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ドリミァ王国一行が到着したのは予定通り、アンネリザの入城翌日だった。
だが、リファーナは一日遅れでの到着となり、兄であり今回の主賓であるローディオが謁見は不要だと申し出てくれたため、レンフロとの接触は一度もないまま順調に日々が過ぎている。
かに思えた。
「貴方が、アケチ・アンネリザ伯爵家令嬢ね」
まさかリルカティアに招かれたお茶の席で遭遇するとは、アンネリザは思わなかったのだ。
そもそも、この場の主人であるリルカティアさえリファーナの登場に驚いている。
(昔は姫と言う言葉は最も貴き血を持つ乙女を呼ぶ言葉だったと言うけれど…生まれながらのお姫様といった風情だわ。美しい貴族令嬢も麗しい貴族令嬢も随分見る事ができたと思ってきたけれど。もう纏う空気から違うわね。二の王女殿下と並ぶともう言葉に表しようもないわ)
突然の接触に一瞬言葉を忘れたアンネリザを、リファーナはジッと見つめる。
「直答を許します。このわたくしに言うべき事があるのではなくて?」
リファーナとしては、己の美しさに恐れ慄き、レンフロの友人という名の暗黙の恋人という立場を退け、と言いたい。だが、はっきりそんな事を言うのは美しくない。なので、察して身を退け、という気持ちを込めた発言であった。
アンネリザの方も、忖度して貰う事に慣れきったその態度に、忖度する立場から察せはしたが、とりあえずの戦法はのらりくらりと躱す方向なのだ。というわけで、先ほど考えていた事を口に出し、リファーナを心の底から褒めまくってみた。
「あら、貴方、意外と善い方ね」
効果はてきめんだ。
レンフロの事には触れずにひたすらリファーナを褒め、その美意識の高い話を聞くお茶の席は約二時間ほどで無事終わった。
(何とか、乗り切れたわ。二の王女殿下とほとんどお話する事ができなかったけれど)
是非お話したい、という誘い文句が、本心であったのなら、残念ながら今日は不首尾なお茶の席となってしまった。終わりしなの少し残念そうなリルカティアの顔は、リファーナとの別れを惜しむというよりは、その不首尾を嘆くものだろう。
(何か仰りたいご様子だったのだけど。ドリミァの王女殿下の前では仰り難い事なのよね、たぶん。となると、ドリミァの王子殿下の事かしら。もしかして臣下間での評判を知りたいとか、そういう…まぁ、何にせよこちらからお誘いする事は出来ないし…またお誘い頂く他ないわね)
そんな風に思っていたところ、リルカティアのリベンジは以外に早急だった。もしかしたら元々そういう予定だったのかもしれないが、夕食後に、軽くお酒でも飲みながら語り合おうという事になったのだ。
夜会というには小規模で、お話会といった風情の会合の人員は、レンフロ、リルカティア、アンネリザだ。もっとも、レンフロはローディオと話し合いをした後で合流するそうで、今は居ない。
改めて向かい合うと、レンフロとは異母妹であるリルカティアは、不思議と顔立ちが似ている。髪のふんわりと巻いた栗色に琥珀のような目、穏やかな微笑を浮かべる桃色の唇とも相まって、印象は円味のある穏やかなものだが、近距離で目を合わせると、その顔立ちに通ずるものがある。
「実は、折り入って、お訊きしたい事があって」
僅かに頬を染め、少し言い出しにくそうにしていたリルカティアは、意を決したように揺れていた瞳でアンネリザを見据えて言った。
「はい、なんなりと」
「どうすれば、善き妻になれますでしょうか?」
その表情を見れば真剣に聞いている事は解る。
だが、ミノレッタが結婚した今、アンネリザはアケチ家唯一の未婚女性なのだ。
(何故、私にその質問なのでしょうか…?)
おそらくは、六人もいる姉妹の内、成人したばかりの末娘を除いて全員が結婚しているからなのだろう。アケチ家の女性達を善き妻と考えてくれるのはありがたい話だが、伯爵家の娘が求められる妻像と、リルカティアが求められる妻像は違うだろう。
あとは、リルカティアとアンネリザが同じ歳だからという部分もあるのかもしれないが。
「殿下が思い描かれる善き妻とは、どのような女性ですか?」
「えっ…あ、そうですね…その…私は………私は、十になるまで、母の側で育てられました。お兄様にはじめてお会いしたのは、十一歳の誕生日です」
「はい」
「それまで、ずっと、母からはお兄様の邪魔になってはいけないと教えられてきました。良い女性、妻というものは、夫の行いを邪魔せず従う者なのだからと」
(国王の邪魔をせず従う事と男性にそうする事は違う気がするけれど)
アンネリザの疑問が大きくなる前にリルカティアの言葉が続く。
「けれど、私が十歳の時に母が亡くなって、十一歳でお兄様にお会いした時、お兄様は私の意思を問うて下さいました」
リルカティアにとって、それは大切な思い出なのだろう。決意に固まっていた表情がふと綻んだ。
思わずアンネリザの頬も緩む。
「然様でございますか」
「母は、お兄様の事を、恐れていたのだと思います。お会いすればすぐに解りました。お兄様はお優しい方です。ですから、私はお兄様のお役に立ちたいと思いました」
「はい」
「ですから、そうした意味でも、王子殿下の善き伴侶となり二国間の結び付きをより強固なものにできたらと」
(ふふ、よく似たご兄妹ですこと)
同じ歳とはいえ身分が上の相手に失礼な事だが、愛らしいリルカティアの様子に姉のような気持ちで微笑ましさが湧く。
「素晴らしいお心構えだと存じます」
アンネリザの脳裏を、姉達の姿が駆け巡る。
「私の存念などとるに足らないものですが。もし、殿下がお望みでしたら、是非、我が家の姉達の事をお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「お願いいたします!」
アンネリザは思いつく限りの姉達夫婦の話を披露した。
中には、先日のカゼリーナの話もある。実は、離縁督促状を書くまでに至った一件だが。カゼリーナがミスノフ家に戻る形で納まった。というのも、ミノレッタの挙式前日。夫と、カゼリーナにとっては血が繋がらない子供達四人が、やってきて、どうか戻ってきて欲しい、と頭を下げたのだ。アンネリザとしては、戻ってくれと頭を下げるくらいなら大奥様を追い出せ、と考えていたが。カゼリーナには思う所があったようで、離縁督促状を取り下げ、ミスノフ家へ戻っていった。
細かな内容までは言わないが、苦難はどんな夫婦にもあると伝えるため、離婚危機を乗り越えた話もした。主にアリエーナとカゼリーナの話になったが。
リルカティアは始終真剣な様子でアンネリザの話を聞いてくれた。
そして、一時間ほど経った頃。
「随分話が弾んでいるようだな」
レンフロが合流した。
「お兄様。アケチの姫様に、有意義な時をいただきましたの。では、名残惜しいですが、私はこれで」
一緒にいるのではなかったのか、とアンネリザが思っていると、そっと身を近付けたリルカティアが囁く。
「お二人の邪魔はいたしませんわ」
どうぞごゆっくり、という言葉は笑顔の裏に仕舞われていた。だが、それと解る、先ほどまでアンネリザが内心でしていたような、微笑ましさを滲ませた表情でリルカティアは去って行く。
「あのように明るい顔を見るのは初めてかも知れない…どんな話を?」
入れ違いで着席したレンフロは、そんなリルカティアの様子をどう受け取ったのか、呟くようにしてアンネリザを見やった。
「殿下は『お兄様のお役に立ちたい』と仰っていました」
「私の?」
「ドリミァ王国の王子殿下の善き伴侶となり、二国間の結び付きをより強固にする事で、ご助力なさりたいそうです」
「…そうか」
自分は避けているくせに、妹には結婚を強いてしまっているのではないか、と少しは考えていたのだが。リルカティアが明るく笑っていた事に、レンフロの胸の内も少し軽くなる。
「ふふ」
「?」
「すみません。ですが、それほどご心配にならなくとも、大丈夫かと」
アンネリザはローディオに会った事はない。だが、先ほどの間リルカティアが語る王子殿下の話は、思わず微笑んでしまうものばかりだった。
「結婚は、始まりです。殿下方お二人であれば、きっと、素晴らしい関係を築き上げて行かれますわ」
「関係を築く始まり…」
アンネリザの言葉にしばし黙考したレンフロは、彼女を無視して黙ってしまっている事に気付いた。
「すまない」
「いえ」
慌てて身を正して向き合うが、特にアンネリザが気にしている様子はない。いや、気にはしているのだろうが、レンフロが考え込んでいた事は気にしていなかったのだ。
「………」
「………」
室内に沈黙が満ちる。しっかりと合わせているアンネリザの目は先程からキラキラと輝いていた。
(姫?)
「っ!」
喜びからか興奮からか、思わず叫び声をそうになり、アンネリザは口を両手で覆った。口紅がつかないように手を丸めているが、そのせいで口そのものを押さえる事はできないため、にんまりとした表情がはみ出している。
(陛下! 聞こえますか? 私の声も)
(ああ)
以前ならばジタバタと騒ぎ出していただろうが、今は表面上だけは大人しいものである。
ようやく使える事が解った念話だが、条件はいまいち解らない。近くで向き合っていれば話しかけるように考えるだけで言葉を交わせるようだ。だが、互いが視界に入っていない時はよく解らない。振り返ってみれば花の館を後にする際にも出来たように思うが。先の場面で確認に行く事を阻まれたアンネリザが、どれほど真剣に念じようとも、レンフロには届かなかったらしい。
それに、話しかける意図の無い考えが読めるというものでもないようだ。これについては、思考がだだ洩れになって困るのはアンネリザというより、聞かされたレンフロの方だろうから、幸いな事である。
(遂にやりましたね陛下!)
(ああそうだな)
すっかりと見違えるようになったと思ったのに、変わらない事で喜ぶアンネリザの感情が、不思議と伝わるような気がして、レンフロは自身の胸が騒ぐような感覚が楽しかった。
本来は、お酒でも、という集まりだったが、結局集まった誰一人酒類を口にしないまま、解散した。
ちなみに、リルカティアが去ってからの三十分ほどは、レンフロとアンネリザが始終無言という状態だった。既に事情を聞かされたカツラと知っているコレトー以外には室内には居なかったので、不審に思う者は居なかったが、あらぬ誤解は生まれた。
次の間や、扉の外などで聞き耳を立てていた者達が、二人は用心深く筆談によるやり取りをしていたのできっと近く何かあるに違いない、というのだ。彼等はその考えを、それぞれの伝手で広めていった。
だが、リファーナは一日遅れでの到着となり、兄であり今回の主賓であるローディオが謁見は不要だと申し出てくれたため、レンフロとの接触は一度もないまま順調に日々が過ぎている。
かに思えた。
「貴方が、アケチ・アンネリザ伯爵家令嬢ね」
まさかリルカティアに招かれたお茶の席で遭遇するとは、アンネリザは思わなかったのだ。
そもそも、この場の主人であるリルカティアさえリファーナの登場に驚いている。
(昔は姫と言う言葉は最も貴き血を持つ乙女を呼ぶ言葉だったと言うけれど…生まれながらのお姫様といった風情だわ。美しい貴族令嬢も麗しい貴族令嬢も随分見る事ができたと思ってきたけれど。もう纏う空気から違うわね。二の王女殿下と並ぶともう言葉に表しようもないわ)
突然の接触に一瞬言葉を忘れたアンネリザを、リファーナはジッと見つめる。
「直答を許します。このわたくしに言うべき事があるのではなくて?」
リファーナとしては、己の美しさに恐れ慄き、レンフロの友人という名の暗黙の恋人という立場を退け、と言いたい。だが、はっきりそんな事を言うのは美しくない。なので、察して身を退け、という気持ちを込めた発言であった。
アンネリザの方も、忖度して貰う事に慣れきったその態度に、忖度する立場から察せはしたが、とりあえずの戦法はのらりくらりと躱す方向なのだ。というわけで、先ほど考えていた事を口に出し、リファーナを心の底から褒めまくってみた。
「あら、貴方、意外と善い方ね」
効果はてきめんだ。
レンフロの事には触れずにひたすらリファーナを褒め、その美意識の高い話を聞くお茶の席は約二時間ほどで無事終わった。
(何とか、乗り切れたわ。二の王女殿下とほとんどお話する事ができなかったけれど)
是非お話したい、という誘い文句が、本心であったのなら、残念ながら今日は不首尾なお茶の席となってしまった。終わりしなの少し残念そうなリルカティアの顔は、リファーナとの別れを惜しむというよりは、その不首尾を嘆くものだろう。
(何か仰りたいご様子だったのだけど。ドリミァの王女殿下の前では仰り難い事なのよね、たぶん。となると、ドリミァの王子殿下の事かしら。もしかして臣下間での評判を知りたいとか、そういう…まぁ、何にせよこちらからお誘いする事は出来ないし…またお誘い頂く他ないわね)
そんな風に思っていたところ、リルカティアのリベンジは以外に早急だった。もしかしたら元々そういう予定だったのかもしれないが、夕食後に、軽くお酒でも飲みながら語り合おうという事になったのだ。
夜会というには小規模で、お話会といった風情の会合の人員は、レンフロ、リルカティア、アンネリザだ。もっとも、レンフロはローディオと話し合いをした後で合流するそうで、今は居ない。
改めて向かい合うと、レンフロとは異母妹であるリルカティアは、不思議と顔立ちが似ている。髪のふんわりと巻いた栗色に琥珀のような目、穏やかな微笑を浮かべる桃色の唇とも相まって、印象は円味のある穏やかなものだが、近距離で目を合わせると、その顔立ちに通ずるものがある。
「実は、折り入って、お訊きしたい事があって」
僅かに頬を染め、少し言い出しにくそうにしていたリルカティアは、意を決したように揺れていた瞳でアンネリザを見据えて言った。
「はい、なんなりと」
「どうすれば、善き妻になれますでしょうか?」
その表情を見れば真剣に聞いている事は解る。
だが、ミノレッタが結婚した今、アンネリザはアケチ家唯一の未婚女性なのだ。
(何故、私にその質問なのでしょうか…?)
おそらくは、六人もいる姉妹の内、成人したばかりの末娘を除いて全員が結婚しているからなのだろう。アケチ家の女性達を善き妻と考えてくれるのはありがたい話だが、伯爵家の娘が求められる妻像と、リルカティアが求められる妻像は違うだろう。
あとは、リルカティアとアンネリザが同じ歳だからという部分もあるのかもしれないが。
「殿下が思い描かれる善き妻とは、どのような女性ですか?」
「えっ…あ、そうですね…その…私は………私は、十になるまで、母の側で育てられました。お兄様にはじめてお会いしたのは、十一歳の誕生日です」
「はい」
「それまで、ずっと、母からはお兄様の邪魔になってはいけないと教えられてきました。良い女性、妻というものは、夫の行いを邪魔せず従う者なのだからと」
(国王の邪魔をせず従う事と男性にそうする事は違う気がするけれど)
アンネリザの疑問が大きくなる前にリルカティアの言葉が続く。
「けれど、私が十歳の時に母が亡くなって、十一歳でお兄様にお会いした時、お兄様は私の意思を問うて下さいました」
リルカティアにとって、それは大切な思い出なのだろう。決意に固まっていた表情がふと綻んだ。
思わずアンネリザの頬も緩む。
「然様でございますか」
「母は、お兄様の事を、恐れていたのだと思います。お会いすればすぐに解りました。お兄様はお優しい方です。ですから、私はお兄様のお役に立ちたいと思いました」
「はい」
「ですから、そうした意味でも、王子殿下の善き伴侶となり二国間の結び付きをより強固なものにできたらと」
(ふふ、よく似たご兄妹ですこと)
同じ歳とはいえ身分が上の相手に失礼な事だが、愛らしいリルカティアの様子に姉のような気持ちで微笑ましさが湧く。
「素晴らしいお心構えだと存じます」
アンネリザの脳裏を、姉達の姿が駆け巡る。
「私の存念などとるに足らないものですが。もし、殿下がお望みでしたら、是非、我が家の姉達の事をお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「お願いいたします!」
アンネリザは思いつく限りの姉達夫婦の話を披露した。
中には、先日のカゼリーナの話もある。実は、離縁督促状を書くまでに至った一件だが。カゼリーナがミスノフ家に戻る形で納まった。というのも、ミノレッタの挙式前日。夫と、カゼリーナにとっては血が繋がらない子供達四人が、やってきて、どうか戻ってきて欲しい、と頭を下げたのだ。アンネリザとしては、戻ってくれと頭を下げるくらいなら大奥様を追い出せ、と考えていたが。カゼリーナには思う所があったようで、離縁督促状を取り下げ、ミスノフ家へ戻っていった。
細かな内容までは言わないが、苦難はどんな夫婦にもあると伝えるため、離婚危機を乗り越えた話もした。主にアリエーナとカゼリーナの話になったが。
リルカティアは始終真剣な様子でアンネリザの話を聞いてくれた。
そして、一時間ほど経った頃。
「随分話が弾んでいるようだな」
レンフロが合流した。
「お兄様。アケチの姫様に、有意義な時をいただきましたの。では、名残惜しいですが、私はこれで」
一緒にいるのではなかったのか、とアンネリザが思っていると、そっと身を近付けたリルカティアが囁く。
「お二人の邪魔はいたしませんわ」
どうぞごゆっくり、という言葉は笑顔の裏に仕舞われていた。だが、それと解る、先ほどまでアンネリザが内心でしていたような、微笑ましさを滲ませた表情でリルカティアは去って行く。
「あのように明るい顔を見るのは初めてかも知れない…どんな話を?」
入れ違いで着席したレンフロは、そんなリルカティアの様子をどう受け取ったのか、呟くようにしてアンネリザを見やった。
「殿下は『お兄様のお役に立ちたい』と仰っていました」
「私の?」
「ドリミァ王国の王子殿下の善き伴侶となり、二国間の結び付きをより強固にする事で、ご助力なさりたいそうです」
「…そうか」
自分は避けているくせに、妹には結婚を強いてしまっているのではないか、と少しは考えていたのだが。リルカティアが明るく笑っていた事に、レンフロの胸の内も少し軽くなる。
「ふふ」
「?」
「すみません。ですが、それほどご心配にならなくとも、大丈夫かと」
アンネリザはローディオに会った事はない。だが、先ほどの間リルカティアが語る王子殿下の話は、思わず微笑んでしまうものばかりだった。
「結婚は、始まりです。殿下方お二人であれば、きっと、素晴らしい関係を築き上げて行かれますわ」
「関係を築く始まり…」
アンネリザの言葉にしばし黙考したレンフロは、彼女を無視して黙ってしまっている事に気付いた。
「すまない」
「いえ」
慌てて身を正して向き合うが、特にアンネリザが気にしている様子はない。いや、気にはしているのだろうが、レンフロが考え込んでいた事は気にしていなかったのだ。
「………」
「………」
室内に沈黙が満ちる。しっかりと合わせているアンネリザの目は先程からキラキラと輝いていた。
(姫?)
「っ!」
喜びからか興奮からか、思わず叫び声をそうになり、アンネリザは口を両手で覆った。口紅がつかないように手を丸めているが、そのせいで口そのものを押さえる事はできないため、にんまりとした表情がはみ出している。
(陛下! 聞こえますか? 私の声も)
(ああ)
以前ならばジタバタと騒ぎ出していただろうが、今は表面上だけは大人しいものである。
ようやく使える事が解った念話だが、条件はいまいち解らない。近くで向き合っていれば話しかけるように考えるだけで言葉を交わせるようだ。だが、互いが視界に入っていない時はよく解らない。振り返ってみれば花の館を後にする際にも出来たように思うが。先の場面で確認に行く事を阻まれたアンネリザが、どれほど真剣に念じようとも、レンフロには届かなかったらしい。
それに、話しかける意図の無い考えが読めるというものでもないようだ。これについては、思考がだだ洩れになって困るのはアンネリザというより、聞かされたレンフロの方だろうから、幸いな事である。
(遂にやりましたね陛下!)
(ああそうだな)
すっかりと見違えるようになったと思ったのに、変わらない事で喜ぶアンネリザの感情が、不思議と伝わるような気がして、レンフロは自身の胸が騒ぐような感覚が楽しかった。
本来は、お酒でも、という集まりだったが、結局集まった誰一人酒類を口にしないまま、解散した。
ちなみに、リルカティアが去ってからの三十分ほどは、レンフロとアンネリザが始終無言という状態だった。既に事情を聞かされたカツラと知っているコレトー以外には室内には居なかったので、不審に思う者は居なかったが、あらぬ誤解は生まれた。
次の間や、扉の外などで聞き耳を立てていた者達が、二人は用心深く筆談によるやり取りをしていたのできっと近く何かあるに違いない、というのだ。彼等はその考えを、それぞれの伝手で広めていった。
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