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2章 猫の休暇
11 治療を受けながら
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◆◆◆◆◆
「なんでこんなとこに癒し手がいるんだよっ!?」
気付いたらもといた部屋に運ばれ、暖かい色の光に包まれていた。
原型がないほどボコボコになっていた顔を綺麗に治療されたヴィートは、信じられないものでも見るような目で、ボリスを見つめる。
癒し手は、聖地シエトの神殿にいるのではないのか?
幼いころ親にそう教えられた。
妹が財布をすった人間がまさか癒し手だったなんて、思いもよらない事態に頭が混乱している。
「股間の方は大丈夫だったかい?」
ニッコリと笑顔で訊かれ、ヴィートは顔を真っ赤にして「なんともねーよ」とそっぽを向いた。
容赦なく蹴り上げられた股間はまだジンジンと疼くが、治療されている光景を想像しただけで寒気がする。
「大丈夫のようだね。さてと——次はレネ」
今まで笑顔だったボリスが、いきなり真顔になると、ヴィートをボロクソになるまで殴り続けた男に向き直った。
「いいよ、大した傷じゃないし——おいっ!?」
レネはボリスから有無を言わせずシャツを脱がされていた。
先ほどまヴィートに対して圧倒的な強さを示していたのに、ボリスに対してはどこか弱気な態度だ。
腕にはナイフによる無数の切り傷ができていた。あんな力で殴ったとは思えないくらい、細くしなやかな身体つきだ。
白い肢体に視線が吸い込まれる。
なんだかやましい気持ちになり、一度目を逸らそうとしたがヴィートは思い直す。
相手は野郎だというのにどうした自分、普通にガン見してやればいいのだ。
女じゃないのだ、なにを遠慮する必要がある。
至極まっとうな理由を見つけ出し、今度は堂々とレネの身体を観察する。
細い割には意外と大胸筋がある……なんて思っていると、慣れない鮮やかな色彩が飛び込んできて、途中で脳味噌が停止する。
(——ピンク……)
ぶんぶんと顔を横に振って、結局ヴィートはレネから視線を外した。
ヴィートは気を取り直して二人の会話に意識を集中させる。
「傷があるとアネタが心配するだろ。無茶ばかりして。どうして慣れない素手で相手しようなんて思ったんだ」
ヴィートは、「なにが素手だ、あの手袋には絶対なにか仕込んであったろ?」と文句を言いたくなったが、ボリスにとってはそういう問題ではないのだろう。
「こいつはオレがボコボコにしないといけなかったんだよ」
レネはヴィートを一瞥すると、満足げに目を細めてボリスを見つめる。
そんなレネの様子を見て、ヴィートは飼い主の所に獲物を運ぶ猫にそっくりだと思った。
飼い主は呆れて怒っているのに、猫は自分の仕事に満足して毛繕いしているみたいだ。
(じゃあやっぱり俺は獲物なのか?)
ヴィートは改めて、腕の治療を受けるレネに目を向ける。
黄色味を帯びた神秘的な光に包まれて、神々しいほどにレネの姿が輝いて見えた。
ゾクゾクするような美しい男からボコボコにやられたかと思うと、なぜか今になって気分が高揚する。
虫も殺さないような顔をして、いざ勝負になると一切容赦しない徹底的なレネの態度に痺れた。
圧倒的な強さに、自分のすべてを差し出してひれ伏したくなった。
本当は傷の治療なんてしてほしくない。
レネに殴られた傷の痛みをもっと噛み締めたかった。
自然と湧き出た気持ちに、ヴィートは動揺する。
(俺ってこんなアブナイ奴だったなんて知らなかった……)
目の前にいる綺麗な男を眺めて——改めて疑問が浮かび上がる。
「あんたはいったい何者なんだよ……」
人を傷つけることにまったく躊躇を見せない様子は、自分みたいなゴロツキなんかと一線を画すとヴィートは肌で感じていた。
「あーまだなんも話してなかったな。お前のこれからにも関わることだ」
(そうだった……)
戦う前にレネが言っていた言葉を思い出す。まさか負けるとは思っていなかったのであまり深く考えていなかった。
『オレが勝ったらお前をオレの好きにさせろ』
そういう約束で勝負をしていたのだ。
自分は負けた。
これからはこの美しい男の言いなりだ。
(俺はどこかで、暴れる自分を支配してくれる人間を求めていたのかもしれない……)
こんなに満たされた気分になるのは、生まれて初めてだった。
「なんでこんなとこに癒し手がいるんだよっ!?」
気付いたらもといた部屋に運ばれ、暖かい色の光に包まれていた。
原型がないほどボコボコになっていた顔を綺麗に治療されたヴィートは、信じられないものでも見るような目で、ボリスを見つめる。
癒し手は、聖地シエトの神殿にいるのではないのか?
幼いころ親にそう教えられた。
妹が財布をすった人間がまさか癒し手だったなんて、思いもよらない事態に頭が混乱している。
「股間の方は大丈夫だったかい?」
ニッコリと笑顔で訊かれ、ヴィートは顔を真っ赤にして「なんともねーよ」とそっぽを向いた。
容赦なく蹴り上げられた股間はまだジンジンと疼くが、治療されている光景を想像しただけで寒気がする。
「大丈夫のようだね。さてと——次はレネ」
今まで笑顔だったボリスが、いきなり真顔になると、ヴィートをボロクソになるまで殴り続けた男に向き直った。
「いいよ、大した傷じゃないし——おいっ!?」
レネはボリスから有無を言わせずシャツを脱がされていた。
先ほどまヴィートに対して圧倒的な強さを示していたのに、ボリスに対してはどこか弱気な態度だ。
腕にはナイフによる無数の切り傷ができていた。あんな力で殴ったとは思えないくらい、細くしなやかな身体つきだ。
白い肢体に視線が吸い込まれる。
なんだかやましい気持ちになり、一度目を逸らそうとしたがヴィートは思い直す。
相手は野郎だというのにどうした自分、普通にガン見してやればいいのだ。
女じゃないのだ、なにを遠慮する必要がある。
至極まっとうな理由を見つけ出し、今度は堂々とレネの身体を観察する。
細い割には意外と大胸筋がある……なんて思っていると、慣れない鮮やかな色彩が飛び込んできて、途中で脳味噌が停止する。
(——ピンク……)
ぶんぶんと顔を横に振って、結局ヴィートはレネから視線を外した。
ヴィートは気を取り直して二人の会話に意識を集中させる。
「傷があるとアネタが心配するだろ。無茶ばかりして。どうして慣れない素手で相手しようなんて思ったんだ」
ヴィートは、「なにが素手だ、あの手袋には絶対なにか仕込んであったろ?」と文句を言いたくなったが、ボリスにとってはそういう問題ではないのだろう。
「こいつはオレがボコボコにしないといけなかったんだよ」
レネはヴィートを一瞥すると、満足げに目を細めてボリスを見つめる。
そんなレネの様子を見て、ヴィートは飼い主の所に獲物を運ぶ猫にそっくりだと思った。
飼い主は呆れて怒っているのに、猫は自分の仕事に満足して毛繕いしているみたいだ。
(じゃあやっぱり俺は獲物なのか?)
ヴィートは改めて、腕の治療を受けるレネに目を向ける。
黄色味を帯びた神秘的な光に包まれて、神々しいほどにレネの姿が輝いて見えた。
ゾクゾクするような美しい男からボコボコにやられたかと思うと、なぜか今になって気分が高揚する。
虫も殺さないような顔をして、いざ勝負になると一切容赦しない徹底的なレネの態度に痺れた。
圧倒的な強さに、自分のすべてを差し出してひれ伏したくなった。
本当は傷の治療なんてしてほしくない。
レネに殴られた傷の痛みをもっと噛み締めたかった。
自然と湧き出た気持ちに、ヴィートは動揺する。
(俺ってこんなアブナイ奴だったなんて知らなかった……)
目の前にいる綺麗な男を眺めて——改めて疑問が浮かび上がる。
「あんたはいったい何者なんだよ……」
人を傷つけることにまったく躊躇を見せない様子は、自分みたいなゴロツキなんかと一線を画すとヴィートは肌で感じていた。
「あーまだなんも話してなかったな。お前のこれからにも関わることだ」
(そうだった……)
戦う前にレネが言っていた言葉を思い出す。まさか負けるとは思っていなかったのであまり深く考えていなかった。
『オレが勝ったらお前をオレの好きにさせろ』
そういう約束で勝負をしていたのだ。
自分は負けた。
これからはこの美しい男の言いなりだ。
(俺はどこかで、暴れる自分を支配してくれる人間を求めていたのかもしれない……)
こんなに満たされた気分になるのは、生まれて初めてだった。
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