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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ
9 夢
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◇◇◇◇◇
いつの間にか盗賊たちに囲まれている。
前にいる護衛たちと切り離され、ここには村人とあの弱そうな護衛一人しかいない。
剣を抜き、一気に盗賊たちが襲いかかって来た。
グサッと腹から背中に剣が突き刺さり、細い身体が地面に倒れ込む。
護衛は、硝子玉のような黄緑色の瞳を開いたまま絶命していた。
「へっ、弱ええな。こんな弱い護衛付けたってなんの意味もないだろ?」
盗賊の一人が灰色の頭をゴスッと蹴り上げると、胴体から首があらぬ方向を向いた。
(ああ……どうしたらいいんだ)
ヨナターンは恐怖に震え、思うように身体が動かない。
「さて、宝珠を渡してもらおうか」
盗賊たちは宝珠を持っているであろうテレザの方へと足を向ける。
「お前たちに渡してたまるかっ!」
ダヴィドはテレザの前に庇いたつと、剣を構え盗賊たちと対峙した。
「だめだっ……ダヴィドっ!!」
叫んだ時はもう遅かった。
三本もの剣が身体を貫き、ダヴィドの口から赤黒い血がゴポゴポと溢れ出る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッッッ……」
「——ヨナターンっ、ヨナターン!」
身体を揺さぶられて、現実に引き戻される。
ドクドクと高鳴る心音が、透明な文様を描いて視界の邪魔をする。
視界が正常になると共に、心配するダヴィドの顔が鮮明に見えてきた。
「ダヴィド……生きてる……」
「お前どんな夢を見てたんだよ……」
呆れたようにダヴィドはヨナターンの頬を撫でる。
(良かった……夢だった……)
これから自分は、二度と後戻りできない道を歩いて行かなければならない。
それまでは、少しの間でも弱い自分を許してほしい……。
誰に言うでもなく、ヨナターンはダヴィドの首に両手を回し抱きついた。
(——ダヴィドだけはなんとしても守る……)
◆◆◆◆◆
盗賊たちのアジトである巨石群が段々と大きくなってくる。
それと共にレネの心の中の不安、興奮、恐怖、期待が、ごちゃごちゃと混ぜ合わさる。なんと呼んでいいのかわからない思いが、ドクン、ドクンと脈打つまでに育っていた。
自分の不名誉を挽回するには、護衛の仕事をまっとうするしかない。
このままなにも起きなければ、挽回する機会はないままだ。
その思いが、レネの心の内をより複雑にしていた。
「ふぁ……」
「お前もう何度目の欠伸《あくび》だよ……寝てないのか?」
レネのいる後ろを振り返ってベドジフが訊いてくる。
「いや、そんなことないけど」
言葉では説明できない気持ちを抑えようとしたら、先ほどから無意識に欠伸が出てしまうのだ。
(あれ?)
周りの景色はそのままなのに、気のせいか……場の空気が変わった。
「——これから聖地に入るわ。私はあの中で神に祈りを捧げるから、その間は誰も入ってこないで」
テレザは人の二倍ほどある高さの石柱が、三本重なりあって自然の祠のようになっている場所を指して皆に告げた。
突然の申し出に団員たちは気色ばむ。そんな話は聞いていない。
「おい、じゃあ先になにか潜んでないか確認してからにしてくれ」
ヤンが少し離れた石柱の方へと進もうとすると——
「ダメっ、巫女以外はここから先に来ないで!」
テレザから強い制止がかかる。
「じゃあどうするんだよ?」
ヤンは振り返って、困った顔をする。
眉尻を下げて首を傾げているとまるで温厚な大型犬のようで、レネはこんな時に不謹慎にも頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。
「大切な儀式だから、どうしてもダメなの」
ここから石柱までは少し距離がある。なにか起こってもここからでは状況を把握するのが難しい。
(困ったな……)
白鳥の件と言い、ここの神様にはなんで面倒な決まりごとばかりあるのだろうか……。
またとつぜん飛び出した独自ルールに、団員たちはどうしたものかと顔を見合わせる。
なぜ最初から説明してくれないのか……。予め知っていたら対処の仕方も変わって来るのに。
「すまないが。これは神事の一環なんだ。だからここでテレザを待っているしかない」
ダヴィドも申しわけなさそうに団員たちに説明する。
残された男たちは、溜息を吐くと儀式が終わるまで大人しく待つことにした。
「猫ちゃ~ん。連れション行こう」
しかたないので団員たちは、今のうちに用を足しにいったりと、待っている間それぞれ小休憩を取っていた。
「猫ならベドジフと行っちまったぜ」
ヤンが奥の藪を指さす。
「なんだよ……先越されちまった」
カレルは残念そうに呟いた。
腰の上ほどまである藪の近くで、レネがベドジフと二人並んで用を足していると、人影があらぬ所へ向かうのを目にした。
「おい!? あれ……」
ヨナターンが人目を忍ぶように、団員たちの死角になった場所から、石柱へ向かって行っている。
(あいつはなにをしてるんだ!?)
「祠に忍び込むつもりか?」
ベドジフは信じられないものを見る目で、ヨナターンの後ろ姿を凝視している。
「あんた、弓は?」
「ああ、持ってるぞ」
心なしかベドジフの目が爛々と光って見える。
これからよからぬことが起ころうとしているのに胸が高鳴る……これは傭兵の性だ。
自分もきっと同じ目をしているだろう。
レネはベドジフと共に、ヨナターンに気づかれないよう尾行を開始した。
いつの間にか盗賊たちに囲まれている。
前にいる護衛たちと切り離され、ここには村人とあの弱そうな護衛一人しかいない。
剣を抜き、一気に盗賊たちが襲いかかって来た。
グサッと腹から背中に剣が突き刺さり、細い身体が地面に倒れ込む。
護衛は、硝子玉のような黄緑色の瞳を開いたまま絶命していた。
「へっ、弱ええな。こんな弱い護衛付けたってなんの意味もないだろ?」
盗賊の一人が灰色の頭をゴスッと蹴り上げると、胴体から首があらぬ方向を向いた。
(ああ……どうしたらいいんだ)
ヨナターンは恐怖に震え、思うように身体が動かない。
「さて、宝珠を渡してもらおうか」
盗賊たちは宝珠を持っているであろうテレザの方へと足を向ける。
「お前たちに渡してたまるかっ!」
ダヴィドはテレザの前に庇いたつと、剣を構え盗賊たちと対峙した。
「だめだっ……ダヴィドっ!!」
叫んだ時はもう遅かった。
三本もの剣が身体を貫き、ダヴィドの口から赤黒い血がゴポゴポと溢れ出る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッッッ……」
「——ヨナターンっ、ヨナターン!」
身体を揺さぶられて、現実に引き戻される。
ドクドクと高鳴る心音が、透明な文様を描いて視界の邪魔をする。
視界が正常になると共に、心配するダヴィドの顔が鮮明に見えてきた。
「ダヴィド……生きてる……」
「お前どんな夢を見てたんだよ……」
呆れたようにダヴィドはヨナターンの頬を撫でる。
(良かった……夢だった……)
これから自分は、二度と後戻りできない道を歩いて行かなければならない。
それまでは、少しの間でも弱い自分を許してほしい……。
誰に言うでもなく、ヨナターンはダヴィドの首に両手を回し抱きついた。
(——ダヴィドだけはなんとしても守る……)
◆◆◆◆◆
盗賊たちのアジトである巨石群が段々と大きくなってくる。
それと共にレネの心の中の不安、興奮、恐怖、期待が、ごちゃごちゃと混ぜ合わさる。なんと呼んでいいのかわからない思いが、ドクン、ドクンと脈打つまでに育っていた。
自分の不名誉を挽回するには、護衛の仕事をまっとうするしかない。
このままなにも起きなければ、挽回する機会はないままだ。
その思いが、レネの心の内をより複雑にしていた。
「ふぁ……」
「お前もう何度目の欠伸《あくび》だよ……寝てないのか?」
レネのいる後ろを振り返ってベドジフが訊いてくる。
「いや、そんなことないけど」
言葉では説明できない気持ちを抑えようとしたら、先ほどから無意識に欠伸が出てしまうのだ。
(あれ?)
周りの景色はそのままなのに、気のせいか……場の空気が変わった。
「——これから聖地に入るわ。私はあの中で神に祈りを捧げるから、その間は誰も入ってこないで」
テレザは人の二倍ほどある高さの石柱が、三本重なりあって自然の祠のようになっている場所を指して皆に告げた。
突然の申し出に団員たちは気色ばむ。そんな話は聞いていない。
「おい、じゃあ先になにか潜んでないか確認してからにしてくれ」
ヤンが少し離れた石柱の方へと進もうとすると——
「ダメっ、巫女以外はここから先に来ないで!」
テレザから強い制止がかかる。
「じゃあどうするんだよ?」
ヤンは振り返って、困った顔をする。
眉尻を下げて首を傾げているとまるで温厚な大型犬のようで、レネはこんな時に不謹慎にも頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。
「大切な儀式だから、どうしてもダメなの」
ここから石柱までは少し距離がある。なにか起こってもここからでは状況を把握するのが難しい。
(困ったな……)
白鳥の件と言い、ここの神様にはなんで面倒な決まりごとばかりあるのだろうか……。
またとつぜん飛び出した独自ルールに、団員たちはどうしたものかと顔を見合わせる。
なぜ最初から説明してくれないのか……。予め知っていたら対処の仕方も変わって来るのに。
「すまないが。これは神事の一環なんだ。だからここでテレザを待っているしかない」
ダヴィドも申しわけなさそうに団員たちに説明する。
残された男たちは、溜息を吐くと儀式が終わるまで大人しく待つことにした。
「猫ちゃ~ん。連れション行こう」
しかたないので団員たちは、今のうちに用を足しにいったりと、待っている間それぞれ小休憩を取っていた。
「猫ならベドジフと行っちまったぜ」
ヤンが奥の藪を指さす。
「なんだよ……先越されちまった」
カレルは残念そうに呟いた。
腰の上ほどまである藪の近くで、レネがベドジフと二人並んで用を足していると、人影があらぬ所へ向かうのを目にした。
「おい!? あれ……」
ヨナターンが人目を忍ぶように、団員たちの死角になった場所から、石柱へ向かって行っている。
(あいつはなにをしてるんだ!?)
「祠に忍び込むつもりか?」
ベドジフは信じられないものを見る目で、ヨナターンの後ろ姿を凝視している。
「あんた、弓は?」
「ああ、持ってるぞ」
心なしかベドジフの目が爛々と光って見える。
これからよからぬことが起ころうとしているのに胸が高鳴る……これは傭兵の性だ。
自分もきっと同じ目をしているだろう。
レネはベドジフと共に、ヨナターンに気づかれないよう尾行を開始した。
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