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7章 サーベルを持った猫
3 僕に失望したんだ
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◆◆◆◆◆
編み物で生計を立てる夢を叶えるため、アネタがジェゼロの編み物工房に移り住んで一年が経った。
レネも念願だったバルナバーシュから剣の手ほどきを受けていたが——とつぜんとんでもないことを告げられた。
「ルカーシュがこれからお前の師匠になる」
「えっ……それってどういうこと?」
ルカーシュは、バルナバーシュが片腕としている男だ。
リーパ護衛団は、バルナバーシュが団長を務めるが、副団長は若い団長を支えるため先代のころのままだ。
だがもうすぐルカーシュが次の副団長になると言われている。
背もそこまで高くないし、身体も細い。
ぜんぜん強そうに見えない上に、いつも自分に冷たくあたる。
レネはあの男が苦手だった。
「今までお前の稽古を見てきたが、お前は片手剣の方が向いている」
「えっ……」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
レネは王様から賜ったという、伝説の勇者が持っていそうな両手剣をバルに見せてもらってから、いつか自分も両手剣が使える剣士になりたいと思っていた。
形式上バルナバーシュの養子にはなったが、あの剣を自分が持てるなど、おこがましいことなどは考えていない。
両親が殺された夜、バルは自分と約束してくれたのだ。
『お前は俺が強くしてやる』
唯一の肉親だった姉とも別々に暮らしどんなに寂しくとも、バルが約束してくれたから、それを励みに今までやってこれたのだ。
それさえも……願ってはいけないことだったのだろうか……?
せっかく剣の稽古をつけてくれていたのに、一生懸命練習しても思うような結果は出ていなかった。
(——バルは僕に失望したんだ……)
バルにとって、自分はお荷物にしかなっていない。
自分は、もうここにはいない方がいいのかもしれない。
とつぜんの通告にレネはショックを受け、自暴自棄な答えを導きだした。
「団長、本部の方に戻って下さい。依頼人との打ち合わせの時間です」
新しい師匠だと言われた男が、バルを呼びに来る。
ぼうぜんとするレネを、ルカーシュは感情のこもらない目で一瞥し去って行った。
(僕はきっとあの男に嫌われている……無理だ……)
二人が去った後、自分の部屋に戻り、鞄の中に元の家から持ってきたものを詰められるだけ詰めた。
もう自分はここの子ではなくなるのだから、バルナバーシュに買いそろえてもらったものは置いていく。
一階の様子をそっと階段の上から覗き見るが、夕食の準備で忙しいようで、屋敷で働く使用人夫婦も今は見えない。
(行くなら今だっ!)
レネは階段を駆け下りて、まだ誰も帰ってきていない宿舎と化した一階を通り抜け、玄関まで走り抜けた。
団長の私邸から抜け出し、レネは厩舎と鍛練場の間に植えられている生垣の影に身を潜めた。
外に用事がある時は裏門から出入りしているが、大人と一緒でないと、レネ一人では裏門の扉は重くて開けることができない。
誰かが扉を開けた隙に、一緒に外へ出るしかない。
レネはじっとその時を待つ。
松葉色のサーコートを着た男二人が、槍を持って裏門の方へと向かった。
レネは知らないが、ちょうど門番の交代時間だった。
扉が開いた瞬間に、レネは後ろから男たちを追い越し、扉の外へと走り抜ける。
「おわっ!? なんだあのガキ……」
門番たちは急に飛び出してきた子供にびっくりするが、まだ見習いである彼らは、団長に幼い養子がいるなんて知らない。
出て行く子供を止める者はいなかった。
「よし、出られた……」
レネはまず裏門を出て目抜き通りへと向かって走り出した。
(きっと……ハヴェルだったら……)
一年前にバルに引き取られてから、レネはバルと仲のいい友達であるハヴェルの家で読み書きの勉強や、礼儀作法を泊まり込みで習いに行っていた。
一族の住む大きな邸宅が高級住宅街にあったが、ハヴェルはお屋敷通りから少し入った閑静な住宅街に一人で住んでいた。
お屋敷と言うほどの大きさではないが、一人で住むには少し大きな造りの家は、レネのための部屋もちゃんと準備されている。
住み込みの女中たちがせっせとレネの服や身の回りの物をそろえてくれたのだ。
一度、女中たちがひそひそと話していたのを盗み聞きしたことがあるのだが、どうもレネのことをハヴェルの隠し子だと疑っているようだった。
『あの子が、旦那様の子だったら早く引き取ればいいのに』
『ホントよね。男の子だし。あんなに可愛くて良い子なのに』
ハヴェルの家の人たちはみんな優しい。
きっと自分が急に訪ねて行っても受け入れてくれるはずだ。
(本当に、僕がハヴェルの隠し子だったらよかったのに……)
今日ほど強く願ったことはない。
いつもハヴェルの家に行く時は、いったん目抜き通りに出て、下町通りを通って行く。
リーパ本部を出て、宿屋通りを道なりに進めば、ハヴェルの家へと自然に辿り着くのだが、宿屋通りの先には歓楽街があり、あまり治安が良くない。
でも、レネは下町通りが嫌いだった。
あそこを通ると、元住んでいた家が見える。
大人と一緒に歩いていく時も、家が近づいて来ると反対方向を向いて、必死に目を逸らした。
レネがそうしているのを、大人たちは誰も気付いていない。
今日はレネ一人だ。
それも日が暮れて、薄暗くなってきた。
暗くなってきたら、あの日の夜を思い出すので、とても自分一人では下町通りを行くのは無理だ。
レネは目抜き通りを渡って、真っすぐと宿屋通りへと進む。
まだ、両親が生きていたころから、宿屋通りは人攫いが出るから行くなと言われていた。
実際にレネは宿屋通りを歩いている時に、誘拐されそうになり、危ない所でバルから助けられた過去がある。
(僕に危険が迫ったら、またバルが助けに来てくれる……)
今まで二度もバルに助けられていたので、心の奥底で……そう思っていたのかもしれない。
宿屋通りはドロステアだけではなく、色々な国の旅人たちで賑わっていた。
通行人から見えづらい小さなレネは、何度もぶつかりながら、宿屋街を抜けて、煌びやかな光が輝く歓楽街へと足を進めて行った。
編み物で生計を立てる夢を叶えるため、アネタがジェゼロの編み物工房に移り住んで一年が経った。
レネも念願だったバルナバーシュから剣の手ほどきを受けていたが——とつぜんとんでもないことを告げられた。
「ルカーシュがこれからお前の師匠になる」
「えっ……それってどういうこと?」
ルカーシュは、バルナバーシュが片腕としている男だ。
リーパ護衛団は、バルナバーシュが団長を務めるが、副団長は若い団長を支えるため先代のころのままだ。
だがもうすぐルカーシュが次の副団長になると言われている。
背もそこまで高くないし、身体も細い。
ぜんぜん強そうに見えない上に、いつも自分に冷たくあたる。
レネはあの男が苦手だった。
「今までお前の稽古を見てきたが、お前は片手剣の方が向いている」
「えっ……」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
レネは王様から賜ったという、伝説の勇者が持っていそうな両手剣をバルに見せてもらってから、いつか自分も両手剣が使える剣士になりたいと思っていた。
形式上バルナバーシュの養子にはなったが、あの剣を自分が持てるなど、おこがましいことなどは考えていない。
両親が殺された夜、バルは自分と約束してくれたのだ。
『お前は俺が強くしてやる』
唯一の肉親だった姉とも別々に暮らしどんなに寂しくとも、バルが約束してくれたから、それを励みに今までやってこれたのだ。
それさえも……願ってはいけないことだったのだろうか……?
せっかく剣の稽古をつけてくれていたのに、一生懸命練習しても思うような結果は出ていなかった。
(——バルは僕に失望したんだ……)
バルにとって、自分はお荷物にしかなっていない。
自分は、もうここにはいない方がいいのかもしれない。
とつぜんの通告にレネはショックを受け、自暴自棄な答えを導きだした。
「団長、本部の方に戻って下さい。依頼人との打ち合わせの時間です」
新しい師匠だと言われた男が、バルを呼びに来る。
ぼうぜんとするレネを、ルカーシュは感情のこもらない目で一瞥し去って行った。
(僕はきっとあの男に嫌われている……無理だ……)
二人が去った後、自分の部屋に戻り、鞄の中に元の家から持ってきたものを詰められるだけ詰めた。
もう自分はここの子ではなくなるのだから、バルナバーシュに買いそろえてもらったものは置いていく。
一階の様子をそっと階段の上から覗き見るが、夕食の準備で忙しいようで、屋敷で働く使用人夫婦も今は見えない。
(行くなら今だっ!)
レネは階段を駆け下りて、まだ誰も帰ってきていない宿舎と化した一階を通り抜け、玄関まで走り抜けた。
団長の私邸から抜け出し、レネは厩舎と鍛練場の間に植えられている生垣の影に身を潜めた。
外に用事がある時は裏門から出入りしているが、大人と一緒でないと、レネ一人では裏門の扉は重くて開けることができない。
誰かが扉を開けた隙に、一緒に外へ出るしかない。
レネはじっとその時を待つ。
松葉色のサーコートを着た男二人が、槍を持って裏門の方へと向かった。
レネは知らないが、ちょうど門番の交代時間だった。
扉が開いた瞬間に、レネは後ろから男たちを追い越し、扉の外へと走り抜ける。
「おわっ!? なんだあのガキ……」
門番たちは急に飛び出してきた子供にびっくりするが、まだ見習いである彼らは、団長に幼い養子がいるなんて知らない。
出て行く子供を止める者はいなかった。
「よし、出られた……」
レネはまず裏門を出て目抜き通りへと向かって走り出した。
(きっと……ハヴェルだったら……)
一年前にバルに引き取られてから、レネはバルと仲のいい友達であるハヴェルの家で読み書きの勉強や、礼儀作法を泊まり込みで習いに行っていた。
一族の住む大きな邸宅が高級住宅街にあったが、ハヴェルはお屋敷通りから少し入った閑静な住宅街に一人で住んでいた。
お屋敷と言うほどの大きさではないが、一人で住むには少し大きな造りの家は、レネのための部屋もちゃんと準備されている。
住み込みの女中たちがせっせとレネの服や身の回りの物をそろえてくれたのだ。
一度、女中たちがひそひそと話していたのを盗み聞きしたことがあるのだが、どうもレネのことをハヴェルの隠し子だと疑っているようだった。
『あの子が、旦那様の子だったら早く引き取ればいいのに』
『ホントよね。男の子だし。あんなに可愛くて良い子なのに』
ハヴェルの家の人たちはみんな優しい。
きっと自分が急に訪ねて行っても受け入れてくれるはずだ。
(本当に、僕がハヴェルの隠し子だったらよかったのに……)
今日ほど強く願ったことはない。
いつもハヴェルの家に行く時は、いったん目抜き通りに出て、下町通りを通って行く。
リーパ本部を出て、宿屋通りを道なりに進めば、ハヴェルの家へと自然に辿り着くのだが、宿屋通りの先には歓楽街があり、あまり治安が良くない。
でも、レネは下町通りが嫌いだった。
あそこを通ると、元住んでいた家が見える。
大人と一緒に歩いていく時も、家が近づいて来ると反対方向を向いて、必死に目を逸らした。
レネがそうしているのを、大人たちは誰も気付いていない。
今日はレネ一人だ。
それも日が暮れて、薄暗くなってきた。
暗くなってきたら、あの日の夜を思い出すので、とても自分一人では下町通りを行くのは無理だ。
レネは目抜き通りを渡って、真っすぐと宿屋通りへと進む。
まだ、両親が生きていたころから、宿屋通りは人攫いが出るから行くなと言われていた。
実際にレネは宿屋通りを歩いている時に、誘拐されそうになり、危ない所でバルから助けられた過去がある。
(僕に危険が迫ったら、またバルが助けに来てくれる……)
今まで二度もバルに助けられていたので、心の奥底で……そう思っていたのかもしれない。
宿屋通りはドロステアだけではなく、色々な国の旅人たちで賑わっていた。
通行人から見えづらい小さなレネは、何度もぶつかりながら、宿屋街を抜けて、煌びやかな光が輝く歓楽街へと足を進めて行った。
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