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閑話:アンスロックの廃城

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 アケチ領と王都の街道上ではない、サッカイ州内の王領地の一つにあるアンスロックの廃城。
 通称、蟻塚。
 この城は、アイデル王国でも屈指の恐怖スポットである。
「ここがアンスロックのあっ廃城!」
 周囲の心持ち沈んだ空気が、アンネリザの周りにだけは見えない仕切りで届かないらしい。爛々と目を見開いて、通称に恥じぬ廃城の異様を見つめている。ちなみに通称の蟻塚を廃城と言い直したのは、護衛騎士達がいるための配慮だ。蟻塚という通称は言い得て妙ではあるが、王族への敬意に欠けるというのが貴族一般の認識なのだ。
 感動に震える視線の先にあるのは、赤茶色と焦げ茶色に黄色の三色が縞模様を作っている崖だ。元々は山であったものを加工したと伝わる城は五階建ての八角柱の形をしており、出入り口は、今アンネリザが見つめている北側の壁面にある扉も無い穴のみである。
 緑と呼べるものは一切生えていない土塊の城は、言われなければ誰も城とは思うまい。土中の材を取るために切り崩され残った部分と言われた方が、まだしっくりくる様だ。
 廃城という言葉で解る通り、今は誰も住んでいない。
 もっとも、築城当時から、この城には生者が住んだ事はないのだが。
「ひっ!」
「っ!」
 唯一の出入り口である、成人男性二人が立てば覆えそうな穴から、顔色の悪い男がぬっと現れ、騎士達が警戒の姿勢をとる。
 一方、突如として複数の視線に晒された男は更に顔色を悪くして慄いた。
「管理人の方ね?」
 アンネリザは、前を塞いだコレトーの背から首を伸ばして男に声をかけた。
 声をかけられた男は、慌ててマントのフードを下ろし、前を開け、自身の官服が見えるようにする。
 騎士の一人が近寄って話し合いきちんと確認が取れたらしい。他の騎士達とコレトーが警戒を解いた。
「あなたが、アケチ伯爵様のご令嬢でいらっしゃいますか?」
 フードをとって影がなくなっても、結局顔色の悪さは変わらない管理人は、存外はっきりとした声で喋った。
「ええ。本日はお世話になります」
 動きやすい服装で笑顔を浮かべたアンネリザは、コレトーと二人、フード付きマントを纏って管理人の後ろを歩くことになる。
 穴の中はすぐ左手に階段があった。
「虫や動物が歩いたり、振動が起きたりしても土が落ちてきますので、中ではフードはとらないようになさってください」
「解りましたわ」
 愛用のカンテラまで持ち出して、準備万端なアンネリザに内心で苦笑しつつ、管理人はそこそこ慣れた説明を繰り返しながら、城内を案内し始めた。
「死霊術に傾倒したオズヴァレー公爵によって建てられた死霊達のための城。それがこのアンスロックの蒼き火の扉城です。ただ、既に廃城となって百年、蒼き火の扉という名も近頃は使いませんが」
 そこで言葉を切って、管理人は上っていた階段の隅に体を寄せて、一人がようやく通れそうな穴を示す。
「こちらが公が書斎兼研究室としていた場所です」
 そう言ってから中へ入っていくので、二人も続けて中へ入った。
「まぁ」
 半球状に見える室内には、中心に執務机のような大ぶりな机と椅子が置かれ、それ以外に家具はない。更に、壁にびっしりと文字が彫られていた。
「当時の家具は、机と椅子を除いて全て運び出されております。元は、壁一面に棚が置かれていて、書物や道具などで溢れていたそうです。壁の文字は、それらの棚を除けた際に現れたので、公の手に拠るものではないかとされています」
「あの、この文字は書き写しても構いませんか?」
「はい。勿論構いません。ただ、この壁の内容は細かいところまで写した物を販売しておりますから、そちらをお勧めします」
 アンネリザはざっと半球状の壁なのか天井なのか境目が解らない内側を見回して、手持ちの紙を十数枚は消費しそうな文字量に首を縦に振る。
「では、そうします」
「下りましたら、すぐご用意到します。次へ、行かれますか?」
「ええ」
 入ってきた向かいの穴から出ると右手に階段がある。
「三階は公の実験室だったとされています。薬品のような危険物を除いて、当時のままに再現しておりますので、お手に触れてお楽しみください」
 二階と同じように半球状だが、天井が高い。そして、壁には棚だけでなく二つの棺が立てかけられ、地面には幾何学模様が広がりっている。中央に置かれた机の丸い天板には天体図を占術用に簡略化した図が彫られていた。その上には、数種類の輝石の原石と、乾燥させた香草や花が置かれている。
「四階は公が実際に儀式を行っていた場所だとされていますが」
 三階と同じような高さの半球状の部屋には、何もなかった。
「あら…」
「運び出されたわけではなく。初めからこのように何も置かれていなかった状態で、真偽のほどは定かではありません」
「そうなのですか…隠し扉や仕掛けがあったりは?」
「単純な構造物ですので、測量によって不可視の空間などがない事は確認済みです。また、全体ではありませんが、こちらの部屋に関しては、打音検査や表層を採取しての細かい調査も行われました。結果としては、何も発見するに至らず。実験室の予備室として確保されていたもので、使用されていないのではないか、という意見もあります」
「まぁ、そこまでして何もなかったのですか」
 調査方法などを聞きながら五階へ上がると、更に天井の高い部屋は、まるでダンスフロアのようだった。艶のある白と黒のタイル敷の床。等間隔で設置された壁の灯は単一だが、天井中央から吊り下がる照明は十本の腕木を持っており、全てに火を灯せば天井の白いタイルとも合わさって全体を明るく照らし出すだろう。
「ここは…」
「実は、公はダンスが趣味でして、死霊術によって奥方を蘇らせたあかつきにはこちらで共に踊るお心であったとのことです」
「…結局、ここは使われたのですか?」
「いえ。一度も使われなかったと伝わっています」
「そうですか…」
 そこはかとなくしんみりしつつ来た道を戻り、二階の壁にある文字を写したものを購入して、アンスロックでの観光は終わった。

□休題
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