20 / 445
1章 伯爵令息を護衛せよ
18 デニスが目にしたものは……
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
数は多いが、相手はここら辺を縄張りとする賊なのだろう。我流の戦い方は束でかかろうとも、戦うことを生業とする男たちには敵わない。
三人の男たちはそれぞれの武器で賊たちを倒していく。三者とも容赦なく殺していくので、恐れをなした賊たちは攻撃の手を緩め始め、尻尾を巻いて逃げる者もあった。
(アンドレイたちは上手く逃げただろうか?)
デニスは、剣に付いた血を払いながら、後ろへ逃がした二人のことが気になっていた。
「おいっ、ここにヨーゼフはいないみたいだぞっ」
カレルの言葉を聞き、デニスの不安は高まる。
(主犯格の男が見当たらないということは、まさかアンドレイたちの方に行っているのでは⁉)
ピィィィィィッ!
離れた場所で笛のなる音がした。
「レネの笛だっ!」
ロランドが小屋での約束を思い出し叫ぶ。
(まさか、アンドレイになにかあったのか⁉)
嫌な予感がして、デニスは音のした方を振り向くと、無人の幌馬車がこっちに向かって走って来るのが見えた。
「御者がいない……このままだと曲がりきれない」
いち早く反応したロランドが無人の幌馬車に向かって走っていく。
「……まさか、あれに坊ちゃんを乗せたんじゃ……」
カレルが独り言のようにつぶやいたのを、デニスは聞き逃がさなかった。
「おいっ、じゃあアンドレイはあの馬車の中にいるのかっ⁉」
早く止めないと、急カーブで止まりきれず岩壁にぶつかって馬車が大破してしまう。
「——誰か、助けてーっ!」
幌の中からアンドレイが顔を出して、叫んでいるではないか。
「アンドレイッ!」
我が主の姿を確認すると、デニスは暴走する幌馬車に向かって走っていく。先に走り出していたロランドが、御者台に飛び乗っているのが見えた。
「早く、馬を止めろっ!」
瞬く間に追ってきたデニスの横を通り抜け、急カーブへと近付いていく馬車に向かって叫ぶ。
(間に合ってくれっ……)
デニスは祈る気持ちで、走りゆく馬車を見つめた。
ギギギギイィィィ……。
馬の嘶きとともに、車輪の急停止した音が響く。
「止まったかっ……?」
馬車が止まったのを確認して、デニスは急いで来た道を引き返す。
アンドレイがヨロヨロと荷馬車から降りてデニスを探しだし、こちらを振り返り叫んだ。
自分は助かったというのに、アンドレイの顔はまだ恐怖に彩られている。
「デニス、レネが……レネを助けてっ!」
アンドレイが泣き叫びながらデニスに訴える。
(まさか、あいつが一人で……)
『アンドレイを裏切るなよ』
昨夜、自分の言った言葉が、デニスの脳裏をよぎる。
(まさか……)
考える間もなく、走り出した。
デニスはちょうど馬車に向かっていたので、レネがいるであろう場所もそう離れていない。
すぐにその現場へとたどり着く。
(——なんだ……これは⁉)
想像もしていなかった状況に、デニスは息を飲む。
そこには、傭兵であろう男たちが血を流して倒れていた。
視線をずらした先には、カレルたちから聞いていたヨーゼフらしき男と……すさまじい殺気を纏った、美しい青年が対峙していた。
「……レネ」
助けに来たはずのデニスが、二人の発するビリビリと肌を刺すような気迫に押され、身動きが取れなくなっていた。
(——次で決まる)
二人の向かい合う姿を見た時、デニスの中の騎士の勘がそう告げていた。
ヨーゼフが空気まで切れそうな重い一太刀を浴びせると、レネは攻撃を紙一重で躱し、その動力を活かしたままひらりと身を翻し素早く攻撃に転じる。
レネの攻撃を剣の腹で受けると、ヨーゼフは鍔迫り合いの状態で身体を前に押し出し、体重を乗せて相手を押し倒そうとする。
すかさずレネは斜めに身体をずらし、勢い余ったヨーゼフに足払いをかけて地面に倒した。
うつ伏せで倒れたヨーゼフの背中に乗り上げると、取り出したナイフを首筋に当て、躊躇なく首を掻っ切った。
頸動脈から噴き出す血がレネの白い頬を濡らす。
それはまるで、最初から動きを決められた演武のように、迷いのない美しい動きだった。
「——お前は、いったい何者だ?」
デニスは思わず口にする。
ヨーゼフの死体の上に膝立ちで乗り上げたまま、レネは顔だけを上げて黄緑色の目でデニスを見上げた。
先ほどの殺気は嘘みたいに消えている。
「すいませんが、デニスさん……ちょっと肩を貸してもらえますか……」
目を落とすと、レネの左脇腹から血が滴り膝の方まで赤く染まっていた。
「お前っ⁉」
二人の殺気に圧倒されてレネがそんな状態にあるなど、まったく気づきもしなかった。
「流石に、傭兵相手だったので無傷じゃ済みませんでした……」
レネは青白い顔を歪ませると、まるで他人事のように笑った。
「アンドレイが心配している。早く戻るぞっ!」
「あっ……」
横抱きにレネを抱き上げると、デニスはアンドレイの待つ方へと急いで歩きだす。
意外と重いのかと思いきや、見かけ通りの頼りない軽さで、デニスの心に不吉な影が射した。
(死なせてたまるかっ!)
数は多いが、相手はここら辺を縄張りとする賊なのだろう。我流の戦い方は束でかかろうとも、戦うことを生業とする男たちには敵わない。
三人の男たちはそれぞれの武器で賊たちを倒していく。三者とも容赦なく殺していくので、恐れをなした賊たちは攻撃の手を緩め始め、尻尾を巻いて逃げる者もあった。
(アンドレイたちは上手く逃げただろうか?)
デニスは、剣に付いた血を払いながら、後ろへ逃がした二人のことが気になっていた。
「おいっ、ここにヨーゼフはいないみたいだぞっ」
カレルの言葉を聞き、デニスの不安は高まる。
(主犯格の男が見当たらないということは、まさかアンドレイたちの方に行っているのでは⁉)
ピィィィィィッ!
離れた場所で笛のなる音がした。
「レネの笛だっ!」
ロランドが小屋での約束を思い出し叫ぶ。
(まさか、アンドレイになにかあったのか⁉)
嫌な予感がして、デニスは音のした方を振り向くと、無人の幌馬車がこっちに向かって走って来るのが見えた。
「御者がいない……このままだと曲がりきれない」
いち早く反応したロランドが無人の幌馬車に向かって走っていく。
「……まさか、あれに坊ちゃんを乗せたんじゃ……」
カレルが独り言のようにつぶやいたのを、デニスは聞き逃がさなかった。
「おいっ、じゃあアンドレイはあの馬車の中にいるのかっ⁉」
早く止めないと、急カーブで止まりきれず岩壁にぶつかって馬車が大破してしまう。
「——誰か、助けてーっ!」
幌の中からアンドレイが顔を出して、叫んでいるではないか。
「アンドレイッ!」
我が主の姿を確認すると、デニスは暴走する幌馬車に向かって走っていく。先に走り出していたロランドが、御者台に飛び乗っているのが見えた。
「早く、馬を止めろっ!」
瞬く間に追ってきたデニスの横を通り抜け、急カーブへと近付いていく馬車に向かって叫ぶ。
(間に合ってくれっ……)
デニスは祈る気持ちで、走りゆく馬車を見つめた。
ギギギギイィィィ……。
馬の嘶きとともに、車輪の急停止した音が響く。
「止まったかっ……?」
馬車が止まったのを確認して、デニスは急いで来た道を引き返す。
アンドレイがヨロヨロと荷馬車から降りてデニスを探しだし、こちらを振り返り叫んだ。
自分は助かったというのに、アンドレイの顔はまだ恐怖に彩られている。
「デニス、レネが……レネを助けてっ!」
アンドレイが泣き叫びながらデニスに訴える。
(まさか、あいつが一人で……)
『アンドレイを裏切るなよ』
昨夜、自分の言った言葉が、デニスの脳裏をよぎる。
(まさか……)
考える間もなく、走り出した。
デニスはちょうど馬車に向かっていたので、レネがいるであろう場所もそう離れていない。
すぐにその現場へとたどり着く。
(——なんだ……これは⁉)
想像もしていなかった状況に、デニスは息を飲む。
そこには、傭兵であろう男たちが血を流して倒れていた。
視線をずらした先には、カレルたちから聞いていたヨーゼフらしき男と……すさまじい殺気を纏った、美しい青年が対峙していた。
「……レネ」
助けに来たはずのデニスが、二人の発するビリビリと肌を刺すような気迫に押され、身動きが取れなくなっていた。
(——次で決まる)
二人の向かい合う姿を見た時、デニスの中の騎士の勘がそう告げていた。
ヨーゼフが空気まで切れそうな重い一太刀を浴びせると、レネは攻撃を紙一重で躱し、その動力を活かしたままひらりと身を翻し素早く攻撃に転じる。
レネの攻撃を剣の腹で受けると、ヨーゼフは鍔迫り合いの状態で身体を前に押し出し、体重を乗せて相手を押し倒そうとする。
すかさずレネは斜めに身体をずらし、勢い余ったヨーゼフに足払いをかけて地面に倒した。
うつ伏せで倒れたヨーゼフの背中に乗り上げると、取り出したナイフを首筋に当て、躊躇なく首を掻っ切った。
頸動脈から噴き出す血がレネの白い頬を濡らす。
それはまるで、最初から動きを決められた演武のように、迷いのない美しい動きだった。
「——お前は、いったい何者だ?」
デニスは思わず口にする。
ヨーゼフの死体の上に膝立ちで乗り上げたまま、レネは顔だけを上げて黄緑色の目でデニスを見上げた。
先ほどの殺気は嘘みたいに消えている。
「すいませんが、デニスさん……ちょっと肩を貸してもらえますか……」
目を落とすと、レネの左脇腹から血が滴り膝の方まで赤く染まっていた。
「お前っ⁉」
二人の殺気に圧倒されてレネがそんな状態にあるなど、まったく気づきもしなかった。
「流石に、傭兵相手だったので無傷じゃ済みませんでした……」
レネは青白い顔を歪ませると、まるで他人事のように笑った。
「アンドレイが心配している。早く戻るぞっ!」
「あっ……」
横抱きにレネを抱き上げると、デニスはアンドレイの待つ方へと急いで歩きだす。
意外と重いのかと思いきや、見かけ通りの頼りない軽さで、デニスの心に不吉な影が射した。
(死なせてたまるかっ!)
96
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話
Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。
爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。
思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。
万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる