩室で休ませれば事足りるはずだ。しかしこの男はどうして二階にある、家族の居住スペースにレネを運び込もうとしていたのだ。
アルベルトはあるていど見当はついているが、一応話は訊いておく。
オトは大きな身体を小さく縮めて、おずおずと語りはじめた。
「……食事を終えて仕事に戻ろうとしたら、奥様付きの侍女たちから洗濯室に呼び出されまして……その時にはもうあの青年は床に倒れていて、二階まで青年を運んでほしいと頼まれたんです」
ぴくりとアルベルトは片眉を上げてオトを見上げた。
これだけで大男は身体をビクリと震わせて竦み上がる。
リンブルク領で作られた最高級のベルベット生地を使用した椅子に、頭から足先まで一分の隙もなく整えられ優雅に座る姿は、使用人たちに無言の威圧感を与える。
テーブルに置かれた木箱から葉巻を取り出し唇に挟むと、さっとラデクが動いて火を付けた。
本来ならシモンの仕事だろうが、騎士にも関わらずラデクはアルベルトの身の回りのこともなんでもこなす。
屈強な騎士を従わせ意のままに扱う。こうした振る舞いをアルベルトとラデクは意図して行い、ここの支配者が誰であるかを見せつけるのだ。
「——どこの部屋に?」
オトは顔を引き攣らせながら、アルベルトの視線を受けると目を反らした。
食事が終わり、デニスがアンドレイと一緒に食堂から廊下へと出ると、なにやらシモンが深刻な顔をしてこちらへとやって来るのが見えた。
(なんだ?)
「デニス、ちょっと」
どうやらすぐ横にいるアンドレイには聞かせたくない話のようだ。
「あれ……? レネがまだ来てない……」
いつも廊下で待機しているはずのレネの姿が見えないことに、アンドレイが首をかしげる。
(——まさか……)
『なにかあったのか?』
アンドレイに聞こえないような小声でシモンに尋ねると、嫌な予感が当たってしまったようだ。
『ああ、坊ちゃまの従者が急に倒れたみたいだ』
(次のターゲットはレネか……)
先に食堂を出ていたアルベルトも、なにが起きたのかとラデクを引き連れこちらへ戻ってきていた。
「なにかあったのかい?」
アンドレイに聞こえないようにデニスは小声でアルベルトに伝える。
「どうやらレネが倒れたようです。詳しくはシモンが」
「そうか……ここは私に任せて、まずはアンドレイを部屋に連れて帰ってくれ」
「承知しました」
アルベルトは表情を引き締めると、次々と指示を出す。
「シモン、彼の所に案内してくれ」
「こちらです」
ラデクを伴い、アルベルトはシモンの案内でオトがいる二階の廊下へと向かった。
三人の背中が遠ざかるのを見届けると、デニスは事態を飲み込めていないアンドレイの肩を抱いて歩き出す。
「アンドレイ、部屋に戻るぞ」
部屋に戻ると、アンドレイはすぐさまデニスにせっついてきた。
「ねえ、なにがあったの? レネは?」
いつもは食事が終わるのを廊下で待っているはずのレネの不在に、アンドレイの瞳が不安に揺れている。
「レネが倒れたらしい」
「えっ……嘘だっ! さっきまであんな元気だったじゃないかっ!」
編物工房に行った帰りに、レネに気を付けろと言ったばかりだったので、デニスもまだ混乱していた。
アンドレイに服を掴まれ縋りつかれるが、デニスにもレネがいったいどういう状態なのかもわかっていない。
「デニスも怪我をして、レネまで……」
我が主は、幼い頃から何度も大切なものをあの女によって取り上げられてきた経緯があり、大切に飼っていた犬までも、牙を剥いて吠えたからという理由で殺されてしまったことがある。
「レネまでも、マーロみたいに死んじゃったら……」
アンドレイも同じことを思い出していたのだろう。飼い犬と同じ運命をレネが辿ったらと、デニスの胸に顔を埋めて震えている。
いつもは『もう十六なのに』と言って、こんな子供じみたマネはさせないのだが、今回だけはアンドレイの好きにさせた。
「レネは夕食の間に、使用人の食堂で賄いを食べていたはずだ。もしかしたらそこになにか盛ってあったのかもしれない」
ピンピンしていた人間がいきなり倒れるのは不自然なのでそう考えるのが妥当だろう。
「じゃあ毒を飲まされて……」
アンドレイの顔が、まるで自分が毒でも飲んだかのように真っ青になる。
「俺は違うと思う。お前だって自分でレネに忠告していただろ? あの女は大の美青年好きだって。あいつは黙ってれば、滅多にお目にかかれないくらいの美青年だぞ。あの女がそう簡単に殺したりすると思うか?」
「——確かに……」
少しアンドレイの顔に血の気が戻ってくる。
◆◆◆◆◆
「さて君たち、なにが起こったのか話してもらおうか」
レネを担いだまま廊下に佇んでいたオトに自室までレネを運ばせ、控えの間にあるラデクのベッドへ寝かせた。
ラデクがさっと意識のない美青年の胸元をゆるめ、状態を確かめる。
心音と呼吸は正常で、ただ眠っているようなので、アルベルトは使用人二人にまずはその時の状況を詳しく訊くことにした。
「オト、君はなんでアンドレイの従者を担いでどこに連れて行こうとしていたんだい?」
気を失ったなら、一階の使用人用の休憩室で休ませれば事足りるはずだ。しかしこの男はどうして二階にある、家族の居住スペースにレネを運び込もうとしていたのだ。
アルベルトはあるていど見当はついているが、一応話は訊いておく。
オトは大きな身体を小さく縮めて、おずおずと語りはじめた。
「……食事を終えて仕事に戻ろうとしたら、奥様付きの侍女たちから洗濯室に呼び出されまして……その時にはもうあの青年は床に倒れていて、二階まで青年を運んでほしいと頼まれたんです」
ぴくりとアルベルトは片眉を上げてオトを見上げた。
これだけで大男は身体をビクリと震わせて竦み上がる。
リンブルク領で作られた最高級のベルベット生地を使用した椅子に、頭から足先まで一分の隙もなく整えられ優雅に座る姿は、使用人たちに無言の威圧感を与える。
テーブルに置かれた木箱から葉巻を取り出し唇に挟むと、さっとラデクが動いて火を付けた。
本来ならシモンの仕事だろうが、騎士にも関わらずラデクはアルベルトの身の回りのこともなんでもこなす。
屈強な騎士を従わせ意のままに扱う。こうした振る舞いをアルベルトとラデクは意図して行い、ここの支配者が誰であるかを見せつけるのだ。
「——どこの部屋に?」
オトは顔を引き攣らせながら、アルベルトの視線を受けると目を反らした。
46
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……
おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?!
ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。
凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています
東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。
一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。
ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。
サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。
そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる