菩提樹の猫

無一物

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5章 団長の親友と愛人契約せよ

19 誘拐

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 事態を飲み込めずにレオポルトが問い返す。

「せっかくだから、レネを抱かせてあげようと思ってたんだけど、時間がないみたいだから、ここから移動しよう。レオポルト……ちょっとこいつと代わって。今のうちに飲ませてしまおう」

 レオポルトが身体を退ける前に、レネの腕を押さえ男が身体の上に乗り上げる。流石にそこは隙がない。

「またあの薬か?」

「まさか、ただの眠り薬さ。長距離を移動しないといけないからな。眠らせた方が楽だ」

「——なんで、移動が必要なんだ?」

 鈍いレオポルトも不穏な空気の流れに気付き、怪訝な顔をする。

「おーいっ、あと二、三人こっちに来いっ」


 入り口近くにいたのか、男たちはすぐにやって来た。

「なんで移動が必要かって? あんたを誘拐して身代金を要求するためだよ。伯爵に嗅ぎつかれたら厄介だ」

「お前っ……私を騙したのか!?」

 レオポルトは信じられないといった顔で、サシャに掴みかかるが、新しく入って来た男たちに腕を掴まれる。

「なにをするんだっ!?」

「あんたと、ついでにレネを高く売って、俺は大金を手に入れるのさ。あんたも暴れるとレネみたいな目に遭わせるよ」

 冷たい顔でそう言うと、サシャはレネの頭の方に回り、男に代わり頭上から両腕を押さえつける。

「離せっ!」

(眠らされてたまるかっ)

 薬の力には流石のレネも抗うことができないのは、昨日嫌というほど思い知らされた。
 馬乗りになった男が、無理矢理口を開けさせ瓶に入った薬を飲ませようとするが、顔を逸らせてそれを阻止する。負けじと男はレネの鼻を摘まんで、息苦しさに口を開ける瞬間を待っていた。

「……ぐっ……う"う"う"」

 顎を掴まれ、細長い瓶ごと喉の奥まで挿入される。
 喉の奥に瓶の口がゴリゴリと当たる感触に強烈な吐き気を覚え、レネの顔は生理的な涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
 中の液体が無くなっても、嗜虐心を煽られた男はニヤニヤと笑って、瓶を取り去ることはせずに抜き差しを繰り返した。

「……お"っ……お"……ご……ッ……」

 瓶を咥えたピンク色の唇の端からは、飲み込めきれなかった薬が唾液と共に零れ出る。

「うわ……エロいな……咥えさせてぇ……」

 残酷な疑似行為に、熱のこもった目を向け、男はレネの唇をなぞる。
 この時、サシャからちょうど頭の横辺りで押さえつけられていた手が、ピクリと動き灰色の髪の中に潜っていくのを誰も気付いていなかった。
 やっと瓶を喉から抜かれたレネは、強い嘔吐感に咳き込み苦しんでいた。

「……ゲホッ…ぐっ……ぇッ…ぇ……」

 この間も。レネの頬を生理的な涙が伝っていく。
 男たちは、美しくか弱き者を意のままに従わせる優越感に打ち震えていた。

「こういう顔を見るともっと虐めたくなるけど、今はお預けだ」

 サシャは唇を舐めながら、名残惜しそうに言った。
 不信感を募らせるレオポルトさえも、レネから目が離せないでいる。

「……ぁ……ッ……」

 頭上にいるサシャを見上げてレネがなにかを言おうとしているが、小さな声なので聞き取れない。

「なんだ?」

 レネは、サシャの手から力が抜けた瞬間を見逃さなかった。

「ぐぁぁぁぁぁっっ!」

 一瞬でサシャの手を解き、レネに乗り上げていた男の片目を簪で刺した。
 目を押さえている隙に、素早い動きで男の腰からナイフを抜き取り、股間を蹴り上げて寝台から落とすと、振り返りざまサシャのこめかみをナイフの柄で殴る。

「……ごっ!?」

 目を刺された男と違い、暴力沙汰にそれほど慣れていないサシャは、すぐに白目を剥いて倒れた。
 あっという間に二人を戦闘不能にしたが、止まることもなくレオポルトの方へと走り込み片方の男へと体当たりして押し倒すと、容赦なく鳩尾に膝を入れ蹴り倒す。
 レオポルトの隣で震えながらナイフを構える男にも、ニヤリと笑い躊躇なく回し蹴りを食らわせ泡を吹いて気絶させる。

(ちょろいな……)

 しかし、レネには時間がなかった。
 部屋に連れて来られた時から目を付けていた、剥製と一緒に飾られている武器の一つの槍を手に取ると、茫然と突っ立ったままのレオポルトの手を引いて、廊下へと出た。

「後ろから着いて来いっ」

 騒ぎを聞きつけ男たちがバタバタと走って来る。

「お前らっ……死にたくないなら今すぐ逃げろ。手加減なんかできないからなっ!」

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした、か細い男にそんなことを言われても、説得力皆無だ。

「はっ、なに言ってんだこいつ?」

「馬鹿だろ?」

 男たちはゲラゲラ笑う。

(知らねーぞっ)

 ザメク・ヴ・レッセの敷地内で人を殺したらどういう扱いになるのかわからないが、誘拐犯に襲われたのだから正当防衛くらい認めてくれるだろう。そして、一応本人たちにも警告はした。後ろに証人もいる。
 頭の隅でそ後で大事にならないような言い訳を考えながら、レネは槍を構え突撃した。
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