菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
179 / 445
11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

プロローグ

しおりを挟む
 東国の大戦が終わり、戦から男たちが次々とドロステアへと帰還した。
 戦場になっていないこの国は、戦後の復興も必要なく、急に増えた男手を持て余していた。
 そんな男たちの雇用対策の一つとして行われたのが、人手不足により廃鉱となっていたテジット金鉱山の再開だ。
 新たな技術開発と多くの労働力により、大量の金の発掘が可能になった。
 危険を伴うその仕事は、高収入ということもあり、食い扶持を失った男たちにとっては人気の職業の一つとなっている。
 廃鉱とともに寂れていたテジット山の麓の街ペニーゼは、鉱夫たちによって賑わいを取り戻していた。
 

 メストからは、街に溢れる浮浪者たちを集めテジットへと送り込み、強制的に金鉱山の労働力としていた。

 今日も朝早くから街の浮浪者たちが、ドゥーホ川沿いの空き地へと集められると、家畜運搬用の荷馬車に乗せられテジット金鉱山へと運ばれて行く。

「違うんだっ、私は浮浪者じゃないっ! ここから出してくれっ!」

 鉄柵越しに叫ぶ男の声が響くが、御者たちはまるで家畜の鳴き声でも聞くかのように、一向に取り合おうとはしない。


◆◆◆◆◆


「クラーラさん、今回はどういったご用件で?」

 バルナバーシュは応接間に通された三十代前半の、美しい婦人を見つめた。

「実は……行方不明になった主人の目撃情報があり家の者に確認させに行こうかと」

「えっ……!? マルツェルの行方がわかったのですか?」

 バルナバーシュとクラーラの夫マルツェルは、ハヴェルを通して知り合い、若いころはよく一緒に遊んでいた。
 夫人の前では言えないような遊びもしていた仲だ。
 そのマルツェルが酒を飲みに行ったままとつぜん行方不明になった。
 メスト中を探し回ったが、結局マルツェルは見つからなかった。
 あれからもう半年が経とうとしている
 
「いったいどこに?」

「それが……知人がたまたまテジット金鉱山に視察にいったのですが、労働者として働いていたというのです……」

「テジット金鉱山……」

 予想外の場所にバルナバーシュは言葉をなくす。

(自ら望んでいないならば、あそこは地獄のような場所だ)

 メストから連れて行かれた浮浪者たちは半強制的に金鉱山で働かされていると聞く。

「知人は、主人が行方不明になっているとは知らなかったので、その時は他人の空似だと思っていたみたいですが、主人が行方不明だと知り、あれは本人に間違いないと言っていました」

「どうして、そんな所に……」

 バルナバーシュは思わず眉を寄せる。

「——これは私の推論なのですが……」

 夫人はそう切り出し、話しを始める。
 
 話を聞き終わると、後ろに控えていたルカーシュに声をかける。

「ルカーシュ、急いでレネを呼んで来てくれ」

 本来ならあの場所に行かせたくないが、今回はレネしかいない。
 最初は金鉱山にレネを向かわせるつもりはなかったが、夫人の話を聞くうちにバルナバーシュ気持ちは変わっていった。


「いいんですか? 本人はなんともなくとも、他の団員たちが神経質になると思うんですけど」

 クラーラが金鉱山での護衛の依頼をして帰った後に、さっそくルカーシュが口出ししてきた。

 バルナバーシュもわかっている、麓の街ペニーゼには娼館が建ち並び、男たちの欲望を発散させることができるが、採掘場には男しかいない。そんな所にレネが行けばどうなるかくらい想像はできる。

 きっと面倒なことになる。

「——俺だってわかってるさ。ロランドやお前だって、あんな所には行かせねえよ。護衛にも適材適所ってもんがあるからな。でも今回は仕方ない」

「あれ……私の心配までしてくれてるんですか?」

 自分の名前が入っているのが予想外だったのだろう、ルカーシュが訊き返す。

「お前の場合はまったく逆だ、なんたって食い放題だからな」

「…………」 

 後ろの空気が一気に冷える。
 単なる冗談も通じないのがこの男の可愛い所だ。
 この前のパンツ騒ぎで、剣まで持ち出した自分も人のことを笑えないが、ことの経緯を後でレネから聞き出した時は大爆笑した。

 私邸二階で繰り広げられる師弟のキャットファイトは、バルナバーシュの癒やしでもある。
 きっとハヴェルに言ったら『お前……本気で言ってるのか?』と呆れられるだろうが、大戦で色んなものを見すぎたバルナバーシュにとっては、ナイフが飛んでこようが、多少の物が壊れようが、そんな争いなど他愛もないものだ。
 どうせルカーシュが、最後にレネを一発で伸すという形で終わりを迎えるのだ。大したことではない。

 応接室から執務室しごとばに戻ろうと扉に手を掛けたところで、後ろから飛んできたナイフを寸手ではたき落とし、バルナバーシュは何事もなかったかのような涼しい顔をして廊下へと出た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話

Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。 爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。 思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。 万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

処理中です...