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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ
番外編 三枚のブランケット
しおりを挟むまわりが寝静まり、やっとのことで小屋を抜け出すことのできた。
ボリスはブランケットを片手に、焚火を目指して真っ暗闇を進む。
外は想像以上に冷え込んでいた。
よく見たら地面に薄っすらと霜が降りている。
火の傍に自分と同じ身長の人物を見つけ、ボリスは声をかけた。
「レネは?」
もうずいぶん前に、ゼラが小屋をこっそり抜け出していたのをボリスは知っていた。
「こんな見張りに任せてたら、俺たちいつか夜襲に遭って全滅するな」
ゼラがそう言いながら視線を落とす。
視線の先にはレネが小さく身を丸めて眠っていた。
上にはゼラのブランケットが掛かっている。
「先を越された……」
少し悔しさを滲ませ、ボリスはゼラのブランケットの上から自分のブランケットを重ねる。
寝顔を覗き込むと紫色に変色した頬が目に入り、ボリスは思わず視線を逸らした。
今は傷付いたレネを治療できない。
まるで自分がここにいるのが無意味だと言われているようだった。
「こうなったのは、お前のせいだ」
横で眺めていたゼラがぼそりと呟く。
ふだん滅多に喋らない男からの言葉は、グサリとボリスの胸に刺さった。
ダヴィドから後で聞いたが、白鳥のいる池はここからはかなりの距離があるらしい。
どうしてレネは、そんな遠い所まで狩りに行ったのか?
ベドジフによると、村人とのギクシャクした関係を少しでも良くしようと、レネは大物を狙っていたということだ。
そもそもなぜレネと村人との間に軋轢が生じたのか?
原因の一つはボリスにある。
自分がレネを盾にしてテレザを煽ったからだ。
移動中、ずっとレネがなにか言いたそうな顔をしていたが、テレザに阻止され近付くことさえできなかった。
レネはいったいなにを話したかったのだろう?
自分の不甲斐なさに、ボリスはグッと拳を握りしめた。
「なんだよ、猫ちゃん大人気じゃないか……」
声がした方を振り返ると、カレルが歩いてこっちに来ていた。ブランケットを片手に。
ついに柄の違うブランケットが三枚になった。
「——なんでこいつ起きないの?」
カレルが灰色の頭を指さして疑問を口にした。
ボリスも言われて気付いたが、気配に敏いレネが、隣でこんなに喋っているのに起きないなんてありえない。
「粥に眠り草を混ぜた」
ゼラがしれっと犯行を告白する。
さっきは『こんな見張りに任せたら、全滅する』などとボヤいていたのに、実はゼラがレネを強制的に休ませていたとは……。
侮れない一面を持つ同僚に、ボリスは少し嫉妬した。
「一服盛るなんて……お前おっかないな……」
カレルも呆れてゼラを見る。
「本来ならレネの見張りは夜半までで、もう寝てるはずだ。今はお前と俺の時間だろ? だからお前も来たんじゃないのか?」
予定通りの順番で行くと、今日の見張りの前半は[ボリス・レネ組]後半は[カレル・ゼラ組]だ。
「なんだよ、だからこのメンツなのかよ……」
そう言いながら三人は顔を見合わせる。
申し合わせたわけではないが、それぞれ思う所があって動いた結果だ。
はっきり言って団員には村人の禁忌など関係ない。今回も表面上は合わせた振りをしているが、自分たちの仕事を滞りなく行うことの方が大切だ。
「そういやお前っ!?——ちゃんと言葉しゃべれるんだな……」
ゼラと普通に会話していたことに、いま気付いたとばかりにカレルが驚いている。
明らかに南国大陸出身の外見なので、ゼラが言葉に不自由だとでも思っていたのだろうか?
ボリスはふだんからこの静かな男と一緒にいるので、ゼラが流暢に言葉を喋ることを知っていた。
「——ちょうどいいから、あんたたちにも話しておきたいことがある」
焚火の輪に加わると、カレルはそう切り出し、狩りへ行く前にレネが話した内容を説明した。
「なるほど。ヨナターンは、自分が誰かと会っていることを、レネがダヴィドにバラしたから、腹を立てていたんだな」
ボリスは聞いた内容を整理するが、ますます自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
(私がレネの話を聞いてやってたら、ヨナターンに直接話すこともなかったのかもしれない……)
しかし、今さら後悔してももう遅い。
「そしてもう一つ。昨日、巫女さんがこんなことも言っていた。ヨナターンの父親は傭兵で、戦争に行って子供のころに戦死の便りが届いたと……」
カレルは昨夜の見張りの時に聞いた話もボリスたちと共有した。
「傭兵か……」
ここへ来る前に、ボリスは本部でバルナバーシュから聞いた話を思い出した。
「確か……宝珠を狙っている盗賊も元傭兵の成れの果てだと団長が言っていたな……」
「この前の、伯爵家の坊ちゃんを狙ってた奴らもそうだが、傭兵の末路は悲惨だな……俺たちもちゃんと老後のことを考えとかないとヤバいな」
「リーパはちゃんと退職後も食っていける仕組みになってるから安心しろ」
ボリスはもう老後の心配をする年下の同僚を慰める。
それよりも、ついこの前までカレルとレネが関わっていた仕事を思い出し、ボリスは苦い顔をする。
元傭兵を相手にするのは厄介な仕事だ。この前はレネが一人で五人を相手する羽目になり怪我をした。
今回はそれを踏まえて、バルナバーシュが厳選した団員で臨んでいる。
しかし、できることなら、直接相見えるような事態にはなりたくない。
自分たちの仕事は依頼人の護衛であって、盗賊の討伐が目的ではなかった。
「ヨナターンは前に遺跡の下見に行ったんだよな? だったら盗賊たちの情報も少しは聞けるかもしれないな」
◆◆◆◆◆
「う~ん……えっ!?」
身体が揺れて、レネは意識が覚醒する。
レネはいつの間にか自分が寝ていたことにびっくりした。
動くと同時にズルリとなにかが落ちた。
(ブランケット……)
「……ん?」
それもゼラが持ってきてくれた以外にあと二枚増えている……。
見慣れた柄……カレルとボリスの物だ。
(どういうことだっ!?)
ゼラが作ってくれた甘い粥を食べた所までは覚えているのだが、それから先の記憶がまったくない。
誰かが自分を見下ろしている。
「お前、いつまで寝てんだよ」
カレルが足でレネの身体を揺すって起こしていたのを知り、ますます焦った。
その隣にはゼラもいる。
辺りは薄暗くまだ夜明け前のようだ。
「村人たちが起きる前に俺たちは戻るけど、お前が一人で見張りをしてたことにしとけよ」
自分が寝ていた間に、二人が見張りを代わってくれていたのだろうか?
ボリスのブランケットもあるが、まさかボリスまで……。
レネは情けなさと、助けてくれた団員たちに申しわけない気持ちでいっぱいだった。
「寝ちゃってごめん……それとこれ、ありがとう。ボリスのも一緒にお願いしていいかな。オレ……みんなの足引っ張ってばっかりだ……」
恐縮しながら礼を言い、ブランケットを返す。
「本来はこの時間、見張りは俺たちの順番だったからな。来てみて正解だったな」
皮肉気に笑うとカレルはゼラと猟師小屋へ引き上げて行った。
このままではいけない。
「ふぅ……」
大きく深呼吸して、レネは気持ちを入れ替える。
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