菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
173 / 487
10章 運び屋を護衛せよ

18 お前はがんばった

しおりを挟む
◆◆◆◆◆


「おいレネ、愛人ってなんだよ」

 崖の下に置いている馬の所まで戻ると、ドプラヴセが興味津々で質問する。

(あーーー面倒くせえ。疲れてる時にそんなこと訊いて来んなよ……)

 レネは心の中で毒づく。

「愛人なんて俺は言ってねえよっ。『仕事は?』って訊かれたから『ある方の元でお世話になってます』って答えただけだからな。勝手にあっちが思い込んでただけだ」

 鐙に足を掛けながら、レネは言い返す。
 職業を知られたくない時にはそう言えと、以前ロランドから教えられていたことを言ったまでだ。

(横でゼラが顔を背けて肩を揺らしているが、どうしてだ?)

「それより、あれはどういうことなんだよ? お前は国に背く行為をしてたから鷹騎士団に追われてたんじゃないのか? あいつら、あんたがなにか見せたとたんにいきなり手を引きやがった……」

「そんなことより、領主の追手が付くかもしれねーから、さっさとずらかるぞ」

 ドプラヴセはまったくとりあってくれようとしない。

「なんだよ、少しは教えろよ。本当は戦える癖に弱いふりして、俺たちが徹夜で見張りする必要もなかったじゃないか……」

 今回の仕事は、この厄介な依頼人にペースを乱されっぱなしだ。

「グチグチうるせーんだよ。詳しいことは帰って師匠に訊け」

 レネは、恨みがましい目でドプラブセを睨んだ。
 ルカーシュが質問したらすぐに答えを返してくれるような、単純な性格ではないことをこの男だって知っているはずだ。

「まずはパソバニ領をさっさと抜けることが先決だ」

 ゼラからも釘を刺され、レネは黙り込む。

(——そうだ……まずは海岸線を抜けてプートゥまでたどり着かないと)


 夜通し走り続け、追手が付くこともなく、日が昇るころにはプートゥへと辿り着いた。
 もう人も馬もヘトヘトだ。
 
 コンラートたちがドプラヴセの人相書きを持って宿屋で訊き込みを行っていたせいで、プートゥの宿屋ではドプラヴセはお尋ね者になったままだ。
 三人はプートゥの町外れにある、なにも事情を知らなさそうなリンゴ農家の納屋を借りて、身体を休めることにした。
 ゼラは昼間なのに真っ暗な中の様子を、夜光石を取り出しざっと見ると、後ろの二人を中に入れる。

「はぁ~さすがに疲れたな……」

 早速ドプラヴセは置いてあった長椅子の上に当たり前のように陣取る。

 レネは壁に背を預け、顎を上げるとズルズルと床に座り込んでしまう。
 顔に出したくないのに、どうしても眉を顰めずにはいられない。

「腕を見せてみろ……やっぱり出血してるな」

(ああ……気付かれた……)

 動けないでいるレネの外套を脱がせると、血の染み込んだシャツを見て、今度はゼラが眉を顰める。
 いくら縫ったといっても、その後に剣を持って戦えば傷に響かないわけがない。
 移動中も手綱を握るのでさえ苦になっていた。

「お前も休め。このままだと倒れるぞ」

 レネも倒れたらゼラに迷惑をかけることはわかっている。
 他の二人と違い、二晩続けて眠っていない。
 ぶり返した傷の痛みと疲労で身体は限界なのだが、感覚が研ぎ澄まされて、引き締めた空気を緩めることができないでいた。

「……でも……ゼラに頼ってばっかりだ……」

 ルカーシュが一人でこなすはずの仕事を、レネは怪我をしてゼラに助けてもらってばかりだ。
 そんな弱い自分が許せなかった。

 ゼラは新しい包帯を巻き直すと、もう鼾をかいて爆睡しているドプラヴセを一瞥する。

「あいつを見習え」

(もう寝てやがる……どこまでもふてぶてしい奴だ)

「……無理言うなよ……」

(——この前みたいに息が止まって……そのまま動かなくなればいいのに……)

 レネは疲れているせいか、いつも以上に辛辣だ。
 そんな思いに駆られていてはますます眠れない。

「……っあ!?」

 ぐらりと身体が揺れたかと思うと、いきなりなにかにすっぽりと包まれた。
 ココヤシとシナモンの甘い香りが鼻の奥を刺激する。


◆◆◆◆◆


「お前、自分が弱いと思ってるだろ?」

 ゼラは座ったまま後ろからレネを抱き込むと、きっと葛藤しているであろう心の内を言い当ててやる。

(こいつはいつもそうだ……)
 
「……うん。オレだってゼラみたいに強い男になりたい。だからこんな女みたいな扱いをされると嫌だ……」

 レネはゼラの腕の中から抜け出そうと藻掻く。

「じっとしてろ。くっついてた方が温かいだろ。ヤン相手でも同じことをしている。別に女扱いなんかしてない」

 半分は出任せだ。
 さすがにヤンと抱き合ったりはしない。

 レネは怪我したところを、加虐趣味の気があるドプラヴセにいびられて、少しおかしくなっている。
 いつもはもう少し素直なはずだ。
 ずっとあの男と一緒で、気が立っているのだ。
 本当ならば眠り草でも飲ませて強制的に眠らせたいのだが、いつ敵が現れるかもわからない。
 でもなんとか気を緩めて休ませないといけない。
 
「お前は弱くない。俺がカマキリと戦ってたらたぶんもっとやられてた。お前だからその怪我で済んだんだ。それにもう、二日寝てないだろ? 囮役にもなったし俺より疲れるのは当たり前だ。このままだと本当に置いていく羽目になるぞ」

「…………」

(お前はその身体でじゅうぶんがんばった……早く眠れ……)

 レネの自尊心を傷付けるので決して口にはしないが、それがゼラの隠しようのない本心だった。
 
 灰色の髪を撫でると、手の平で顔を覆って目を閉じさせる。
 レネの身体から徐々に力が抜けてきた。

 先ほどよりも懐が温まり、ゆっくりと体重が後ろのゼラへとかかってくる。
 頬に落ちた灰色の睫毛を確認すると、ゼラも息を吐いて身体を弛緩させた。
 
 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

処理中です...