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今度こそ、え、ともあ、ともいう暇がなく私の元にはたくさんの布が広げられていた。
いかにも妹の好みそうな淡いピンクから、見たことのない金や銀の布地、果ては私の髪の色と同じ黒まで。
この国にある布地はここにすべてそろっていると言っても過言ではない量だ。

「どれも素敵なドレスになると思うけど、あなたはどれが好きかしら?」
振り返ってぱちりとウインクをされる。
その姿も美しく、思わず見とれてしまうが、さすがに伝えなくては。
幼い子どもが家庭教師に向かうようにまっすぐ手をあげる。
あら? とジェロームさんが首をかしげて、私の意図を組んでくれたのか「どうぞ」と声をかけてくれる。

「既製品のドレスを、と第三王子殿下からはお伺いしているのですが……」

既製品のドレスとオーダーメイドの値段の差は歴然だ。
というか妹と母がそれでもめているのを見たことがある。
私がしたことからは到底つり合いが取れない。
そもそも既製品のドレスでも恐れ多いのに……! と伝えたが、ジェロームさんはきっと王子の方をにらんだ。

「リュカ殿下。あなた、あたしの店にまで連れてきておいてなんて中途半端なの? 男ならバシッと素敵なドレスの十着や百着はオーダーメイドしなさいな」

「恐れ多すぎます!」

「僕はそもそも彼女にオーダーメイドを渡すつもりだったよ。ただ、さすがに王城に今日向かうのにはオーダーメイドは間に合わないだろう」

「そういう時はもっと事前に色の好みだけでも聞いておきなさいな!」

「あの」

「彼女と出会ったのがつい一昨日なんだ」

「運命の出会いとでも言いたいのかしら」

「そうであってほしいと思ってるよ」

「あの!」

だめだ、全然聞いてくれない。
完全に火のついてしまった面持ちのジェロームさんは、王子と不穏なやりとりをしている。
ドレスの予定だの、このブティックのスケジュールと突き比べ始めた二人を止めるべく必死になって挙手をしたのだが今度はまったく見てもらえない。
半分涙目になってきたときに外から救いの声がかかった。

「リュカ殿下、あと一刻ほどが限界です。王城へ戻ることも考えると、さっさとそこのお嬢様にドレスを選んでいただくのが先かと」

ドアが開いて、男の人が顔を出す。
低く冷静そうな声は、馬車で私達を待機してくれていた御者さんのものだった。
救いの手に思わずふかぶかと頭を下げてしまう。
というか、外でこの人を待たせてしまっていたことがいたたまれない。
すみません……、と呟くとあなたが気にすることではないですと爽やかに微笑まれた。

「リュカ殿下?」

「……すまない」

どこか圧のある声と表情におされるようにリュカ殿下が顔を引きつらせる。

「ジェローム」

「ごめんなさい、テンションが上がりすぎたわ……」

すごい、御者さんが二人の名前を彼が呼ぶだけで大人しくなった。
リュカ殿下が信頼できると言っていたし、もしかしたら彼もすごい人なのかもしれない。
栗色の髪にブルーの瞳。落ち着いた気配の彼は二人の返事を聞くとこっくりと頷き、綺麗な礼をして再びブティックの外に出ていった。

「……ジェローム、彼女に似合いそうなドレスを出してもらえるかな」
「ええ」

叱られた子供のような二人がドレスを出してくれる。
私は現実逃避をするように、御者さんのことを思い浮かべるばかりだった。
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