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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
17 そもそも
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◆◆◆◆◆
宿に戻ると、マルツェルも交えて大部屋で一連の出来事について、レネは皆に説明をした。
昨日リーパの団長からレネ宛に送られてきた手紙のこと。
ハミルよりも前にマルツェルへ会う必要があったので、皆が温泉に行っている間に八班の宿舎に一人で行ったこと。
朝からハミルが宿を抜け出した後に書き置きを残して、マルツェルと自習室で待機し、ハミルの襲撃を阻止したこと。
これによりハミルの一連の犯行が決定的になったこと。
ハミルも後ろ手に拘束されたまま、その話を聞いていた。
(奥様に知られてしまったのか……)
そして、あることが頭をよぎる。
「じゃあ……あんたたちが真面目に仕事をしてなかったのも……」
「そもそも、お前はオレたちの護衛対象じゃない」
レネが甘さの欠片も感じさせない表情でそう告げた。
一気に形勢逆転し、ハミルはいたたまれなくなる。
「だから……そのサーコート……」
リーパ護衛団のトレードマークである緑色のサーコートを今朝になって初めて、団員たちが着用している。
「今日からがリーパの正式な仕事だからな」
「俺たちは最初からマルツェルさんの護衛しか依頼されてないんだよ」
団員たちからきっぱり言われ、ハミルは自分の浅はかさに歯噛みした。
(クソ……自分だけ踊らされていたのか)
ハミルが見ていただらしのない団員たちの姿は、自分を油断させる目眩ましでしかなかったのだ。
ドゥシャンの後についていっただけでも足が竦んだ八班の宿舎に、レネは昨夜、一人で乗り込んでマルツェルと面会していたのだ。
(もしかしたら……ドゥシャンの言っていたことも……)
「まさか……昨夜、竜騎士団の奴らが倒れてたってのは、お前の仕業なのか?」
ハミルが問いかけると、レネは目を泳がせる。
「おい、今のは聞き捨てならねぇな。竜騎士団ってなんだよ」
答えが返ってくる前に、カレルが眉間に皺を寄せてレネを睨む。
「いや……あっちが先に因縁つけてきたし、こっちもイライラ来てたから、ついね……」
「お前っ、昼間も拉致られそうになってたのになにやってんだよ」
バルトロメイが昨日の昼間の話題を持ち出して怒りだす。
「だからイラッときてたんだって」
レネは面倒臭そうに言い返す。
もしかしたらハミルが言ったことも、この青年を苛つかせた要因の一つになっていたかもしれない。
だが虫の居所が悪かったという理由で、剣を持った複数人の相手を倒すとは……しかも相手はあの竜騎士団だ。
この青年はいったいなんなのだ?
ハミルが抱いていたか弱そうな美青年のイメージが、足元からガラガラと崩れていく。
「そんなことよりも、マルツェルさんこいつどうする?」
レネが罠にかかった獲物みたいにハミルを一瞥すると、他の男たちの目線が一斉にこちらへと向った。
ハミルは腕を拘束され、猟犬たちに睨まれる獲物の気分だった。
「そうだな……こいつに幾つか訊いておきたいことがある。お前……どうして俺を陥れるようなことをした?」
やはりマルツェルはなにもわかっていない。
「奥様は……あんたが女遊びをする度に悲しんでらっしゃった。あんたがいなくなれば奥様も悲しむことはないと思ったんだっ!」
ハミルはマルツェルが夜出かける度に、クラーラが悲しい顔をして夫の帰りを待っているのを見ていた。
あんな美しい妻がいながら、女遊びをやめないマルツェルのことを次第に憎むようになってきた。
痛い所を突かれ、マルツェルも苦い顔をしている。
「だからあの日、歓楽街で酔い潰れているあんたに浮浪者の服を着せて、金鉱山に連れて行く浮浪者たちが集められる河原に転がしておいた。あんたがいなくなって奥様も悲しむことがなくなると思ったのに、奥様は毎日泣いて過ごされるようになった……こうなったらもういっそのこと、亡き者にしてしまった方が奥様も悲しまれることはないだろうと思ったから……」
自分のために奥様がたくさんの護衛を雇ってくれたと思ったのに、蓋を開けてみれば、すべてこの憎き男のためだった。
「奥様のためと言いながら、ただ自分に振り向いてくれるよう仕向けてるだけじゃねえか」
ベドジフが一刀両断に斬り捨てる。
その通りかもしれない。自分はあの美しい人妻に惚れていたのだ。
手の届かない存在に背伸びして、無理矢理こちらを振り向かせようとしていただけだ。
マルツェルはしばらくの間、難しい顔をしてずっと考え込んでいた。
ハミルにはこの時間がまるで針の筵にでも座らされているようで、身体中から脂汗がタラタラと流れ出る。
「お前は俺を陥れ殺そうとした。許すつもりはねえが俺も鬼じゃねえ。お前には二つ選択肢を与えてやる。主人を殺そうとした罪で捕まるか、ここの八班で俺の代わりに強制労働するか。どっちがいいか選べ」
ハミルは捕まってから、この先どうなるかなんてまだぜんぜん頭が回っていなかったが、現実を突きつけられ身体中に震えが走った。
役人に突き出されたら、自分は……未遂とは言え、主人殺しの罪に問われ死罪を言い渡されるだろう。
それだったら……たとえ過酷だとしても、ここで働いた方がまだましだ。選択肢など最初からなきに等しい。
失敗した時のことはできるだけ考えないでいたが、いま目の前にある現実は厳しいものだ。
ブルブルと震えて声が出なかったが、やっとのことで声を絞り出し、答えを出した。
「——ここで働きます……」
ハミルが躊躇いながらも、やっとのことで言葉を吐き出すと、マルツェルはその手首を掴んで、無理矢理立たせる。
「決まりだ。管理棟へ手続きに行くぞ」
宿に戻ると、マルツェルも交えて大部屋で一連の出来事について、レネは皆に説明をした。
昨日リーパの団長からレネ宛に送られてきた手紙のこと。
ハミルよりも前にマルツェルへ会う必要があったので、皆が温泉に行っている間に八班の宿舎に一人で行ったこと。
朝からハミルが宿を抜け出した後に書き置きを残して、マルツェルと自習室で待機し、ハミルの襲撃を阻止したこと。
これによりハミルの一連の犯行が決定的になったこと。
ハミルも後ろ手に拘束されたまま、その話を聞いていた。
(奥様に知られてしまったのか……)
そして、あることが頭をよぎる。
「じゃあ……あんたたちが真面目に仕事をしてなかったのも……」
「そもそも、お前はオレたちの護衛対象じゃない」
レネが甘さの欠片も感じさせない表情でそう告げた。
一気に形勢逆転し、ハミルはいたたまれなくなる。
「だから……そのサーコート……」
リーパ護衛団のトレードマークである緑色のサーコートを今朝になって初めて、団員たちが着用している。
「今日からがリーパの正式な仕事だからな」
「俺たちは最初からマルツェルさんの護衛しか依頼されてないんだよ」
団員たちからきっぱり言われ、ハミルは自分の浅はかさに歯噛みした。
(クソ……自分だけ踊らされていたのか)
ハミルが見ていただらしのない団員たちの姿は、自分を油断させる目眩ましでしかなかったのだ。
ドゥシャンの後についていっただけでも足が竦んだ八班の宿舎に、レネは昨夜、一人で乗り込んでマルツェルと面会していたのだ。
(もしかしたら……ドゥシャンの言っていたことも……)
「まさか……昨夜、竜騎士団の奴らが倒れてたってのは、お前の仕業なのか?」
ハミルが問いかけると、レネは目を泳がせる。
「おい、今のは聞き捨てならねぇな。竜騎士団ってなんだよ」
答えが返ってくる前に、カレルが眉間に皺を寄せてレネを睨む。
「いや……あっちが先に因縁つけてきたし、こっちもイライラ来てたから、ついね……」
「お前っ、昼間も拉致られそうになってたのになにやってんだよ」
バルトロメイが昨日の昼間の話題を持ち出して怒りだす。
「だからイラッときてたんだって」
レネは面倒臭そうに言い返す。
もしかしたらハミルが言ったことも、この青年を苛つかせた要因の一つになっていたかもしれない。
だが虫の居所が悪かったという理由で、剣を持った複数人の相手を倒すとは……しかも相手はあの竜騎士団だ。
この青年はいったいなんなのだ?
ハミルが抱いていたか弱そうな美青年のイメージが、足元からガラガラと崩れていく。
「そんなことよりも、マルツェルさんこいつどうする?」
レネが罠にかかった獲物みたいにハミルを一瞥すると、他の男たちの目線が一斉にこちらへと向った。
ハミルは腕を拘束され、猟犬たちに睨まれる獲物の気分だった。
「そうだな……こいつに幾つか訊いておきたいことがある。お前……どうして俺を陥れるようなことをした?」
やはりマルツェルはなにもわかっていない。
「奥様は……あんたが女遊びをする度に悲しんでらっしゃった。あんたがいなくなれば奥様も悲しむことはないと思ったんだっ!」
ハミルはマルツェルが夜出かける度に、クラーラが悲しい顔をして夫の帰りを待っているのを見ていた。
あんな美しい妻がいながら、女遊びをやめないマルツェルのことを次第に憎むようになってきた。
痛い所を突かれ、マルツェルも苦い顔をしている。
「だからあの日、歓楽街で酔い潰れているあんたに浮浪者の服を着せて、金鉱山に連れて行く浮浪者たちが集められる河原に転がしておいた。あんたがいなくなって奥様も悲しむことがなくなると思ったのに、奥様は毎日泣いて過ごされるようになった……こうなったらもういっそのこと、亡き者にしてしまった方が奥様も悲しまれることはないだろうと思ったから……」
自分のために奥様がたくさんの護衛を雇ってくれたと思ったのに、蓋を開けてみれば、すべてこの憎き男のためだった。
「奥様のためと言いながら、ただ自分に振り向いてくれるよう仕向けてるだけじゃねえか」
ベドジフが一刀両断に斬り捨てる。
その通りかもしれない。自分はあの美しい人妻に惚れていたのだ。
手の届かない存在に背伸びして、無理矢理こちらを振り向かせようとしていただけだ。
マルツェルはしばらくの間、難しい顔をしてずっと考え込んでいた。
ハミルにはこの時間がまるで針の筵にでも座らされているようで、身体中から脂汗がタラタラと流れ出る。
「お前は俺を陥れ殺そうとした。許すつもりはねえが俺も鬼じゃねえ。お前には二つ選択肢を与えてやる。主人を殺そうとした罪で捕まるか、ここの八班で俺の代わりに強制労働するか。どっちがいいか選べ」
ハミルは捕まってから、この先どうなるかなんてまだぜんぜん頭が回っていなかったが、現実を突きつけられ身体中に震えが走った。
役人に突き出されたら、自分は……未遂とは言え、主人殺しの罪に問われ死罪を言い渡されるだろう。
それだったら……たとえ過酷だとしても、ここで働いた方がまだましだ。選択肢など最初からなきに等しい。
失敗した時のことはできるだけ考えないでいたが、いま目の前にある現実は厳しいものだ。
ブルブルと震えて声が出なかったが、やっとのことで声を絞り出し、答えを出した。
「——ここで働きます……」
ハミルが躊躇いながらも、やっとのことで言葉を吐き出すと、マルツェルはその手首を掴んで、無理矢理立たせる。
「決まりだ。管理棟へ手続きに行くぞ」
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