菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

18 見つかった……

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◆◆◆◆◆


 仮の橋が完成し、明日から馬車も行き来できるようなので、一同はもう一泊して朝一番で馬車に乗りペニーゼへ戻ることにした。

「うわ……こんな飯、久しぶりだぜ……」
 
 並べられた料理を目の前に、マルツェルは目を潤ませて感慨に耽っている。
 今日も宿の料理はご馳走ばかりだ。
 ペニーゼで泊まった宿とは大違いだ。

「え? ここの宿と同じのが毎日出てくんじゃないの?」
 
(あ~やっぱりそんなうまい話ないよな……)
 
 そう思いながらも、一応訊き返す。

「んなわけねえだろ。毎日ジャガイモとキャベツと人参で、肉はペラッペラのベーコンが付いてるくらいだよ」
 
 そう言いながら、豚肉の塊をフォークで刺してうっとりとしばらく眺めたあと、大口を開けてがぶりと齧り付く。
 
「お前、転職しなくてよかったな」
 
 初日に、こんなご馳走が食べれるのならと、心が揺れていたヤンにベドジフがそっと耳打ちする。

「マルツェルさんさ、ハミルが言ってたけど女遊びばっかりしてたって本当かよ?」
 
 レネはマルツェルを睨む。
 ハミルの自供を聞いてから、レネの中でなんとも言えない気持ちが湧き上がってきていた。
 一番悪いのはもちろんハミルだが、その原因を作ったのはマルツェルがクラーラを悲しませていたことだ。
 
「そんな女遊びって……綺麗なネエちゃんの店で飲んでるだけだって」
 
 少し痛い所を突かれたのか、しろどもどろになって答える。
 
「クラーラさんを泣かせんなよ……」
 
 女遊びばかりするような不甲斐ない夫でも、行方不明になってからというもの、クラーラは懸命に探し続けてきた。
 レネは少しだけハミルには同情する。

「わかったよ。お前までそんな顔するなよ」
 
 マルツェルが困った様子でレネの頬を撫でた。
 秋の初めには二十一になるのに子供みたいな扱いをされ、レネの心はささくれる。

(オレ一人……なんか馬鹿みたいだ……)


「おい、このソーセージ美味いぞ、食ってみろよ」
 
 そんな空気などまったく読んでいないバルトロメイが、レネにスモークソーセージのグリルの乗った皿を回す。

「いや……オレはいいかな」
 
 大きさも長さも妙にリアリティのある赤黒い肉棒をチラリと見るが、すぐに視線を逸らしながらレネは皿を遠ざける。
 
「なんだよ腹いっぱいなのか?」
 
 らしくない反応に、バルトロメイがレネの顔を覗き込んでくる。
 
「うん……」

(——本当は見たくもない)
 
 口の中がなんだか酸っぱくなり、レネは食堂から出て行った。


 洗面所から部屋に戻ると、団員たちは温泉に行く準備をしていた。
 
「どこ行ってたんだよ。最後だし皆で温泉行くけど、お前どうする? マルツェルさんも俺たちと一緒だったら大丈夫だろうし」
 
 カレルから温泉に誘われるが、レネは前もって準備していた返事をする。
 
「行ってきなよ。あそこは竜騎士団もいるし、昨日のことがあるし厄介事になったら面倒だからこっちの風呂に入る」
 
「あ~お前、あいつらと喧嘩したんだっけ? だったら留守番した方がいいかもな」
 
 想像していた通りの答えが返ってきた。

「お前、また一人で猥本屋に行ったりするんじゃねぇぞ」
 
 横からヤンまで口出ししてくる。
 
「殴られるのは懲りたからもうしねえって」
 
 冗談で言い返すと、ヤンの後ろで聞いていたバルトロメイが口元に苦笑いを浮かべていた。
 ギクシャクした時はこうして自ら話題に出した方が、わだかまりも残り辛い。

「オレはいいからさっさと行って来いよ」
 
 皆を見送ると、レネは自分も入浴の準備をして宿の風呂へと向かった。
 


 石造りの宿の風呂は、今日もどうやら貸し切り状態のようだ。
 ここも温泉のお湯が引いてあるらしく、少し硫黄の匂いのするお湯が大理石の浴槽に湛えられている。
 白い大理石が映えるように浴室内は明るめの夜光石で照らされていて、洗い場の鏡に自分の裸が鮮明に映り込み、レネは眉を顰めた。

(昨日よりも色が濃くなってる……)
 
 上半身に無数に残る歯型。
 レネはこれを団員たちに見られたくないがために、温泉には行かなかった。

 だがそんな願いも叶わず、風呂場の扉がギギギと音をたてて開く音がする。
 
「——バルトロメイ……」
 
 レネは咄嗟に身構える。
 もしかしたら、今一番会いたくない相手かもしれない。

「忘れ物してさ、またわざわざ行くのも面倒臭いなってな」
 
 バルトロメイが、レネの心中などお構いなしに、どんどんと近付いてくる。
 そのヘーゼルの瞳は、レネの身体へと向けられている。

(——見つかった……)
 
 もしかしたら、また殴られるかもしれない。
 だがそれよりも……自分より身体の大きな男と、無防備な裸のまま密室で二人っきりになる恐怖に立ち竦んでいた。

 必死に忘れようとしていた昨日の出来事が、ありありと脳裏に蘇った。


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