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「――――よし」
自分の部屋にあるものは本当に少しばかりだ。
ボロボロの旅行鞄に衣服と少しの食べ物、換金できそうなものを軽いものから入れていく。
それから最後にそっと魔法の教本を入れた。レティに踏みつけられたせいで表題は読みにくく、ページにも皺が寄ってしまっているけれど、今の私にはこれが一番必要なものだ。

最後に我が家で働いている侍女たちの制服を身にまとい、髪を隠すようにそっとスカーフをかぶった。そしてお守りのようにしまい込んでいた銀の小さな王冠を握りしめる。
できればこれは売りたくはないけれど、まずは生計をどうにか立てるところから始めなければ。

「できれば髪は染めたい……」
日本人として生きていた時には考えもしなかったことだけど、魔法が使えるようになればそれも少しは視野に入るかもしれない。
ふう、と息をつき私はたいして思い入れもない我が家を立ち去った。



夏とはいえ夜は冷える。
まだ電気も存在していないような世界だ。地球温暖化も進んでいないのだろう。
私は薄い侍女服の布地の冷たさに身を震わせながら旅行鞄を手に歩みを進めた。
道は真っ暗――、ではあるが、そこは魔法に頼らせてもらっている。
『光を』
教本にあったように右手を前に構えて呟けば、蛍のような光がふわりと私の前を照らしてくれていた。
ゲームで言うMP……というか、限界みたいなものってあるのかな。
一つだけふよふよとしている光では前が見づらく、私はもう一つ光を増やしてみる。
しかし、特に体に負担がかかる様子もなく、私はよかったと胸をなでおろしつつ、もう一つの呪文を唱えた。
『風を』
途端に体が軽くなる。背中を押す追い風ぐらいに考えていたけれど、もっと早いかもしれない。
「わあ…!」
ひゅう、という音とともに街の景色が流れ去っていく。
自転車で坂道を下っているときぐらい? もっと速いだろうか?
目がちりちりと乾きそうなぐらいの速さに楽しくなって、思い切り歩を進めようと思った時だった。

「あっ」
一瞬、目の端で何かがきらめいた。
同時に喚き声のようなものが耳を衝く。
「す、すとっぷ! すとーっぷ!」
いうことを聞かないほど早く進んでいた足を止める。
急に景色がぐっと止まって眩暈がした。
それをぐっとこらえて周りを見回すと、私を見て口をあんぐり開けた男が二人と、少年が一人。
男たちの横には屈強な、騎士服を着た男たちが傷を負って倒れている。
そして、どうやらきらめいて見えたものは男の手の刃物だ。

「――――あなたたち、何してるの?」
嫌悪感で顔がゆがんだ。
物取りにしても子供を狙うなんて。
状況は見て明らかだが、一応聞いてみる。

すると、男たちはなぜか、何の変哲もない侍女服の私を見ておびえたような声を漏らした。
「ひぃっ」
「悪魔だ」
「悪魔が、魂の取り立てに来た!」
思わぬ言葉に顔を顰める。
「何よ、それ」
失礼な。
そう思って、とりあえず少年の方を向き直る。

――――やっぱりこっちもおびえていた。
なぜ……。
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