221 / 506
12章 伯爵令息の夏休暇
12 ベルナルト
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「アンドレイ、久しぶりだな」
吟遊詩人と別れて水辺近くの開けた場所に歩いていると、自分を呼び止める声が聞こえ足を止める。
「……ベルナルト」
背の高い黒髪の少年がこちらを見ている。
リンブルク伯爵家の隣に領地を持つ、ダルシー伯爵家の長男のベルナルトだ。
領地が隣同士ということもあり、よく顔を合わせていた二人だが、アンドレイが留学してからといもの、もう一年近くベルナルトとは会っていなかった。
一年しか年は違わないはずだが、ベルナルトの方が拳一つ分くらい背が高い。身体つきも筋肉質でがっしりしている。
仲が悪いわけではないが、なにかと比べられることの多く、アンドレイはベルナルトに引け目を感じていた。
「デニスはどうしたんだ? 今日はやけに美青年を連れてるじゃないか」
そう言うベルナルトのすぐ隣には騎士のなりをした屈強な男が控えていた。
クルトという名のその男は、アンドレイに仕えるデニス同様、ベルナルトに剣を捧げた騎士で、いつも一緒にいる。
だからアンドレイが、デニスと一緒にいないのを不思議に思ったのだろう。
そしてその代わりのように付き添うレネの姿に、興味を示している。
「帯剣してるみたいだが、まさか彼が新しい騎士なのか?」
ベルナルトはレネの腰に差している剣まで目ざとく見つけたようだ。
「いや、デニスはいま怪我をして療養中だけど、明日帰ってくる予定なんだ。レネは僕の従者だ。だが彼も立派な剣士だ」
つい、ベルナルトには負けたくないという出来心で、レネも剣士だというよけいなことまで口にしてしまう。
事実を述べただけなのだが、この一言で厄介なことに巻き込まれてしまう羽目になる。
「そうなのか? だったら彼を連れてオストロフ島で野営をしに行かないか? 実はパトリクも誘ってるんだ。君は留学中だし、一緒に過ごせるのもジェゼロにいる間だけだ。昔はよく一緒に遊んだじゃないか」
パトリクはペレリーナ侯爵家の嫡男で、ベルナルトと同じ十七歳だ。
格好つけたがりのいけ好かない男だったと記憶している。
ただでさえ命を狙われているというのに、午餐会の前にそんな面倒なこと行きたくはなかったが、貴族の子弟同士のこういった付き合いを疎かにすると、後々厄介なことにもなる。
オストロフ島はボジ・ルゼ湖に浮かぶ無人島だが、貴族の子弟たちの間では昔から、あの島で一晩過ごすと一人前の男として認められるという謂れがある。
ジェゼロに別荘を持っている貴族の男子にとっての通過儀礼のようなものだ。
もし断れば、「リンブルク伯爵家の嫡男は尻尾を巻いて逃げた」と醜聞が広まり、下手すれば縁談にも悪影響を与えるかもしれない。
「わかったよ。デニスも一緒に連れて行くよ」
「でも、療養明けなんだろ? まだ無理しない方がいいんじゃないか? それに君だけ二人も供を連れて行くなんてズルいじゃないか。彼だけでいいだろ」
「…………」
アンドレイはなにも言い返すことができない。
それにもう子供ではないのだから、いつまでもデニスに頼りっぱなしなのはよくないとわかっていた。
「じゃあ決まりだ。五日後に、うちで舟を出すから屋敷に来てくれ。君も一緒にね」
ベルナルトは勝手に物事をぽんぽんと決めてしまうと、もう用は済んだとばかりに、お付きの騎士のクルトを従えて、賑やかな天幕の方へと去って行った。
「なにあれ……」
レネが呆然としながらベルナルトの後ろ姿を見つめている。
「どうしよう……無人島とか絶対無理に決まってる。デニスも連れていけないし……」
頭ではわかっていても、ずっと一緒だったデニスの不在は、アンドレイを不安の海へと突き落とす。
突然のなりゆきに、肩を落とし途方に暮れた。
そんな空気など読まずに、お供の従者は落ち込むアンドレイ背中を叩く。
「無人島だろ? 食料は現地調達? 任しといてよ。オレ野宿慣れてるし、彼らを見返してやろうよ」
なんだか、レネの顔にやる気が漲って見えるのは気のせいだろうか?
その自信がどこから来るのかわからず、よけいにアンドレイは不安になった。
ふと、ジェゼロの手前で雨に降られ雨宿りした時のことを思い出す。
あの時が生まれて初めての野宿だった。
薪を拾ってきて、レネは手慣れた様子で火を付けていた。
そしてあの時見た、暗闇の中に白く浮かぶレネの裸が、今でもアンドレイを悩ませている。
他人の裸など絵画以外では、デニスしか見たことがなかったので、そのあまりの違いに目が離せなかったのを覚えている。
デニスがレネをボフミルから隠そうとしていたのも、レネの裸をアンドレイが意識する要因になった。
裸のまま同じ毛布に包まって過ごした一晩は、アンドレイにとっては衝撃的な一晩で、あれから熱が出たのも……たぶん身体が冷えたことだけが原因ではない。
(もしかしたら……無人島に行くと、また同じような体験ができるかもしれない……)
まだ名前のつかない欲求が頭をもたげ、その欲を追求するために、アンドレイの身体を突き動かす。
「よしっ! 無人島でやつらを見返してやろうっ!」
「うん! その調子だよアンドレイ」
「アンドレイ、久しぶりだな」
吟遊詩人と別れて水辺近くの開けた場所に歩いていると、自分を呼び止める声が聞こえ足を止める。
「……ベルナルト」
背の高い黒髪の少年がこちらを見ている。
リンブルク伯爵家の隣に領地を持つ、ダルシー伯爵家の長男のベルナルトだ。
領地が隣同士ということもあり、よく顔を合わせていた二人だが、アンドレイが留学してからといもの、もう一年近くベルナルトとは会っていなかった。
一年しか年は違わないはずだが、ベルナルトの方が拳一つ分くらい背が高い。身体つきも筋肉質でがっしりしている。
仲が悪いわけではないが、なにかと比べられることの多く、アンドレイはベルナルトに引け目を感じていた。
「デニスはどうしたんだ? 今日はやけに美青年を連れてるじゃないか」
そう言うベルナルトのすぐ隣には騎士のなりをした屈強な男が控えていた。
クルトという名のその男は、アンドレイに仕えるデニス同様、ベルナルトに剣を捧げた騎士で、いつも一緒にいる。
だからアンドレイが、デニスと一緒にいないのを不思議に思ったのだろう。
そしてその代わりのように付き添うレネの姿に、興味を示している。
「帯剣してるみたいだが、まさか彼が新しい騎士なのか?」
ベルナルトはレネの腰に差している剣まで目ざとく見つけたようだ。
「いや、デニスはいま怪我をして療養中だけど、明日帰ってくる予定なんだ。レネは僕の従者だ。だが彼も立派な剣士だ」
つい、ベルナルトには負けたくないという出来心で、レネも剣士だというよけいなことまで口にしてしまう。
事実を述べただけなのだが、この一言で厄介なことに巻き込まれてしまう羽目になる。
「そうなのか? だったら彼を連れてオストロフ島で野営をしに行かないか? 実はパトリクも誘ってるんだ。君は留学中だし、一緒に過ごせるのもジェゼロにいる間だけだ。昔はよく一緒に遊んだじゃないか」
パトリクはペレリーナ侯爵家の嫡男で、ベルナルトと同じ十七歳だ。
格好つけたがりのいけ好かない男だったと記憶している。
ただでさえ命を狙われているというのに、午餐会の前にそんな面倒なこと行きたくはなかったが、貴族の子弟同士のこういった付き合いを疎かにすると、後々厄介なことにもなる。
オストロフ島はボジ・ルゼ湖に浮かぶ無人島だが、貴族の子弟たちの間では昔から、あの島で一晩過ごすと一人前の男として認められるという謂れがある。
ジェゼロに別荘を持っている貴族の男子にとっての通過儀礼のようなものだ。
もし断れば、「リンブルク伯爵家の嫡男は尻尾を巻いて逃げた」と醜聞が広まり、下手すれば縁談にも悪影響を与えるかもしれない。
「わかったよ。デニスも一緒に連れて行くよ」
「でも、療養明けなんだろ? まだ無理しない方がいいんじゃないか? それに君だけ二人も供を連れて行くなんてズルいじゃないか。彼だけでいいだろ」
「…………」
アンドレイはなにも言い返すことができない。
それにもう子供ではないのだから、いつまでもデニスに頼りっぱなしなのはよくないとわかっていた。
「じゃあ決まりだ。五日後に、うちで舟を出すから屋敷に来てくれ。君も一緒にね」
ベルナルトは勝手に物事をぽんぽんと決めてしまうと、もう用は済んだとばかりに、お付きの騎士のクルトを従えて、賑やかな天幕の方へと去って行った。
「なにあれ……」
レネが呆然としながらベルナルトの後ろ姿を見つめている。
「どうしよう……無人島とか絶対無理に決まってる。デニスも連れていけないし……」
頭ではわかっていても、ずっと一緒だったデニスの不在は、アンドレイを不安の海へと突き落とす。
突然のなりゆきに、肩を落とし途方に暮れた。
そんな空気など読まずに、お供の従者は落ち込むアンドレイ背中を叩く。
「無人島だろ? 食料は現地調達? 任しといてよ。オレ野宿慣れてるし、彼らを見返してやろうよ」
なんだか、レネの顔にやる気が漲って見えるのは気のせいだろうか?
その自信がどこから来るのかわからず、よけいにアンドレイは不安になった。
ふと、ジェゼロの手前で雨に降られ雨宿りした時のことを思い出す。
あの時が生まれて初めての野宿だった。
薪を拾ってきて、レネは手慣れた様子で火を付けていた。
そしてあの時見た、暗闇の中に白く浮かぶレネの裸が、今でもアンドレイを悩ませている。
他人の裸など絵画以外では、デニスしか見たことがなかったので、そのあまりの違いに目が離せなかったのを覚えている。
デニスがレネをボフミルから隠そうとしていたのも、レネの裸をアンドレイが意識する要因になった。
裸のまま同じ毛布に包まって過ごした一晩は、アンドレイにとっては衝撃的な一晩で、あれから熱が出たのも……たぶん身体が冷えたことだけが原因ではない。
(もしかしたら……無人島に行くと、また同じような体験ができるかもしれない……)
まだ名前のつかない欲求が頭をもたげ、その欲を追求するために、アンドレイの身体を突き動かす。
「よしっ! 無人島でやつらを見返してやろうっ!」
「うん! その調子だよアンドレイ」
44
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。
狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。
表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。
権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は?
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
【注意】※印は性的表現有ります
御伽の空は今日も蒼い
霧嶋めぐる
BL
朝日奈想来(あさひなそら)は、腐男子の友人、磯貝に押し付けられたBLゲームの主人公に成り代わってしまった。目が覚めた途端に大勢の美男子から求婚され困惑する冬馬。ゲームの不具合により何故か攻略キャラクター全員の好感度が90%を超えてしまっているらしい。このままでは元の世界に戻れないので、10人の中から1人を選びゲームをクリアしなければならないのだが……
オメガバースってなんですか。男同士で子供が産める世界!?俺、子供を産まないと元の世界に戻れないの!?
・オメガバースもの
・序盤は主人公総受け
・ギャグとシリアスは恐らく半々くらい
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる