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〜兄弟の絆〜
思い出の味
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影の男の襲撃を退けたマルクスは、ミラたちの無事を確認するとすぐに別れを告げてロビナス村を後にした。
何故なら、影の男との戦闘に夢中になっていたため、気がつくと真夜中になっていた。早くギルディアに帰らないと夜が明けてしまう。明るくなる前にギルディアに帰らないと自分がいなくなったことが知れ渡り、折角の隠しトンネルが見つかってしまう恐れがあった。そうなると二度とミラに会えなくなってしまうかもしれない、今までは満月の夜に大きなヒロタ川の対岸で、遠くからお互いを見つめることしかできなかったが、これからはあの隠しトンネルを使えば、いつでもミラに会えると思うと残念だが、自分が選択する道は一つしかなかった。
マルクスはなんとか夜明け前に隠しトンネルを通ってギルディアに帰ってきた。グラナダの倉庫の竪穴をよじ登ると、ルディーたちが待っていた。
「やっと戻ったかマルクス」
「ああ、お前たちのおかげで無事にミラに会うことができたよ。ありがとう」
「かなり遅かった?……ん?、どうしたこれは? 服に血が付いているぞ?」
ルディーはマルクスの服についた血を見て驚いていた。おそらく影の男を魔法で吹き飛ばしたときに付いた返り血だろう。
「ん? ああ、実は……」
マルクスはロビナス村で会った影の男の話をした。
「誰だ? そいつは?」
「分からない、幻影魔法を使っているところを見ると、ギルディアのエルフだと思うが?」
「幻影魔法の使い手と言えば、何日か前にメルーサ隊長も影の男と戦って瀕死の重症を負ったと聞いたぞ」
「え? あのメルーサが?」
「ああ、知らなかったのか?」
「そんなことは聞いていない」
「そうか、確かローゼンブルグからグラナダに帰る途中の街道で襲われたそうだ」
「そ、それで無事なのか?」
「ああ、左腕と両足に重症を負って軍の診療所に入っていたが、今は家で療養しているそうだ」
「そうなのか? 今度様子を見に行こうかな」
「ああ、そうだなマルクスは同じギルティークラウンだから顔を出したほうが、あの女も喜ぶだろう」
しばらく雑談をした後、マルクスたちは森の中の倉庫を出ると、東の空が薄っすらと明るくなっているのに気づいた。
「やばい! 早く帰ろう!」
マルクスたちは急いでグラナダの基地に向かって走り出した。
◇
その日は特に肌寒い日だった。
一日中冷たい北風が激しく吹く中、通りに人影は無く閑散としていた。そんな中、ローゼンブルグの貧民街の路地裏で幼いメルーサは寒さで震えながら体を丸めていた。
彼女は肩にかかる長い黒髪を揺らしながら空腹で痛むお腹を抑えていた。もう一週間も何も口にしていない。うつろな目で地面の水たまりをボーッと眺めていると若い男が自分に近づいて来るのがわかった。ゆっくりと視線を上げると男は手を伸ばしてきたので、メルーサは咄嗟に身をすくめた。少し怯えた表情で男の顔を見ると男は笑顔を浮かべてそっと手に持った丼を差し出してきた。それは、テカテカと飴色の大きな肉の塊が器に溢れるほど乗った、美味しそうな料理だった。肉と醤油ベースの餡の香ばしい匂いが鼻をかすめると彼女のお腹も悲鳴を上げた。
メルーサは口を開けたが何も言えずただ黙って男の差し出した丼を見つめた。
「ほら、美味しいぞ。食ってくれよ」
男を見ると再び優しい笑顔で微笑んだ。メルーサは男から丼を受け取ると、恐る恐る一口食べた。肉の塊を口に入れると歯がなくても噛み切れるほどに柔らかく、舌の上でホロホロに溶けた。醤油ベースの餡もものすごく美味しい、彼女は無我夢中で食べると、美味しさのあまりうまい、うまい、と何度も連呼していた。ほっぺたが落ちるとはこの事を言うのだろう。
「うまい! うまい!」
「どうだ? 美味しいだろ、元気がない時は美味しいものを腹いっぱい食えば、すぐに元気になるぞ」
男は優しげな表情で笑っていたように思った。
そこでメルーサは目が冷めた。寝室の天井を見上げて幼いときに見た、男の顔を思い出そうとした。
しかし、男の顔を見た記憶があるのに、男の顔には光が当たったようにボヤけてしまって、顔を思い出せなかった。かなり整った顔をしていたことはなんとなく覚えているのだが、あまりに料理が美味しかった所為なのか、味覚の記憶が強すぎて男の顔をかき消した。
つい最近ローゼンブルグに行ったときに、夢に出てきたウィロー飯を食べたくて、立ち寄ったが、すでに店は無くなっていたことを知って心底がっかりしたのを思い出した。
メルーサはベッドから起き上がろうと上半身を起こした。まだ、あの影の人物から受けた傷が傷んだ。窓の外を見ると日が高く登っているのが見えたので、おそらく昼は過ぎているのだろう。もう3日間も何も食べていなかった。エルフは2~3日何も食べなくても平気だが、怪我をしている時はやはり何か栄養のあるものを食べる必要があるだろう、面倒でもなにか作ろうと台所に行こうとした時、玄関の呼び鈴が鳴った。
『リ~ン! リ~ン!』
(ん? 誰だ?)
メルーサはベッドから立ち上がると玄関に向かった。
『ガチャ』
玄関を開けるとそこにはマルクスが立っていた。
「何だ?」
メルーサは怪訝な表情でマルクスを見た。
「いや、怪我をしたと聞いたから、お見舞いに来たんだよ」
「お見舞いだと? 余計なお世話だ帰れ」
メルーサはそう言うと玄関の扉を閉めようとしたが、咄嗟にマルクスに扉を抑えられた。
「ま、待てよ。メルーサ、いきなりドアを閉めるなよ。なにか美味しい物でも作ってやるよ」
そう言うとマルクスは食材がいっぱいに詰まった手提げ袋を持ち上げて見せた。
「料理だと?」
マルクスに言われて、そう言えばこの男は昔、料理人をしていたと言っていた事を思い出した。
「どうせ何も食っていないんだろ、俺に任せればとびっきりの美味しい物を作ってやるぞ」
自信満々なマルクスの笑顔を見て少しだけ食べてみたいと思った。
「り、料理を作ったら、さっさと帰れよ」
「わかったよ。作ったらすぐに帰るから心配するなよ」
そう言うとマルクスはズカズカと家の中に入ってきた。
「すぐ作るから、メルーサはベッドで横になってろよ」
「わ、分かった」
メルーサが返事し終わるのを見届けると早速マルクスは台所へ行って作業に取り掛かった。昔、料理人をしていたと言うだけあってテキパキと一人で食材を切ったり、炒めたり、煮たりと手際よく動いた。段々と部屋に広がる良い匂いがメルーサの空腹を刺激した。
「よし! できたぞ!」
マルクスは、そう言うとお盆の上に丼を乗せてベッドに寝ているメルーサの元に持ってきた。メルーサは上半身を起こしてマルクスの料理を受け取ってびっくりした。
そのお盆の上の丼にはメルーサが夢にまで見た、ウィロー飯だった。
「お、お前、こ、これは……」
「ああ、昔うちの店で出していた、ウィロー飯って言うんだぜ。ものすごく美味しいから食ってくれよ」
「ウ、ウィロー飯だと?」
メルーサは半信半疑でマルクスから丼を受け取ると一口食べた。大きな塊肉は柔らかく口の中でホロホロに溶けた。
(間違いない! 子供のときに食べたウィロー飯だ!!)
あまりの衝撃に二口三口と息をするのも忘れるほど夢中で食べた。
「どうだ? 美味しいだろ、元気がない時は美味しいものを腹いっぱい食えば、元気になるぞ」
マルクスの口から幼い頃に聞いた懐かしい言葉が出てきた。メルーサは思わずマルクスの顔を見た。その瞬間、光でボケていた思い出の男の顔がはっきりとマルクスの顔と重なった。あの時は頭にバンダナを巻いて髪の色は見えなかったが、マルクスと同じ金髪のロングだったことを思い出した。
(あの時の男は、マルクス! お前だったのか!)
メルーサは思わず涙が出そうになるのをギリギリのところでこらえて、咄嗟にマルクスに見えないように顔を隠した。
「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「わ、悪いマルクスすぐに出て行ってくれ」
「え?」
「り、料理をしたら出ていく約束だろ、は、早く出ていけ……」
「あ、ああ。わかったよ。くれぐれも体調に気をつけてな」
「…………」
メルーサはそれ以上声を出すことができなかった。これ以上声を出すと泣いているのがマルクスに気づかれてしまう。顔を見ないまま頷くとマルクスは荷物をまとめて家から出て行った。
(す、すまない、マルクス、いつか心からありがとうと御礼を言うから、少し待ってくれ)
メルーサは泣きながら懐かしい味を噛み締めた。
何故なら、影の男との戦闘に夢中になっていたため、気がつくと真夜中になっていた。早くギルディアに帰らないと夜が明けてしまう。明るくなる前にギルディアに帰らないと自分がいなくなったことが知れ渡り、折角の隠しトンネルが見つかってしまう恐れがあった。そうなると二度とミラに会えなくなってしまうかもしれない、今までは満月の夜に大きなヒロタ川の対岸で、遠くからお互いを見つめることしかできなかったが、これからはあの隠しトンネルを使えば、いつでもミラに会えると思うと残念だが、自分が選択する道は一つしかなかった。
マルクスはなんとか夜明け前に隠しトンネルを通ってギルディアに帰ってきた。グラナダの倉庫の竪穴をよじ登ると、ルディーたちが待っていた。
「やっと戻ったかマルクス」
「ああ、お前たちのおかげで無事にミラに会うことができたよ。ありがとう」
「かなり遅かった?……ん?、どうしたこれは? 服に血が付いているぞ?」
ルディーはマルクスの服についた血を見て驚いていた。おそらく影の男を魔法で吹き飛ばしたときに付いた返り血だろう。
「ん? ああ、実は……」
マルクスはロビナス村で会った影の男の話をした。
「誰だ? そいつは?」
「分からない、幻影魔法を使っているところを見ると、ギルディアのエルフだと思うが?」
「幻影魔法の使い手と言えば、何日か前にメルーサ隊長も影の男と戦って瀕死の重症を負ったと聞いたぞ」
「え? あのメルーサが?」
「ああ、知らなかったのか?」
「そんなことは聞いていない」
「そうか、確かローゼンブルグからグラナダに帰る途中の街道で襲われたそうだ」
「そ、それで無事なのか?」
「ああ、左腕と両足に重症を負って軍の診療所に入っていたが、今は家で療養しているそうだ」
「そうなのか? 今度様子を見に行こうかな」
「ああ、そうだなマルクスは同じギルティークラウンだから顔を出したほうが、あの女も喜ぶだろう」
しばらく雑談をした後、マルクスたちは森の中の倉庫を出ると、東の空が薄っすらと明るくなっているのに気づいた。
「やばい! 早く帰ろう!」
マルクスたちは急いでグラナダの基地に向かって走り出した。
◇
その日は特に肌寒い日だった。
一日中冷たい北風が激しく吹く中、通りに人影は無く閑散としていた。そんな中、ローゼンブルグの貧民街の路地裏で幼いメルーサは寒さで震えながら体を丸めていた。
彼女は肩にかかる長い黒髪を揺らしながら空腹で痛むお腹を抑えていた。もう一週間も何も口にしていない。うつろな目で地面の水たまりをボーッと眺めていると若い男が自分に近づいて来るのがわかった。ゆっくりと視線を上げると男は手を伸ばしてきたので、メルーサは咄嗟に身をすくめた。少し怯えた表情で男の顔を見ると男は笑顔を浮かべてそっと手に持った丼を差し出してきた。それは、テカテカと飴色の大きな肉の塊が器に溢れるほど乗った、美味しそうな料理だった。肉と醤油ベースの餡の香ばしい匂いが鼻をかすめると彼女のお腹も悲鳴を上げた。
メルーサは口を開けたが何も言えずただ黙って男の差し出した丼を見つめた。
「ほら、美味しいぞ。食ってくれよ」
男を見ると再び優しい笑顔で微笑んだ。メルーサは男から丼を受け取ると、恐る恐る一口食べた。肉の塊を口に入れると歯がなくても噛み切れるほどに柔らかく、舌の上でホロホロに溶けた。醤油ベースの餡もものすごく美味しい、彼女は無我夢中で食べると、美味しさのあまりうまい、うまい、と何度も連呼していた。ほっぺたが落ちるとはこの事を言うのだろう。
「うまい! うまい!」
「どうだ? 美味しいだろ、元気がない時は美味しいものを腹いっぱい食えば、すぐに元気になるぞ」
男は優しげな表情で笑っていたように思った。
そこでメルーサは目が冷めた。寝室の天井を見上げて幼いときに見た、男の顔を思い出そうとした。
しかし、男の顔を見た記憶があるのに、男の顔には光が当たったようにボヤけてしまって、顔を思い出せなかった。かなり整った顔をしていたことはなんとなく覚えているのだが、あまりに料理が美味しかった所為なのか、味覚の記憶が強すぎて男の顔をかき消した。
つい最近ローゼンブルグに行ったときに、夢に出てきたウィロー飯を食べたくて、立ち寄ったが、すでに店は無くなっていたことを知って心底がっかりしたのを思い出した。
メルーサはベッドから起き上がろうと上半身を起こした。まだ、あの影の人物から受けた傷が傷んだ。窓の外を見ると日が高く登っているのが見えたので、おそらく昼は過ぎているのだろう。もう3日間も何も食べていなかった。エルフは2~3日何も食べなくても平気だが、怪我をしている時はやはり何か栄養のあるものを食べる必要があるだろう、面倒でもなにか作ろうと台所に行こうとした時、玄関の呼び鈴が鳴った。
『リ~ン! リ~ン!』
(ん? 誰だ?)
メルーサはベッドから立ち上がると玄関に向かった。
『ガチャ』
玄関を開けるとそこにはマルクスが立っていた。
「何だ?」
メルーサは怪訝な表情でマルクスを見た。
「いや、怪我をしたと聞いたから、お見舞いに来たんだよ」
「お見舞いだと? 余計なお世話だ帰れ」
メルーサはそう言うと玄関の扉を閉めようとしたが、咄嗟にマルクスに扉を抑えられた。
「ま、待てよ。メルーサ、いきなりドアを閉めるなよ。なにか美味しい物でも作ってやるよ」
そう言うとマルクスは食材がいっぱいに詰まった手提げ袋を持ち上げて見せた。
「料理だと?」
マルクスに言われて、そう言えばこの男は昔、料理人をしていたと言っていた事を思い出した。
「どうせ何も食っていないんだろ、俺に任せればとびっきりの美味しい物を作ってやるぞ」
自信満々なマルクスの笑顔を見て少しだけ食べてみたいと思った。
「り、料理を作ったら、さっさと帰れよ」
「わかったよ。作ったらすぐに帰るから心配するなよ」
そう言うとマルクスはズカズカと家の中に入ってきた。
「すぐ作るから、メルーサはベッドで横になってろよ」
「わ、分かった」
メルーサが返事し終わるのを見届けると早速マルクスは台所へ行って作業に取り掛かった。昔、料理人をしていたと言うだけあってテキパキと一人で食材を切ったり、炒めたり、煮たりと手際よく動いた。段々と部屋に広がる良い匂いがメルーサの空腹を刺激した。
「よし! できたぞ!」
マルクスは、そう言うとお盆の上に丼を乗せてベッドに寝ているメルーサの元に持ってきた。メルーサは上半身を起こしてマルクスの料理を受け取ってびっくりした。
そのお盆の上の丼にはメルーサが夢にまで見た、ウィロー飯だった。
「お、お前、こ、これは……」
「ああ、昔うちの店で出していた、ウィロー飯って言うんだぜ。ものすごく美味しいから食ってくれよ」
「ウ、ウィロー飯だと?」
メルーサは半信半疑でマルクスから丼を受け取ると一口食べた。大きな塊肉は柔らかく口の中でホロホロに溶けた。
(間違いない! 子供のときに食べたウィロー飯だ!!)
あまりの衝撃に二口三口と息をするのも忘れるほど夢中で食べた。
「どうだ? 美味しいだろ、元気がない時は美味しいものを腹いっぱい食えば、元気になるぞ」
マルクスの口から幼い頃に聞いた懐かしい言葉が出てきた。メルーサは思わずマルクスの顔を見た。その瞬間、光でボケていた思い出の男の顔がはっきりとマルクスの顔と重なった。あの時は頭にバンダナを巻いて髪の色は見えなかったが、マルクスと同じ金髪のロングだったことを思い出した。
(あの時の男は、マルクス! お前だったのか!)
メルーサは思わず涙が出そうになるのをギリギリのところでこらえて、咄嗟にマルクスに見えないように顔を隠した。
「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「わ、悪いマルクスすぐに出て行ってくれ」
「え?」
「り、料理をしたら出ていく約束だろ、は、早く出ていけ……」
「あ、ああ。わかったよ。くれぐれも体調に気をつけてな」
「…………」
メルーサはそれ以上声を出すことができなかった。これ以上声を出すと泣いているのがマルクスに気づかれてしまう。顔を見ないまま頷くとマルクスは荷物をまとめて家から出て行った。
(す、すまない、マルクス、いつか心からありがとうと御礼を言うから、少し待ってくれ)
メルーサは泣きながら懐かしい味を噛み締めた。
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