36 / 45
閑話:アンスロックの廃城
しおりを挟む
アケチ領と王都の街道上ではない、サッカイ州内の王領地の一つにあるアンスロックの廃城。
通称、蟻塚。
この城は、アイデル王国でも屈指の恐怖スポットである。
「ここがアンスロックのあっ廃城!」
周囲の心持ち沈んだ空気が、アンネリザの周りにだけは見えない仕切りで届かないらしい。爛々と目を見開いて、通称に恥じぬ廃城の異様を見つめている。ちなみに通称の蟻塚を廃城と言い直したのは、護衛騎士達がいるための配慮だ。蟻塚という通称は言い得て妙ではあるが、王族への敬意に欠けるというのが貴族一般の認識なのだ。
感動に震える視線の先にあるのは、赤茶色と焦げ茶色に黄色の三色が縞模様を作っている崖だ。元々は山であったものを加工したと伝わる城は五階建ての八角柱の形をしており、出入り口は、今アンネリザが見つめている北側の壁面にある扉も無い穴のみである。
緑と呼べるものは一切生えていない土塊の城は、言われなければ誰も城とは思うまい。土中の材を取るために切り崩され残った部分と言われた方が、まだしっくりくる様だ。
廃城という言葉で解る通り、今は誰も住んでいない。
もっとも、築城当時から、この城には生者が住んだ事はないのだが。
「ひっ!」
「っ!」
唯一の出入り口である、成人男性二人が立てば覆えそうな穴から、顔色の悪い男がぬっと現れ、騎士達が警戒の姿勢をとる。
一方、突如として複数の視線に晒された男は更に顔色を悪くして慄いた。
「管理人の方ね?」
アンネリザは、前を塞いだコレトーの背から首を伸ばして男に声をかけた。
声をかけられた男は、慌ててマントのフードを下ろし、前を開け、自身の官服が見えるようにする。
騎士の一人が近寄って話し合いきちんと確認が取れたらしい。他の騎士達とコレトーが警戒を解いた。
「あなたが、アケチ伯爵様のご令嬢でいらっしゃいますか?」
フードをとって影がなくなっても、結局顔色の悪さは変わらない管理人は、存外はっきりとした声で喋った。
「ええ。本日はお世話になります」
動きやすい服装で笑顔を浮かべたアンネリザは、コレトーと二人、フード付きマントを纏って管理人の後ろを歩くことになる。
穴の中はすぐ左手に階段があった。
「虫や動物が歩いたり、振動が起きたりしても土が落ちてきますので、中ではフードはとらないようになさってください」
「解りましたわ」
愛用のカンテラまで持ち出して、準備万端なアンネリザに内心で苦笑しつつ、管理人はそこそこ慣れた説明を繰り返しながら、城内を案内し始めた。
「死霊術に傾倒したオズヴァレー公爵によって建てられた死霊達のための城。それがこのアンスロックの蒼き火の扉城です。ただ、既に廃城となって百年、蒼き火の扉という名も近頃は使いませんが」
そこで言葉を切って、管理人は上っていた階段の隅に体を寄せて、一人がようやく通れそうな穴を示す。
「こちらが公が書斎兼研究室としていた場所です」
そう言ってから中へ入っていくので、二人も続けて中へ入った。
「まぁ」
半球状に見える室内には、中心に執務机のような大ぶりな机と椅子が置かれ、それ以外に家具はない。更に、壁にびっしりと文字が彫られていた。
「当時の家具は、机と椅子を除いて全て運び出されております。元は、壁一面に棚が置かれていて、書物や道具などで溢れていたそうです。壁の文字は、それらの棚を除けた際に現れたので、公の手に拠るものではないかとされています」
「あの、この文字は書き写しても構いませんか?」
「はい。勿論構いません。ただ、この壁の内容は細かいところまで写した物を販売しておりますから、そちらをお勧めします」
アンネリザはざっと半球状の壁なのか天井なのか境目が解らない内側を見回して、手持ちの紙を十数枚は消費しそうな文字量に首を縦に振る。
「では、そうします」
「下りましたら、すぐご用意到します。次へ、行かれますか?」
「ええ」
入ってきた向かいの穴から出ると右手に階段がある。
「三階は公の実験室だったとされています。薬品のような危険物を除いて、当時のままに再現しておりますので、お手に触れてお楽しみください」
二階と同じように半球状だが、天井が高い。そして、壁には棚だけでなく二つの棺が立てかけられ、地面には幾何学模様が広がりっている。中央に置かれた机の丸い天板には天体図を占術用に簡略化した図が彫られていた。その上には、数種類の輝石の原石と、乾燥させた香草や花が置かれている。
「四階は公が実際に儀式を行っていた場所だとされていますが」
三階と同じような高さの半球状の部屋には、何もなかった。
「あら…」
「運び出されたわけではなく。初めからこのように何も置かれていなかった状態で、真偽のほどは定かではありません」
「そうなのですか…隠し扉や仕掛けがあったりは?」
「単純な構造物ですので、測量によって不可視の空間などがない事は確認済みです。また、全体ではありませんが、こちらの部屋に関しては、打音検査や表層を採取しての細かい調査も行われました。結果としては、何も発見するに至らず。実験室の予備室として確保されていたもので、使用されていないのではないか、という意見もあります」
「まぁ、そこまでして何もなかったのですか」
調査方法などを聞きながら五階へ上がると、更に天井の高い部屋は、まるでダンスフロアのようだった。艶のある白と黒のタイル敷の床。等間隔で設置された壁の灯は単一だが、天井中央から吊り下がる照明は十本の腕木を持っており、全てに火を灯せば天井の白いタイルとも合わさって全体を明るく照らし出すだろう。
「ここは…」
「実は、公はダンスが趣味でして、死霊術によって奥方を蘇らせたあかつきにはこちらで共に踊るお心であったとのことです」
「…結局、ここは使われたのですか?」
「いえ。一度も使われなかったと伝わっています」
「そうですか…」
そこはかとなくしんみりしつつ来た道を戻り、二階の壁にある文字を写したものを購入して、アンスロックでの観光は終わった。
□休題
通称、蟻塚。
この城は、アイデル王国でも屈指の恐怖スポットである。
「ここがアンスロックのあっ廃城!」
周囲の心持ち沈んだ空気が、アンネリザの周りにだけは見えない仕切りで届かないらしい。爛々と目を見開いて、通称に恥じぬ廃城の異様を見つめている。ちなみに通称の蟻塚を廃城と言い直したのは、護衛騎士達がいるための配慮だ。蟻塚という通称は言い得て妙ではあるが、王族への敬意に欠けるというのが貴族一般の認識なのだ。
感動に震える視線の先にあるのは、赤茶色と焦げ茶色に黄色の三色が縞模様を作っている崖だ。元々は山であったものを加工したと伝わる城は五階建ての八角柱の形をしており、出入り口は、今アンネリザが見つめている北側の壁面にある扉も無い穴のみである。
緑と呼べるものは一切生えていない土塊の城は、言われなければ誰も城とは思うまい。土中の材を取るために切り崩され残った部分と言われた方が、まだしっくりくる様だ。
廃城という言葉で解る通り、今は誰も住んでいない。
もっとも、築城当時から、この城には生者が住んだ事はないのだが。
「ひっ!」
「っ!」
唯一の出入り口である、成人男性二人が立てば覆えそうな穴から、顔色の悪い男がぬっと現れ、騎士達が警戒の姿勢をとる。
一方、突如として複数の視線に晒された男は更に顔色を悪くして慄いた。
「管理人の方ね?」
アンネリザは、前を塞いだコレトーの背から首を伸ばして男に声をかけた。
声をかけられた男は、慌ててマントのフードを下ろし、前を開け、自身の官服が見えるようにする。
騎士の一人が近寄って話し合いきちんと確認が取れたらしい。他の騎士達とコレトーが警戒を解いた。
「あなたが、アケチ伯爵様のご令嬢でいらっしゃいますか?」
フードをとって影がなくなっても、結局顔色の悪さは変わらない管理人は、存外はっきりとした声で喋った。
「ええ。本日はお世話になります」
動きやすい服装で笑顔を浮かべたアンネリザは、コレトーと二人、フード付きマントを纏って管理人の後ろを歩くことになる。
穴の中はすぐ左手に階段があった。
「虫や動物が歩いたり、振動が起きたりしても土が落ちてきますので、中ではフードはとらないようになさってください」
「解りましたわ」
愛用のカンテラまで持ち出して、準備万端なアンネリザに内心で苦笑しつつ、管理人はそこそこ慣れた説明を繰り返しながら、城内を案内し始めた。
「死霊術に傾倒したオズヴァレー公爵によって建てられた死霊達のための城。それがこのアンスロックの蒼き火の扉城です。ただ、既に廃城となって百年、蒼き火の扉という名も近頃は使いませんが」
そこで言葉を切って、管理人は上っていた階段の隅に体を寄せて、一人がようやく通れそうな穴を示す。
「こちらが公が書斎兼研究室としていた場所です」
そう言ってから中へ入っていくので、二人も続けて中へ入った。
「まぁ」
半球状に見える室内には、中心に執務机のような大ぶりな机と椅子が置かれ、それ以外に家具はない。更に、壁にびっしりと文字が彫られていた。
「当時の家具は、机と椅子を除いて全て運び出されております。元は、壁一面に棚が置かれていて、書物や道具などで溢れていたそうです。壁の文字は、それらの棚を除けた際に現れたので、公の手に拠るものではないかとされています」
「あの、この文字は書き写しても構いませんか?」
「はい。勿論構いません。ただ、この壁の内容は細かいところまで写した物を販売しておりますから、そちらをお勧めします」
アンネリザはざっと半球状の壁なのか天井なのか境目が解らない内側を見回して、手持ちの紙を十数枚は消費しそうな文字量に首を縦に振る。
「では、そうします」
「下りましたら、すぐご用意到します。次へ、行かれますか?」
「ええ」
入ってきた向かいの穴から出ると右手に階段がある。
「三階は公の実験室だったとされています。薬品のような危険物を除いて、当時のままに再現しておりますので、お手に触れてお楽しみください」
二階と同じように半球状だが、天井が高い。そして、壁には棚だけでなく二つの棺が立てかけられ、地面には幾何学模様が広がりっている。中央に置かれた机の丸い天板には天体図を占術用に簡略化した図が彫られていた。その上には、数種類の輝石の原石と、乾燥させた香草や花が置かれている。
「四階は公が実際に儀式を行っていた場所だとされていますが」
三階と同じような高さの半球状の部屋には、何もなかった。
「あら…」
「運び出されたわけではなく。初めからこのように何も置かれていなかった状態で、真偽のほどは定かではありません」
「そうなのですか…隠し扉や仕掛けがあったりは?」
「単純な構造物ですので、測量によって不可視の空間などがない事は確認済みです。また、全体ではありませんが、こちらの部屋に関しては、打音検査や表層を採取しての細かい調査も行われました。結果としては、何も発見するに至らず。実験室の予備室として確保されていたもので、使用されていないのではないか、という意見もあります」
「まぁ、そこまでして何もなかったのですか」
調査方法などを聞きながら五階へ上がると、更に天井の高い部屋は、まるでダンスフロアのようだった。艶のある白と黒のタイル敷の床。等間隔で設置された壁の灯は単一だが、天井中央から吊り下がる照明は十本の腕木を持っており、全てに火を灯せば天井の白いタイルとも合わさって全体を明るく照らし出すだろう。
「ここは…」
「実は、公はダンスが趣味でして、死霊術によって奥方を蘇らせたあかつきにはこちらで共に踊るお心であったとのことです」
「…結局、ここは使われたのですか?」
「いえ。一度も使われなかったと伝わっています」
「そうですか…」
そこはかとなくしんみりしつつ来た道を戻り、二階の壁にある文字を写したものを購入して、アンスロックでの観光は終わった。
□休題
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる