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10章 運び屋を護衛せよ
2 運び屋
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◆◆◆◆◆
ノックもなしに、ルカーシュがレネの部屋へと入り込んできた。
いつもはきっちり結んでいる薄茶色の髪を解いて、一文字に引き締められている色のない口元も、今は鮮やかな花のように綻んでいる。
もう見慣れてはいるが、副団長の仮面をとったルカの顔だ。
どうやったら昼間のお堅い顔が作り出せるのか、いつも執務室へ行った時に観察しているのだが、いまだ謎は解けない。
「お前は明後日からゼラと二人で俺の代わりに、ある人物の護衛をやってもらう」
「なんだよ急に……」
もう遅い時間だし、ベッドの中でウトウトしていたのに、この男はいつもとうとつだ。
軽く仕事の説明をした後に、ルカーシュはこう続ける。
「俺の代理で仕事を請けるんだ絶対失敗するなよ」
「わかってるって。あんたもちゃんと護衛の仕事やってたんだ……」
いつも団長の後ろに控えているだけかと思ったので意外だ。
もしかして……今までも姿が見えない時は、誰かの護衛をやってたのだろうか?
「お前……自分の師匠のこと、馬鹿にしてるだろ?」
いつの間にか、頬にピタリとナイフの刃をあてられていた。
この男は予備動作をせずに行動を起こすので、次の動きが読みづらい。
「いや……そんなことないって……ただ、護衛もやるんだなって思っただけ」
「それが、馬鹿にしてるってんいうんだよ。お前はすぐ顔に出るその癖をどうにかしろ」
ぴたぴたと刃で頬を叩かれる。
「今度の相手は厄介だからな。お前みたいな馬鹿はいい玩具《おもちゃ》にされるのが目に見える……」
酷い言いようだが、もしかしたらルカーシュは自分のことを心配してくれているのかもしれないと思った。
「とにかく、今までの仕事と少し事情が違うから気を引き締めて行け」
ルカーシュはそう言い残して部屋から出ていった。
翌日、ルカーシュが言わんとしていた言葉の意味を、レネは理解する。
「ルカに弟子がいるって聞いた時はびっくりしたけど、師匠だけじゃなく弟子も美味そうじゃないか。ちょっと青いけどな……」
依頼主の男が開口一番に言う言葉としては不適切だと思う。
初対面の男にジロジロとまるで珍獣でも見るかのように観察され、レネは居心地が悪かった。
(——なんだこいつ?)
この男の喋っている言葉はドロステアの公用語であるアッパド語なのだが、レネにはなにを言っているのかまったく理解できない。
(弱そうならまだわかる。美味そうってなんだ? ルカと俺は食い物なのか?)
「そのくらいわかれよ……」とばかりに、後ろでゼラからも冷笑されているが、レネは思わず首を捻る。
でも、考えていても仕方ない、とりあえず自己紹介してさっさと仕事に移ろう。
「ええと……オレはレネで、隣がゼラ」
「俺はドプラヴセだ。……またこっちもいい男じゃねえか。リーパは顔面審査でもあるのか?」
そう言いながらフードを下ろしたゼラの顔を無遠慮に覗き込むドプラヴセは、三十代後半のくたびれた男で、どこにでもいるようなこれといって特徴がない顔をしている。
本来ならルカーシュの仕事だったのだが、ちょうど他の用事と重なり、今回はレネとゼラが受け持つことになった。
ざっと話は聞いているが、表では言えないような後ろ暗い所のある仕事らしい。
待ち合わせの場所も歓楽街のよくわからん建物の一室だ。
目立たない服装でと言われていたので、レネとゼラはごく一般的な旅人の格好をしている。
「簡単な話は聞いていると思うが、俺の護衛をパソバニに行って帰ってくるまでやってもらう。途中なにが起ころうとも詮索はするな」
なにも事情を知らないまま護衛することなんて難しい。『詮索するな』なんて無理だ。
そして、ドプラヴセという男、見るからに怪しい。
(ルカはこんな得体の知れない男とも一緒に仕事をしているのか……)
たぶんレネが知っている師の顔は、ほんの一部でしかないのだ。
そういう意味ではルカーシュもドプラヴセと同類だ。
こういった男たちを見ていると、単純すぎる自分がまるで子供みたいに思えてくる。ルカーシュに『馬鹿』と言われるのも頷ける。
追いつこうと思って追いかけている背中が遠い。
日の当たる場所から暗闇を見つめても、明るさに慣れた目では闇を見通すことはできない。
闇の中に、自分も足を踏み込まねば。
「あんたは『運び屋』だって聞いてるけど?」
それだけしかルカーシュからは知らされていない。
ゼラと二人なのでレネが喋らないと、なにも進まない。
「ああ、今回も護衛を頼むほどには危険な仕事だ」
人のことを言えないが、ドプラヴセは見るからに弱そうなのに、なぜそんな危険な仕事をしているのだろうか。
だがこれを口にしたら、またゼラから冷笑されるに違いないので、心の中に止めておく。
「パソバニにはどうやって行くんだ?」
レネはチェスタの先にあるプートゥには行ったことがあるが、その北にあるパソバニにはまだ行ったことがなかった。
隣国レロに向かう街道からも外れているし、用がないとわざわざ行く所ではない。
「パソバニまでは馬で行く予定だ。馬はメストを出てから調達する。行き方は俺が決めるから、お前たちは護衛に専念してくれ。時間がないんだ急ごう」
ドプラヴセは先を急いでいる様子だ。会った時からずっと落ち着きがない。
レネは気になることばかりだったが、いま釘を刺されたばかりなので質問するわけにもいかない。
ゼラの方をちらりと盗み見するが、ゼラはいつも通りに涼しい顔をしている。
(大人だなぁ……)
夜中になると、荷馬車の荷台に隠れて三人はメストを出発し、途中の小さな村で馬を買うと、まずは最初の大きな街チェスタへと向かった。
ノックもなしに、ルカーシュがレネの部屋へと入り込んできた。
いつもはきっちり結んでいる薄茶色の髪を解いて、一文字に引き締められている色のない口元も、今は鮮やかな花のように綻んでいる。
もう見慣れてはいるが、副団長の仮面をとったルカの顔だ。
どうやったら昼間のお堅い顔が作り出せるのか、いつも執務室へ行った時に観察しているのだが、いまだ謎は解けない。
「お前は明後日からゼラと二人で俺の代わりに、ある人物の護衛をやってもらう」
「なんだよ急に……」
もう遅い時間だし、ベッドの中でウトウトしていたのに、この男はいつもとうとつだ。
軽く仕事の説明をした後に、ルカーシュはこう続ける。
「俺の代理で仕事を請けるんだ絶対失敗するなよ」
「わかってるって。あんたもちゃんと護衛の仕事やってたんだ……」
いつも団長の後ろに控えているだけかと思ったので意外だ。
もしかして……今までも姿が見えない時は、誰かの護衛をやってたのだろうか?
「お前……自分の師匠のこと、馬鹿にしてるだろ?」
いつの間にか、頬にピタリとナイフの刃をあてられていた。
この男は予備動作をせずに行動を起こすので、次の動きが読みづらい。
「いや……そんなことないって……ただ、護衛もやるんだなって思っただけ」
「それが、馬鹿にしてるってんいうんだよ。お前はすぐ顔に出るその癖をどうにかしろ」
ぴたぴたと刃で頬を叩かれる。
「今度の相手は厄介だからな。お前みたいな馬鹿はいい玩具《おもちゃ》にされるのが目に見える……」
酷い言いようだが、もしかしたらルカーシュは自分のことを心配してくれているのかもしれないと思った。
「とにかく、今までの仕事と少し事情が違うから気を引き締めて行け」
ルカーシュはそう言い残して部屋から出ていった。
翌日、ルカーシュが言わんとしていた言葉の意味を、レネは理解する。
「ルカに弟子がいるって聞いた時はびっくりしたけど、師匠だけじゃなく弟子も美味そうじゃないか。ちょっと青いけどな……」
依頼主の男が開口一番に言う言葉としては不適切だと思う。
初対面の男にジロジロとまるで珍獣でも見るかのように観察され、レネは居心地が悪かった。
(——なんだこいつ?)
この男の喋っている言葉はドロステアの公用語であるアッパド語なのだが、レネにはなにを言っているのかまったく理解できない。
(弱そうならまだわかる。美味そうってなんだ? ルカと俺は食い物なのか?)
「そのくらいわかれよ……」とばかりに、後ろでゼラからも冷笑されているが、レネは思わず首を捻る。
でも、考えていても仕方ない、とりあえず自己紹介してさっさと仕事に移ろう。
「ええと……オレはレネで、隣がゼラ」
「俺はドプラヴセだ。……またこっちもいい男じゃねえか。リーパは顔面審査でもあるのか?」
そう言いながらフードを下ろしたゼラの顔を無遠慮に覗き込むドプラヴセは、三十代後半のくたびれた男で、どこにでもいるようなこれといって特徴がない顔をしている。
本来ならルカーシュの仕事だったのだが、ちょうど他の用事と重なり、今回はレネとゼラが受け持つことになった。
ざっと話は聞いているが、表では言えないような後ろ暗い所のある仕事らしい。
待ち合わせの場所も歓楽街のよくわからん建物の一室だ。
目立たない服装でと言われていたので、レネとゼラはごく一般的な旅人の格好をしている。
「簡単な話は聞いていると思うが、俺の護衛をパソバニに行って帰ってくるまでやってもらう。途中なにが起ころうとも詮索はするな」
なにも事情を知らないまま護衛することなんて難しい。『詮索するな』なんて無理だ。
そして、ドプラヴセという男、見るからに怪しい。
(ルカはこんな得体の知れない男とも一緒に仕事をしているのか……)
たぶんレネが知っている師の顔は、ほんの一部でしかないのだ。
そういう意味ではルカーシュもドプラヴセと同類だ。
こういった男たちを見ていると、単純すぎる自分がまるで子供みたいに思えてくる。ルカーシュに『馬鹿』と言われるのも頷ける。
追いつこうと思って追いかけている背中が遠い。
日の当たる場所から暗闇を見つめても、明るさに慣れた目では闇を見通すことはできない。
闇の中に、自分も足を踏み込まねば。
「あんたは『運び屋』だって聞いてるけど?」
それだけしかルカーシュからは知らされていない。
ゼラと二人なのでレネが喋らないと、なにも進まない。
「ああ、今回も護衛を頼むほどには危険な仕事だ」
人のことを言えないが、ドプラヴセは見るからに弱そうなのに、なぜそんな危険な仕事をしているのだろうか。
だがこれを口にしたら、またゼラから冷笑されるに違いないので、心の中に止めておく。
「パソバニにはどうやって行くんだ?」
レネはチェスタの先にあるプートゥには行ったことがあるが、その北にあるパソバニにはまだ行ったことがなかった。
隣国レロに向かう街道からも外れているし、用がないとわざわざ行く所ではない。
「パソバニまでは馬で行く予定だ。馬はメストを出てから調達する。行き方は俺が決めるから、お前たちは護衛に専念してくれ。時間がないんだ急ごう」
ドプラヴセは先を急いでいる様子だ。会った時からずっと落ち着きがない。
レネは気になることばかりだったが、いま釘を刺されたばかりなので質問するわけにもいかない。
ゼラの方をちらりと盗み見するが、ゼラはいつも通りに涼しい顔をしている。
(大人だなぁ……)
夜中になると、荷馬車の荷台に隠れて三人はメストを出発し、途中の小さな村で馬を買うと、まずは最初の大きな街チェスタへと向かった。
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