菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

2 狩りの途中で

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「今日はここで、野営するか」

 日も傾いてきたころ、この旅の責任者である村長の息子ダヴィドが乾いた地面を探し出すと、皆に告げた。

「よし、じゃあヤンとゼラは薪の準備な。俺と猫で獲物を探して来るから、あとの二人は荷物をまとめて寝床の準備してろよ」

 まるで水を得た魚のように、ベドジフは生き生きとして荷物を降ろすと、背中に弓矢だけ背負い颯爽と出かけて行く。

「けっ、偉そうに指図しやがって、手ぶらで帰って来たら承知しないからな……」

 カレルが面白くなさそうに言い返す。
 複数人で野営をする時は、レネはだいたい食料調達係だ。
 気配をコントロールするのが上手いので、レネは弓使いのベドジフよりも狩りの成功率が高いのだ。だからこういった野営の時は重宝される。

 レネも荷物から小さな弓矢を取り出すと、獲物のいそうな草むらを物色する。
 ここは見晴らしのいい湿地帯で、大物には期待できないが、ウサギくらいならいるかもしれない。
 ゼラの作るスパイスをきかせたウサギの煮込みはレネの好物だ。その香りを思い出し思わず舌なめずりすると、猫のように目を爛々と輝かせ、レネは叢の方へと足を向けた。

 レネは叢の中で腹ばいに這いつくばり、完全に気配を殺す。
 ガサガサッ———叢の奥で気配がして、レネは反射的に目を凝らす。

(……人!?)

 奥をじっと観察すると、二人の人物がなにやら話している。
 一人は猟師風の格好をした男と、もう一人は今回の旅に同行している村の青年ヨナターンだった。

(どうしてヨナターンが……知り合いか?)

 しかし、知り合いならなぜ、こんな所でコソコソと話す必要があるのだろうか?
 様子からして、皆に知られたくない内容を話している。

(いったいなんのために?)

 二人が去るまで、息を殺して叢に身を潜める。
 レネは、完全に気配が消えるまでその場へとどまった後に場所を変え、水辺で鴨を一羽仕留めると、皆が待つ野営地へと戻った。


「——なんだ……猫、今日は一羽だけなのか? お前にしては珍しいな」

 先に帰ってきていたベドジフが、不思議そうな顔をしてレネを見る。

(違うもの見つけて狩りどころじゃなかったんだよ……)

 先ほど目撃したことを皆に知らせようかと思ったが、事情がまだよくわからないのでレネの心の中だけに留めて置く。
 ベドジフも鴨を三話羽持ち帰っていたので、なんとか食料を確保することができ、ホッとする。
 保存食も持っては来ているが、先が長いのでできるだけそれには手を付けたくはない。

「これは丸焼だな」

 ゼラは、レネとベドジフが持ち帰った獲物を一瞥すると、今晩のメニューを即座に決める。
 しなやかに長い手足と、漆黒に輝く肌。
 いざ戦いとなると、団員たちは誰も太刀打ちできない剣技。
 黒い肌をしたこの異国の美しい青年に、レネは密かに憧れていた。
 しかしゼラはレネにはなんの興味もないといった風で、ぜんぜん相手にしない。
 しかしその無口でとっつきにくいところが逆にいいのだ。

(それに料理が上手い)

 レネは、当たり前のようにゼラの横に陣取るとナイフを取り出し、獲物を捌くのを手伝う。
 ゼラからなにか言ってくることはないが、決して追い払われることはない。

「猫ちゃん、やたらとゼラに懐いてんな」

「あれ懐いてるって言うのか?」

 カレルが黙々と鴨を捌く二人を見てニヤニヤ笑ってるのを、ヤンも倣って不思議そうに眺める。

「もうゴロゴロしちゃって。あっちはそれどころじゃないんだけどな」

 反対方向をカレルが指さす。

「ああ、あの巫女さんか……」

 テレザは野営の準備をするボリスからずっと離れないでいた。

「ねえ、ボリスさんはいつもメストにいるの?」

「いいや、仕事でほとんどいないかな——レネ、ちょっとこっちに来て手伝ってくれないか」

 レネが鴨を捌き終わって手を洗っていたら、ボリスが自分を呼んでいる。

(また、あの人と一緒にいる……)

 困ったことに、テレザはボリスのことがお気に入りらしい。
 ボリスは自分の姉の恋人だと大声で言いたいのだが、団員の中でもごくわずかしかそのことを知る人間はいない。貴重な《癒し手》という立場上、できるだけその事実を伏せていたかった。

 癒し手は貴重な存在で、過去にリーパから強引に引き抜こうとした者がいた。
 ボリスが癒し手だという情報は公にはなっていない。
 しかしその情報を知った者が金にものを言わせ引き抜きにかかるかもしれないし、断った場合は脅しとして身内を人質に取る可能性だってある。
 ボリスには家族がいないので、恋人である姉が一番に狙われる。
 レネはそれを一番恐れていた。

(ボリスからテレザを引き離すのになにかいい方法はないか……)

 思案しながら、ボリスたちの方へと向かった。

「なに?」

 レネが来ても、テレザはボリスから離れようとしない。

「こんないい男なんだもん。恋人の一人や二人いるわよね?」

 テレザはレネを一瞥すると、まるで興味もないとばかりにボリスに向き直り、話を続ける。

「いるよ。とってもかわいい恋人がね」

 ヘーゼルの瞳で優しく微笑むと、ボリスはやってきたレネの方へと目を向ける。

「どんな人?」

 興味津々でテレザは続けざまに質問する。

「灰色の真っすぐな髪で……」

(ボリス?)

「色白で、ピンク色の唇がとても色っぽい子だよ」

 ボリス自らが、自分の恋人であるアネタの話をするなんて珍しい……そう思っていた矢先に——

「……おいっ!?」

 いきなり腕を引かれて、ボリスに抱き込まれた。
 テレザは、ボリスの腕の中にすっぽりと収まる自分より美しい青年を見て、目つきを鋭くする。

「ちょっと、ボリスさんそんな趣味だったの?……もしかしてあたしのことからかってる?」

「いいや、本当のことだよ。ねえ、レネ」

 至近距離から見つめてくるボリスの瞳がぜんぜん笑っていなくて、レネは恐怖で全身に冷や汗を掻く。

「あ、ああ」

(た、確かに嘘は言ってない……)

 ボリスの恋人は、灰色の髪で……色白で……ピンク色の唇をしている。
 色っぽいかどうかは実の姉なので、レネにはわかりかねるが。

「なによ……」

 プイっとそっぽを向いて、テレザはダヴィドたちの方へと歩いて行った。

「す、凄えな……」

「猫の使い方としては斬新だよな……」

 一部始終を見ていたヤンとベドジフが、驚きのあまりポカンと口を開けている。
 ボリスが女たちから囲まれた時によく使う手だったが、二人が目撃したのは今回が初めてだ。

「俺たちはそういうこと起こらないから……参考にならないけどな」

「女の子に言い寄られて困ることなんて、ないもんな……」

 この二人の会話はいつもどこか自虐的だった。

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