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未来の道

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悪役令嬢としてしっかりと勤め、しっかりヒロインをいじめることこそが自分がモブにならない方法である。
そう決めた私は、ようやくすっきりと目覚めることができた。
朝起きてすぐに顔を触って、目や鼻のでこぼこがあることを確認するのもすっかり習慣になった。
今日も私の顔は無事だったらしい。
ほっと息をついて、メイドを呼び出した。
それからの日々は、ただひたすらに勉強の日々だった。
人をいじめる、と言っても理由も何もなくいじめるだけでは自分自身が嘲弄の的である。誰からも劣った人間が、優れた人間を馬鹿にするのは哀れを誘うし、それだけなら顔のないモブ令嬢でも十分できてしまう。
歴史学、礼儀作法、数学、語学。普通の令嬢であるならば必要のない地政学や薬学までを丁寧に修めていく。幸い私がそんな風に手を動かし続けることは父から見れば、王子妃に選ばれるために野心に燃えている図であったのだろう。本来なら成人してから開かれる図書室や、薬草の生えている温室も開放してくれた。それを行えば行うほど、ゲーム内の主人公がいかにチートだったかが身に染みてきてつらい気持ちになったのだけども、そんな彼女をどこか一点でも超えることができなければ身の破滅、モブに落ちてしまう。
必死に必死を重ねた末に、私が光明を見出したのは占術の分野だった。

ある日のことだ。段々と暑くなってきた季節の中で、薄い素材の室内用ドレスを身に纏い、開放してもらった図書室にこもっていた。
むっと鼻につく紙の匂いは、本来あまり心地よいものではないのかもしれないが、のっぺらぼうの人間に囲まれないということでは一番私にとって幸せな部屋だった。
さして立ち入る人間のいなかったらしい図書室の本の並びはぐちゃぐちゃで、私はそれをジャンルごとに並び替えながら、とにかく自分が一手主人公に先んじれるものを探し続けていた。
歴史学はずっとこの世界に生まれてからいたわけではない自分にはつらい。
数学は、乙女ゲームとしてこの世界に触れていたころから大の苦手だった。
政治学まで行ってしまうと、その時点で不敬とでも思われてしまわないだろうか。
様々な不安のせいで、中々これだというものが見つからない。
最後になって、何のためかもわからない本だけが並べられた棚に手を付けて、私はようやく目的のものにたどり着いたのだった。
それが「占術」――つまりは儀式や占いで未来を予知するという分野だ。
愚か者だけが志す内容だと馬鹿にされている学問分野だったが、私に見えたのはトレンド分析による「未来の推定」といえるものだった。要はデータを積み重ねてその末に何が起きるのかをできるだけ高い水準で予測することを「占い」という名前でくくっているのだ。と、いうかその本を見ればわざと「占術」という分野を不確実なものとしておいて、馬鹿にされておくべきであるという考えがあるのだということが透けて見えた。もしもそれを正しく行うことができればそれは戦争や政治において、計り知れない力を示すだろう。
王権がひどく強い国で、それを行うことができるのは王だけでいい。
そのような思想が裏には隠れているようだった。
「……逆に、王家の人間に関わっているなら持っていてもいい知識ってことじゃないの…?」
一応は第三王子の婚約者である身で、未来予知ができるというのはなかなか付加価値としては高いのではないだろうか。
それで、主人公に対しては彼女がいると周りが不幸になるとでもデマを流せばいいだろう。そしてそれがばれても、「占いが外れただけ」ということにしてしまえば、厳罰にはならないのでは…?
そこまでを考えた私はにんまりと口をゆるめて、さっそくその古びた本を部屋に持ち帰ることにした。
前世からおなじみのタロットカードに似たカードでの占いや水晶玉といういかにも怪しげなものから、どのように言葉を発せば人が自分を信じてくれるかという心理学に似た内容、その中でひっそりと書かれている「未来予知」の方法。主に積み重なった情報からどれが確率の高いものかを考え出すその内容に私はのめり込み、前世からの記憶と整合するようにその知識を修めていった。
「…あんまりいきなりやり始めたら怖いかな」
大体神のお告げとか言いながら預言っていうのはやるものだけれど、占いの場合はどうすればいいだろう、と考え始めたときに部屋にノックの音が響いた。
「はい」
即座に別の本を開き、淑女然とした声を出すとメイドが顔をのぞかせる。
白いレースのヘッドドレスの下がつるりとしているのはいつ見てもあまり愉快なものではない。
そんな白い電球のような姿に察せられない程度に顔をゆがめ、要件を聞くと飽きもせずにイアンが家に訪れているということだった。
一月先の舞踏会にも招かれているはずだが、何をしに来たのだろう。
既に応接間に上がって待っているという言葉に慌てて自室まで帰り、着替えを行った。
室内用のドレスは綿か麻のような軽く汗を吸う布地でできているのに対し、来客用のドレスはやや重たいサテンに似た生地だ。光が当たるとうっすらと反射するのが美しく涼しげに見えるとはいえ、着ている人間はやや暑い。王子の瞳の色に合わせて選ばれた淡い青色のドレスに腕を通し、私はまたため息をついた。
「お待たせいたしました」
応接間の扉を開き、小さく礼をする。遅れたことを責めることもなく、イアンもにこりと微笑んでこちらを見た。

「今日もかわいらしいね」

あ、嘘だ。

その時そんなことに気が付いてしまったのがよかったのか悪かったのか。
僅かに右側を見る視線や、唇をなめる舌の動き。さっきまで読んでいた本にどうしてもその動きを当てはめてしまう。
それと同時にやや落胆する気持ちが芽生えてしまうのは乙女として生まれ落ちてしまった性ということにしておこう。
今までの賛辞も全て実は嘘だったのではないかという考えは少し胸の奥を重たくしたけれど、まあこちとら悪役令嬢である。彼が真実の愛を見つけるまでのバーター選手でしかない。
かわいいなどと思われていないのも致し方ないかと思い直して、ただ恐れ入りますと頭を下げた。

「……何か気に障ることでも言ってしまったかな」
「なぜでしょう?」
「いつもなら、愛らしく頬を染めてくれるのになと思ってね」
「そんなことありませんわ」
食い気味に否定してしまう。
的を射た指摘だったというのがばればれだ。案の定イアンは私の言葉に軽く目を丸くしてから小さく笑い声をあげた。
「隠すことない。いつも正直な君のほうが素敵だよ」
そう言った言葉は嘘ではなかった。
まあ、もともと権力大好きな父の娘だ。あけすけに内情がわかるほうが王子としても助かるのだろう。なんて乾ききった発想しか生まれてこなくなってしまったの残念といえば残念だ。これまでは一応王子の一言にときめいたり、さすが王子と思うことも多々あったのだけど。でもまあ、それぐらい打算がありながら、力を発揮しきれていなかったというほうがゲームの中のイアンらしかった。
「いえ、いつだって私は自分に正直ですわ」
だから、私は今までに培ってきた「令嬢らしさ」をフルに生かして、完璧なほほえみを作った。
それが作り物だということは即座にばれるだろうが、何かを言うつもりはないという意思はしっかり示せるだろう。
「…そうかい」
やはり、イアンはそれだけを口にすると他愛のない世間話に話題を移した。ほんの少しだけ伏せられた瞳に私は気が付かなかった。
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