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曇天

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「お父様、今日は雨よ。傘をお持ちになって」
「―――アデイル、なんだかこの頃勘がいいな?」
「…そうかしら?」
出かけようとした父にそっと傘を渡すと、いぶかしむように首を傾げられてしまった。
まあ確かに日ごろ父の見送りなんて殊勝なことはしていなかったけれど。
父の私よりも濃い紫色の瞳が、差し出した黒の傘をじっと見つめる。
「一、二週間前、一か月前ほどにも同じようにお前に傘を持っていけと言われて雨が降ったような…」
「あら、それならよかったわ。せっかく渡した傘が無駄になっては悲しいもの」
ぱっと必殺無邪気な笑みを作って、ころころ笑って見せる。
しかし父の表情は曇ったまま、こちらをじっとりと見つめていた。
現状では空よりも父の表情のほうがずっと曇天だ。

バレちゃったかな?
少し不安になって笑顔の出力を上げる。

あのあと何度も読みこんだ「占術」の本には、最終的に春を鬻(ひさ)ぐ女が昔には行っていた職業であるとも書かれていて、危うく紅茶を吹き出すところだったのだ。
春を鬻ぐ――、つまりは春を売る、売春をしながらそれがあれこれむにゃむにゃして霊力を高めて…ということだろう。
完全にオカルティックな発想だが、書かれている内容は至極まっとうに情報の分析やらバタフライエフェクトについてなのだから奇妙な気持ちになってしまう。
ひたすらに占術という分野は貶められ続けてきたのだと考えたほうがいいだろう。
誰が言い出したのやら春の女神(プリマヴェッラ)という訳の分からないあだ名までいただいているが、春を売る趣味など一つもない。
だが、万が一父があの本を読んでいて、私のこの天気予報ブームから察してしまったら……。
それだけで勘当はされないだろうが、確実に本は取り上げられるだろう。

それだけは避けたい。
ただ純粋に雨が降るかもしれないと思って父を心配する娘という体を取り繕いたい。
「…お父様?」
もう一度傘をそっと持ち上げて、父のほうに差し出した。
むっつりと黙って、こちらを見ている父が口を開く。
「お前、そうやって舞踏会も断りつづけて家で空ばかり眺めているから妙な勘が働くようになったのではないか?」
「え?」
「イアン殿下からあんなに招待状が来ているのにむげにし続けているだろう!」
「ええっ」
そっちか。まさかそっちに飛び火するのか。
「菓子をつまんではぼんやりと窓の外を眺め、図書室にこもりきるなど、来年は貴族院に入る淑女のすることではない!」
「わ、わたくしは来年のために勉強をしているのですわ!」
「それならば殿下のお相手をする方を優先せんか!」
ダメだ完全に藪蛇だ。
しっとりと王子からの寵愛を気にする令嬢のふりをして引きこもっていたのが、どうやら父の気に障り続けていたらしい。
だって、王子がやたらと舞踏会の招待状を送ってくるのだ。
月一程度ならば、きちんとした人間の顔を見ながら、自分の顔の確認ができるからいいのだけど。
それ以上の頻度で送られてくるのは何かの嫌がらせに違いない。
それに舞踏会以外の呼び出しでも王宮からの手紙が増えてきていて、イアンは何のつもりなのだろうとはらはらしているのはこっちなのだ。
しかしどう言い返せば、と困り果てているとそっとよこから助け船が下りた。
「旦那様、お嬢様はいつもイアン殿下のことを考えていらっしゃいますわ」
メイド(顔なし)!
私を背に庇うように、前に出てきてくれたメイドに思わず拍手を送りそうになる。
メイドは切々と私が図書室で物思いにふけり、イアンのことを考えていることを伝えてくれた。
丁寧にフラグを立てた甲斐があった。ありがとうメイド。
「お嬢様のお年には難しいようなご本を読まれて…、イアン殿下は年上でいらっしゃるから自分と話していて退屈にさせないか不安だとおっしゃっていましたわ」
「そ、そのとおりです父上」
メイドの渾身の言葉に乗っかるように私も割って入る。
「イアン殿下と頻繁にお会いしてしまっては、わたくしの乏しい教養が明らかになってしまうと思いましたの…、でもこれからはきちんとお会いしますわ」
そう言ってそっとしょんぼり下を向けば、さすがの父も鬼ではなかったらしく、途端に語気がしぼんでいく。
「ああ……まあ、そのような理由があったならよい」
ただし、王子にこれ以上失礼はせぬよう、次の舞踏会には出なさいとだけ言って父は私の手から傘を取った。
意外と長い間話していてしまったのか、もう外では少し雨が降り始めていた。
当たったな、と呟く父によかったですわ、と答えながら私は次の舞踏会のことを考えた。

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