菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
51 / 506
3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

9 夢

しおりを挟む
◇◇◇◇◇

 いつの間にか盗賊たちに囲まれている。
 前にいる護衛たちと切り離され、ここには村人とあの弱そうな護衛一人しかいない。
 剣を抜き、一気に盗賊たちが襲いかかって来た。

 グサッと腹から背中に剣が突き刺さり、細い身体が地面に倒れ込む。
 護衛は、硝子玉のような黄緑色の瞳を開いたまま絶命していた。

「へっ、弱ええな。こんな弱い護衛付けたってなんの意味もないだろ?」

 盗賊の一人が灰色の頭をゴスッと蹴り上げると、胴体から首があらぬ方向を向いた。

(ああ……どうしたらいいんだ)

 ヨナターンは恐怖に震え、思うように身体が動かない。

「さて、宝珠を渡してもらおうか」

 盗賊たちは宝珠を持っているであろうテレザの方へと足を向ける。

「お前たちに渡してたまるかっ!」

 ダヴィドはテレザの前に庇いたつと、剣を構え盗賊たちと対峙した。

「だめだっ……ダヴィドっ!!」

 叫んだ時はもう遅かった。
 三本もの剣が身体を貫き、ダヴィドの口から赤黒い血がゴポゴポと溢れ出る。

「うわぁぁぁぁぁぁぁッッッ……」


「——ヨナターンっ、ヨナターン!」

 身体を揺さぶられて、現実に引き戻される。

 ドクドクと高鳴る心音が、透明な文様を描いて視界の邪魔をする。
 視界が正常になると共に、心配するダヴィドの顔が鮮明に見えてきた。

「ダヴィド……生きてる……」

「お前どんな夢を見てたんだよ……」

 呆れたようにダヴィドはヨナターンの頬を撫でる。

(良かった……夢だった……)

 これから自分は、二度と後戻りできない道を歩いて行かなければならない。
 それまでは、少しの間でも弱い自分を許してほしい……。
 誰に言うでもなく、ヨナターンはダヴィドの首に両手を回し抱きついた。

(——ダヴィドだけはなんとしても守る……)


◆◆◆◆◆

 盗賊たちのアジトである巨石群が段々と大きくなってくる。
 それと共にレネの心の中の不安、興奮、恐怖、期待が、ごちゃごちゃと混ぜ合わさる。なんと呼んでいいのかわからない思いが、ドクン、ドクンと脈打つまでに育っていた。

 自分の不名誉を挽回するには、護衛の仕事をまっとうするしかない。
 このままなにも起きなければ、挽回する機会はないままだ。
 その思いが、レネの心の内をより複雑にしていた。

「ふぁ……」

「お前もう何度目の欠伸《あくび》だよ……寝てないのか?」

 レネのいる後ろを振り返ってベドジフが訊いてくる。

「いや、そんなことないけど」

 言葉では説明できない気持ちを抑えようとしたら、先ほどから無意識に欠伸が出てしまうのだ。

(あれ?)

 周りの景色はそのままなのに、気のせいか……場の空気が変わった。

「——これから聖地に入るわ。私はあの中で神に祈りを捧げるから、その間は誰も入ってこないで」

 テレザは人の二倍ほどある高さの石柱が、三本重なりあって自然の祠のようになっている場所を指して皆に告げた。

 突然の申し出に団員たちは気色ばむ。そんな話は聞いていない。

「おい、じゃあ先になにか潜んでないか確認してからにしてくれ」

 ヤンが少し離れた石柱の方へと進もうとすると——

「ダメっ、巫女以外はここから先に来ないで!」

 テレザから強い制止がかかる。

「じゃあどうするんだよ?」

 ヤンは振り返って、困った顔をする。
 眉尻を下げて首を傾げているとまるで温厚な大型犬のようで、レネはこんな時に不謹慎にも頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。

「大切な儀式だから、どうしてもダメなの」

 ここから石柱までは少し距離がある。なにか起こってもここからでは状況を把握するのが難しい。

(困ったな……)

 白鳥の件と言い、ここの神様にはなんで面倒な決まりごとばかりあるのだろうか……。

 またとつぜん飛び出した独自ルールに、団員たちはどうしたものかと顔を見合わせる。
 なぜ最初から説明してくれないのか……。予め知っていたら対処の仕方も変わって来るのに。

「すまないが。これは神事の一環なんだ。だからここでテレザを待っているしかない」

 ダヴィドも申しわけなさそうに団員たちに説明する。
 残された男たちは、溜息を吐くと儀式が終わるまで大人しく待つことにした。

「猫ちゃ~ん。連れション行こう」

 しかたないので団員たちは、今のうちに用を足しにいったりと、待っている間それぞれ小休憩を取っていた。

「猫ならベドジフと行っちまったぜ」

 ヤンが奥の藪を指さす。

「なんだよ……先越されちまった」

 カレルは残念そうに呟いた。


 腰の上ほどまである藪の近くで、レネがベドジフと二人並んで用を足していると、人影があらぬ所へ向かうのを目にした。

「おい!? あれ……」

 ヨナターンが人目を忍ぶように、団員たちの死角になった場所から、石柱へ向かって行っている。

(あいつはなにをしてるんだ!?)

「祠に忍び込むつもりか?」

 ベドジフは信じられないものを見る目で、ヨナターンの後ろ姿を凝視している。

「あんた、弓は?」

「ああ、持ってるぞ」

 心なしかベドジフの目が爛々と光って見える。
 これからよからぬことが起ころうとしているのに胸が高鳴る……これは傭兵のさがだ。
 自分もきっと同じ目をしているだろう。
 レネはベドジフと共に、ヨナターンに気づかれないよう尾行を開始した。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

【キスの意味なんて、知らない】

悠里
BL
大学生 同居中。 一緒に居ると穏やかで、幸せ。 友達だけど、何故か触れるだけのキスを何度もする。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...