菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

6 神の使い

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「——お前……大物じゃないかっ!」

 レネが手に提げた白鳥を目にすると、ベドジフが興奮気味に駆け寄って来た。ベドジフもウサギを一羽、腰に提げている。

「へへっ、運よく白鳥の群れを見つけたんだ」

 ベドジフがまるで自分のことのように喜んでくれるので、レネはちょっと照れた。

「猫は白鳥も獲れるのか」

 近くにいたヤンも感心した様子で獲物を見る。

「ゼラも喜ぶぞ。みんなあっちにいるから早く持って行ってやれ」

 ヤンに背中を叩かれて、レネは猟師小屋の方へ向かって足を進める。

(みんな喜んでくれるといいな——)

 猟師小屋の横にある井戸で、みんな集まりなにか話しているのが見えた。
 その中にゼラを見つけると、レネは白鳥を掲げて笑顔で走り寄った。

「ゼラッ、見てこれ!」

 全員が一斉にレネの方へ振り返る。

「きゃぁぁぁぁぁぁーーー……」

 テレザの悲鳴が耳をつんざく。
 思わぬ事態に……レネは一瞬の内に思考停止した。

「お前っ……なんてことするんだっ!」

 ヨナターンの声が近くですると、左頬にカッと燃えるような衝撃が走り、顔を殴られたのだと気付く。
 口の中に血の味が広がり、いつの間にか胸倉を掴まれぐらぐらと身体を揺さぶられる。

「おいっ!? なにしてんだっ!」

 カレルが止めに入るが、ヨナターンは一向に手を放す素振りはない。

「ああっ……なんてこと! 神事の前に神の使いを殺すなんてっ……」

「神の使い!?」

 思わずボリスが呟くと、隣でダヴィドが説明する。

「白鳥はズスターヴァ神の使いとされて大切にされている」

 テレザはショックで、両手で頭を押さえ長い黒髪を振り乱していた。

(——ああ……そういうことか……)

 レネは自分がしでかしたことの重大さを理解した。

「落ち着けっ、まだ神域には入ってない。この人たちは事情を教えてなかった私たちにも責任がある」

 冷静なダヴィドが間に入ってくれるが、事態の収拾はつかない。

「こいつを護衛から外せっ! まだなんの仕事もしてないのに、問題ばかり起こしやがって!」

 ダヴィドに止められても、ヨナターンは怒りが収まらないらしく、今度は反対側の頬を平手で打たれる。

(左手? ……さっき殴って右手を痛めたからか……)

 人を殴るのに慣れてないのだと、レネは頭の片隅でぼんやり思う。
 こんな時でも冷静に相手の出方を判断するのは傭兵のさがだ。
 いかなる理由があっても護衛対象に絶対手を上げてはいけない——バルナバーシュから叩き込まれている教えに従い、レネは無抵抗で相手のされるがままになっていた。

「だいたい最初っから俺は思ってたんだっ……リーパ団っていうからどんだけ凄いのが来るかと思ったら、こんな弱そうな奴が来て……」

(——クソッ……)

 自分個人のことを貶される以上に、リーパの名前を出される方が辛かったが、レネは俯き感情を殺した。


 テレザは、死んだ白鳥に祈りを捧げるためにこの場を離れ、ダヴィドは激昂したヨナターンを落ち着けるために猟師小屋の中に連れて行った。
 村人がいなくなるのを目で追うと、ボリスは茫然と立ち尽くすレネに近付く。

「血が出てる……」

 ボリスはそっとレネの顎に手を添えると、親指で唇から流れる血を拭った。
 レネはただそれを、他人事のようにぼんやりと眺めていた。まだ思考が追い付かない……。
 両手で包み込むように頬に触れ、ボリスの手が山吹色の光を纏って輝き始めた。

「——待て」

 力を使おうとしたボリスの手をカレルが掴んだ。

「どうして……」

 驚きに目を見開き、ボリスはカレルを振り返る。

「今、それをやったら火に油を注ぐ」

「でも、あんまりじゃないかっ……レネはなにも知らなくて、みんなを喜ばせようと思って白鳥を獲ってきたんだぞっ! それをあんな風に……」

 ベドジフは怒りを滲ませ、治療を止めさせたカレルに食ってかかる。
 レネは狩りの前に二人で話していたことを思い出す。

(ベドジフ……)

「お前らも落ち着け。今起こっていることを、自分たちに置き換えて考えてみろ。——本部の菩提樹が何者かに切られたらどうする? 犯人が『なにも知りませんでした』って言ったからってそのまま返すか?」

 カレルは『リーパ護衛団』の名前の由来になった菩提樹の木を例えに話す。

「ボコボコにする」

 ヤンは即答する。

「なっ、そうだろ? 奴らにとって白鳥を殺すとはそういうことだと理解するんだ。巫女さんが大声で悲鳴を上げるのも、奴がこいつを殴るのも、わかるだろ?」

 いつもこういった役割はロランドかボリスなのだが、今回ロランドはいないし、ボリスはレネのこととなると視界が狭くなる。
 見事にカレルが代役を果たすと、団員たちはやっとことの重大性を理解し、怒りの矛先を向ける方向を見失い、先ほどまでの勢いはなくなった。

「レネ……自分のやらかしたことはわかってるだろうな? 自分で始末付けろよ」

 カレルが『レネ』と名前で呼ぶ時は真面目な話をしている時だ。真剣な赤銅色の瞳に射竦いすくめられ、レネは息をのんだ。

「ああ……わかってる。みんなごめん。オレのせいでこんなことになって」

 レネも団員に素直に頭を下げて謝った。

「あの三人ともう一度話し合ってみよう。お前がいると相手も冷静になれないだろうから、ここで待っていろ」

 団員たちは村人たちと話し合うべく猟師小屋へと向かった。
 
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