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イアン・ソルベージュ
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◆
「イアン殿下」
「ああ、今行く」
短い答えと共に、迎えの者についていく。迎えに来た男は王の忠実なる部下シルヴァンだ。
名前の通り、銀の剣のような白銀の髪に冷たいアイスブルーの瞳をしている。
取り立てられてからは数年もたたず、私と同じ年齢だというがその王への執着は恋に近いものがある。
そんな彼から非難めいた視線が送られたように見えたが、無視して歩みを進めると声を掛けられた。
「あのような娘でよいのですか」
「第三王子の婚約者などどうでもいいのではなかったか、シルヴァン」
「……そのようなことはございません」
「正直な間があったね。愛する王から何か言われたか」
からかうような私の言葉にシルヴァンがぎゅっと眉を寄せる。表情をすぐに露にしてしまうあたりは、アデイルのようで愛らしいともいえるが、それは貴族にとっては弱点にしかならない。
とんとんと額をつついてみせれば、ハッとした表情でシルヴァンが無表情に戻った。
「その顔を保っているといい」
くつくつと笑いながら歩を進めると、小さな声で腹黒王子と罵る声が聞こえた。
ああ、そんな風に常に自分をあからさまにし続けるなら、この男を隣においてもいいのだが。
「さて、質問に答えようか。アデイルは私に似ているからね」
「似ている?熱烈に容姿だけを褒めていてですか」
ナルシスト、という言葉がシルヴァンの冷ややかな瞳に浮かぶ。
まあそう思うだろうが、と私は軽く手を振った。
「容姿……?ああ、瞳はいいね。私しか映っていないようにこちらを見てくるのはなかなか気分がいい」
シルヴァンの望むような悪いことばを吐けば、それをそのまま王に伝えてくれるだろう。
だけどね、本当は違う。
日頃は楚々とした令嬢の姿をして、「幸運にも王子を射止めた娘」の役柄を勤めているが、常に何かを恐れている。
今は社交界の中心となり、咲き誇る花だがそのしおれた姿を見せればすぐに取り除かれることをしっている花だ。
その姿は、常に邪魔になったらいつでも排除することができる駒として配置された私によく似ていた。
「よく似ているよ」
私は呟き、歩を進めた。
今のところ何かにおびえている彼女が、唯一目を輝かせて笑うのが舞踏会だ。
彼女をまたどこかの舞踏会に誘い出そうと心に決め、私は王宮からの迎えの馬車に乗った。
◆
王子がいなくなってからしばらくして、メイドに救出してもらい(顔の良さ、おそるべし。私の腰はすっかり抜けてしまっていた)、私はようやく引きこもり体制を整えた。
しっかり王子の馬車を窓から見送り、晩御飯をいつものように食べ、ベッドの上に今は腰かけている。
イアンが訪ねてきたことに父はすっかり満足気で、いつもより早い就寝時間も見とがめられることはなかった。
「おやすみなさい」
そっと声をかけ、ようやく周りが見えなくなってから安心する。
もうこうなってからは顔があるのもないのも関係がない世界だ。
幸い、この世界には電気なんてものはまだないし、あるのは揺らめく蝋燭のひかりだけだ。
読んでくるのは全員顔がない、ということさえ呑み込んでいれば、ぬっと飛び出す白い顔に恐れることがない。
夜中に小腹がすいて、メイドの顔がないことに悲鳴をかみ殺す日々ももう遠い過去になっている。
滑らかなシーツに体をうずめて、枕の下から小さな羊皮紙を取り出す。
幼いころに無理やり書いたせいで飛び散ったインクは無様だが、忘れないように必死に書きこんだあの乙女ゲームの内容がそこには詰め込まれていた。
現状顔が見えるのは一人だけ。
イアン・ソルベージュ。
自分、アデイルの婚約者であり、国の第三王子である彼は、常に兄二人の代替品として見られる。
しかも、王の容姿を最も引き継いでいるのはイアンであるために、外交などに駆り出されてしまい、いつ死んでもいい見せゴマとしての扱いに閉口している。
「だから好感度は上げやすかったけど…」
主人公が出会ったときに、彼は初めて色眼鏡なしに自分が見られるのだ。自分を特別な存在として認識してくれる主人公を見て、イアン自身が初めて自分を愛し、自分が主人公にとって唯一の存在であるために努力を始める。
主人公は素直にそれを褒めてくれるため、どんどんと才能を開花させたイアンは様々な栄光を勝ち取り、自分を「王子」としてしかとらえない婚約者のことなどどうでもよくなって、主人公とくっつくという展開だ。
「……断罪してでもいいから、どうでもよくならないでほしかった……」
その結果として私の顔は消える。
ではそれを回避するために、どうすればいいのだろう。
「主人公が別の人とくっついてくれるのが一番ありがたいけど」
とはいえ、ゲームとは違いイアンは輝き全開でそんなに不安定な存在には見えない。
やはり自分には主人公パワーが足りないのだろう。不安や愚痴なども言われたことがなかった。
自信をもってすべてに立ち向かったイアンの姿はしっかりと覚えている。最終的に主人公がいなくても、自分のことなどどうでもよくなって広い世界に飛び出してしまうかもしれない。
そうなったらおそらく私の顔は消えてしまう。
「顔が消えないためには、存在感を示すしかない――」
ならば、取る道は一つだ。
シナリオライターがさぼってしまった私の悪事をしっかりと働いて、どうにか断罪イベントまで私の顔を残し、断罪でも死刑にはならない程度の罪で絶妙にこの世界からはぐれてしまおう。
出来ればその時にのっぺらぼう以外の人間が隣にいてほしいけれど…、そこまでは高望みだろう。
私はこれからの行動方針を決めて、ろうそくを吹き消した。
「イアン殿下」
「ああ、今行く」
短い答えと共に、迎えの者についていく。迎えに来た男は王の忠実なる部下シルヴァンだ。
名前の通り、銀の剣のような白銀の髪に冷たいアイスブルーの瞳をしている。
取り立てられてからは数年もたたず、私と同じ年齢だというがその王への執着は恋に近いものがある。
そんな彼から非難めいた視線が送られたように見えたが、無視して歩みを進めると声を掛けられた。
「あのような娘でよいのですか」
「第三王子の婚約者などどうでもいいのではなかったか、シルヴァン」
「……そのようなことはございません」
「正直な間があったね。愛する王から何か言われたか」
からかうような私の言葉にシルヴァンがぎゅっと眉を寄せる。表情をすぐに露にしてしまうあたりは、アデイルのようで愛らしいともいえるが、それは貴族にとっては弱点にしかならない。
とんとんと額をつついてみせれば、ハッとした表情でシルヴァンが無表情に戻った。
「その顔を保っているといい」
くつくつと笑いながら歩を進めると、小さな声で腹黒王子と罵る声が聞こえた。
ああ、そんな風に常に自分をあからさまにし続けるなら、この男を隣においてもいいのだが。
「さて、質問に答えようか。アデイルは私に似ているからね」
「似ている?熱烈に容姿だけを褒めていてですか」
ナルシスト、という言葉がシルヴァンの冷ややかな瞳に浮かぶ。
まあそう思うだろうが、と私は軽く手を振った。
「容姿……?ああ、瞳はいいね。私しか映っていないようにこちらを見てくるのはなかなか気分がいい」
シルヴァンの望むような悪いことばを吐けば、それをそのまま王に伝えてくれるだろう。
だけどね、本当は違う。
日頃は楚々とした令嬢の姿をして、「幸運にも王子を射止めた娘」の役柄を勤めているが、常に何かを恐れている。
今は社交界の中心となり、咲き誇る花だがそのしおれた姿を見せればすぐに取り除かれることをしっている花だ。
その姿は、常に邪魔になったらいつでも排除することができる駒として配置された私によく似ていた。
「よく似ているよ」
私は呟き、歩を進めた。
今のところ何かにおびえている彼女が、唯一目を輝かせて笑うのが舞踏会だ。
彼女をまたどこかの舞踏会に誘い出そうと心に決め、私は王宮からの迎えの馬車に乗った。
◆
王子がいなくなってからしばらくして、メイドに救出してもらい(顔の良さ、おそるべし。私の腰はすっかり抜けてしまっていた)、私はようやく引きこもり体制を整えた。
しっかり王子の馬車を窓から見送り、晩御飯をいつものように食べ、ベッドの上に今は腰かけている。
イアンが訪ねてきたことに父はすっかり満足気で、いつもより早い就寝時間も見とがめられることはなかった。
「おやすみなさい」
そっと声をかけ、ようやく周りが見えなくなってから安心する。
もうこうなってからは顔があるのもないのも関係がない世界だ。
幸い、この世界には電気なんてものはまだないし、あるのは揺らめく蝋燭のひかりだけだ。
読んでくるのは全員顔がない、ということさえ呑み込んでいれば、ぬっと飛び出す白い顔に恐れることがない。
夜中に小腹がすいて、メイドの顔がないことに悲鳴をかみ殺す日々ももう遠い過去になっている。
滑らかなシーツに体をうずめて、枕の下から小さな羊皮紙を取り出す。
幼いころに無理やり書いたせいで飛び散ったインクは無様だが、忘れないように必死に書きこんだあの乙女ゲームの内容がそこには詰め込まれていた。
現状顔が見えるのは一人だけ。
イアン・ソルベージュ。
自分、アデイルの婚約者であり、国の第三王子である彼は、常に兄二人の代替品として見られる。
しかも、王の容姿を最も引き継いでいるのはイアンであるために、外交などに駆り出されてしまい、いつ死んでもいい見せゴマとしての扱いに閉口している。
「だから好感度は上げやすかったけど…」
主人公が出会ったときに、彼は初めて色眼鏡なしに自分が見られるのだ。自分を特別な存在として認識してくれる主人公を見て、イアン自身が初めて自分を愛し、自分が主人公にとって唯一の存在であるために努力を始める。
主人公は素直にそれを褒めてくれるため、どんどんと才能を開花させたイアンは様々な栄光を勝ち取り、自分を「王子」としてしかとらえない婚約者のことなどどうでもよくなって、主人公とくっつくという展開だ。
「……断罪してでもいいから、どうでもよくならないでほしかった……」
その結果として私の顔は消える。
ではそれを回避するために、どうすればいいのだろう。
「主人公が別の人とくっついてくれるのが一番ありがたいけど」
とはいえ、ゲームとは違いイアンは輝き全開でそんなに不安定な存在には見えない。
やはり自分には主人公パワーが足りないのだろう。不安や愚痴なども言われたことがなかった。
自信をもってすべてに立ち向かったイアンの姿はしっかりと覚えている。最終的に主人公がいなくても、自分のことなどどうでもよくなって広い世界に飛び出してしまうかもしれない。
そうなったらおそらく私の顔は消えてしまう。
「顔が消えないためには、存在感を示すしかない――」
ならば、取る道は一つだ。
シナリオライターがさぼってしまった私の悪事をしっかりと働いて、どうにか断罪イベントまで私の顔を残し、断罪でも死刑にはならない程度の罪で絶妙にこの世界からはぐれてしまおう。
出来ればその時にのっぺらぼう以外の人間が隣にいてほしいけれど…、そこまでは高望みだろう。
私はこれからの行動方針を決めて、ろうそくを吹き消した。
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