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12章 伯爵令息の夏休暇
7 みなさん初めまして
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そのままアンドレイの部屋に戻り、レネはため息を漏らした。
「アンドレイのお義母さん、凄いね……オレ一番苦手なタイプかも……」
人の義母に対してあんまりかとも思ったが、想像の遥かに上をいっていた。
「だから、言ったでしょ?」
確かに、ここへ来る前にアンドレイは『会ったらわかる』と言っていた。
「レネは特に気を付けて、僕が言うのもなんだけど、あの女……大の美青年好きだから」
「…………」
今さらながら、レネはあのトラウマの出来事の未亡人と、ヘルミーナが似ていることに気付き、ぶるりと身体を震わせた。
だが童貞喪失事件のことは、さすがにアンドレイには恥ずかしくて言えなかった。
「本当に気を付けてね。あの女は気に入ったらどんな手を使ってでも手に入れる人だから」
そう忠告するアンドレイの顔が怖い。
(アンドレイってこんな子だったっけ?)
以前の旅で見せていたあどけない顔は、この少年のほんの一部だったのかもしれない。
「でもあの感じだと、オレがアンドレイの護衛だなんて思ってもいないだろうね。よかった……」
大事なのはそこだ。
敵が油断してくれた方が、レネもアンドレイを護りやすい。
アンドレイを無事に護り抜くことが、今回レネに与えられた使命だ。
「なんか意外だったんだけど、兄弟でもっと険悪な雰囲気なのかと思ってたら、普通だったね。アンドレイの弟ってもっと我儘な子を想像してたよ」
レネは、うっすらとそばかすの浮いたタデアーシュの幼い顔を思い出す。
「弟とはほとんどまともに話したことがないんだ。ああやってあの女が弟にべったりだからね」
「……そうなんだ」
本当はアンドレイとタデアーシュはもっと仲良くしたいのではないだろうか?
レネはそんな兄弟に同情する。
夜になり家族で食堂に集まり食事するアンドレイと別れて、レネは執事に教えられた通り、厨房の横にある使用人用の食堂へ向かった。
漆喰からレンガの剥き出しになった、豪華な主たちの居住スペースとはまったく雰囲気の違う空間に、レネはキョロキョロと周りを見る。
食堂といっても、部屋の至る所に厨房や食料庫に入りきれなかった穀物や野菜が山積みされていた。
綺麗に取り澄ました表向きの顔よりも、生活感のあふれる雑然としたこの空間の方が親しみを覚える。
(へぇ……こんな感じなんだ)
「——あの、皆さんはじめまして。アンドレイ坊ちゃまの従者のレネと申します。夕食はここでと教えられたのでお邪魔したのですが……」
自己紹介をすると、板張りの大きなテーブルで食事を摂っていた使用人たちが、一斉にレネへと目を向けた。
伯爵家の人々の給仕をしている執事や侍女を除いて、他の使用人たちは主人たちのいない今の時間にさっさと食事を済ませる。
テーブルの一角で固まって食事をしていた侍女たちがヒソヒソとレネを見ながら耳打ちしあっている。
『あれが……奥様が仰っていた?』
『びっくりするくらい綺麗だけど……もしかして坊ちゃまはそっちの気が?』
『まさか!?』
わざとレネに聞こえるような声で話す女たちに、レネは心の奥がスッと冷えるのを感じた。
「飯ならそこにある鍋から自分で注いで、パンは一人三切れだからな」
従僕らしき男が、レネに色々と教えてくれる。
目を向けると、厨房へと続く入り口の近くに置かれた長机の上に、重ねられた皿とシチューの入った大きな鍋、パンがどんと積まれたバスケットが置かれていた。
「はい。ありがとうございます」
適当に皿に注いで、テーブルの空いた席を探していると、先程の従僕が自分の隣の空いた席を指差しているので、レネはそこへと足を向けた。
「色々とありがとうございます」
男に改めて礼を言って隣へと座る。
「あんたアンドレイ坊っちゃん付きなんだってな」
食事を終え、ぞろぞろと席を立つ侍女集団を確認しながら従僕がレネに話しかけてくる。
「はい」
「あるていど事情は知っていると思うけど、今出て行ったあの侍女たちには気を付けろよ。今まで何人もの新人を嫌がらせして辞めさせてきたからな」
「え……そうなんですか!?」
辞めるほどの嫌がらせとはいったいどういうものだろうか?
普段は剣しか持たないレネには、女たちの嫌がらせなど想像もつかない。
「奥様はアンドレイ坊ちゃまを目の敵にしてるからな。デニスも今は怪我していないんだろ?」
「ええ」
「あいつがいないと坊ちゃまも心細いだろうな……」
(そうか……デニスさんとも顔見知りなのか……)
「俺みたいなガキの頃から伯爵家に仕えてるような奴らは、アンドレイ坊っちゃんのことを皆心配してるんだよ。なにかあってからじゃ遅い。くれぐれもアンドレイ坊ちゃまから目を離さないでくれよ」
男はそう言うと、食べ終わった食器を持って席を立った。
アンドレイから以前聞いた話では、デニスが十八の時にアンドレイの元にやって来たと言っていた。
もしかしたら、男とデニスは同年代に見えるし、普段からよく話していたのかもしれない。
(お屋敷の中にもアンドレイのことを心配している人たちがいるんだ……)
「あのっ、お名前は?」
「シモンだ。なにか困ったことがあったらいつでも遠慮せず声をかけてくれ」
そう言うと、シモンはさっさと仕事に戻るため食堂を出て行った。
栗色の髪を後ろに綺麗に撫で付けた男は、立ち上がると背も高く見栄えがする。
ロランドの話では、従僕は客の目に触れることが多いので、長身で見目のいい男が多いと聞いていたが、本当のようだ。
「アンドレイのお義母さん、凄いね……オレ一番苦手なタイプかも……」
人の義母に対してあんまりかとも思ったが、想像の遥かに上をいっていた。
「だから、言ったでしょ?」
確かに、ここへ来る前にアンドレイは『会ったらわかる』と言っていた。
「レネは特に気を付けて、僕が言うのもなんだけど、あの女……大の美青年好きだから」
「…………」
今さらながら、レネはあのトラウマの出来事の未亡人と、ヘルミーナが似ていることに気付き、ぶるりと身体を震わせた。
だが童貞喪失事件のことは、さすがにアンドレイには恥ずかしくて言えなかった。
「本当に気を付けてね。あの女は気に入ったらどんな手を使ってでも手に入れる人だから」
そう忠告するアンドレイの顔が怖い。
(アンドレイってこんな子だったっけ?)
以前の旅で見せていたあどけない顔は、この少年のほんの一部だったのかもしれない。
「でもあの感じだと、オレがアンドレイの護衛だなんて思ってもいないだろうね。よかった……」
大事なのはそこだ。
敵が油断してくれた方が、レネもアンドレイを護りやすい。
アンドレイを無事に護り抜くことが、今回レネに与えられた使命だ。
「なんか意外だったんだけど、兄弟でもっと険悪な雰囲気なのかと思ってたら、普通だったね。アンドレイの弟ってもっと我儘な子を想像してたよ」
レネは、うっすらとそばかすの浮いたタデアーシュの幼い顔を思い出す。
「弟とはほとんどまともに話したことがないんだ。ああやってあの女が弟にべったりだからね」
「……そうなんだ」
本当はアンドレイとタデアーシュはもっと仲良くしたいのではないだろうか?
レネはそんな兄弟に同情する。
夜になり家族で食堂に集まり食事するアンドレイと別れて、レネは執事に教えられた通り、厨房の横にある使用人用の食堂へ向かった。
漆喰からレンガの剥き出しになった、豪華な主たちの居住スペースとはまったく雰囲気の違う空間に、レネはキョロキョロと周りを見る。
食堂といっても、部屋の至る所に厨房や食料庫に入りきれなかった穀物や野菜が山積みされていた。
綺麗に取り澄ました表向きの顔よりも、生活感のあふれる雑然としたこの空間の方が親しみを覚える。
(へぇ……こんな感じなんだ)
「——あの、皆さんはじめまして。アンドレイ坊ちゃまの従者のレネと申します。夕食はここでと教えられたのでお邪魔したのですが……」
自己紹介をすると、板張りの大きなテーブルで食事を摂っていた使用人たちが、一斉にレネへと目を向けた。
伯爵家の人々の給仕をしている執事や侍女を除いて、他の使用人たちは主人たちのいない今の時間にさっさと食事を済ませる。
テーブルの一角で固まって食事をしていた侍女たちがヒソヒソとレネを見ながら耳打ちしあっている。
『あれが……奥様が仰っていた?』
『びっくりするくらい綺麗だけど……もしかして坊ちゃまはそっちの気が?』
『まさか!?』
わざとレネに聞こえるような声で話す女たちに、レネは心の奥がスッと冷えるのを感じた。
「飯ならそこにある鍋から自分で注いで、パンは一人三切れだからな」
従僕らしき男が、レネに色々と教えてくれる。
目を向けると、厨房へと続く入り口の近くに置かれた長机の上に、重ねられた皿とシチューの入った大きな鍋、パンがどんと積まれたバスケットが置かれていた。
「はい。ありがとうございます」
適当に皿に注いで、テーブルの空いた席を探していると、先程の従僕が自分の隣の空いた席を指差しているので、レネはそこへと足を向けた。
「色々とありがとうございます」
男に改めて礼を言って隣へと座る。
「あんたアンドレイ坊っちゃん付きなんだってな」
食事を終え、ぞろぞろと席を立つ侍女集団を確認しながら従僕がレネに話しかけてくる。
「はい」
「あるていど事情は知っていると思うけど、今出て行ったあの侍女たちには気を付けろよ。今まで何人もの新人を嫌がらせして辞めさせてきたからな」
「え……そうなんですか!?」
辞めるほどの嫌がらせとはいったいどういうものだろうか?
普段は剣しか持たないレネには、女たちの嫌がらせなど想像もつかない。
「奥様はアンドレイ坊ちゃまを目の敵にしてるからな。デニスも今は怪我していないんだろ?」
「ええ」
「あいつがいないと坊ちゃまも心細いだろうな……」
(そうか……デニスさんとも顔見知りなのか……)
「俺みたいなガキの頃から伯爵家に仕えてるような奴らは、アンドレイ坊っちゃんのことを皆心配してるんだよ。なにかあってからじゃ遅い。くれぐれもアンドレイ坊ちゃまから目を離さないでくれよ」
男はそう言うと、食べ終わった食器を持って席を立った。
アンドレイから以前聞いた話では、デニスが十八の時にアンドレイの元にやって来たと言っていた。
もしかしたら、男とデニスは同年代に見えるし、普段からよく話していたのかもしれない。
(お屋敷の中にもアンドレイのことを心配している人たちがいるんだ……)
「あのっ、お名前は?」
「シモンだ。なにか困ったことがあったらいつでも遠慮せず声をかけてくれ」
そう言うと、シモンはさっさと仕事に戻るため食堂を出て行った。
栗色の髪を後ろに綺麗に撫で付けた男は、立ち上がると背も高く見栄えがする。
ロランドの話では、従僕は客の目に触れることが多いので、長身で見目のいい男が多いと聞いていたが、本当のようだ。
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