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8章 全てを捨てて救出せよ
5 とつぜんの再会
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◆◆◆◆◆
まだ肌寒いが、春の訪れは確実に来ていた。
庭に植えられたクロッカスの紫色の花が一番乗りで咲いていたが、それだけでは足りないとばかりに広い庭の随所に、温室で育てられたチューリップや色とりどりのビオラの花が鉢植えにされ飾られていた。
屋敷の中では、女主人の誕生会に向け使用人たちが忙しく動き回っている。
ドロステアでは、誕生日を迎えた本人が家族や客を招待して、食事を振舞い皆で祝うのが一般的だ。
早朝から警備を担当するリーパの団員たちも、ドレイシー夫人の屋敷に集まり最終的な打ち合わせをして、今終わったところだ。
「お前と一緒に仕事する日が来るなんてな……」
「俺、いつかあんたと一緒に仕事するんだって、頑張ったんだからな」
レネは秋にポリスタブから連れて来た少年を見つめる。
なんだか、最初逢った時よりも少し目の位置が高くなったような……。
もう、少年というより青年と言った方がしっくりくるのかもしれない。
レネはくすぐったい気持ちになった。
屋敷の門の前にはサーコートを着た護衛を二人並べて、屋敷の中は招待客に威圧感を与えないように、使用人の格好をして警備に当たっている。
レネとヴィートは誕生会の会場になる広間の担当だ。
室内で帯剣するわけにもいかないので、いざとなればナイフや小道具で戦うことが得意な二人を選んである。
今はまだ屋敷の中は準備で忙しいので、ひとまず庭で待機中だ。
「——それより、あんたいま大変そうだな……」
(ほら、きた……)
レネは内心舌打ちする。
たぶん、団内でもこの噂でもちきりのはずだ。
「もうオレはうんざりだよ」
団長の実の息子が現れ、レネはバルナバーシュから部屋を追い出されてしまった。
「俺知らなかった。レネが団長の養子だって」
「別にお前にわざわざ言うほどのことでもないだろ。孤児になったところを、オレたち姉弟は団長に拾われたんだよ。オレは十歳の時だったし、別に父親って感じじゃあないけどな……」
そう、バルナバーシュを父親と思ったことなど一度もない。
「あんたも、色々抱えてたんだな……」
ヴィートは気の毒そうにレネを見つめる。
「オレがそんなにお気楽に見えたか?」
(深刻に見えるよりも、そっちがいい)
「いや、なんかね……——でも俺も団長の息子っての見てみたかったかも……」
レネはハシバミ色の屈託のない瞳を思い浮かべる。
「びっくりするくらいそっくりだぞ。ちょっと息子の方が口元が緩いけど」
人の好さが表れているようなその表情を思い出し、レネは笑う。
こんな状態になっても、バルトロメイのことは憎めない。
「なんだよそれ……」
「ん、安心しろ。お前なんかと比べ物にならないほど男前だから」
バルナバーシュは別物として、ボリス、ゼラ、バルトロメイは、レネの中で今の所、美男の三巨頭として横に並んでいる。
姉に三人並べて見せてあげたら、さぞかし喜ぶことだろう。きっと恋人のボリスは苦い顔をすると思うが。
「別にそんなこときいてないし、男は顔じゃない、強さだ!」
ヴィートは言い切った。
「残念だな……あいつは間違いなくお前より強い」
「——なんだよさっきから……」
(ちょっといじりすぎたか?)
本気でヴィートが悔しそうなそぶりを見せるので、レネは少し反省する。
「大丈夫だって、お前だって研修期間をすっとばして現場に大抜擢されるくらいだからな。それも団長本人の推薦だぞ将来性を見込まれたんだろう」
クレノット村から帰った後の鍛練の時、まさかヴィートがゼラから自分を庇って負傷するなんて思ってもいなかった。
いつものように医務室で目覚め、ボリスからそのことを聞かされた時に、レネはヴィートをリーパに連れて来たのは間違いじゃなかったことを実感した。
護衛は人を護ることが仕事だ。
身を挺して護衛対象を護らないといけない時もあるが、なかなか身体は動かない。
敵を倒すことよりも難しいことを、ヴィートはやってのけたのだ。
それも団員の中で最強と謳われるゼラ相手に。
「でも俺はどんな人間でも護ろうとは思えない……こんな仕事してんのにな……クズみたいな護衛対象に失望してばっかりだよ」
ヴィートは苦笑いする。
「そんなの、誰だっていっしょさ。でもとっさに身体が反応するようになるしかない」
いちいち心が動いていたらこの仕事はできない。
馬の蹄の音がして、レネはふと門の方に目を向けた。
「もう、誰か着いたのか? やけに早いな……」
門からアプローチを通って若い男二人が、正面玄関に向かって歩いて来る。
レネたちは邪魔にならないように庭の端の方へと避けた。
それなのに、足音がこちらに向かって来る。
「——どうして……君がここに?」
どんどんと相手がレネの方へと近付いて来るが、青灰の瞳に見つめられ、レネはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり——気が付いたら抱きしめられていた。
「レネっ……会いたかった……」
「……レオポルト様……」
(どうしてここに?)
そして……レオポルトの肩越しに見えるヘーゼルの瞳に、レネはまるで頭を殴られたような衝撃を受けた。
(バルトロメイっ……!?)
人懐っこさは嘘みたいに消え、自分が知っている顔とは違う、狼のように厳しい顔をした青年がそこにいた。
二人は、レオポルトの身体を挟んで、驚きに立ちすくんでいた。
まだ肌寒いが、春の訪れは確実に来ていた。
庭に植えられたクロッカスの紫色の花が一番乗りで咲いていたが、それだけでは足りないとばかりに広い庭の随所に、温室で育てられたチューリップや色とりどりのビオラの花が鉢植えにされ飾られていた。
屋敷の中では、女主人の誕生会に向け使用人たちが忙しく動き回っている。
ドロステアでは、誕生日を迎えた本人が家族や客を招待して、食事を振舞い皆で祝うのが一般的だ。
早朝から警備を担当するリーパの団員たちも、ドレイシー夫人の屋敷に集まり最終的な打ち合わせをして、今終わったところだ。
「お前と一緒に仕事する日が来るなんてな……」
「俺、いつかあんたと一緒に仕事するんだって、頑張ったんだからな」
レネは秋にポリスタブから連れて来た少年を見つめる。
なんだか、最初逢った時よりも少し目の位置が高くなったような……。
もう、少年というより青年と言った方がしっくりくるのかもしれない。
レネはくすぐったい気持ちになった。
屋敷の門の前にはサーコートを着た護衛を二人並べて、屋敷の中は招待客に威圧感を与えないように、使用人の格好をして警備に当たっている。
レネとヴィートは誕生会の会場になる広間の担当だ。
室内で帯剣するわけにもいかないので、いざとなればナイフや小道具で戦うことが得意な二人を選んである。
今はまだ屋敷の中は準備で忙しいので、ひとまず庭で待機中だ。
「——それより、あんたいま大変そうだな……」
(ほら、きた……)
レネは内心舌打ちする。
たぶん、団内でもこの噂でもちきりのはずだ。
「もうオレはうんざりだよ」
団長の実の息子が現れ、レネはバルナバーシュから部屋を追い出されてしまった。
「俺知らなかった。レネが団長の養子だって」
「別にお前にわざわざ言うほどのことでもないだろ。孤児になったところを、オレたち姉弟は団長に拾われたんだよ。オレは十歳の時だったし、別に父親って感じじゃあないけどな……」
そう、バルナバーシュを父親と思ったことなど一度もない。
「あんたも、色々抱えてたんだな……」
ヴィートは気の毒そうにレネを見つめる。
「オレがそんなにお気楽に見えたか?」
(深刻に見えるよりも、そっちがいい)
「いや、なんかね……——でも俺も団長の息子っての見てみたかったかも……」
レネはハシバミ色の屈託のない瞳を思い浮かべる。
「びっくりするくらいそっくりだぞ。ちょっと息子の方が口元が緩いけど」
人の好さが表れているようなその表情を思い出し、レネは笑う。
こんな状態になっても、バルトロメイのことは憎めない。
「なんだよそれ……」
「ん、安心しろ。お前なんかと比べ物にならないほど男前だから」
バルナバーシュは別物として、ボリス、ゼラ、バルトロメイは、レネの中で今の所、美男の三巨頭として横に並んでいる。
姉に三人並べて見せてあげたら、さぞかし喜ぶことだろう。きっと恋人のボリスは苦い顔をすると思うが。
「別にそんなこときいてないし、男は顔じゃない、強さだ!」
ヴィートは言い切った。
「残念だな……あいつは間違いなくお前より強い」
「——なんだよさっきから……」
(ちょっといじりすぎたか?)
本気でヴィートが悔しそうなそぶりを見せるので、レネは少し反省する。
「大丈夫だって、お前だって研修期間をすっとばして現場に大抜擢されるくらいだからな。それも団長本人の推薦だぞ将来性を見込まれたんだろう」
クレノット村から帰った後の鍛練の時、まさかヴィートがゼラから自分を庇って負傷するなんて思ってもいなかった。
いつものように医務室で目覚め、ボリスからそのことを聞かされた時に、レネはヴィートをリーパに連れて来たのは間違いじゃなかったことを実感した。
護衛は人を護ることが仕事だ。
身を挺して護衛対象を護らないといけない時もあるが、なかなか身体は動かない。
敵を倒すことよりも難しいことを、ヴィートはやってのけたのだ。
それも団員の中で最強と謳われるゼラ相手に。
「でも俺はどんな人間でも護ろうとは思えない……こんな仕事してんのにな……クズみたいな護衛対象に失望してばっかりだよ」
ヴィートは苦笑いする。
「そんなの、誰だっていっしょさ。でもとっさに身体が反応するようになるしかない」
いちいち心が動いていたらこの仕事はできない。
馬の蹄の音がして、レネはふと門の方に目を向けた。
「もう、誰か着いたのか? やけに早いな……」
門からアプローチを通って若い男二人が、正面玄関に向かって歩いて来る。
レネたちは邪魔にならないように庭の端の方へと避けた。
それなのに、足音がこちらに向かって来る。
「——どうして……君がここに?」
どんどんと相手がレネの方へと近付いて来るが、青灰の瞳に見つめられ、レネはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり——気が付いたら抱きしめられていた。
「レネっ……会いたかった……」
「……レオポルト様……」
(どうしてここに?)
そして……レオポルトの肩越しに見えるヘーゼルの瞳に、レネはまるで頭を殴られたような衝撃を受けた。
(バルトロメイっ……!?)
人懐っこさは嘘みたいに消え、自分が知っている顔とは違う、狼のように厳しい顔をした青年がそこにいた。
二人は、レオポルトの身体を挟んで、驚きに立ちすくんでいた。
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