上 下
87 / 117
〜兄弟の絆〜

街道の戦い

しおりを挟む
 ローゼンブルグからグラナダに続く街道でメル―サを乗せた辻馬車つじばしゃはモンスターに襲撃された。気づいたときには辻馬車の周りは大勢のモンスターに囲まれた。馬車の荷台に乗った人々はすぐにパニックになって、泣き叫んだ。

 メルーサは馬車の荷台でおびえる子供たちに近づくと優しい声で言った。

「大丈夫! 心配するな。お姉ちゃんがモンスターなんか蹴散らしてやるから、もう少しここでじっとしてるんだぞ」

 子どもたちは怯えた表情でメル―サを見上げるとコクリとうなずいたが、次の瞬間、こわばった顔になった。メルーサの後ろから馬車の荷台に登ってきたのだろう、ゴブリンがナタのような武器を持ってメル―サの頭、目掛けてナタを振り上げていた。メルーサは子どもたちの表情から危険を察知すると振り返りもせずにゴブリンの顔を手で掴んだ。

 ゴブリンは顔を掴まれて一瞬怯んだが、再度振りかぶってナタをおろそうとした瞬間、メル―サの手から炎が上がりゴブリンは顔を炎に包まれたまま荷台の外に吹き飛んだ。

 モンスター達は馬車の荷台から吹き飛ばされた焼ける物体を驚いた表情で見た。やがて顔を燃やされたゴブリンは息ができないまま苦しそうに力尽きた。

(さて行くか)

 メルーサは馬車の荷台から飛び降りた。周りは大勢のモンスターに囲まれている。口からよだれを垂らしながら、醜いゴブリンがゆっくりと近づいてくる。モンスター独特の悪臭がたちまちメルーサの周りを包み込んだ。

「お前ら全員焼き尽くしてやる!! メテオ!!」

 メル―サが呪文を唱えると両手のひらから火の玉が出てモンスターに飛んでいき、凄まじい勢いで爆発した。

『ドォオオオオオーーーーーン!!!!』

 メル―サの爆裂魔法ばくれつまほうによりモンスターは粉々に吹き飛んだ。立て続けにメルーサは爆裂魔法を唱えまくったので、あっという間に周りは火の海になった。いくつもの火柱がモンスターを飲み込んでいく。

 その光景を荷馬車に居たエルフたちは信じられないといった顔で見ていた。真っ暗な森のあちこちで火柱が上がりまるで昼間のように周りを照らしていた。

「あの方は何者ですか?」

「あの爆裂魔法はギルティークラウンのメル―サ隊長じゃないか?」

「え? あの人が、ギルティークラウン最強と名高いメル―サ隊長?」

「ヤッター! それならもう安心だな」

「あんな人と一緒で運が良かった。これで子どもたちも死なずにすむ」

 しばらくしてメルーサの攻撃が止むと馬車の周りの木々は跡形もなく無くなっていた。焼けた後にはおびただしい数のモンスターの黒焦げになった死体が散乱していた。

(ヨシ! 周りのモンスターの反応は無くなったか?)

 周りにモンスターの反応が無くなったのを確認してメル―サは再び馬車に乗り込もうとした時、前方に黒い影が見えた。黒い影は段々と影の部分が濃くなってやがて人型となった。どうやら黒い物体は正体がわからないように幻影げんえいの魔法を使っているようだった。

(なんだ? モンスターではなさそうだが?)

「お前は誰だ?」

 黒い影から返事は無かった。

(モンスターではなさそうだが、幻影魔法を使う時点で、味方でもないようだな)

 メル―サがそう思った瞬間、黒い人型から黒い塊が飛んできた。必死でその黒い塊を避けるとメル―サの横をかすめて後ろの木に当たると、木はたちまち枯れ木になって朽ち果てた。

「こ、これは腐食魔法ふしょくまほうか? しかもかなり強力だな」

 メル―サは黒ずくめの影をにらんだ。

「メル―サ隊長!!」

 馬車の荷台からメル―サを心配する声が聞こえてきた。

「私は大丈夫だ! 早くここから離れるんだ!」

「そ、そんな、メル―サさんも早く馬車に乗ってください!!」

「私はこいつを片付けたらすぐに追いかけるから心配しないで、早く皆さんはここから避難してください」

「そ、そんな……」

「いいから! 早く!!」

「わ、わかりました。すぐに応援を呼んで来ます」

 そう言うと馬車は走り出した。黒い影は走り出す馬車に見向きもしなかった。

(やはり私が狙いか?)

 メルーサは黒い影を倒すことに決めた。

「お前は何者だ?」

 メル―サが問いかけても影は何も答えなかった。

(まあ良い。こいつが何もであろうとも、自分に危害を加えようとする以上容赦ようしゃはしない)

「メテオ!!」

 メルーサは再び爆裂魔法を唱えると、火の玉を影に向けて放った。火の玉はそのまま影に当たると勢いよく爆発した。

『ド――――ン!!』

 爆音とともに火柱が影を包みこんだ。この爆裂魔法を食らって生きている者は居ない。

(これで終わったな)

 メル―サがそう思って炎が収まるのを待っていると火が消えたところで信じられないものを見た。炎が消えた後に影が立っていた。

 メル―サは目の前の光景が信じられなかった。今まで自分の本気の爆裂魔法に耐えた生き物はいない。影は何事もなかったかのように黒い玉を放ってきた。

 メルーサはその玉をギリギリでかわすともう一度爆裂魔法を影に向けて放った。黒い影はメル―サの魔法を避けようともせずに立ったままだった。爆音とともに火柱が上がり、地形が変わるほどの深い穴ができたが、影には焦げ跡一つつけることができない。

(あの黒い影はまぼろしなのか? 幻影魔法で騙されているのではないか?)

 メルーサはそう思って何度も索敵魔法さくてきまほうを使用して周辺の生き物を探知していたが、いくら探知しても黒い影以外周りには誰もいない。

(彼奴には魔法が効かないのか? なら、あれを試してみるか)

 メルーサはそう決心すると両手を頭の上に掲げて手を広げて全身の魔力を両手に集めた。この魔法は威力が高すぎて、山一つ吹き飛ばすこともできるとされていた、そのため周りに誰かがいるところでは使用を禁止されれている。先程から索敵魔法を行い周りに誰もいないことを確認していたので、全力でこの究極魔法を放つことができる。

 やがてメル―サの掲げた手の平から真っ赤な火の玉が出てきた。火の玉は徐々にその大きさを大きくしていき、直径一メートルほどの大きさになったところで火の玉は光り輝き始めた。

「喜べ! どこの誰かはわからないが、私の全力で貴様をほうむってやる!」

「地獄の業火ごうかで焼き尽くせ! エグソ―ダス!!」

 メル―サが呪文を唱えた瞬間、影の足元から魔法陣が現れ天に向かって虹色の光を放った。火の玉はメルーサの手から消えると影の頭の上に移動したところで、火の玉は大爆発をおこした。

 目の前には青い火柱が起こりそれは段々と広がっていくとやがて目に見えるものすべてが青い炎に包まれた。

 メル―サ自身はバリアで守られていたが、バリアで守られていない周りの木々や大地は灼熱地獄と化した。この青い炎は地獄の業火で生きとし生けるものすべてのものを燃やし尽くすまで消えることは無かった。

 炎の温度はどんどん上がっていく、やがて摂氏千度せっしせんどを超えて大地を溶かしていった。どれほど時間が経っただろうか、周りのすべてを焼き尽くした地獄の業火は徐々に弱くなっていき、地表には灰すら残らない白い地肌だけが残った。

 メル―サは徐々に消える炎の中に信じられないものを見た。白い大地の上に黒い影が立っているのが見えて、頭が混乱した。あの地獄の業火の中を生存できる者がいるはずがなかった。

「馬鹿な!!」

 メルーサは自分の目を疑った。

 黒い影はゆらりと動くと信じられないスピードでメル―サの側まで瞬間移動してきた。消えた、とメル―サが思った瞬間、すでに黒い塊が横にあった。メル―サは黒い塊を避けようとしたが、避けきれず左腕をかすめた。メル―サの左腕は骨が砕け、血管が破裂して血が吹き出した。

 負傷した左腕を抑えながら精一杯の力でその場を離れた。

(クソ! 残念だが彼奴にはかなわない)

 そう思ったメル―サは影から逃げようと街道をひたすら走った。しばらく走ったところで今度は足に激痛が走ったので、見ると黒い塊があった。黒い塊は容赦なくメル―サの両足の骨を砕くと消えた。

『ズザーー』

「うぅーー」

 メル―サは地面に転がると小さな唸り声を上げた。後ろを振り返ると黒い影が立ってどんどん近づいて来る。

(ここまでか……)

 メル―サが死を覚悟した時、ガラガラと何台もの馬車が近づく音が聞こえてきた。

「「「メル―サ隊長ーーー!!」」」

 振り向くとグラナダにいたメル―サの部下達が駆け寄ってきた。

「駄目だ! お前達ここから逃げろーーー!」

 メル―サは必死で叫んだが、部下たちはそんなことはお構いなしにどんどんメル―サに近づいてきた。

「ここに来ては駄目だ!」

「何があったんですか?」

「こいつにはかなわないから、早くここから逃げるんだ」

「どこに誰がいるんですか?」

 その部下の言葉にメル―サが振り返るとそこにはすでに黒い影の姿は無かった。

(どこに消えたんだ?)

 部下たちは負傷したメル―サを馬車に乗せると急いでグラナダに向かった。

(私は助かったのか?)

 馬車の中で傷の手当を受けながら、メルーサは気を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...