163 / 445
10章 運び屋を護衛せよ
8 遅いな
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「おい、遅いな。なにかあったんじゃないのか?」
ドプラヴセは、飲み屋の二階の連れ込み宿に、ゼラと肩を抱き合って部屋に入り、しばらくレネの帰りを待っていたが、まだレネは帰って来ない。
「大丈夫だ。あいつが負けることはない」
部屋に入るとたんドプラヴセの身体を突きとばして、これ以上寄るなとばかりに睨みをきかせていたゼラが口を開く。
「言い切るな」
「最初の一撃でだいたいわかる」
「でもカマキリは強いぞ」
「レネを誰の弟子だと思ってる」
ドプラヴセは妖艶なバードの姿を思い浮かべる。
「確かに……」
そう言っている間に、人の気配が廊下にしたかと思うと、誰かが扉を叩く音がする。
『オレ……』
レネが帰ってきたようだ。
ゼラが鍵を開けて扉を開く。
「遅かったな」
「——色々あって……」
レネは浮かない顔をしている。
視線を落とすと腕に巻いた布には血が滲んでいた。
「腕を怪我したのか?」
だが、他に大きな怪我もないようだ。
カマキリ相手にこれだけで済むとは、ゼラの言った通りレネはそうとうな腕の持ち主だ。
(さすがルカの弟子なだけはある……)
「誰が手当した?」
ゼラはレネの怪我よりも、そっちの方が気になるようだ。
「鷹騎士団の隊長。ドプラヴセって男を知らないかって訊かれたけど知らんぷりしといた……」
「馬鹿が……」
ゼラは呆れている。
「お前なんで無事に帰ってこれたんだよ!」
ドプラヴセは思わず叫んだ。
姿を見られて、ご丁寧に応急処置までしてもらっている。
なにがどうなれば『鷹』がそんなもてなしをしてくれるのか、ドプラヴセは理解できない。
「オレがあんたの連れとは想像もしてないんじゃないか? オレは善良な市民だし」
(カマキリを仕留めに行った奴がなにを言う……)
シレッと言ってのけるレネに、ドプラヴセは少しムッとする。
「ちゃんとカマキリは仕留めたのか?」
肝心なのはここだ。
「ああ。路地裏の奥に見つかりにくいように隠しといた」
外套を脱いでレネは椅子に座る。
「『鷹』にお前は面が割れたわけだな……怪我もしたし……。これから先のことを考えたらゼラと二人で行った方がいいかな……」
ドプラヴセはちょっとムッとしていることもあって、心にもないことを口に出す。
「嫌だ……オレも行かせてくれ」
レネは捨てられた猫みたいな必死な顔をして、ドプラヴセを見つめる。
(おっと……)
それがドプラヴセの嗜虐心をくすぐった。
「お前が鷹騎士団に見つかったお陰で、動きづらくなったしな……」
「絶対バレないようにするから……」
確かに面は割れたが、自分の連れだとは思われていない。
アチラもレネには親切に接しているようだし、相手を撹乱するのにこれから先なにかと使えるかもしれない。
「お前、絶対俺の言うこと聞くか?」
「はい」
今のところ返事だけは従順だ。
師匠と違い、こういう所はまだ可愛げがあるかもしれない。
「——いいだろう」
急にしおらしくなったレネに、わざともったいぶって告げる。
少し生意気な猫には、誰が雇い主かちゃんとわからせておいた方がいい。
「一緒に行くなら腕を縫った方がいいかもしれない、腕を見せてみろ」
ゼラが自分の鞄からなにか道具を取り出している。
「一応消毒はやってもらったけど」
そういいながらレネはシャツを脱いでゼラに腕を差し出す。
部屋の明かりを明るくして照らされたレネの裸体は、ドプラヴセの想像以上だった。
腕の怪我以外は傷一つない輝く白い肌に、食って下さいと言わんばかりの薄いピンク色の乳首ときた。
思わずいやらしい笑みが口元に漏れてしまう。
(うわーー泣かせてみてぇ……)
師匠のルカにも同じ欲望を感じているが、あの男はまったくとりあってくれない。
他の男とは寝るくせに、『仕事仲間とは関係を持つ気はない』と断られ続けている。
ドプラヴセの鬱積した思いが、まとめてレネへと向けられる。
「そりゃあ、こんな身体してたら、誰も剣士だって思わねえだろ」
騎士団の男たちも、まんまと騙されるわけだ。
「悪かったな貧弱で」
どうやらレネは自分の外見に劣等感を抱いているようだ。
ルカのように開き直ってしまうまでは、まだ年月が必要なのかもしれない。
「思ったより深いな……一応消毒し直して、傷口が開かないように縫う。これを咥えとけ」
ゼラは綺麗に畳まれた布を、くるくると筒状にしてレネに渡した。
「え……さっき消毒はしたって」
レネの顔が青くなる。
麻酔無しで縫うのは相当な苦痛だ。
「酒をかけただけだろ? ちゃんと傷の中までやっておかないと化膿して護衛どころじゃなくなる」
「——わかった……」
ゼラが持ち出してきた小さな道具入れの中には、ピンセットに脱脂綿、針と糸が入っていた。
(裁縫セットかよ……)
ドプラヴセはあることを思いつき、ニヤリと笑う。
「ちょっと待て……」
ゼラから渡された布を口に咥えようとしたレネを止める。
「おい、遅いな。なにかあったんじゃないのか?」
ドプラヴセは、飲み屋の二階の連れ込み宿に、ゼラと肩を抱き合って部屋に入り、しばらくレネの帰りを待っていたが、まだレネは帰って来ない。
「大丈夫だ。あいつが負けることはない」
部屋に入るとたんドプラヴセの身体を突きとばして、これ以上寄るなとばかりに睨みをきかせていたゼラが口を開く。
「言い切るな」
「最初の一撃でだいたいわかる」
「でもカマキリは強いぞ」
「レネを誰の弟子だと思ってる」
ドプラヴセは妖艶なバードの姿を思い浮かべる。
「確かに……」
そう言っている間に、人の気配が廊下にしたかと思うと、誰かが扉を叩く音がする。
『オレ……』
レネが帰ってきたようだ。
ゼラが鍵を開けて扉を開く。
「遅かったな」
「——色々あって……」
レネは浮かない顔をしている。
視線を落とすと腕に巻いた布には血が滲んでいた。
「腕を怪我したのか?」
だが、他に大きな怪我もないようだ。
カマキリ相手にこれだけで済むとは、ゼラの言った通りレネはそうとうな腕の持ち主だ。
(さすがルカの弟子なだけはある……)
「誰が手当した?」
ゼラはレネの怪我よりも、そっちの方が気になるようだ。
「鷹騎士団の隊長。ドプラヴセって男を知らないかって訊かれたけど知らんぷりしといた……」
「馬鹿が……」
ゼラは呆れている。
「お前なんで無事に帰ってこれたんだよ!」
ドプラヴセは思わず叫んだ。
姿を見られて、ご丁寧に応急処置までしてもらっている。
なにがどうなれば『鷹』がそんなもてなしをしてくれるのか、ドプラヴセは理解できない。
「オレがあんたの連れとは想像もしてないんじゃないか? オレは善良な市民だし」
(カマキリを仕留めに行った奴がなにを言う……)
シレッと言ってのけるレネに、ドプラヴセは少しムッとする。
「ちゃんとカマキリは仕留めたのか?」
肝心なのはここだ。
「ああ。路地裏の奥に見つかりにくいように隠しといた」
外套を脱いでレネは椅子に座る。
「『鷹』にお前は面が割れたわけだな……怪我もしたし……。これから先のことを考えたらゼラと二人で行った方がいいかな……」
ドプラヴセはちょっとムッとしていることもあって、心にもないことを口に出す。
「嫌だ……オレも行かせてくれ」
レネは捨てられた猫みたいな必死な顔をして、ドプラヴセを見つめる。
(おっと……)
それがドプラヴセの嗜虐心をくすぐった。
「お前が鷹騎士団に見つかったお陰で、動きづらくなったしな……」
「絶対バレないようにするから……」
確かに面は割れたが、自分の連れだとは思われていない。
アチラもレネには親切に接しているようだし、相手を撹乱するのにこれから先なにかと使えるかもしれない。
「お前、絶対俺の言うこと聞くか?」
「はい」
今のところ返事だけは従順だ。
師匠と違い、こういう所はまだ可愛げがあるかもしれない。
「——いいだろう」
急にしおらしくなったレネに、わざともったいぶって告げる。
少し生意気な猫には、誰が雇い主かちゃんとわからせておいた方がいい。
「一緒に行くなら腕を縫った方がいいかもしれない、腕を見せてみろ」
ゼラが自分の鞄からなにか道具を取り出している。
「一応消毒はやってもらったけど」
そういいながらレネはシャツを脱いでゼラに腕を差し出す。
部屋の明かりを明るくして照らされたレネの裸体は、ドプラヴセの想像以上だった。
腕の怪我以外は傷一つない輝く白い肌に、食って下さいと言わんばかりの薄いピンク色の乳首ときた。
思わずいやらしい笑みが口元に漏れてしまう。
(うわーー泣かせてみてぇ……)
師匠のルカにも同じ欲望を感じているが、あの男はまったくとりあってくれない。
他の男とは寝るくせに、『仕事仲間とは関係を持つ気はない』と断られ続けている。
ドプラヴセの鬱積した思いが、まとめてレネへと向けられる。
「そりゃあ、こんな身体してたら、誰も剣士だって思わねえだろ」
騎士団の男たちも、まんまと騙されるわけだ。
「悪かったな貧弱で」
どうやらレネは自分の外見に劣等感を抱いているようだ。
ルカのように開き直ってしまうまでは、まだ年月が必要なのかもしれない。
「思ったより深いな……一応消毒し直して、傷口が開かないように縫う。これを咥えとけ」
ゼラは綺麗に畳まれた布を、くるくると筒状にしてレネに渡した。
「え……さっき消毒はしたって」
レネの顔が青くなる。
麻酔無しで縫うのは相当な苦痛だ。
「酒をかけただけだろ? ちゃんと傷の中までやっておかないと化膿して護衛どころじゃなくなる」
「——わかった……」
ゼラが持ち出してきた小さな道具入れの中には、ピンセットに脱脂綿、針と糸が入っていた。
(裁縫セットかよ……)
ドプラヴセはあることを思いつき、ニヤリと笑う。
「ちょっと待て……」
ゼラから渡された布を口に咥えようとしたレネを止める。
43
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話
Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。
爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。
思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。
万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる