菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

7 ちょっと君

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◆◆◆◆◆


 チェスタで飼っている情報源から、ドプラヴセがプートゥ方面へ街道を進んで行ったという情報を得ると、コンラートは次の宿場町ホリスキーへと向かった。
 それにどうやら、同行者が後二人いるらしい。

(物を運ぶだけじゃないのか?)
 
 チェスタで休憩を挟んで情報を集めていたので、ホリスキーに着いたころには夜遅くになっていた。
 一応町の中を一通り見廻ってから、どの町にもいる鷹騎士団の駐在の所に泊まろうと、取り敢えず夜中でも賑わっている歓楽街の方へと足を運んだ。
 
 どこへ行っても、この青い制服を着て歩いているだけで人々は自然と避けて道をあける。
 そんなに怖がらせるつもりはないのに……とちょっと寂しい気持ちにもなる。
 道の端へ避ける人々にふと目をやると、腕に怪我をした人物がいた。
 外套で顔は見えないが、まだ治療もしていない様なので気になった。

(私たちは人々を怖がらせるためにいるんじゃないってとこを見せとかないとな……)

「君ちょっとこっちに来なさい」

 ニッコリ笑って話しかける。

「えっ……」

 だが、いきなり話しかけられた人物は驚きを隠せないようだ。

「腕に怪我をしてるだろ? 止血だけでもした方がいい。どこか店を借りて手当しよう」

「だっ大丈夫です。このくらいの怪我……」

 声からしてまだ自分よりも若い青年だ。
 灰色の髪がフードからこぼれているのが見える。

「消毒だけでもしといた方がいい。処置が悪ければ後で腕を切断しないといけなくなるかもしれない」

「でも……」

 明らかに怯えている。
 だがちゃんと応急処置だけはした方がいい。

「ほら、遠慮しないで。ヒネクどこか明るい店はないか?」

 目の前に、二階が連れ込み宿になっている飲み屋があったが、さすがにそこはまずい。

「ああ、あそこにまともな居酒屋がありますよ」

 ヒネクがここら辺では珍しく、白っぽい明かりに照らされた健全そうに見える居酒屋を指さす。
 ぞろぞろ行っても商売の邪魔をするだけなので、ヒネク以外の隊員は先に宿泊先へ行かせる。

「お前たちは先に駐在の所へ行っといてくれ。よし、行こう」
 
 半ば強引に青年の腕をとって、居酒屋へと歩いていくが、想像していたより細い腕に心許なさを感じた。


「ほら、そこに座って。店主、金はちゃんと払うからこの店で一番度数の高い酒をくれ」

 居酒屋に入ると、店主に断りを入れて店の端の方を貸してもらうことができた。

「隊長、厨房でお湯と綺麗な布ももらってきましょうか」

 そう言ってヒネクは厨房の方へと歩いて行った。
 ベテランだけあってこういった治療にも慣れている。

「傷を見るから、外套を脱いでシャツを片方だけでいいから肌蹴てくれないか?」

 言われて、青年は渋々と外套を脱ぐと、華奢な身体が露わになる。

 だがそれよりも、急に現れた場違いな美貌に、コンラートは言葉を発せず固まった。

「……!?」

(なんで、こんな子が?)

 コンラートが動揺している間にも、青年は言われた通りにシャツの右側だけ袖から腕を抜いた。
 腕の傷を見なければいけないのだが、コンラートはその艶めかしい色をした胸の飾りへ、ついつい目が吸い寄せられる。
 酒を持ってきた店主も、急に現れた美青年をジロジロと無遠慮に見ていた。

「君、この傷はいったいどうしたんだい?」

「知らない男から急に追いかけられて……ナイフで切りつけられました」

 青年は目を伏せ怯えながら、襲われた時の様子を話した。

 一応腰に剣を提げてはいるが、見るからにお飾りだとわかる。
 旅人の格好をしているので、護身用として持ち歩いているのだろう。
 最初顔を見た時に、どっかの男娼が逃げ出したのかとも思ったが、こんな美青年はメストでもなかなかお目にかかれない。

(この容姿に目がくらんだ輩の仕業か?)
 
 洗面器にお湯と、布を持ってきたヒネクも、青年の姿を見て洗面器のお湯を零しそうになった。

「こりゃまた……お前さんみたいなのが、こんないかがわしい場所を一人でうろついたら危ないだろ。一人旅かい?」

「いいえ、連れがいます。済ませたい用事があったので一人で外を歩いてたんです」
 
 洗面器を受け取り、お湯を染み込ませた布で血を拭き取っていく。

「ああ、けっこうバッサリやられてるな」

「綺麗な肌なのに……もったいない」

 隣でヒネクが眉を顰めて嘆いている。
 男相手に言う言葉ではないのだが、コンラートもその意見には同意する。

 剣の道に進んだ人間は、多少の傷が身体に残るが、この青年は露出している肌に傷一つない。
 自分たちと違い、戦いとは無縁の生活をしているんだろう。

「ちょっと染みるけど我慢しろよ」

 コンラートはグラスに入った蒸留酒を、ドバドバと青年の傷口にかけると、青年の噛み締められた口から、くぐもった悲鳴が上がる。

「んっ……くっ……」

(なんかイケナイことをしてるみたいだ……)

 善意で市民の治療をしているだけなのだが、なんだか後ろめたい気分になってくる。
 
 本当はもっとちゃんと消毒してあげたいのだが、ここでやったらきっとこんな控えめな悲鳴では済まない。
 それこそこの店の営業妨害になってしまう。

「ここでは応急処置しかできないから、明日必ず医者に診せなさい。わかったね」

 言い聞かせるようにまだ苦悶に歪む青年の顔をのぞき込むと、止血も兼ねてギュッと清潔な布で腕の傷を縛った。

「っ…………」

「よし、できた。……ところで君、私たちはある人物を追っているんだが、見かけなかったかい?」

 ヒネクが自分のポケットから人相書きを出した。

「ドプラヴセという三十半ばの男なんだが」

 人相書きを見ても青年の表情は動かない。

「さあ……知りません。この人がなにをしたんですか?」

 シャツに腕を通しながら、黄緑色の瞳がコンラートをチラリと見た。

「それは言えないな……」

 青年は人相書きなど見るのは初めてなのか、少し好奇心が湧いたようだ。
 だが、捜査内容は一般市民には漏らすことはできない。
 
「そうですよね……——あの、どうもありがとうございました。連れも心配してると思うのでオレ戻ります」

 服を着終わると立ち上がり、青年はもう一度コンラートの方を見てペコリと頭を下げる。

「ああ、危ないから送ってくよ」

 コンラートも腰を上げたが——

「大丈夫です。ありがとうございましたっ」

 そう言い残すと、脱兎のごとく店を飛び出して行った。

「はぁ、そんなに逃げるように出ていかなくてもいいのに……」

 処置に使った道具を片付けながら、コンラートはため息を漏らす。

「まあ、俺たちなんてそんなもんですよ。それにしても滅多に見かけないほどの美青年でしたね」

「連れも、帰りが遅いんで心配してるだろうな……」

 それも怪我して戻ってきたとなると大変だ。


「でも引っかかるんですよね……あの青年が腰から提げていた剣は、東国のコジャーツカ族のものです。なんであんな物騒な剣を持っていたんでしょうね?」

 自分の顎髭を撫でながら、ヒネクは頭を捻る。
 さすがベテラン。目の付け所が違う。

「コジャーツカ族? あの勇猛果敢と恐れられている?」

「はい、あの反りの強い剣は間違いないです。私も昔戦ったことがありますから」

 ヒネクは昔、東国の大戦に派遣されていた。

「なんでもいいから、持ってるだけじゃないのか?」

 あの青年が人を斬ったりしているところなど想像もつかない。

「まあそうかもしれませんね。剣もまだ真新しかったし。でもなんかあの美青年……私の中で引っかかる所があるんですよね……なんだったか……年をとってくると物忘れが酷くなっていけませんな……」

 そんなことを話しながら二人は夜中でも賑わいを見せる歓楽街を歩き、宿泊場所となる駐在の所へと移動した。
 

 翌日、歓楽街の路地裏の隅で、一人の男の遺体が発見された。
 噂を聞きつけ、現場に駆け込んだコンラートとヒネクは我が目を疑った。

「カマキリっ!?」

 変わり果てた姿を見て、思わず声を上げる。

「こいつを殺るなんて相当な腕じゃないと無理ですよ。それも腹と胸の二発で仕留めてる。こりゃ相手は相当な手練れですね」

(そんな奴がこの町をうろついているのか……)
 
「昨日の明るいうちには死体は無かったそうだから、殺されたのは昨夜だな」

 そう言えば……昨日の青年もいきなり男から切りかかられたと言っていたが……まさか、カマキリを殺した人物に襲われたのだろうか?


 コンラートは昨夜の、あの場には場違いなほどの美青年を思い出し首を傾げた。

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