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10章 運び屋を護衛せよ
14 蓄積した疲労
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◆◆◆◆◆
一昨日から色々なことが起こり、レネは疲弊していた。
鷹騎士団を相手にしたかと思えば、今度はドプラヴセだ。
ただ些細な嘘をつかれただけだが、張りつめていた疲れがどっと出てくる。
渡された弁当を食べ終わると、ゼラがポンポンと自分のすぐ隣の地面を叩いている。
レネは本能的に吸い寄せられると、ゼラの隣へ身を滑らせた。
『少し休め』
ゼラはレネにだけ伝わる小声でそう言った。
ピタリと身体の一部をくっつけるだけで人肌の温もりが伝わり、身体が弛緩する。
自分より強い者にこうして触れている時だけ、レネは安心して身を委ねることができた。
ゼラはそれをわかっていて、自分を近くへ呼んだのだろう。
(——強がっても仕方ない。今は好意に甘えて素直になろう……)
「おい、そろそろ出発するぞ」
身体を伝ってゼラの声が聞こえる。
「——うん……ありがとう」
レネは名残惜しい温もりから離れると、身体を起こす。
眠ってはいないが、少しの間だけ警戒を緩め、自分を周りからシャットダウンしていた。
そうして、つかの間の休憩を終え、レネは再び仕事モードへと意識を戻す。
少しの時間だったが、先ほどよりも身体が軽くなった。
「もうしばらく進んで、そこから街道を逸れて海岸線を行くことになった」
休ませていた馬の所へと歩きながら、ゼラからそう教えられレネは頷く。
「街道沿いは鷹騎士団が待ち伏せしてそうだしな……」
「たぶんあっちに着くのは暗くなってからだろう。お前たちに護衛を頼んだのは、着いてからの方が命を狙われる可能性が高いからだ。これから気を引き締めて行くぞ」
今までになくドプラヴセの顔つきが厳しいものになっている。
「あんたの敵はカマキリや鷹騎士団だけじゃないのか?」
詮索するなと最初に釘を刺されていたが、敵がわからないと護衛のしようもない。
「お前のせいで時間を食っちまったからな、それは行きながら追々話す」
「ふんっ……誰のお陰で無事に抜け出せたと思ってんだよっ!」
やはりこの男はレネの平常心を乱すことばかり言ってくる。
「悪態つける元気が戻ってきたじゃねえか」
ニヤリと笑うとドプラヴセは馬に荷物を乗せ、鐙に足を掛けた。
街道をしばらく行くと、小さな集落が見えてくる。
一帯に見える畑作地帯は、痩せた土地のせいであまり農作物が穫れない。
これと言った産業もないので領民たちは貧しい暮らしを強いられているようだ。
この集落もなんだか皆一様に疲れた顔をしていて活気がなかった。
もしかしたら鷹騎士団の手の者が潜んでいるかもしれないので、三人は顔が見えないよう外套のフードをきっちり被って顔を隠しながら、人気のない海岸線の道へと馬を進める。
実際に来てみてわかったのだが、土地勘のない人間は、絶対この道に気付くことはないだろう。
海岸線は砂浜と切り立った崖が交互に存在し、そこを縫うように細い道が走っていた。
岬になっている領主の館が遠くに霞んで見えるが、あそこに辿り着くのはドプラヴセの言っていたように暗くなってからだろう。
最後はあの崖を登って屋敷に行かなければいけないのかと思うと今からうんざりする。
「おい、本番はこれからだぞ、今からそんな疲れた顔すんじゃねえ。お前ここに留守番しとくか?」
ドプラヴセはギロリとレネを睨む。
目的地が近くなってきて、ドプラヴセの顔も厳しいものになってきた。
「いや、行くに決まってるだろ」
レネは下唇をグッと噛んで気を引き締める。
「ここまで来たからな、お前たちにもちゃんと言っておく」
ドプラヴセはそう切り出すと、護衛二人に語りはじめた。
「レネが殺したあのカマキリは、パソバニ領主が送り込んだ刺客だ」
「……えっ!?——じゃあ領主の屋敷なんて行って大丈夫なのかよ?」
想像もしていなかった言葉にレネは思わず仰天する。
「だからお前たちを雇ったんだろ。俺を雇った依頼主は証拠隠滅のためにカマキリから殺された。だが俺がその証拠を持ち歩いているから、カマキリが俺を狙って来ていたのさ。鷹に追われてるのもその証拠のせいだ」
「依頼主はもう殺されたんだろ? なんで証拠をわざわざ領主の所に持って行くんだよ。あんた自分から殺されに行くようなもんだろ?」
レネはドプラヴセの言っている意味をよく理解できない。
「一応依頼を受けたからな。そこはちゃんと仕事しないとこの道で食っていけなくなる。それにもう何度も依頼主から仕事を請けて、この領主の元に手紙を運んでいる」
「手紙なんか荷馬車に頼めばいいのに」
たかが紙切れを運ぶのに、大金を払って依頼する意味を、レネは理解できない。
「馬鹿が。間違ってでも紛失したり中身を見られたら困るから俺みたいな仕事が成り立つんだよ」
「なんだよ、依頼主と領主はそれだけヤバいことしてたのかよ」
「そうだ。だから鷹騎士団が追っかけて来てたんだよ」
「証拠を渡したら、オレたちも共犯にならないのか?」
レネは犯罪に手を貸すのだけは避けたかった。
リーパの仕事には誇りを持っている。
「さあな。お前たちは俺の護衛で内容を知らないまま仕事をしてただけだろ。捕まったらただじゃ済まないかもしれないが、主犯じゃない」
確かに。だからリーパは物だけを運ぶ仕事はしていない。物は責任を持って本人に運んでもらって、その本人を護るというスタンスをとっている。
(——でも明らかに、怪しい物を運んでいたら駄目だろ……)
「おい……それじゃあオレとゼラはあんたの巻き添えを食らうじゃないか……」
「だから、捕まらないようにしないといけねーんだよ。それに一番の敵は間違いなくパソバニの領主だ。俺が運んでいるこの証拠を、あいつは喉から手が出るほど欲しがっている。物を受け取ったら、あいつは俺を口封じに始末しようとするだろう。これからが仕事の本番だ」
「なんだよ……だったら最初からそう言えよ! 心構えが変わってくるだろ」
「言ったら言ったで、ぶーぶー文句言って仕事しないだろ」
「そりゃあ……」
「ルカはいつも一人でこなしてるんだぜ」
「…………」
師匠と比較され、レネは黙り込む。
「ここにも一緒に来たことあるのか?」
元々用事さえ入らなければルカーシュが請けるつもりだったと聞いていた。
「いや、ここは依頼人が殺されるまでは身の危険は感じなかったからな。でも、もっとヤバい仕事もやってる」
(どうせ……ルカに比べたら、オレはただの使えない若造だ……)
しかし、依頼人に他の護衛と比較されるようなことを言われるのは、自分の仕事ぶりに不満がある証拠だ。
こんな依頼人でも、仕事は仕事なのでこのままではいけない。
「いいよ……ちゃんとあんたのことは護るから心配すんなよ」
「頼むぜ。護衛さんたちよ」
一昨日から色々なことが起こり、レネは疲弊していた。
鷹騎士団を相手にしたかと思えば、今度はドプラヴセだ。
ただ些細な嘘をつかれただけだが、張りつめていた疲れがどっと出てくる。
渡された弁当を食べ終わると、ゼラがポンポンと自分のすぐ隣の地面を叩いている。
レネは本能的に吸い寄せられると、ゼラの隣へ身を滑らせた。
『少し休め』
ゼラはレネにだけ伝わる小声でそう言った。
ピタリと身体の一部をくっつけるだけで人肌の温もりが伝わり、身体が弛緩する。
自分より強い者にこうして触れている時だけ、レネは安心して身を委ねることができた。
ゼラはそれをわかっていて、自分を近くへ呼んだのだろう。
(——強がっても仕方ない。今は好意に甘えて素直になろう……)
「おい、そろそろ出発するぞ」
身体を伝ってゼラの声が聞こえる。
「——うん……ありがとう」
レネは名残惜しい温もりから離れると、身体を起こす。
眠ってはいないが、少しの間だけ警戒を緩め、自分を周りからシャットダウンしていた。
そうして、つかの間の休憩を終え、レネは再び仕事モードへと意識を戻す。
少しの時間だったが、先ほどよりも身体が軽くなった。
「もうしばらく進んで、そこから街道を逸れて海岸線を行くことになった」
休ませていた馬の所へと歩きながら、ゼラからそう教えられレネは頷く。
「街道沿いは鷹騎士団が待ち伏せしてそうだしな……」
「たぶんあっちに着くのは暗くなってからだろう。お前たちに護衛を頼んだのは、着いてからの方が命を狙われる可能性が高いからだ。これから気を引き締めて行くぞ」
今までになくドプラヴセの顔つきが厳しいものになっている。
「あんたの敵はカマキリや鷹騎士団だけじゃないのか?」
詮索するなと最初に釘を刺されていたが、敵がわからないと護衛のしようもない。
「お前のせいで時間を食っちまったからな、それは行きながら追々話す」
「ふんっ……誰のお陰で無事に抜け出せたと思ってんだよっ!」
やはりこの男はレネの平常心を乱すことばかり言ってくる。
「悪態つける元気が戻ってきたじゃねえか」
ニヤリと笑うとドプラヴセは馬に荷物を乗せ、鐙に足を掛けた。
街道をしばらく行くと、小さな集落が見えてくる。
一帯に見える畑作地帯は、痩せた土地のせいであまり農作物が穫れない。
これと言った産業もないので領民たちは貧しい暮らしを強いられているようだ。
この集落もなんだか皆一様に疲れた顔をしていて活気がなかった。
もしかしたら鷹騎士団の手の者が潜んでいるかもしれないので、三人は顔が見えないよう外套のフードをきっちり被って顔を隠しながら、人気のない海岸線の道へと馬を進める。
実際に来てみてわかったのだが、土地勘のない人間は、絶対この道に気付くことはないだろう。
海岸線は砂浜と切り立った崖が交互に存在し、そこを縫うように細い道が走っていた。
岬になっている領主の館が遠くに霞んで見えるが、あそこに辿り着くのはドプラヴセの言っていたように暗くなってからだろう。
最後はあの崖を登って屋敷に行かなければいけないのかと思うと今からうんざりする。
「おい、本番はこれからだぞ、今からそんな疲れた顔すんじゃねえ。お前ここに留守番しとくか?」
ドプラヴセはギロリとレネを睨む。
目的地が近くなってきて、ドプラヴセの顔も厳しいものになってきた。
「いや、行くに決まってるだろ」
レネは下唇をグッと噛んで気を引き締める。
「ここまで来たからな、お前たちにもちゃんと言っておく」
ドプラヴセはそう切り出すと、護衛二人に語りはじめた。
「レネが殺したあのカマキリは、パソバニ領主が送り込んだ刺客だ」
「……えっ!?——じゃあ領主の屋敷なんて行って大丈夫なのかよ?」
想像もしていなかった言葉にレネは思わず仰天する。
「だからお前たちを雇ったんだろ。俺を雇った依頼主は証拠隠滅のためにカマキリから殺された。だが俺がその証拠を持ち歩いているから、カマキリが俺を狙って来ていたのさ。鷹に追われてるのもその証拠のせいだ」
「依頼主はもう殺されたんだろ? なんで証拠をわざわざ領主の所に持って行くんだよ。あんた自分から殺されに行くようなもんだろ?」
レネはドプラヴセの言っている意味をよく理解できない。
「一応依頼を受けたからな。そこはちゃんと仕事しないとこの道で食っていけなくなる。それにもう何度も依頼主から仕事を請けて、この領主の元に手紙を運んでいる」
「手紙なんか荷馬車に頼めばいいのに」
たかが紙切れを運ぶのに、大金を払って依頼する意味を、レネは理解できない。
「馬鹿が。間違ってでも紛失したり中身を見られたら困るから俺みたいな仕事が成り立つんだよ」
「なんだよ、依頼主と領主はそれだけヤバいことしてたのかよ」
「そうだ。だから鷹騎士団が追っかけて来てたんだよ」
「証拠を渡したら、オレたちも共犯にならないのか?」
レネは犯罪に手を貸すのだけは避けたかった。
リーパの仕事には誇りを持っている。
「さあな。お前たちは俺の護衛で内容を知らないまま仕事をしてただけだろ。捕まったらただじゃ済まないかもしれないが、主犯じゃない」
確かに。だからリーパは物だけを運ぶ仕事はしていない。物は責任を持って本人に運んでもらって、その本人を護るというスタンスをとっている。
(——でも明らかに、怪しい物を運んでいたら駄目だろ……)
「おい……それじゃあオレとゼラはあんたの巻き添えを食らうじゃないか……」
「だから、捕まらないようにしないといけねーんだよ。それに一番の敵は間違いなくパソバニの領主だ。俺が運んでいるこの証拠を、あいつは喉から手が出るほど欲しがっている。物を受け取ったら、あいつは俺を口封じに始末しようとするだろう。これからが仕事の本番だ」
「なんだよ……だったら最初からそう言えよ! 心構えが変わってくるだろ」
「言ったら言ったで、ぶーぶー文句言って仕事しないだろ」
「そりゃあ……」
「ルカはいつも一人でこなしてるんだぜ」
「…………」
師匠と比較され、レネは黙り込む。
「ここにも一緒に来たことあるのか?」
元々用事さえ入らなければルカーシュが請けるつもりだったと聞いていた。
「いや、ここは依頼人が殺されるまでは身の危険は感じなかったからな。でも、もっとヤバい仕事もやってる」
(どうせ……ルカに比べたら、オレはただの使えない若造だ……)
しかし、依頼人に他の護衛と比較されるようなことを言われるのは、自分の仕事ぶりに不満がある証拠だ。
こんな依頼人でも、仕事は仕事なのでこのままではいけない。
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