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1章 伯爵令息を護衛せよ
11 一人でとぼとぼ山道を歩いていたら
しおりを挟むレネは一人残ると、地面へ放り出されるように散らばった三人分の荷物を、一つにまとめながらなんとか背負える状態にする。
旅の荷物といっても宿に泊まることを想定したものしかないので、一人分はそこまで重くはない。しかしそれが三人分ともなれば話は別だ。
「よいしょっと……」
ズシリと重い荷物が、徹夜明けの疲れた身体にさらに追い打ちをかける。
(この調子じゃジェゼロに着くのは昼過ぎになるな……)
レネは力を振り絞ってゆっくり歩きだした。
日も高く昇ったころ、峠を越えてやっとジェゼロのシンボルであるボジ・ルゼ湖が見えてきた。
いつ見ても、湖は神秘的な青に輝き美しい。
レネにとってジェゼロは、姉のいる町であり、湖はその象徴だ。良い思い出しかない。
本来なら、アンドレイと歓声を上げながらこの道を歩いているはずだったのに……それがとても残念だ。
一人分にしては大きな荷物を背負って歩いていたからか、何人かの通行人から「大丈夫かい?」と声をかけられたが、レネは適当にあしらって先に進んだ。
(アンドレイたちは無事に着いたかな……)
今ごろは宿で、しかるべき処置を受けているだろう。
本来なら馬に乗ってさっさとジェゼロに着いて、姉と一緒にゆっくり休暇を過ごしているはずだったのに、なんで自分はこんなことをしているのか……。
一人になって肉体的にキツくなると、ついつい弱音が出てきてしまう。
(駄目だ駄目だ、もう少しだから頑張ろう!)
自分に活を入れると、レネは足早に歩きだした。
レネの耳がピクリと反応した。
早駆けの馬の音がこちらに近付いてくる。
急いでいる馬の邪魔にならないよう、レネはフードを深く被り直して道の端を歩く。
通り過ぎると思っていた馬が、自分に近付いて来るとともに速度を落とし始めた。レネは不思議に思い、目を細め馬の方を見る。ちょうど日の光で馬上の人物がよく見えないのだ。
「——よお、こんなとこトボトボ歩いてたのかよ」
よく知った声にレネは思わず声を上げた。
「カレル⁉」
赤銅の髪を持つ男は馬から降りると、「よこせ」とレネの荷物を取り上げ、手際よく馬の背に括り付ける。
「疲れてるんだろ? お前も乗れよ」
カレルは歩いて、レネへ馬に乗るよう促す。
「えっ⁉ なんで……あんたが乗ってきた馬だろ?」
ふだんはこんな親切な男ではない。なぜ今日は優しいのか、レネは怪訝な顔をする。
「騎士殿がお前のことを心配してきかなくてな。迎えに行ってやれと頼まれたのさ」
レネは意外な名前が出てきて目を見開く。
「じゃあアンドレイは無事に手当てを受けてるの?」
「ああ、ちゃんと熱さましを飲んで宿で寝てる。ロランドも付いてるから心配するな」
「よかった……」
安心して、レネは胸を撫でおろす。
「お前な……騎士殿が朝まで見張りをさせて、そのうえ三人分の荷物を持たせて、山の中に一人置いてきたって、すげえ心配してたぞ。まさかお前も護衛の一人だなんて思ってもいないだろうな」
その時のデニスの様子を思い出したのか、カレルは噴き出す。
「あんたたちに会った後、危ないから一人でウロウロするなって説教されたくらいだもん……だから今さら護衛だって言っても絶対信じてくれない」
「逆に心配されるなんて護衛失格だな」
カレルはゲラゲラと笑いだす。
恥ずかしいことを言われた夜を思い出し、レネは頬を膨らませてそっぽを向く。
「お前と打ち合わせしておきたいこともあったし、ちょうどよかった。ほら、さっさと馬に乗れ」
「いてっ!」
レネの尻をパチンと叩いて馬に乗るよう促すと、カレルは手綱を引いてスタスタと歩きだす。
「賊の生き残りから、坊ちゃんを狙ってる実行犯の男の名前を訊き出した。ヨーゼフって名の元傭兵の男だ。相当腕の立つ傭兵だったみたいだが、平和な世の中になって食いっぱぐれたのか、傭兵仲間と裏の仕事を引き受けて生計を立ててるようだ」
長く続いた東国での大戦が終わり、同盟国のために派兵していたドロステアも兵を引き、多くの傭兵たちが仕事をなくした。
リーパ団のように護衛専門に鞍替えし、新たな仕事を作り出した傭兵団もあるが、ほんの一握りの存在だ。職を失った多くの傭兵たちは平和な国を去り、きな臭い戦の香りのする国を求めて彷徨い歩くか、ヨーゼフのように裏の仕事に手を染めるしか、一度血濡れた剣を持った男たちに生きる道はない。
「でも今まで襲って来た奴らは、元傭兵って感じでもなかったよね?」
その答えを知っているはずのカレルを馬上から見下ろす。
「ああ。そこら辺にいる賊だ。ヨーゼフが金を出してアンドレイを襲わせたらしい」
「じゃあ、前もってアンドレイが来ることを知らせてあったんだ……」
「誰かがアンドレイの動向を監視してるのかもな」
(——もしかして……)
一つの疑念にかられ、レネは顔を顰める。
「昨日、雨に降られて野宿した時にボフミルって言う小太りのおっさんと一緒になったんだ。オレたちの関係をしつこく訊いてきたから、なにか探りに来たのかも……」
「坊ちゃんと騎士殿の二人だったのが、いきなり三人に増えたからな。敵さんも気になったんだろ。まあ、お前を見ても誰も護衛だとは気付かないだろうよ。猫ちゃんはこういうとき便利だよな」
「ふん、馬鹿にしやがって!」
レネは同僚から仇名の『猫』と呼ばれるのが嫌いだった。腕自慢の厳つい男たちが集まる中で、自分だけ浮いているような気分になる。
「馬鹿にしちゃあいないだろ。お前みたいな毛色が違うのも必要なんだよ。お前はちゃんと自分の爪を隠せるじゃないか。俺たちはどうしても普通の人に混じったら浮いちまうんだよ。誰も怖がって近付いてきやしない」
自分が仲間内で思っていた疎外感を、カレルも違う形で味わっていたことを知り、レネはなんと言い返していいか言葉に詰まった。
「なんだよ、いきなり黙り込むなよ。——さっきの話の続きだけど、ヨーゼフたちもジェゼロにいるらしい。ボフミルとか言うおっさんが仲間だったら、お前のことも伝わってるだろうが、お前はずっと爪を隠しとけ。坊ちゃんのオマケくらいにしか思われないようにしろ」
「ヨーゼフたちがジェゼロにいるなら、アンドレイたちは大丈夫なの?」
いくらデニスとロランドがいるからといっても、数で襲ってきたら太刀打ちできない。
「騎士団の駐屯所があるからな、あの町ではあいつらも悪さできない。気を付けるのはジェゼロを出てからだ。お前は宿に書置きを預けてるから、それを騎士殿に見せて『この通り、知り合いがポリスタブに行ったので、自分も二人と一緒にポリスタブへ行く』と言え。絶対一人で放り出されることはない。ヨーゼフのことは騎士殿に伝えてあるから、ジェゼロからは俺たちも一緒に行動する」
二人が、自分の知らないうちにデニスとの間に話をつけている周到さに驚くが、きっとロランドが上手く立ち回ったのだろう。あの男はそういった細かいことに気が回るのだ。
カレルたちと一緒に行動できるのは心強いが、またアンドレイたちの前で、あんな馬鹿げた芝居を続けなければいけないかと思うとウンザリする。
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