菩提樹の猫

無一物

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8章 全てを捨てて救出せよ

11 大会議室

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◆◆◆◆◆ 


 早朝から大会議室の中には、現場に出ている以外の団員全員が集まっていた。
 非番だけでも優に五十を超える団員たちは制服替わりの松葉色のサーコートを着て、団長たちが来るのを待っている。
 まだ主役不在の壇上には、恭しくドロステア王国国旗とリーパ護衛団団旗が掲げられていた。

「なにが始まるんだ?」

「急な呼び出しだったよな」

「戦争でも行くわけじゃああるまいし……」

 ガチャ。
 扉が開くとともに、団長と副団長が姿を現す。
 団員たちはいっせいに気を付けの姿勢をとり、団長が壇上へと上がると一斉に敬礼を行った。

 リーパ護衛団はよく躾けられた犬の集団だ。
 犬たちはその集団に君臨するバルナバーシュへ絶対服従を示さなければならない。

 元々の創設者は先代団長で、バルナバーシュの父親だ。
 戦果を挙げた大戦で、王から報奨としてこの土地と剣を賜ったことから始まる。
 一見美談のようだが、この話には裏がある。

 ドロステア王国が直接関わっていた戦争が一旦落ち着き、多くの騎士や傭兵が職を失った。
 職を失った男たちが多い国は必ず争いがおこる。
 それを憂いた先代国王は、戦の英雄の一人とされるバルナバーシュの父を、王都メストに土地を与え、いつでも監視できる場所へと縫い留めたのだ。

 蔑ろにしたら一気に反乱分子として、王国の敵となる可能性がある。
 騎士でありながらも騎士団に所属していなかったバルナバーシュの父親に、手厚く報奨を与え職を無くした騎士や傭兵を集めさせ、護衛専門の傭兵団を結成させるのに手を貸した。

 そして本来は神殿所属である癒し手が複数人いようとも、国は見て見ぬふりをしていた。
 実は、リーパのような成り立ちをした傭兵団がメストにはもう一団体あるのだが、リーパが護衛を専門とすることで、そことはちゃんと棲み分けもできている。

 職にあぶれた武人たちを国費を傷めずに、民間で救済するこの仕組みは今の所上手くいっている。
 こうして戦争から国内経済の発展へと上手くシフトさせ、ドロステア王国は豊かに国を保っているのだ。

 そんな傭兵団の団長が、自分たちを集めていったいなんの話をするのだろうかと、団員たちの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
 犬たちの上に君臨するのに相応しい、野生の狼の様な雄の美しさを持ったその男に、皆が注目する。
 壇上の中央へとバルナバーシュが立つと、大会議室の中に集まる男たちは固唾を飲んで見守った。

「忙しいなか朝早くから集まってもらってすまない。今日は君たちに伝えなければならないことがある」

 間をおいて、右から左へと、団員一人一人の顔を見るようにバルナバーシュは目を凝らす。

「——私は、この場をもってリーパ護衛団団長を辞任する」

 誰もが予想もつかなかった発言に、大会議室は騒然となった。

「団長っ!」
「なぜ辞めるんですかっ」
「団長」
「どういうことです……」

「一個人として……どうしても取り戻さなければいけないものができたからだ。なお、しばらくは副団長のルカーシュを団長代行とする。以上!」

 松葉色のサーコートを脱いでルカーシュに渡すと、バルナバーシュは大会議室を後にした。

 室内に残された団員たちはバルナバーシュが告げた言葉を咀嚼するために、ザワザワと騒めく。
 そして団員たちはあることに気付くのだ。

 いつも犬たちの中に一匹だけ混じっていた、猫がいないと……。
 

◆◆◆◆◆
 

 レオポルトが食堂で朝食を終え、食後のお茶を飲んでいる所に、誰かがやって来る。

「最近ずっとこちらに入り浸りだが、楽しいことでもあるのか?」

 いきなり現れた人物にレオポルトは狼狽する。
 煌めく金髪に空色の瞳。貴族然とした上品な美貌。
 レオポルトが、なりたかった理想の存在がそこにいた。

「兄上……」

 テーブルの向かいに座ると、使用人が急いでお茶の支度をする。
 レオポルトの兄のラファエルは、くすみのない美しい青い瞳で弟を見つめる。

 こんなすべてを兼ね備えた兄にも人には言えない傷があった。
 幼いころに誘拐され、異国に金髪碧眼奴隷として南国の王族に売られていったラファエルは、十年後に奇跡の帰還を果たす。
 そして、レオポルトのものだったはずの嫡男の地位に、一気に返り咲いた。

 この事実は、一部の人間しか知らない。
 それだけではない、レオポルトはもう一つ、兄の秘密を知っている。

 まだ、兄が帰って来て間もないころのことだ。

 ふと「兄になにか弱点はないのだろうか?」と思い、レオポルトは大胆にもラファエルの部屋に忍び込んだことがある。
 ラファエルは私室に使用人が入って来るのを極端に嫌がり、着替えもすべて自分で行っていた。

(きっと兄上はなにかを隠している)

 そこでレオポルトは、とんでもないものを目撃してしまったのだ。
 物陰からこっそりとラファエルの寝室の様子を窺う。
 レオポルトに背中を向けるような形で、ラファエルは寝台に腰掛けると上着を脱ぎ、背中に零れる長い金髪を前にまとめ髪を梳き始めた。

 露わになった兄の背中に、普通ならあり得ないモノが見えた。

(——奴隷の焼き印だ……)

 驚きに思わず声を上げそうになるのを、両手で口を押え必死にこらえた。
 改めて、兄がおかれていた悲惨な環境を想う。
 奴隷として海を渡る時、食事も満足に与えられず命を落すものも多いと聞く。

 焼きごてを押し付けられて、どれだけ痛かっただろうか?
 それもまだ、幼い子供のころの話だ。
 奴隷として辛酸を舐めるような目に遭って来たのに、その間、レオポルトはぬくぬくと嫡男の座に居座っていたのだ。

 兄の居場所を奪っていたのはもしかして……自分の方なのではないか?

 それからというもの、レオポルトは兄を憎むことができなくなっていた。
 兄に憎しみをぶつけられないぶん、己が歪んで行く。


 そんな思いなど知る由もなく、運ばれたお茶を優雅に飲みながら、ラファエルは弟に問いかける。

「レオポルト、ここの地下室に閉じ込めてるのは誰だ?」

「えっ!?」

 バルトロメイが兄にレネのことを伝えたのだろうか!?

「いったいなにがあったんだ? 正直に話しなさい」

 諭して聞かせるようにラファエルは話しかける。

(正直に話したら、レネを手放さなければならない……)

 そこへ、まるで助け船のように、使用人の声がした。


「——レオポルト様、玄関へお客様がお出でです」

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