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6章 吟遊詩人を追跡せよ
6 背中を預ける理由
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◆◆◆◆◆
風呂から上がると、新しい着替えが準備されていた。
だが、その服を見てレネは戦慄する。
元着ていた服を探すが、見当たらない。
裸でいたくなければ、この服を着るしかないのか。
あの男はいったい弟子の自分になにをさせるつもりなのだ……。
我が師ながら、なにを考えているのかまったくわからない。
旅の間もただただ驚かされるばかりだった。
男と連れ込み宿に入って行った時は、止めるべきか本気で悩んだ。
吟遊詩人の姿はこれまで何度も見たことがあるが、まさか男とも寝るとは思ってもいなかった。
リーパの団員たちが知ったらきっと卒倒するだろう。
お堅い副団長の姿からは想像もつかないが、これがルカーシュの本来の姿なのだ。
こんな自由な男を、団の中に引き留めているバルナバーシュは凄いと思う。
リーパの中でこの男だけが、バルナバーシュに服従していない。
バルナバーシュがマウンティング行為をせずとも、ルカーシュがリーパに留まる理由を、レネは知りたいようで、知りたくないような……複雑な気持ちだ。
本気で殺り合って、バルナバーシュに勝てる可能性があるのは、ルカーシュだけだろう。
ゼラも剣では圧倒的に強いが団長には及ばない。
それに人を殺すのに必ずしも剣で殺す必要はない。剣の腕と人を殺す能力は違うものだ。
ルカーシュはあらゆる状況からでも人を殺す能力に長けていた。一度殺すと決めたら、自分が有利な状況を作り出してあの男はどうにかする。
もしかしたら……バルナバーシュを背後から仕留めるために、大人しく副団長の座に納まっているのかもしれない。
ないとは思うが、そうとはいい切れないところが、ルカーシュの恐ろしい所だ。
そんな男をいつも背後に置いているバルナバーシュは、やはり凄い。
『こいつは絶対自分を殺さない』
『こいつになら殺されてもいい』
どちらかでないと無理だ。
そんなルカーシュの弟子に、自分はなったのだ。
目の前にある布切れ一枚で、いちいち感情を動かされていては師匠には到底追いつけない。
レネは覚悟を決めて、服に袖を通す。
『ルカの後を追え』とバルナバーシュに命じられた時から、ルカーシュはコジャーツカ族の所へ行くのではないかという予感が、どこかにあった。
子供のころにバルナバーシュのような剣士になるのを夢見て、将来リーパ団に入団することを決意したのに、最初に突きつけられた現実は厳しいものだった。
父親のようにとはいかないが、それ以上の尊敬と憧れを持って慕っていたバルナバーシュから、もう直接剣を教えることはないと知らされた時には、目の前が真っ暗になった。
そしていつもその後ろに立つ、キツい印象の男が自分の師匠になると言われ、絶望のあまり家出した。
両手剣のバルナバーシュではなく、片手剣を得意とするルカーシュを師に持つということはなにを意味するのか、子供だってすぐにわかる。
憧れの存在と同じにはなれないと……現実を突きつけられた。
自分は男らしい剣士に憧れていたのに、どうしてこんな奴が……と何度も思った。
そして、時が経つとともに、その男と自分との共通点に気付いていく。
ルカーシュは体格にも恵まれず、他の団員たちから陰口を叩かれることがあっても、自分の強さを誇示することはない。
弱肉強食の雄の集団の中で、貧弱な体格も、一見柔らかそうな物腰も、全部が侮られる材料でしかない。
犬の集団の中で『猫』と呼ばれ、もみくちゃにされながらも必死に居場所を作ってきたネにはわかる。
ルカーシュは劣等感の塊を抱えながら生きている。
だが……ルカーシュは誰よりも自由だった。
すべてをひっくり返す強さを、あの男は持っているからだ。
「準備はできたか?」
ルカーシュが風呂場に顔を出す。
「なんだよ、準備って……」
レネは改めて、自分の師を見る。
コジャーツカの戦士の服に身を包んだルカーシュは……一発殴ってやりたくなるほど似合っていた。
吟遊詩人として歌っていた時は、レネさえおかしな気分にさせるほど妖艶だったのに、今はどうだ……。
薄いが少し無精ひげが生え、キツイ眼差しは雄の色気が滲んでいた。
男らしくないことにかけては自分といい勝負だと思っていたのに、なんだか抜け駆けされた気分だ。
(それに比べて、オレはなんだっ!)
自分の顎を触るが、髭など生えても来ない。
旅する間も自分の容貌について嫌というほど向き合う機会があった。役にも立ったが、変なのに目を付けられて碌な目に遭わなかった。
拍車をかけるのが今のこの格好だ。
今回の旅で、澱のようにたまっていた師匠に対する怒りがあふれ出す。
「……いい顔になってきたな。今のお前になら抱かれてもいい」
唇を舐めるとゴクリと唾を飲み込み、ルカーシュは呟く。
(こいつは本気で言ってやがる……)
「下種が……」
怒りで声が掠れた。
風呂から上がると、新しい着替えが準備されていた。
だが、その服を見てレネは戦慄する。
元着ていた服を探すが、見当たらない。
裸でいたくなければ、この服を着るしかないのか。
あの男はいったい弟子の自分になにをさせるつもりなのだ……。
我が師ながら、なにを考えているのかまったくわからない。
旅の間もただただ驚かされるばかりだった。
男と連れ込み宿に入って行った時は、止めるべきか本気で悩んだ。
吟遊詩人の姿はこれまで何度も見たことがあるが、まさか男とも寝るとは思ってもいなかった。
リーパの団員たちが知ったらきっと卒倒するだろう。
お堅い副団長の姿からは想像もつかないが、これがルカーシュの本来の姿なのだ。
こんな自由な男を、団の中に引き留めているバルナバーシュは凄いと思う。
リーパの中でこの男だけが、バルナバーシュに服従していない。
バルナバーシュがマウンティング行為をせずとも、ルカーシュがリーパに留まる理由を、レネは知りたいようで、知りたくないような……複雑な気持ちだ。
本気で殺り合って、バルナバーシュに勝てる可能性があるのは、ルカーシュだけだろう。
ゼラも剣では圧倒的に強いが団長には及ばない。
それに人を殺すのに必ずしも剣で殺す必要はない。剣の腕と人を殺す能力は違うものだ。
ルカーシュはあらゆる状況からでも人を殺す能力に長けていた。一度殺すと決めたら、自分が有利な状況を作り出してあの男はどうにかする。
もしかしたら……バルナバーシュを背後から仕留めるために、大人しく副団長の座に納まっているのかもしれない。
ないとは思うが、そうとはいい切れないところが、ルカーシュの恐ろしい所だ。
そんな男をいつも背後に置いているバルナバーシュは、やはり凄い。
『こいつは絶対自分を殺さない』
『こいつになら殺されてもいい』
どちらかでないと無理だ。
そんなルカーシュの弟子に、自分はなったのだ。
目の前にある布切れ一枚で、いちいち感情を動かされていては師匠には到底追いつけない。
レネは覚悟を決めて、服に袖を通す。
『ルカの後を追え』とバルナバーシュに命じられた時から、ルカーシュはコジャーツカ族の所へ行くのではないかという予感が、どこかにあった。
子供のころにバルナバーシュのような剣士になるのを夢見て、将来リーパ団に入団することを決意したのに、最初に突きつけられた現実は厳しいものだった。
父親のようにとはいかないが、それ以上の尊敬と憧れを持って慕っていたバルナバーシュから、もう直接剣を教えることはないと知らされた時には、目の前が真っ暗になった。
そしていつもその後ろに立つ、キツい印象の男が自分の師匠になると言われ、絶望のあまり家出した。
両手剣のバルナバーシュではなく、片手剣を得意とするルカーシュを師に持つということはなにを意味するのか、子供だってすぐにわかる。
憧れの存在と同じにはなれないと……現実を突きつけられた。
自分は男らしい剣士に憧れていたのに、どうしてこんな奴が……と何度も思った。
そして、時が経つとともに、その男と自分との共通点に気付いていく。
ルカーシュは体格にも恵まれず、他の団員たちから陰口を叩かれることがあっても、自分の強さを誇示することはない。
弱肉強食の雄の集団の中で、貧弱な体格も、一見柔らかそうな物腰も、全部が侮られる材料でしかない。
犬の集団の中で『猫』と呼ばれ、もみくちゃにされながらも必死に居場所を作ってきたネにはわかる。
ルカーシュは劣等感の塊を抱えながら生きている。
だが……ルカーシュは誰よりも自由だった。
すべてをひっくり返す強さを、あの男は持っているからだ。
「準備はできたか?」
ルカーシュが風呂場に顔を出す。
「なんだよ、準備って……」
レネは改めて、自分の師を見る。
コジャーツカの戦士の服に身を包んだルカーシュは……一発殴ってやりたくなるほど似合っていた。
吟遊詩人として歌っていた時は、レネさえおかしな気分にさせるほど妖艶だったのに、今はどうだ……。
薄いが少し無精ひげが生え、キツイ眼差しは雄の色気が滲んでいた。
男らしくないことにかけては自分といい勝負だと思っていたのに、なんだか抜け駆けされた気分だ。
(それに比べて、オレはなんだっ!)
自分の顎を触るが、髭など生えても来ない。
旅する間も自分の容貌について嫌というほど向き合う機会があった。役にも立ったが、変なのに目を付けられて碌な目に遭わなかった。
拍車をかけるのが今のこの格好だ。
今回の旅で、澱のようにたまっていた師匠に対する怒りがあふれ出す。
「……いい顔になってきたな。今のお前になら抱かれてもいい」
唇を舐めるとゴクリと唾を飲み込み、ルカーシュは呟く。
(こいつは本気で言ってやがる……)
「下種が……」
怒りで声が掠れた。
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