菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

8 猥本屋

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「お前たちもこっちに来ればよかったのに。本部の風呂が水溜りに見えるくらい、でかくて豪華だったぜ」

 カレルが言うように想像していたよりも、大きな風呂だった。
 だが豪華さで言えば、レネはテプレ・ヤロで本物の金持ちらが利用する施設を実際この目で見ているので驚くほどでもなかった。

「こっちも狭いけど綺麗な風呂だったぜ」

 バルトロメイとハミルももう入浴を済ませたようだ。
 レネはふと、雨に降られて二人で凍えながらシャワーを浴びた時のことを思い出す。
 あの時は色々と自分たちのことを語り合った。そしてわだかまりが解け、距離が近付いた気がしたのに……。

「結局、なにもなかったぞ。気のいいおっさんたちが色々この中のことを教えてくれた」

「そうか、よかったじゃないか」

 返事をしても、バルトロメイは目を合わせようとしない。
 
 実際入浴中に、気さくな鉱夫たちが何人もたちに話しかけてきて、橋の復興状況を話す代わりに、こちらが欲しい情報も聞き出すことができた。

「お前も一緒に猥本屋覗きに行こうぜ」

 ヤンがバルトロメイを誘う。一人だけ置いていくのもいけないと、温泉の帰りには寄らずにわざわざ宿に戻ってバルトロメイを誘いに来たのだ。

「なんだよ猥本屋って……」

 バルトロメイが訝しい顔をして団員たちを見た。

「文字通り猥本しか売ってねえ店だよ。ここは野郎ばかりでお楽しみがなんもないだろ? だから夜のオカズ用だってさ」

「なんでもラバトの書店通りに負けないくらい品揃えらしいぜ」

 隣国の王都セキアにある書店通りの本の品揃えは、大陸随一とされている。それに負けないとは相当なものだろう。

 レネもそれを聞いて俄然興味が湧いてきた。
 実際の女性に対しては奥手だが、その手のものは嫌いではない。なんたってまだ二十歳の青年だ。出すものは出さなければいけない。

「ほら行くぞ。それとあんたも。一人にするわけにもいけねぇからな。土産に何冊か買って帰ればいい」

 ベドジフが半ば強引にハミルの手を引いて、一同は売店が建ち並ぶ一角へとやって来た。

 夜になり幾つかの店は閉まっていたが、例の猥本屋は明々とした夜光石の明かりに照らされながら店を開けていた。
 店の中は夜のオカズを求めてやって来た鉱夫や騎士たちで溢れている。
 皆男たちの目は狩人のように血走っていた。

「おいおい、想像してたよりも凄えな……」

 思わず赤面するような表紙の本で店内は溢れかえっていた。それとここは本だけでなく淫具まで取り揃えてある。

「なあ……どうしてあんなのが必要なんだよ? 自分で持ってるだろ?」

 レネはふと疑問に思い、男根の形を模したり球体が連なった様な不思議な形をした淫具を指さす。

 むしろ男に必要なのは穴の方ではないのか?

 するとカレルがレネの腕を引っ張り「あっちを見ろ」と促している。
 言われた通り、そちらに目線を遣り、レネは硬直した。

 店の三分の一ほどを締めるその一角には所狭しと、男同士が絡み合ったものや、全裸の美青年の尻に先ほどの淫具が突っ込んである表紙など、とても正視できない本が並べられていた。

(なんだよ……これ……)

 初めて覗く世界に、レネは衝撃を受け固まった。

「当店で一番売れてます!!【ドロステア美少年・美青年図鑑(最新版)】なんじゃこりゃ?」

 ヤンが売り場の一番目立つ所にうず高く積まれている本を手に取る。

「どれどれ……『注目度ナンバー1の美青年は、リー○護衛団の団長の愛人だとされている灰色の髪の美青年。この青年を巡ってリー○の団長は、実の息子と決闘騒ぎを起こし、無事愛人を取り戻し帰還する姿を多くの通行人に目撃されている。この美青年については、ハ○ェル商人もテプレ・ヤロで愛人として連れ歩いていたと目撃情報がある。目撃者のB男爵は、灰色の髪と黄緑色の瞳がまるで猫のようで、目の覚めるような美しい撫子色の乳首をしていたと語っている。リー○の団長とハ○ェル商人は親友同士で、どうやら愛人までも共有しているようだ』って……おい……これ思いっきりお前のことじゃね?」

 読み上げていたヤンが横目でレネを見下ろす。

「お前団長の愛人してたのか」

 カレルが面白そうに呟く。

「乳首の色までバレてるぞ」

 ベドジフが言いながら吹き出す。

「ハ○ェルって……前に執務室で見たあのおっさんか」

 ヴィートも悪ノリしてニヤニヤ笑っている。

 なぜこんな本が存在するのだろうか。
 取材をしたのは誰だ……なぜテプレ・ヤロのことまで知っている……

「もしかしてお前……この界隈じゃ有名人なんじゃね?」

「……知らねえよ、そんなこと」

 レネは自分のことが本に取り上げられているのも驚きだった。それになぜ、実の息子と決闘したなんて知っているのだ?
 どこから情報を得ているのか疑問だが、第四位にダミアーンの名前を見つけ、レネは少し懐かしさを感じた。
 
 気付くと周囲がザワザワし始め、店内の男たちが一斉にレネの方を見ているではないか。

『ウソだろ……』
『あれ女じゃないのか?』
『おい……マジであんなのがいるんだな』
『アンアン言わせてみてえ』
『あいつ風呂で見たけど、脱いだらもっと凄えぞ』
『ヤリてえな……』

「おい、出るぞ」

 バルトロメイがレネの手を引いて、店外へと出る。

「……ちょっとっ!?」

 ずんずんと歩いていくバルトロメイに引き摺られながら、レネは本の物色もできぬまま宿へと連れ戻された。

「なんだよっ! オレまだぜんぜん本見てないのに」

 先ほどからの一連のバルトロメイの行動で、レネは苛ついていた。

「お前……悠長にオカズ本探すつもりだったのかよっ!」

「悪いかよっ!」

 メストの本屋でコソコソ買うよりも、知り合いに会うこともない……それも猥本専門店で堂々と本を買えるチャンスなんて今しかないのに、この男のせいでフイにされてしまった。

「お前、他の客の言ってたことが聞こえてなかったのか?」

 なぜかバルトロメイも苛ついているようだ。
 どうしてこの男が苛ついているのか、レネは皆目見当がつかない。

「は? 聞こえてたよ。でもいちいち気にしてたらなんもできないだろ?」

 さっきみたいなことを言われるのはしょっちゅうだ。
 あんな連中に限っていざとなったら、なにもできない臆病者ばかりなのでいちいち気にしないことにしている。

「お前……自身がオカズにされるどころか、実力行使されたらどうなる」

「オレ、そんなに弱くないし」

「馬鹿がっ! お前はレオポルトの所にどうやって拉致られたかもう忘れたのか?」

 確かにあの時は、弱いと思っていた男たちから、網で捕獲されて集団で暴行された。
 それを言われたらなにも言い返すことができない。

「——自分がどういう立場なのか、お前はもう少し自覚しろ」



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