菩提樹の猫

12章 伯爵令息の夏休暇

プロローグ

　
　私はオケアで生まれ大戦の混乱と共に村を捨て、戦場となっているオゼロで行商人として生計を立てていた。

　戦地では常に物資不足に陥っていて、商品を持っていけば面白いように売れた。
　だが今のまま行商人を続けてもずっと根無し草のような生活が続くだけだ。
　結婚もできず、独り身のまま戦に巻き込まれ死んでいくのが目に見える。
　このままではいけない——
　常に先行きの見えない不安に包まれながら、私は今の生活から脱出するきっかけを探していた。


　まだ戦火に巻き込まれていないオケアから物資を仕入れ、オゼロと西側連合国軍の総司令部が置かれているコロルへと向かう街道を西に向かっていた時のことだ。

「ラドミール様っ！！　ラドミール様っ！！」

　路端に一人の騎士が倒れており、従者らしき男が懸命に名前を呼んで意識のない男の身体を揺すっていた。
　だがどう見ても、倒れた男はすでに事切れていた。

　身に着けている甲冑からして高貴な身分の者に違いない。
　私の本能が告げていた。

（——この従者に力を貸して恩を売っておけ）


「どうされました？」

「主がっ……主がっ……」

　従者は藁にもすがる思いで、私に助けを求めて来た。
　
　
　
　私の罪深い人生の始まりだ。