菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

5 レネの攻略法

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◆◆◆◆◆


「鷹騎士団があいつを追ってるってどういうことだよ」

 レネは部屋へ入った瞬間に、ずっと我慢していたのであろう疑問をぶつけてきた。

 こいつは妙な正義感があり一々うるさい。

「…………」
 いつも通りゼラはシカトする。
 
 レネが副団長の仕事を任されたのはなんとなくわかる。
 しかし、なぜレネと自分の組み合わせなのだろう?

 決闘騒ぎの時に団長が、自分のマントを纏わせてレネを連れ帰ってきた。
 最近入団した実子と決闘し、連れ戻して来た。
 あれはある意味『こいつが跡継ぎだ』と言っていたようなものだ。

 もうレネも二十歳だ。後を継ぐのなら学ばなければいけないことが沢山ある。
 今回の仕事もその一環だろう。

 レネは強い。秋に鍛錬で手合わせした時も、あろうことかナイフを奪われてしまった。
 外見に似合わず執念深い所がある。
 華奢でこういう中性的な外見は戦いに不利だと思われがちだが、そんなことはない。
 不利な要素の分だけ相手は舐めてかかる。それがレネのアドバンテージだ。
 レネはそこを一気に攻めていく。

 この戦い方は師匠のルカーシュそっくりだ。
 団長代行の時に、ゼラは鍛練場に現れるルカーシュの戦い方を研究していた。

 普通は実戦的な戦い方と言えば、泥臭く不格好なものが多い。
 しかし、コジャーツカ剣を持ったルカーシュの戦い方は違った。
 まるで舞踏のように一つ一つの動きが洗練され、見る者を魅了する。
 コジャーツカの剣はゼラの祖国で使われるシャムシールと形が似ており、その動きにも共通点があった。
 ゼラは、いつかルカーシュと剣を交えてみたいという願望を抱いている。

 そして実は……もうずいぶん前から、ルカーシュが副団長の顔を作っていることにゼラは気付いていた。
 年は三十半ばと聞いていたが、こっそり夜中に出ていくルカーシュは二十代後半くらいにしか見えない。
 そして、一歩後ずさりしたくなるほどその姿は妖艶だ。

 レネは鈍いのでまったく気付いていなかったが、ドプラヴセが最初にルカーシュとレネを『美味そう』と言ったのも、副団長ではなく裏の顔の『ルカ』として会っていたからだろう。
 整ってはいるが、お世辞にも副団長のルカーシュはまったく美味そうには見えない。

 団長がルカーシュにレネを任せたのも、属性が同じだからだ。

 こういう属性の男を相手に戦う時はどうするか。
 もともと加虐癖があれば、なにも悩むことなく喜んで戦えるのだが、大抵の人間は綺麗なものを傷付けるのに躊躇う。
 ゼラもそうだ。
 だがそこは、団長のバルナバーシュから学んだ。
 とにかく、心を鬼にして接するしかない。
 レネはどこから見ても『猫』だが、同じ『犬』だと思って戦うしかない。
 
 だが、自分がボロボロにしたレネを見た時、心が抉られそうになった。
 以前も、顔に痣を作って外で震えてるだけでも見ていられず、思わず手を差し伸べてしまったくらいだ。

 一度手合わせしただけで、自分はここまで心が削られているのに、養父である団長は毎回どれだけ心を痛めているのだろうか……考えただけで頭が下がる思いだ。

 だがこれも、レネが生きていくために必要な強さを手に入れるためだ。
 団長がそう考える限り、自分も心を鬼にしてレネに接していくしかない。
 どこかに甘えが入ると、それがレネの弱さに繋がってしまうかもしれない。

 団長が大切にしているものは、絶対守り抜く。
 レネもリーパも。
 それがゼラの想いだ。
 

 ゼラは以前、ある盗賊団の護衛をしていた所を、たまたま通りかかったバルナバーシュに拾われた。
 次々と盗賊たちを殺していく中、バルナバーシュは自分にだけ止めを刺さなかった。

『お前は濁った目をしていない。俺たちと来ないか?』

 狼のような瞳に見つめられて、誰が断れようか……。
 あの時初めて自分は『犬』で、主人を求めてたのだと気付かされた。
 それ以来、なにがあっても団長について行こうと決めた。


「……なあゼラ、聞いてる? 鷹騎士団に追われてるってことは、あいつは悪いことしてるんだろ? 間接的にオレたちも手を貸してることになるじゃん。王様からの貰いもんでリーパはできたんだろ? そんなことしていいのかよ?」

 またこいつはつまらないことで悩んでいる。

 団長が間違ったことをするはずがない。
 犬は黙って言うことを聞く。
 ただそれだけだ。

「お前は団長を信じられないのか?」

 部屋には簡易的な寝台と長椅子があったが、レネは長椅子に自分の寝床を整えながら、急に口を開いたゼラを振り返る。

「そんなんじゃない……」

(だったらなぜ俺に訊く。いちいち面倒な奴だ……)

「じゃあ寝ろ」

 ゼラは少し強めの口調でそう言うと、自分も寝台に横になりブランケットを被ってレネに背を向けた。


◆◆◆◆◆

 
 あれからカマキリはチェスタを昼過ぎに出て、日が落ちるころには宿場町の一つホリスキーに着いた。
 だが町で訊き込みをしても奴らの目撃情報はない。
 ここまで来てやっと、自分がドプラヴセを追い越して来たことに気付いた。

 こうなったら待ち伏せして仕留めるしかない。
 カシュパルを始末するまでは、自分の不手際でこんな仕事が増えると想定していなかった。
 たった一人で目的の人物を追って殺すのは負担が大きい。

 チェスタで情報屋から仕入れたネタだと、護衛の一人は黒い肌の背の高い男だと聞いた。
 顔はわからないが、この国で南国人の特徴を持つ男は珍しい。
 ホリスキーは夜光石の産地で、町から少し離れた街道沿いでも夜になれば明々と街灯が灯っている。
 なので夜でも肌の見分けはつく。
 それを踏まえてカマキリは、町の手前の街道沿いに見張りを雇って、肌の黒い男が通ったらすぐに知らせろと言い残し、街道から入り込んだ木陰で少しの間睡眠をとった。
 
 眠っている間にも、目的の人物はホリスキーにまだ到着していないようだ。
 なので途中で起こされるもなく熟睡できた。
 多少眠って頭もスッキリしたので、あとは自分で待ち伏せをしようと、カマキリは再び街道沿いへと向かう。
 
 相手は馬で移動している。それも護衛を二人連れて。
 待ち伏せしたとして、一人でどうやって馬に乗った三人を止めるのだ?

 すべてが後手後手になってしまい、行きあたりばったりの行動しかできていない。
 この世界では、一つの油断が命取りになる。
 カマキリは今回の仕事に焦りを感じていた。

(——しっかりしろ……生き残れないぞ)

 そう自分に言い聞かせて、なにかいい案はないかと必死に頭を絞る。



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