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6章 吟遊詩人を追跡せよ
3 ズバレイジャ
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二日かけて、ズバレイジャの街へと着いた。
バルナバーシュの言っていたことは本当だった。
海のように広がる灰色のツイニ―湖を見つめて、レネは感慨に耽る。
『ツイニーはツィホニー語で『青い』って意味らしいが、それがぜんぜん青くなかったんだぜ。その代わりに街の建物がそれはそれは綺麗な水色でな……オゼロには戦争で行ってたのに、あの青を見るたびに心が洗われたものさ……』
若干エメラルドが混じった浅黄色の屋根、白と水色の壁。ところどころに入る金色や黄色が美しいアクセントになっている。
曇天の冬空と灰色のツイニー湖を背景に、まるで嘘みたいに綺麗な街並み。
レネは自分の目的も忘れて、その美観に見入る。
ここへやってくるまでに、ついに手持ちの路銀が尽きた。
この季節に野宿するわけにもいかず、途中の村では農家の家に泊めてもらった。
素顔を晒して必死にお願いすれば、怪しい片言の異国人でも断られなかった。農家の家族は別れ際に、親切にも食べ物まで持たせてくれた。
レネはこの旅で、困ったら素直に人に頼ることを学ぶ。
そして、自分の外見が人に与える影響も。
団員たちと一緒にいたら気付かないことだったかもしれない。
一人になって初めて、自分という人間が他人からどう見えるのかについて考えた。
夜になり、ズバレイジャの歓楽街は賑わっていた。
寂れた飲み屋の片隅で、目的の人物はバンドゥーラを爪弾き唄っている。
国境を越えると共に歌う言葉もアッパド語からツィホニー語になっていた。
この街から南に行けば、オゼロの都コロル。
北へ行けば三十年前まで紛争地帯だったヒルスキーとの国境へと繋がる。しかし二国間の国境は未だに封鎖されたままだ。
今夜も悩ましい掠れ声で歌う吟遊詩人の向かう先はどちらだろうか……。
バードの泊まる宿の場所だけ確認すると、レネは自分の寝床を探すため場末の酒場で、外套のフードを取って最後の小銭で酒を頼む。
これは、一種の賭けだった。
値踏みするような複数の視線が自分に向けられたのをレネは感じる。
男が近づいてきたが却下だ。レネは無視する。
なん人かに話しかけられたが、却下。却下。却下。
(野郎ばっかくんじゃねーよ……)
自分のこの顔が恨めしい。
そこへ、ふわりと安い香水の匂いが鼻を掠めた。
ふと目を上げると見るからに春を売る女が来てレネの手を引く。
客引きかと思いレネは断る。
『カネがない』
必死に説明しても女は構わず手を引いて、レネをどこかへと連れて行く。
一人旅とは不思議なものだ。日ごろぜったいしないであろう大胆な行動をとってしまう。
気が付けば、女とふたり連れ込み宿の寝台にいた。
もちろん金は女が払った。
ピンク色の夜光石が光る何とも怪しい部屋で、女はニッコリ笑うとレネのシャツのボタンに手をかけ、ゆっくりと服を脱がせていく。
しかし、そこはレネだった。
寝台にもつれ込んだのはいいが、そのままグーグーと寝入ってしまった。
連日の強行突破で疲労がたまっていたのだ。
朝起きると、部屋には綺麗に畳まれた外套と上着が小さな机の上に置いてあり、一緒に食事代くらいになる小金が置かれていた。
(うわ……オレ、最低な男……)
あまりにも情けなくて自己嫌悪に陥るが、旅の恥はかき捨てだ。
レネは自分を励ますように言い聞かせる。
(でも、いい人で良かった……)
怒って帰るならまだしも、金まで置いて行ってくれるなんて、ありがたい。
人の親切が身に沁みる旅である。
急いで外に出るとバードが泊っている宿へと向かった。
建物の陰でしばらく待っていると、一人の男が宿から出て来た。
防寒用の毛皮の帽子を被り、幅広のズボンを穿き、上は赤い長衣にベルト代わりの布を腰に巻いている。
(——コジャーツカ族の戦士!?)
初めて目にする姿にレネは胸が熱くなる。
時間が止まったかのように……ゆっくりとこちらを振り返る男と目が合う。
「ッ……!?」
ガンッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
凄まじい殺気の籠った青に茶の滲んだ瞳。その後、遅れて来る驚愕。
目の前を通り過ぎたコジャーツカの男が、追っていた人物であることに気付く。
男が去った後もしばらく茫然としていたが、レネは気を取り直して動き出す。
(なんてことだ……)
後を追いながら、バードからの変貌ぶりにレネは混乱した。
バードの時のまったりとした妖しい雰囲気など欠片もなく、まるで荒涼とした原野の様な目をしていた。
あの男はどれだけの引き出しを持っているのか、想像もできない。
赤い影を追い、レネはズバレイジャの街を、目的地もわからず歩き回る。
段々と民家が少なくなり、ずいぶんと街の外れへ来たようだ。
そしてぽつんと建つ、柵で囲んだ広い敷地を持つ藁ぶき屋根の家の中に、男は入って行った。
(厩舎が隣接している。まさか……ここで馬を買うのか?)
しばらくすると、赤い服を着た男が芦毛の馬に乗ってレネの横を駆け抜けて行った。
「えっ……」
馬で去られてしまったら、徒歩のレネでは追いつきようもない。
それも北へ……。
紛争地帯だった国境近くは、今でも治安が良くないと聞く。
今度こそ……レネは途方に暮れる。
バルナバーシュの言っていたことは本当だった。
海のように広がる灰色のツイニ―湖を見つめて、レネは感慨に耽る。
『ツイニーはツィホニー語で『青い』って意味らしいが、それがぜんぜん青くなかったんだぜ。その代わりに街の建物がそれはそれは綺麗な水色でな……オゼロには戦争で行ってたのに、あの青を見るたびに心が洗われたものさ……』
若干エメラルドが混じった浅黄色の屋根、白と水色の壁。ところどころに入る金色や黄色が美しいアクセントになっている。
曇天の冬空と灰色のツイニー湖を背景に、まるで嘘みたいに綺麗な街並み。
レネは自分の目的も忘れて、その美観に見入る。
ここへやってくるまでに、ついに手持ちの路銀が尽きた。
この季節に野宿するわけにもいかず、途中の村では農家の家に泊めてもらった。
素顔を晒して必死にお願いすれば、怪しい片言の異国人でも断られなかった。農家の家族は別れ際に、親切にも食べ物まで持たせてくれた。
レネはこの旅で、困ったら素直に人に頼ることを学ぶ。
そして、自分の外見が人に与える影響も。
団員たちと一緒にいたら気付かないことだったかもしれない。
一人になって初めて、自分という人間が他人からどう見えるのかについて考えた。
夜になり、ズバレイジャの歓楽街は賑わっていた。
寂れた飲み屋の片隅で、目的の人物はバンドゥーラを爪弾き唄っている。
国境を越えると共に歌う言葉もアッパド語からツィホニー語になっていた。
この街から南に行けば、オゼロの都コロル。
北へ行けば三十年前まで紛争地帯だったヒルスキーとの国境へと繋がる。しかし二国間の国境は未だに封鎖されたままだ。
今夜も悩ましい掠れ声で歌う吟遊詩人の向かう先はどちらだろうか……。
バードの泊まる宿の場所だけ確認すると、レネは自分の寝床を探すため場末の酒場で、外套のフードを取って最後の小銭で酒を頼む。
これは、一種の賭けだった。
値踏みするような複数の視線が自分に向けられたのをレネは感じる。
男が近づいてきたが却下だ。レネは無視する。
なん人かに話しかけられたが、却下。却下。却下。
(野郎ばっかくんじゃねーよ……)
自分のこの顔が恨めしい。
そこへ、ふわりと安い香水の匂いが鼻を掠めた。
ふと目を上げると見るからに春を売る女が来てレネの手を引く。
客引きかと思いレネは断る。
『カネがない』
必死に説明しても女は構わず手を引いて、レネをどこかへと連れて行く。
一人旅とは不思議なものだ。日ごろぜったいしないであろう大胆な行動をとってしまう。
気が付けば、女とふたり連れ込み宿の寝台にいた。
もちろん金は女が払った。
ピンク色の夜光石が光る何とも怪しい部屋で、女はニッコリ笑うとレネのシャツのボタンに手をかけ、ゆっくりと服を脱がせていく。
しかし、そこはレネだった。
寝台にもつれ込んだのはいいが、そのままグーグーと寝入ってしまった。
連日の強行突破で疲労がたまっていたのだ。
朝起きると、部屋には綺麗に畳まれた外套と上着が小さな机の上に置いてあり、一緒に食事代くらいになる小金が置かれていた。
(うわ……オレ、最低な男……)
あまりにも情けなくて自己嫌悪に陥るが、旅の恥はかき捨てだ。
レネは自分を励ますように言い聞かせる。
(でも、いい人で良かった……)
怒って帰るならまだしも、金まで置いて行ってくれるなんて、ありがたい。
人の親切が身に沁みる旅である。
急いで外に出るとバードが泊っている宿へと向かった。
建物の陰でしばらく待っていると、一人の男が宿から出て来た。
防寒用の毛皮の帽子を被り、幅広のズボンを穿き、上は赤い長衣にベルト代わりの布を腰に巻いている。
(——コジャーツカ族の戦士!?)
初めて目にする姿にレネは胸が熱くなる。
時間が止まったかのように……ゆっくりとこちらを振り返る男と目が合う。
「ッ……!?」
ガンッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
凄まじい殺気の籠った青に茶の滲んだ瞳。その後、遅れて来る驚愕。
目の前を通り過ぎたコジャーツカの男が、追っていた人物であることに気付く。
男が去った後もしばらく茫然としていたが、レネは気を取り直して動き出す。
(なんてことだ……)
後を追いながら、バードからの変貌ぶりにレネは混乱した。
バードの時のまったりとした妖しい雰囲気など欠片もなく、まるで荒涼とした原野の様な目をしていた。
あの男はどれだけの引き出しを持っているのか、想像もできない。
赤い影を追い、レネはズバレイジャの街を、目的地もわからず歩き回る。
段々と民家が少なくなり、ずいぶんと街の外れへ来たようだ。
そしてぽつんと建つ、柵で囲んだ広い敷地を持つ藁ぶき屋根の家の中に、男は入って行った。
(厩舎が隣接している。まさか……ここで馬を買うのか?)
しばらくすると、赤い服を着た男が芦毛の馬に乗ってレネの横を駆け抜けて行った。
「えっ……」
馬で去られてしまったら、徒歩のレネでは追いつきようもない。
それも北へ……。
紛争地帯だった国境近くは、今でも治安が良くないと聞く。
今度こそ……レネは途方に暮れる。
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