菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

12 訊きこみ

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◆◆◆◆◆


 コンラートたちは、昨日プートゥーに到着すると聞き込みを行ってドプラヴセの目撃情報を探したが、結果は芳しくなかった。

 今朝は日が登る前からドプラヴセがどこかの宿から出てこないか見張っている。
 だが、他の隊員たちも合わせて五人しおらず、どうしてもすべてを見て回れないので、人を雇って見張りを増やしている。

「どうだ?」

「いや~さっぱりですね……」

 ドプラヴセの足跡を掴めず捜索は難航していた。

 そんな中、この町一番の高級宿から、一人の人物が出てくる。
 一昨日の夜に傷を手当した青年だ。
 コンラートを目指して歩いてくる。

「君は……」

「あの……この前はありがとうございました」

 相変わらずの美青年ぶりだ。
 日の光の下で見ると、灰色と黄緑色のまるで猫のような珍しい色の組み合わせに、思わず目が吸い寄せられる。

(『運び屋』もこんな目立つ人物だともっと探しやすいのにな……)

 それにこんな美青年を追いかけるとなれば、隊員たちの士気も上がる。
 だが現実は冴えないおっさんを追いかけるという、地味な仕事だ。

「傷の方は大丈夫かい?」

 外套の上からは傷の様子がわからないが、ここまで移動してきているので、きっと大丈夫なのだろう。

「ええ、応急処置のお陰で熱も出ずに済みました。あの時は気が動転していて……お礼も言わず去ってしまって申しわけありませんでした」

 青年は非礼を詫び頭を下げた。

「そんなこと気にしないでいい。人から切りつけられた後だったんだ、動転もするさ」

「でも……あの時、消毒に使った酒代も払ってなかったし……せめてこれは受け取って下さい」

 青年からその時の酒代にしては少し多めの金額を渡される。

「そんなのはいいさ。私が好きでやったことだ。それよりも君、あの時のことで訊きたいことがあるんだがちょっと時間いいかい?」

「あ、はい」

 渡された金をまた青年に返し、彼を連れて、人通りの邪魔にならないよう道端まで避けて移動する。

「君は一昨日の夜に、知らない男からいきなり切りつけられたと言っていたが、相手の特徴を覚えているかい?」

「いえ……あまりにも怖くて、相手の顔を見る前に逃げてしまったんで……」

「そうか……」

 改めて青年を見ると、目元が少し赤くなって、目の下には隈もありなんだか疲れて見える。
 それがまたこの美青年を、いっそう危うい雰囲気にさせ、見る者を惑わせていく。

「実はね……あの後、歓楽街の路地裏から刃物で切りつけられて殺された男の死体が発見されたんだ」

 コンラートは、またこの青年に会うことがあったらずっとこのことを訊いてみたいと思っていたのだ。
 殺されたカマキリは裏稼業に身を投じていたので、殺されたとあってもわざわざ犯人の捜索はしない。
 だが、腕の立つプロの『始末屋』を殺したのが誰であるか興味はあった。
 
 この青年はカマキリとなにか接点があるのではないか?
 コンラートの勘がそう告げている。

「え……!? じゃあ、オレを切りつけた犯人にその男も殺されて?」

 驚きに開かれた青年の唇から、白い歯と唇よりも少し赤みを帯びた舌先がちらりと覗く。
 まだ朝だというのに、青年が現れてから、いけない方向へ思考が回る。

「いや……殺された男は、『始末屋』と呼ばれている男で、そう簡単に殺されるような男ではないんだ」

「だったら……?」

「もしかしたら、君を襲ったのがその『始末屋』じゃないのかと思ってね。あいつはナイフ使いだ。君もナイフで切りつけられたんだろ?」

「でもどうしてオレを?」

 青年は事情が飲み込めず、不思議そうな顔をしている。

「それが知りたくてね。君の名前は?」

「レネです」

「申し遅れたが、私は鷹騎士団小隊長のコンラートだ」

 そう言うとコンラートは右手を差し出す。
 おずおずと、レネはその手をとり握手する。

(あれ?)

「君、剣の心得が?」

 華奢な手の平は以外にも硬かった。

「ええ、護身術として子供のころから習っているのですが、このザマです」

 レネは眉尻を下げて情けなく笑う。

「ふだんはどこに住んでなんの仕事を?」

「メストに住んでます。仕事は……言い辛いんですが、今はある方にお世話になっています……」

 青年は俯いて言葉を濁す。

「へ?」

 コンラートは思わず間抜けな声を上げてしまった。
 
 こんな美青年がそういう言い方をするとしたら——

(……金持ちか貴族の……愛人なのか?)

 貴族だったらこれ以上は深く踏み込めない。

 カマキリとの接点を探り出そうと思っていたのに、青年の発言とともにどこかへ四散した。

「どうか……お察し下さい」

 この言い方は、ほぼそう思って間違いないだろう。

「では、連れとは……」

 その主人と一緒に来ているから、高い宿に泊まってるのかもしれない。

「いいえ。今回はお使いでペレリーナまで行くことになったので……供の者と一緒です。あの……もうそろそろ出発の時間なので……」

 レネはしきりと後ろを気にしだしている。

「ああ、じゃあ最後に。なんで君はコジャーツカ族の剣を持っているんだ」

「これですか? 軽くて扱いやすいからと、主人が持たせてくれたものです」

 レネは黒い鞘ごと手にとって、コンラートに持たせる。

「本当だ。こんなに軽いのか!?」

 想像以上に剣は軽く、コンラートは興味津々で観察する。

「でも、どうしてこんな剣を……」

 一通り観察すると、レネに剣を返す。

「さあ……東国の大戦の戦利品だったようなことをチラリと聞いたくらいです」

 ヒネクが言っていたように、やはり東国の大戦が関係していたのか。

「ありがとう。私たちも同じ方角へ向かっているので君とはまた会うかもしれない。なにかあったらまた話を訊かせてくれ」

「わかりました」

 レネは一礼すると、また宿の方へと走って戻っていった。
 わざわざ、コンラートに礼を言うために外まで出てきたのだろう。

(律儀な青年だ……)

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