122 / 506
8章 全てを捨てて救出せよ
6 ところでお婆様
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「お婆様、お誕生日おめでとうございます。ここはいつ来ても、あの堅苦しい屋敷と違って開放的で美しいです」
祖母の手をとって、レオポルトは恭しく口づけした。
「まあレオポルト、私と貴方はいつも気が合うのね。私もあの息苦しい屋敷は嫌だわ。貴方もしばらくこちらで過ごしたらいいわ。庭のアーモンドの花がもう何日かしたら咲くのよ、そうしたら庭で一緒に花を見ながらお茶なんてどうかしら?」
レオポルトの瞳と同じ色のドレスを身に纏った老女は、堅苦しい伝統と格式を重視する貴族社会より、開放的で自由な空気を好んだ。
バルチーク伯爵邸では、良い思い出がないのだろう。
「それは素晴らしい提案ですね。ぜひそうさせていただきます」
「ほんとに貴方はこんなに良い子なのに、どうして皆ラファエルばかり……」
「お婆様……兄上を悪く言わないで下さい。兄上は異国で大変苦労なさってこちらに戻ってこられたのですから」
少し愁いを帯びた目で、真剣に祖母を見つめる。この想いに嘘はない。
「まあ……貴方はいつも兄想いの弟なのね」
「兄上も私のことを想って下さってますから。ところでお婆様、部屋の隅に控えている者たちはこの屋敷の使用人ですか?」
レオポルトは、お仕着せを着た若い男たちに目を向けた。
「ああ、あの青年たちはリーパ護衛団から派遣された護衛さんたちよ。あんまり物々しい格好をされたらせっかくのパーティーが台無しになるから、使用人の格好をしてもらっているの」
「——リーパ護衛団……」
◆◆◆◆◆
ヴィートは仕事を終え、リーパ護衛団本部の一階にある食堂で食事をしていると、見習い仲間のアルビーンが隣の席に座ってきた。
「おい、猫さんとの護衛どうだった?」
「いや……それがさ……びっくりだよ」
今日あったできごとを思い出し、ヴィートは騒めいた気持ちが蘇る。
気持ちを落ち着けるように、付け合わせの人参をフォークで刺して口へと運んだ。
「どうしたんだよ?」
アルビーンはヴィートが人参を咀嚼している間も待ちきれない様子だ。
「俺……見ちゃったよ、団長の息子」
レネが言っていた通り、団長そっくりの男前だった。
あそこまで似ていると、いきなり息子と名乗られても疑う余地がない。
「どこで見たんだよ」
「ん、護衛先だよ。そいつも貴族の護衛をしてたんだ」
「なんだそりゃ……親子で同じ仕事かい」
「それがさ……レネがその貴族に絡まれてたんだ。以前もどっかで会ったことあるみたいでさ、あいつ絶対ヤバい奴だ」
あのレオポルトと言う名の男の、レネを見つめる眼差しが尋常ではなかった。
「……そんなにやっかいな奴なのか?」
「団長の息子が止めても、レネにずっとベタベタ触っててさ、付きまとってどこに普段はいるのか居場所を聞き出そうとするんだ。レネは教えてなかったけど」
思い出すだけでも悔しくなり、ヴィートは拳をグッと握りしめる。
雇い主の客人にたて突くわけにもいかず、ヴィートはずっと我慢してその様子を見ているしかなかった。
「猫さんもあっちこっちで大変だな。私邸にいる先輩が言ってたけど、あんまり周りが団長の息子について、猫さんに訊くもんだから、嫌気がさして外で暮らしてる団員の所に身を寄せてるらしいな」
「身を寄せてるって誰のとこだよ?」
思わず訊き返す。
(だいだいこいつはどこでそんな情報を仕入れて来てるんだ……)
「狐のとこに行ってるみたいだぞ」
「へ!? マジで?」
ヴィートはロランドの顔を思い出す。
一度一緒に仕事をしたことがあるが、優男の外見を裏切る殺伐とした感じの男だった。
(あんな男とよく一緒に寝起きできるな……)
「でも、まさか猫さんが団長の養子だなんて思わなかったよな……あんなのを見た後に知ったからよけいにな……」
ヴィートは、バルナバーシュに顔を踏みつけられているレネの姿が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
アルビーンもきっと同じ光景を思い出しているのだろう。
団員たちが噂で言ってたように、団長はレネを実の息子の身代わりにしていたのだろうか?
レネの気持ちを想うと、養父のもとを出て行ったのも頷ける。
◆◆◆◆◆
あれからレオポルトは人を雇って、リーパ護衛団の周辺を探った。
すると驚きの事実が明らかになってきた。
こんなことがあっていいのだろうか?
レネはリーパ護衛団の団長の養子だと言うではないか。
だからあんなに強かったのだ。
そしてなんと……兄が見張り役に付けたバルトロメイが、その団長の実の息子だと聞いた時には変な笑いがこみ上げてきた。
数日前に、本部に実の息子と名乗る団長そっくりの青年が訪ねてきて、大騒ぎになったそうだ。
そして養子のレネは居辛くなったのか、敷地内にある養父の家に戻っていないらしい。
バルトロメイはレオポルトにこのことを黙っていた。
詰問したら、リーパに父親を訪ねに行く以前から仲良くなり、父親の養子だと聞き驚愕したのだそうだ。
これ以上レネの邪魔をするつもりはなかったので、バルトロメイは早々と本部を後にしたらしい。
「はっはっはっはっは……」
笑いが止まらない。
団員たちから訊き出した話では、レネはあの華奢な身体で護衛をするために、まさしく血の滲むような鍛練をこなしているらしい。団長自ら行う時は、それは目を背けたくなるほど壮絶だそうだ。
その努力の結果、団員たちの中でもレネと勝負して勝てるのは一握りの人間しかいない存在にまでになった。
自分の居場所をリーパへ作るために、レネは死に物狂いで努力したのだ。
そこにいきなり現れた、自分の立場を脅かす存在。
そして、その存在を憎みきれない歯痒さ。
まるで……自分たち兄弟のようではないか。
(今のレネならばきっと、私の苦しみをわかってくれる……)
レオポルトはそう確信すると、次の手に移るべく画策し始めた。
レネを手に入れるなら、養父の元を離れている今しかない。
「お婆様、お誕生日おめでとうございます。ここはいつ来ても、あの堅苦しい屋敷と違って開放的で美しいです」
祖母の手をとって、レオポルトは恭しく口づけした。
「まあレオポルト、私と貴方はいつも気が合うのね。私もあの息苦しい屋敷は嫌だわ。貴方もしばらくこちらで過ごしたらいいわ。庭のアーモンドの花がもう何日かしたら咲くのよ、そうしたら庭で一緒に花を見ながらお茶なんてどうかしら?」
レオポルトの瞳と同じ色のドレスを身に纏った老女は、堅苦しい伝統と格式を重視する貴族社会より、開放的で自由な空気を好んだ。
バルチーク伯爵邸では、良い思い出がないのだろう。
「それは素晴らしい提案ですね。ぜひそうさせていただきます」
「ほんとに貴方はこんなに良い子なのに、どうして皆ラファエルばかり……」
「お婆様……兄上を悪く言わないで下さい。兄上は異国で大変苦労なさってこちらに戻ってこられたのですから」
少し愁いを帯びた目で、真剣に祖母を見つめる。この想いに嘘はない。
「まあ……貴方はいつも兄想いの弟なのね」
「兄上も私のことを想って下さってますから。ところでお婆様、部屋の隅に控えている者たちはこの屋敷の使用人ですか?」
レオポルトは、お仕着せを着た若い男たちに目を向けた。
「ああ、あの青年たちはリーパ護衛団から派遣された護衛さんたちよ。あんまり物々しい格好をされたらせっかくのパーティーが台無しになるから、使用人の格好をしてもらっているの」
「——リーパ護衛団……」
◆◆◆◆◆
ヴィートは仕事を終え、リーパ護衛団本部の一階にある食堂で食事をしていると、見習い仲間のアルビーンが隣の席に座ってきた。
「おい、猫さんとの護衛どうだった?」
「いや……それがさ……びっくりだよ」
今日あったできごとを思い出し、ヴィートは騒めいた気持ちが蘇る。
気持ちを落ち着けるように、付け合わせの人参をフォークで刺して口へと運んだ。
「どうしたんだよ?」
アルビーンはヴィートが人参を咀嚼している間も待ちきれない様子だ。
「俺……見ちゃったよ、団長の息子」
レネが言っていた通り、団長そっくりの男前だった。
あそこまで似ていると、いきなり息子と名乗られても疑う余地がない。
「どこで見たんだよ」
「ん、護衛先だよ。そいつも貴族の護衛をしてたんだ」
「なんだそりゃ……親子で同じ仕事かい」
「それがさ……レネがその貴族に絡まれてたんだ。以前もどっかで会ったことあるみたいでさ、あいつ絶対ヤバい奴だ」
あのレオポルトと言う名の男の、レネを見つめる眼差しが尋常ではなかった。
「……そんなにやっかいな奴なのか?」
「団長の息子が止めても、レネにずっとベタベタ触っててさ、付きまとってどこに普段はいるのか居場所を聞き出そうとするんだ。レネは教えてなかったけど」
思い出すだけでも悔しくなり、ヴィートは拳をグッと握りしめる。
雇い主の客人にたて突くわけにもいかず、ヴィートはずっと我慢してその様子を見ているしかなかった。
「猫さんもあっちこっちで大変だな。私邸にいる先輩が言ってたけど、あんまり周りが団長の息子について、猫さんに訊くもんだから、嫌気がさして外で暮らしてる団員の所に身を寄せてるらしいな」
「身を寄せてるって誰のとこだよ?」
思わず訊き返す。
(だいだいこいつはどこでそんな情報を仕入れて来てるんだ……)
「狐のとこに行ってるみたいだぞ」
「へ!? マジで?」
ヴィートはロランドの顔を思い出す。
一度一緒に仕事をしたことがあるが、優男の外見を裏切る殺伐とした感じの男だった。
(あんな男とよく一緒に寝起きできるな……)
「でも、まさか猫さんが団長の養子だなんて思わなかったよな……あんなのを見た後に知ったからよけいにな……」
ヴィートは、バルナバーシュに顔を踏みつけられているレネの姿が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
アルビーンもきっと同じ光景を思い出しているのだろう。
団員たちが噂で言ってたように、団長はレネを実の息子の身代わりにしていたのだろうか?
レネの気持ちを想うと、養父のもとを出て行ったのも頷ける。
◆◆◆◆◆
あれからレオポルトは人を雇って、リーパ護衛団の周辺を探った。
すると驚きの事実が明らかになってきた。
こんなことがあっていいのだろうか?
レネはリーパ護衛団の団長の養子だと言うではないか。
だからあんなに強かったのだ。
そしてなんと……兄が見張り役に付けたバルトロメイが、その団長の実の息子だと聞いた時には変な笑いがこみ上げてきた。
数日前に、本部に実の息子と名乗る団長そっくりの青年が訪ねてきて、大騒ぎになったそうだ。
そして養子のレネは居辛くなったのか、敷地内にある養父の家に戻っていないらしい。
バルトロメイはレオポルトにこのことを黙っていた。
詰問したら、リーパに父親を訪ねに行く以前から仲良くなり、父親の養子だと聞き驚愕したのだそうだ。
これ以上レネの邪魔をするつもりはなかったので、バルトロメイは早々と本部を後にしたらしい。
「はっはっはっはっは……」
笑いが止まらない。
団員たちから訊き出した話では、レネはあの華奢な身体で護衛をするために、まさしく血の滲むような鍛練をこなしているらしい。団長自ら行う時は、それは目を背けたくなるほど壮絶だそうだ。
その努力の結果、団員たちの中でもレネと勝負して勝てるのは一握りの人間しかいない存在にまでになった。
自分の居場所をリーパへ作るために、レネは死に物狂いで努力したのだ。
そこにいきなり現れた、自分の立場を脅かす存在。
そして、その存在を憎みきれない歯痒さ。
まるで……自分たち兄弟のようではないか。
(今のレネならばきっと、私の苦しみをわかってくれる……)
レオポルトはそう確信すると、次の手に移るべく画策し始めた。
レネを手に入れるなら、養父の元を離れている今しかない。
56
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。
狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。
表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。
権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は?
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
【注意】※印は性的表現有ります
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
御伽の空は今日も蒼い
霧嶋めぐる
BL
朝日奈想来(あさひなそら)は、腐男子の友人、磯貝に押し付けられたBLゲームの主人公に成り代わってしまった。目が覚めた途端に大勢の美男子から求婚され困惑する冬馬。ゲームの不具合により何故か攻略キャラクター全員の好感度が90%を超えてしまっているらしい。このままでは元の世界に戻れないので、10人の中から1人を選びゲームをクリアしなければならないのだが……
オメガバースってなんですか。男同士で子供が産める世界!?俺、子供を産まないと元の世界に戻れないの!?
・オメガバースもの
・序盤は主人公総受け
・ギャグとシリアスは恐らく半々くらい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる