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一章

終業式

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 俺は、虹葉ななはと遊びに来ていた。一駅隣のショッピングモール。確か去年。薄手のコートを着ていたから、あれは秋口だったと思う。
 
 二人で雑貨や服を見て周って。虹葉の屈託の無い笑顔を見れて、嬉しかったのを覚えてる。
 
 その流れで、あるアクセサリーショップへ行った。手頃な価格の物が殆どで、一緒に何を買おうかとはしゃいでいた。
 
 虹葉は控えめに「これとか、どうかな?」と俺に聞いてきたから、「虹葉なら、何でも似合うよ」と返したんだっけ。今思うと、少し恥ずかしくなる。
 
 それから二人で店内を見て周っている時。虹葉はあるショーケースの前でピタリと止まった。その中の一つに、釘付けになっているようだった。
 
 「あれ?」と俺が指を指すと、虹葉は「うん」と小さく頷いた。
 
 それは、指輪だった。波のような装飾が施され、それに寄り添うように数粒のダイヤが埋め込まれている。
 
 シンプルながらも美しい指輪だった。
 
 俺はすぐに値段を確認した。物凄く高い訳では無かったが、中学生のお小遣いでは買えるような値段では無かった。
 
 結局、俺達は買うのを諦めて店を出た。俺は虹葉に、「これはどう? 買ってあげるよ」と別のアクセサリーを手に取ったが、虹葉は「大丈夫」と断ったからだ。
 
 その後は近くの公園のベンチに二人で座って話したんだった。
 
 公園の街灯が点いて、星が少しずつ顔を覗かせた。そろそろ帰りを意識させる中、もう少しだけ一緒にいる時間が欲しくて。
 
 少し肌寒くなってきたので、俺は近くの自販機で温かいミルクティーを二本買って、一つを虹葉に手渡した。
 
 それから、取り止めのない話を沢山した。その時に来年から高校生か、という話になって。「俺、また虹葉と同じ学校で嬉しい」とか言ったんだっけか。
 なのに、虹葉は「ごめんね」と言うんだ。「なんで謝るんだよ」と聞くと、「私がいると、迷惑かけちゃうから」と言って泣き出すんだ。俺は、そんな事少しも思っていないのに。
 だから。
 
 だから。告白した。
 
 「俺、虹葉の事、好きなんだ、そういう意味で。だから、もっと一緒にいたい」そう言った。
 
 でも、返ってきたのは。
 
 「きっと、私を助けたいからじゃない? それはきっと、好き、じゃないよ」と言う虹葉の言葉だった。
 
 「そんな事ない」俺はすかさず反論した。でも、虹葉は。俺の勘違いだって聞かなくて。「私じゃない人と幸せになって欲しいな」と言いながら悲しそうに笑った。
 
 今思うと、最悪なタイミングだったと思う。こんな成り行きじゃなくて、ちゃんと準備をして、真っ直ぐに向き合いながらだったら。
 
 答えは違っていたのかもしれない。
 
 でも。
 
 もう遅い。
 
 それから高校生になって、虹葉とは距離を置くようになってしまった。
 
 そんな時だった。
 
 さっきまで公園にいたはずなのに。
 
 気がつけば、目の前に扉があった。
 
 ダメだ。その扉を開いてはいけない。
 
 思いとは裏腹に、体はレバーに手をかけ、ゆっくりと押し込む。
 
 鍵は空いていた。
 
 ダメだ。やめてくれ。これ以上は、見たくない。
 
 そう拒んでも、手は止まらない。
 
 扉が一息に開かれる。
 
 
 
 虹葉の体が、宙に浮いていた。
 虹葉のうつろな目が、俺をじっと見つめていた。
 
 
    *    *    *
 
 
「っは、っは、っはっ」
 
 俺はベッドから飛び起きた。
 心臓が早鐘のように脈打っている。
 口の中はカラカラに乾燥し、喉に痛みが走った。
 
「夢、か」
 
 先日井ノ口いのぐちさんと話していたからか、テストが終わって緊張が解けたからかは分からないが、なんとも心を抉ってくる悪夢だった。
 
「くそ、明日から夏休みだってのに」
 
 俺はそう悪態を吐きながら、呼吸を落ち着けた。それから汗でじっとりとした布団を捲ると、水を飲みに部屋を出る。
 
 まだ起きるには早い。喉を潤してから、もう一眠りしよう。
 
 
    *    *    *
 
 
 ——冒頭 終業式後、金曜日——
 
 「ねぇ、私の事は嫌い?」
 
 いつものように校舎裏に呼び出された俺に、彼女は恐る恐る、しかし真っ直ぐにこう問いかけて来た。
 
「だから何度も言ってるんだけど」
 
 俺は大きく息を吸い込み、こうはっきりと告げる。
 
「俺は、お前だけは、好きになれない」
 
「そっか」
 
 そう言うと、彼女は膝から崩れ落ちる。
 
「やっぱり、あたしじゃ、ダメ、な ん、だね」
 
 あいつはガクリと頭をもたげると、そのまま動かなくなった。
 
 俺はポケットの中から白い布を取り出すと、あいつを覆うようにして被せた。あいつを3回壊した後に、「どうせまた壊すんでしょ? それならせめて、これでも掛けてあげて」と神崎から渡された物だ。
 
 ……正直、こちらの方が目立ちそうな物だが。
 
「これで六回目、か」
 
 その異様な姿に最初こそ恐怖心が芽生えたものだが、今では少しの罪悪感に苛まれるくらいである。それ程までに慣れてしまった。
 
 人間って、嫌な生き物だな。
 
 校舎の壁にもたれながら、そんな事を思った。
 純粋に、ひた向きに愛されようとするあいつの方が、よっぽど人として偉いんじゃないかって。
 
 それでも、俺にはあいつを認める事はできない。そう、決めたんだ。
 
 だから。
 
 俺は何回でも、あいつを壊す。
 
 それが、虹葉の存在を守る為だと信じて。
 
 今朝見た悪夢。
 虚な目をしてこちらをじっと見つめる虹葉の顔が、頭によぎった。
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