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〜兄弟の絆〜

イスリの悪魔

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「おい! 早く! まだか?」

 ダンテははやる気持ちを抑えられず仲間に聞いた。

 支給されたばかりの新品の防具に身をつつみ一刻も早くギルティアのエルフ達と戦えることを心待ちにしていた。今日はそんなダンテの初陣ういじんの日だった。

 ダンテには類まれな剣の素質があり、小さい頃から剣の試合で人に負けたことが無かった。そのため周りから剣豪と呼ばれていた。そんなダンテは自分は兵士になるべくして生まれてきたと思い自ら望んでルーン大国の兵士に入隊した。しかし、兵士になることを姉のミラには猛反対された。

 ダンテの両親は数年前に亡くなった。その為、姉のミラと二人暮らしだった。ダンテは兵士になって出世して給金をいっぱいもらって早く姉に楽をさせてやりたかった。だから姉の反対を押し切って、入隊のできる15歳になってすぐに軍隊に入隊してルーンの兵士になった。

 ダンテがイライラしていると年配の兵士が若い兵士をなだめるように言った。

「待てよ若いの、俺達は後方支援の命令だから、手柄てがらは諦めろ」

「畜生! もっと前線で戦いたかったのに!」

「そんなに残念がることは無いよ」

 ダンテたちのいる部隊は後方の補給部隊の防衛が主な仕事だった。いわゆる後方支援と呼ばれるものなので前線で戦うことは許されなかった。

 しばらくするとグラナダにいるギルティアたちが撤退てったいしているとの情報が入ってきた。

「撤退だと? ふざけるな! これじゃ誰とも戦えないじゃないか」

「はは、良いじゃねえか! 敵が居なくなってるんじゃ、誰も手柄を取れないから問題ないさ」

 誰も居なくなった町を攻略しても意味がない。ましてや首領しゅりょうも兵士もいないので当然誰も名を上げることはできない。

「なんでこんな町を攻略したんだよ」

 ダンテは年配の兵士に聞いてみた。このグラナダという町よりも先にボルダーと呼ばれる敵の前線基地を叩くほうが先だろうとダンテは思っていた。

「グラナダよりも先にボルダーを攻撃するほうが良かったのに」

「そのボルダーを攻撃するには、先にグラナダを潰す必要があったんだよ」

「なんでだよ? わけがわからない」

「ボルダーにはイスリの悪魔がいるらしい」

「イスリの悪魔だと?」

 イスリの悪魔とは、ルーン大国の民に代々語り継がれている話である。50年前にイスリというギルティアの小さな村にルーン大国の一個小隊が攻め入ったが、一人のエルフに全滅させられたという話だった。しかもそのエルフは五歳にも満たない子供のエルフだったという信じ硬い話だった。そのイスリという村の名前を取ってその少年をイスリの悪魔と呼ぶようになった。

 その子供は今はどうしてるか知らないが、ルーン大国の民はこのことを油断大敵のように使用している。エルフは子供で一人だからといって油断するなという教訓としてルーン大国の民に根付いていた。

「そんなのただのホラ話だろ」

「それがそうじゃないかもしれない。最近ボルダーに居るのを見た、という話がある」

 そう言うと年配の兵士はダンテに顔を近づけて怖い顔をしてボソッと話した。

「いいか? どうやらそいつは金髪で髪の長いエルフらしいから、もしそんなエルフにあったら戦わずに逃げろよ」

「ふん! そんなヤツ俺が斬り殺してやるよ」

「ガキが! 威勢がいいな」

 ダンテたちが話していると数人の兵士たちが目の前を慌てて走り去るのが見えた。

退避たいひーーー!! 退避たいひーーー!!」

 大勢の兵士が叫びながら目の前を走って通り過ぎていった。

「どうした? 何があった?」

 走る兵士を捕まえて何があったか聞くとイスリが、と言った。

「何?」

「あ……悪魔だ。イスリの悪魔が出た」

「は? 何を言ってんだ?」

「あ……あれは本物だ。お前も早く逃げろ!」

 兵士の必死の形相にダンテも少し怖くなった。

「おい! ダンテ! 本部から正式に撤退命令がでた。俺たちも早くここから離れるぞ!」

「なんだと? 俺はまだ戦っていない」

「仕方ないだろ、相手はイスリの悪魔だ」

 ダンテは上官の命令に納得がいかなかった。せっかくルーンの兵士になって初陣の日に何もできない。これでは兵士として出世すると誓った自分が情けなさすぎる。せめてそのイスリの悪魔というエルフを見てみたい。その思いがダンテの頭に浮かんできた。

 ダンテは決心すると一人ヒロタ川に向かってあるき出した。

「おい! ダンテ! どこに行くんだ?」

 上官が気づいて叫び声を挙げたが、上官の声はすでにダンテには届いていなかった。

(次にボルダーを攻撃するときのためにも、イスリの悪魔をこの目で見ておかないと)

 ダンテは撤退する兵士とは逆に一人ヒロタ川へと向かっていった。ヒロタ川に近づくにつれて徐々に兵士の数が減っていくのが、少し心細く感じた。そんなことよりも悪魔をこの目で見てみたい、その思いだけでどんどん北上していった。

 ヒロタ川が見えた時、川の中央に五匹の大きなドラゴンが見えた。

(なんだ? あれは?)

 ドラゴンのような怪物の近くに髪の長い金髪のエルフが見えた。

(あいつが、イスリの悪魔か?)

 悪魔と言われていたので、どんなに怖そうな顔をしているのかと思っていたが、想像と全然違っていた。

 ダンテが川の近くを見ると何人か勇敢な兵士がドラゴンに立ち向かっているのが見えたが、すぐにドラゴンの吐く水流にひとたまりもなく吹き飛ばされていた。

(あれは絶対に敵わない)

 ダンテは本能的にそう思った。

(次にあった時は絶対に俺が勝ってやるからな)

 ダンテはマルクスの姿を目に焼き付けると撤退した。

 ◇

『ゴ・ゴ・ゴ・・・』

 マルクスによって召喚されたオルトロスは徐々に恐ろしいドラゴンの形から水柱に変身してやがて水しぶきとなって消えてしまった。マルクスはルーンの兵士が撤退したのを見届けると召喚獣を消した。

「お前は何者だ?」

 メル―サはマルクスがただのもではないと思って聞いた。

「ああ、ただのギルティークラウンだよ」

「ウソつけ! ただのクラウンには見えないな」

 メル―サは怪しいやつを見る目でマルクスを凝視ぎょうしした。

「ルーンの奴らがイスリと言っていたが?」

「イスリ? イスリ村のことか? 随分昔に無くなったと聞いたが?」

「お前はイスリ村の生き残りか?」

 メルーサの隊員の一人がマルクスに詰め寄った。

「悪いが、イスリ村のことは話したくない」

 マルクスは悲しい顔で答えた。

「あんたはどうして撤退命令が出ていたのに町を守ったんだ?」

 今度はルディーがマルクスに聞いてきた。

「ギルティアの民を守るのが俺たち兵士の役目だろ」

「そ、それは……」

 ルディーはマルクスに言われて口ごもった。

「母親を大切にしろよ」

「あ、あんたやっぱり……」

 マルクスがボソリと言った一言にルディーだけが反応した。

「よし! 引き上げるぞ!」

 マルクスが言うとメル―サが反論した。

「その前に」

 メルーサはマルクスの怪我をした右腕を掴むと、この傷を直さないとね、と言って笑った。

 マルクスたちはルーン大国からグラナダの町を守ることができた。

 ◇

 司令室のデスクの上でグラナダの攻防戦の報告書を見ながら男はイライラをつのらせていた。白髪のオールバックにがっしりした男は情報司令部の司令隊長のデミタスだった。

 デミタスのイライラの原因はギルティークラウンのマルクスだった。グラナダの町に撤退命令を出せば仲間の家族を救うためにあのバカは自分を犠牲にするだろうと思っていた。

 デミタスの思惑どおりにマルクスはひとりでルーンの兵士に立ち向かっていった。ここまではデミタスの想定通りだったが、あろうことか本当にルーン大国の兵士を退けてしまうとは思ってもいなかった。

(こんなはずでは無かった)

 いつの間にか報告書を持つ手に力がこみ上げてきて、破れそうになった時、報告書の中の一文に目が止まった。そこにはマルクスはオルトロスを召喚させたと書いていた。それを見た瞬間逆に笑いがこみ上げた。自分の睨んだ通り、これでマルクスは勇者の神格スキルを持っていることがわかった。

 イスリ村で起こったことは、ルーン大国では有名な話しだったが、ギルティアではあまり詳しく知られていなかった。デミタスは情報司令部の司令隊長という立場を悪用して、知り得た情報だった。その情報にはイスリ村の少年がオルトロスを召喚したのを目撃したとの情報があったので、数年前から少年の情報を調べてマルクスを突き止めギルティーに勧誘かんゆうした。

 デミタスはマルクスが邪魔だった、自分を殺せる可能性があるのは勇者のスキルを持つマルクスだけだった。そのためにマルクスを一番死亡率の高い最前線の基地に移動させた。

(まあいい、どうせいつかはルーンの奴らにやられて戦死するだろう)

 デミタスはそう思うとまた笑いがこみ上げてきた。
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