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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
4 イチゴ摘み
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「それよりもう昼だし弁当食おうぜ、どっかいい場所ねえか?」
ヤンが真上にある太陽を眩しそうに見つめながら、空気など読まずに呑気なことを言う。
確かにもうお昼だ。
久々の歩きということもあり、レネも腹が減ってきていた。
進行方向の右手に渡ってきた川があり、左手は雑木林があるが広葉樹のまだ若い木が多く、見通しは悪くはない。ここは人の手が入った林だ。こちら側は熊も出ないだろう。
「川側は土手になってるし、ここで食ったら?」
「そうだな。熊が居るっていう森へ着く前に弁当は片付けてた方がいいかもな」
熊は鼻がいいので、弁当の匂いを嗅ぎつけて襲ってくる可能性もあった。だから今回は弁当以外の食べ物は持ち歩いていない。
「よし、じゃあメシ食うか」
草のあまり生えていないよさげな場所を見つけて、ヤンが自分の荷物の中からマットを取り出して敷いた。ゼラとボリスもマットを敷いて、一枚のマットに三人ずつ座り、宿に準備してもらった弁当をそれぞれ広げる。
やけに軽い弁当の包みを開くと、中はハムを挟んだだけのシンプルなサンドイッチだった。
「うわっ、なんだよ……こんなんじゃ足りねえって」
ヤンがサンドイッチを持っていると余計に小さく見える。
「あの女将しけてんな……」
「まあ、こんなもんだよ……」
レネはそう言いながらも楽しみにしていたので、がっかりだ。
すかすかのパンにハム一枚だけ。せめてチーズぐらいは欲しいものだ。
「帰りは絶対あの宿には泊まらねえ」
「昨日の夕飯、宿の食堂で食ってなくてよかったな。まあしょぼい飯だってわかってたら、弁当まで頼んだりしないか」
「いや、もしかしたら……夕飯をよそで済ませて来たからこんなしょぼい弁当なのかも知れねえぞ」
「帰りも寄るってわかっててなんでこんなシケたことするかねぇ」
「食いもんの恨みは恐ろしいからな」
口々に団員たちが女将に不満を漏らす。
この情報はあっという間にリーパ内に広がり、今後団員たちがあの女将の宿を利用することはないだろう。それどころか、リーパだけでにとどまらず行商人や他の旅人たちにまで広がっていく。
仕事で旅をする者たちは、常に情報交換を怠らない。
(女将も目先の利益にばかりとらわれて、商売の仕方を間違ったな……)
仕事中の肉体労働者たちの唯一の楽しみは昼の休憩で食べる食事だ。
それも食べ盛りの若い男たちがこんなちんけなパン一個で足りるはずがない。
結局、皆すぐに食べ終わってしまった。
この中では小柄な方のレネでさえ、同じものがあと二つは余裕で胃の中に入る。
ハミルも口には出さないが、なんだか物足りなさそうだ。
(なにかないかな……)
しばらく休憩する間、レネは立ち上がり周りを見回した。
今の時期だったらなにかなってるかもしれないと、川の方へと土手を下りて行く。
雨上がりとあってか、土手は水分を含んでいてまだ泥濘《ぬかる》んでいる。
途中のヤブを抜けて進んで行くと急に視界が開け、辺り一面真っ赤な実を付けるの野イチゴの群生地を発見した。
「わぁ……すごっ!!」
思わずレネは歓声を上げる。
前の洪水でも、ここまで水が来なかったのだろう。見事な実を付けて獲って下さいと言わんばかりに赤い実がレネを誘惑した。
視線は完全にロックオンしたまま、腰のベルトいつも結びつけているバンダナを手にして近付いていく。
相手は逃げもしないのに、低姿勢で忍び足になり、まるでその姿は獲物を狙う猫だ。
宝石のような赤い野イチゴを、レネは次々と摘んで広げたバンダナの上へと乗せていく。
時々自分の口の中にも放り込むのも忘れない。
「うまっ!」
酸味と甘味の絶妙なバランスに、思わず頬が緩む。
(みんな喜ぶだろうな~)
獲りながら思わず鼻歌がこぼれる。
バンダナに包みきれるギリギリのところまで野イチゴを乗せると、四隅を摘んでいそいそと元来た道を戻った。
「あいつどこ行った?」
「お花摘みじゃね?」
レネの姿が見えないが、休憩時間に用でも足しに行ったのだろうと、誰も気にしていない。
「あっ、帰ってきた」
「じゃ~~~~ん!!」
マットの上で寛ぐ男たちの前に、レネは得意満面の表情でバンダナに包んだたくさんの野イチゴを見せる。
「おっ!? 野イチゴじゃん」
「もうそんな季節か」
「お花摘みじゃなくてイチゴ摘みしてたのか」
「でかしたぞ猫」
昼食が物足りなかった男たちの顔も明るくなる。
「まずは五個ずつな」
レネはそれぞれに配っていく。
ハミルも手の平に赤い野イチゴをのせて、なんだか嬉しそうだ。
「あまっ!」
「ほんとだ、うめえ」
あっという間にレネが摘んできた野イチゴは、男たちの胃袋に収まった。
(よかった!)
喜んでくれるとレネも嬉しい。
結局なんだかんだ言いながらも、皆でワイワイ騒ぎながら旅する時が一番好きだ。
金鉱山を目の前にして急に歩くことになったが、馬だと喋りながら進むことなどまずない。
体力は消耗するが、徒歩の旅も悪くない。
そんな呑気なことを考えていたのもつかの間、この後レネは、想像も絶する恐怖を味わうことになる。
ヤンが真上にある太陽を眩しそうに見つめながら、空気など読まずに呑気なことを言う。
確かにもうお昼だ。
久々の歩きということもあり、レネも腹が減ってきていた。
進行方向の右手に渡ってきた川があり、左手は雑木林があるが広葉樹のまだ若い木が多く、見通しは悪くはない。ここは人の手が入った林だ。こちら側は熊も出ないだろう。
「川側は土手になってるし、ここで食ったら?」
「そうだな。熊が居るっていう森へ着く前に弁当は片付けてた方がいいかもな」
熊は鼻がいいので、弁当の匂いを嗅ぎつけて襲ってくる可能性もあった。だから今回は弁当以外の食べ物は持ち歩いていない。
「よし、じゃあメシ食うか」
草のあまり生えていないよさげな場所を見つけて、ヤンが自分の荷物の中からマットを取り出して敷いた。ゼラとボリスもマットを敷いて、一枚のマットに三人ずつ座り、宿に準備してもらった弁当をそれぞれ広げる。
やけに軽い弁当の包みを開くと、中はハムを挟んだだけのシンプルなサンドイッチだった。
「うわっ、なんだよ……こんなんじゃ足りねえって」
ヤンがサンドイッチを持っていると余計に小さく見える。
「あの女将しけてんな……」
「まあ、こんなもんだよ……」
レネはそう言いながらも楽しみにしていたので、がっかりだ。
すかすかのパンにハム一枚だけ。せめてチーズぐらいは欲しいものだ。
「帰りは絶対あの宿には泊まらねえ」
「昨日の夕飯、宿の食堂で食ってなくてよかったな。まあしょぼい飯だってわかってたら、弁当まで頼んだりしないか」
「いや、もしかしたら……夕飯をよそで済ませて来たからこんなしょぼい弁当なのかも知れねえぞ」
「帰りも寄るってわかっててなんでこんなシケたことするかねぇ」
「食いもんの恨みは恐ろしいからな」
口々に団員たちが女将に不満を漏らす。
この情報はあっという間にリーパ内に広がり、今後団員たちがあの女将の宿を利用することはないだろう。それどころか、リーパだけでにとどまらず行商人や他の旅人たちにまで広がっていく。
仕事で旅をする者たちは、常に情報交換を怠らない。
(女将も目先の利益にばかりとらわれて、商売の仕方を間違ったな……)
仕事中の肉体労働者たちの唯一の楽しみは昼の休憩で食べる食事だ。
それも食べ盛りの若い男たちがこんなちんけなパン一個で足りるはずがない。
結局、皆すぐに食べ終わってしまった。
この中では小柄な方のレネでさえ、同じものがあと二つは余裕で胃の中に入る。
ハミルも口には出さないが、なんだか物足りなさそうだ。
(なにかないかな……)
しばらく休憩する間、レネは立ち上がり周りを見回した。
今の時期だったらなにかなってるかもしれないと、川の方へと土手を下りて行く。
雨上がりとあってか、土手は水分を含んでいてまだ泥濘《ぬかる》んでいる。
途中のヤブを抜けて進んで行くと急に視界が開け、辺り一面真っ赤な実を付けるの野イチゴの群生地を発見した。
「わぁ……すごっ!!」
思わずレネは歓声を上げる。
前の洪水でも、ここまで水が来なかったのだろう。見事な実を付けて獲って下さいと言わんばかりに赤い実がレネを誘惑した。
視線は完全にロックオンしたまま、腰のベルトいつも結びつけているバンダナを手にして近付いていく。
相手は逃げもしないのに、低姿勢で忍び足になり、まるでその姿は獲物を狙う猫だ。
宝石のような赤い野イチゴを、レネは次々と摘んで広げたバンダナの上へと乗せていく。
時々自分の口の中にも放り込むのも忘れない。
「うまっ!」
酸味と甘味の絶妙なバランスに、思わず頬が緩む。
(みんな喜ぶだろうな~)
獲りながら思わず鼻歌がこぼれる。
バンダナに包みきれるギリギリのところまで野イチゴを乗せると、四隅を摘んでいそいそと元来た道を戻った。
「あいつどこ行った?」
「お花摘みじゃね?」
レネの姿が見えないが、休憩時間に用でも足しに行ったのだろうと、誰も気にしていない。
「あっ、帰ってきた」
「じゃ~~~~ん!!」
マットの上で寛ぐ男たちの前に、レネは得意満面の表情でバンダナに包んだたくさんの野イチゴを見せる。
「おっ!? 野イチゴじゃん」
「もうそんな季節か」
「お花摘みじゃなくてイチゴ摘みしてたのか」
「でかしたぞ猫」
昼食が物足りなかった男たちの顔も明るくなる。
「まずは五個ずつな」
レネはそれぞれに配っていく。
ハミルも手の平に赤い野イチゴをのせて、なんだか嬉しそうだ。
「あまっ!」
「ほんとだ、うめえ」
あっという間にレネが摘んできた野イチゴは、男たちの胃袋に収まった。
(よかった!)
喜んでくれるとレネも嬉しい。
結局なんだかんだ言いながらも、皆でワイワイ騒ぎながら旅する時が一番好きだ。
金鉱山を目の前にして急に歩くことになったが、馬だと喋りながら進むことなどまずない。
体力は消耗するが、徒歩の旅も悪くない。
そんな呑気なことを考えていたのもつかの間、この後レネは、想像も絶する恐怖を味わうことになる。
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