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1章 伯爵令息を護衛せよ
21 ボリス
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次第に幌馬車はスピードを落とすと停車した。
「レネは⁉」
御者台の方から、背の高い男が急いで中に入ってくる。三十前後の落ち着いた雰囲気の男だ。
傭兵仲間かと思ったが、どうもカレルやロランドとは何かが違う。
「なんだよボリス、猫ちゃんのこととなると真剣だな」
一刻を争うというのに、カレルが面白くなさそうに口を尖らせる。
(この男がボリスか)
横たわるレネを見て、ボリスの顔が一気に険しくなる。
「なにがあった?」
「ちょっとこいつが元傭兵とやりあってな」
ボリスは当たり前のようにアンドレイからレネを譲り受けると、デニスに傷口から手を放す様に促し、怪我の状態を確かめる。
「レネは、助かるんですか?」
アンドレイが真剣な表情でボリスを見つめる。どういう男なのかまったく謎のままだが、今はレネを助けることができるのはこの男しかいないと、アンドレイは本能で感じているのだ。
少し緑がかったヘーゼルの瞳が、安心させるように優しく微笑む。
「失血が多くて気を失ってるだけだよ」
ボリスはためらうこともなく、レネの傷口に直接右手を当てた。
「あっ⁉」
右手が、ぼんやりと山吹色の光を纏ってレネの傷口を包み始めた。
見る見るうちにレネの傷が塞がっていく。
「ここで起こったことは他言無用で頼む」
カレルの言葉を聞いて、デニスはリーパ護衛団についての噂を思い出した。
「リーパには癒し手がいるという噂は本当だったのか……」
デニスが騎士団で見習いをしていたころ、騎士たちが話題にしたのを聞いたことがある。
「癒し手はシエトにいるんじゃないの?」
アンドレイが素朴な疑問を口にする。
シエトはドロステアの南にある聖地で、癒し手たちの集まる神殿があり、多くの民が奇跡を求め巡礼の旅へと訪れる場所だ。
「お前は知らんだろうが、騎士団にも、王都にも神殿から派遣された癒し手がいる。でもなぜリーパに?」
噂は本当だった。
しかし一傭兵団でしかないリーパに、神殿から癒し手が正規に派遣されているとは思えない。
「それは言えないね」
カレルは思わせぶりにニヤリと笑う。
ふと視線を戻すと……ボリスが治療を終えて、レネの頬に掛かった灰色の髪をそっと撫でつけ、そのまま自然な仕草でこめかみに口づけを落とした。
なんのてらいもないその行為は、他者に口を挟む余地を与えない。
愛おし気な者に向ける眼差しが、レネとボリスがただの同僚ではないと物語っていた。
アンドレイもその様子を目撃したようだが、無言のまま目を泳がせている。
多感な少年は箱入りで育ったせいか、頬を赤く染め初心な反応を見せた。
「よし、これで傷は塞がった」
ボリスはそう言ってアンドレイに向かって微笑むと、血で汚れたレネの脇腹と自分の手を布で拭う。
やっとアンドレイに穏やかな表情が戻ってくる。
「よかった……」
ボリスには、周りを安心させ落ち着かせる包容力がある。纏っている空気が大らかで優し気なのだ。これも癒し手の力なのかもしれない。
カレルたちが妙に冷静だったのも、癒し手であるボリスが近くにいることを認識していたからだろう。
失血が酷かったので、処置次第では命を落としていた可能性もあった。
「凄いっ……綺麗に治ってる」
アンドレイは、傷一つないレネの脇腹を見て歓声を上げる。
「でも傷を塞いだだけだから、失った血は戻ってない。しばらくは安静にしないといけない」
いくら癒し手とはいえ、傷は塞げても、失ったものを戻すことはできない。
「こいつが護衛なのに傷一つない綺麗な身体をしてるのは、あんたの仕業なのか?」
これもデニスがレネの正体に最後まで気付くことができなかった要因の一つだ。
「ああ。私がいる限り、レネに傷なんて残させないよ」
当たり前のことのようにボリスは言い切る。
あまりにも堂々としているので、こちらが疑問を挟む余地を与えない。
「俺はいっぱい傷が残ってるんですけど?」
カレルが横目でボリスを睨みつけ抗議する。
「でも任務には支障がないだろ?」
悪びれもなくボリスは微笑んでカレルに言い返す。
薄々感じていたが、どうもこの癒し手……ただの穏やかな人間ではないようだ。
「レネだったら掠り傷でも治すくせに」
「お前はなにもわかってない……レネになにかあってみろ、私はきっと生きていけない」
「けっ、惚気かよ」
カレルは眉を顰めて吐き捨てた。
デニスとアンドレイは二人のやりとりをポカンとした顔で聞いていた。
(——なにかとんでもないことを聞かされてる気がする……)
デニスは急に頭が痛くなってきて、こめかみを押さえた。
ここに来て、一気にレネに関する情報の洪水に、まだ頭の中を整理できないでいた。
「レネは⁉」
御者台の方から、背の高い男が急いで中に入ってくる。三十前後の落ち着いた雰囲気の男だ。
傭兵仲間かと思ったが、どうもカレルやロランドとは何かが違う。
「なんだよボリス、猫ちゃんのこととなると真剣だな」
一刻を争うというのに、カレルが面白くなさそうに口を尖らせる。
(この男がボリスか)
横たわるレネを見て、ボリスの顔が一気に険しくなる。
「なにがあった?」
「ちょっとこいつが元傭兵とやりあってな」
ボリスは当たり前のようにアンドレイからレネを譲り受けると、デニスに傷口から手を放す様に促し、怪我の状態を確かめる。
「レネは、助かるんですか?」
アンドレイが真剣な表情でボリスを見つめる。どういう男なのかまったく謎のままだが、今はレネを助けることができるのはこの男しかいないと、アンドレイは本能で感じているのだ。
少し緑がかったヘーゼルの瞳が、安心させるように優しく微笑む。
「失血が多くて気を失ってるだけだよ」
ボリスはためらうこともなく、レネの傷口に直接右手を当てた。
「あっ⁉」
右手が、ぼんやりと山吹色の光を纏ってレネの傷口を包み始めた。
見る見るうちにレネの傷が塞がっていく。
「ここで起こったことは他言無用で頼む」
カレルの言葉を聞いて、デニスはリーパ護衛団についての噂を思い出した。
「リーパには癒し手がいるという噂は本当だったのか……」
デニスが騎士団で見習いをしていたころ、騎士たちが話題にしたのを聞いたことがある。
「癒し手はシエトにいるんじゃないの?」
アンドレイが素朴な疑問を口にする。
シエトはドロステアの南にある聖地で、癒し手たちの集まる神殿があり、多くの民が奇跡を求め巡礼の旅へと訪れる場所だ。
「お前は知らんだろうが、騎士団にも、王都にも神殿から派遣された癒し手がいる。でもなぜリーパに?」
噂は本当だった。
しかし一傭兵団でしかないリーパに、神殿から癒し手が正規に派遣されているとは思えない。
「それは言えないね」
カレルは思わせぶりにニヤリと笑う。
ふと視線を戻すと……ボリスが治療を終えて、レネの頬に掛かった灰色の髪をそっと撫でつけ、そのまま自然な仕草でこめかみに口づけを落とした。
なんのてらいもないその行為は、他者に口を挟む余地を与えない。
愛おし気な者に向ける眼差しが、レネとボリスがただの同僚ではないと物語っていた。
アンドレイもその様子を目撃したようだが、無言のまま目を泳がせている。
多感な少年は箱入りで育ったせいか、頬を赤く染め初心な反応を見せた。
「よし、これで傷は塞がった」
ボリスはそう言ってアンドレイに向かって微笑むと、血で汚れたレネの脇腹と自分の手を布で拭う。
やっとアンドレイに穏やかな表情が戻ってくる。
「よかった……」
ボリスには、周りを安心させ落ち着かせる包容力がある。纏っている空気が大らかで優し気なのだ。これも癒し手の力なのかもしれない。
カレルたちが妙に冷静だったのも、癒し手であるボリスが近くにいることを認識していたからだろう。
失血が酷かったので、処置次第では命を落としていた可能性もあった。
「凄いっ……綺麗に治ってる」
アンドレイは、傷一つないレネの脇腹を見て歓声を上げる。
「でも傷を塞いだだけだから、失った血は戻ってない。しばらくは安静にしないといけない」
いくら癒し手とはいえ、傷は塞げても、失ったものを戻すことはできない。
「こいつが護衛なのに傷一つない綺麗な身体をしてるのは、あんたの仕業なのか?」
これもデニスがレネの正体に最後まで気付くことができなかった要因の一つだ。
「ああ。私がいる限り、レネに傷なんて残させないよ」
当たり前のことのようにボリスは言い切る。
あまりにも堂々としているので、こちらが疑問を挟む余地を与えない。
「俺はいっぱい傷が残ってるんですけど?」
カレルが横目でボリスを睨みつけ抗議する。
「でも任務には支障がないだろ?」
悪びれもなくボリスは微笑んでカレルに言い返す。
薄々感じていたが、どうもこの癒し手……ただの穏やかな人間ではないようだ。
「レネだったら掠り傷でも治すくせに」
「お前はなにもわかってない……レネになにかあってみろ、私はきっと生きていけない」
「けっ、惚気かよ」
カレルは眉を顰めて吐き捨てた。
デニスとアンドレイは二人のやりとりをポカンとした顔で聞いていた。
(——なにかとんでもないことを聞かされてる気がする……)
デニスは急に頭が痛くなってきて、こめかみを押さえた。
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