63 / 84
徐々にやっていきましょう
61.って
しおりを挟む
「お待たせしました」
「いえ」
振り返ったクライフは、眼鏡を外していた。
(ぐ…薄々感じてはいたが、クライフさん…美形だ!)
厚みのあるガラスが有るか無いかでこんなに変わるものなのか、とファランは内心で慌てているが、クライフはいつも通りだ。
(落ち着け私!)
深呼吸をして、中へ足を踏み出す。
「最初に謝っておきますね。足を踏んでしまったらごめんなさい」
「構いませんよ」
動揺を落ち着けようと冗談を口にして笑いかければ、クライフも笑みを返してきて、余計に心臓が跳ねた。
「すぐに始めますか?」
「えぇはい」
勉強会の時と同じような問いかけに、反射で頷いてしまう。
クライフは、机に置かれた、つらら振り子、と呼ばれている振り子を動かした。ファランの記憶ではニュートンのゆりかごというそれは、メトロノーム代わりに拍を刻んでくれる装置だ。
手を構えて立つクライフの前に立って、唐突に緊張が全身を襲う。
(いや、いやいや。クライフさんはお兄ちゃんだから! 駄目だぞファラン。ちょっと、じゃないな、かなり美形だからってミーハーなはしゃぎ方をするんじゃない! これは大事な訓練なんだから! 私の振る舞いに大豆スイーツの未来がかかっているんだよ!)
ヒールを履いて向かい合った目線は、クライフの口元にある。顔ではなく真っ直ぐ前を、ひたすら見るようにして、気合を入れ直したファランは、構えている手に手を合わせながら一歩前へ踏み出す。
(うわぁっ!)
背を押され、体を引き寄せられ、せっかく緩めようとした緊張が再び襲った。。
(近い…近い近い!)
当然なのだが、密着している箇所が気になって仕方がない。至近距離で顔を見上げる事も出来ず思わず俯いてしまう。顎を引くようにするせいで、体が離れそうになった。
「どうぞ、力まずに、体を預けてください」
「は、はい」
答えはするが、顔は上げられないし、体は相変わらず硬い。
(そう言われましてもぉ…いや、落ち着け、これはダンス! 思い出せ! シャルウィダンス! 煩悩を排除するのだ!)
ファランは、ダンスを嫌らしい等と考えるのは日本人の悪い癖だ。これはただのコミュニケーションだ。超派生型握手だ。進化したハグだ。と、ちょっとおかしな理論を何度も頭で繰り返した。
「振り子の音を聞いて」
「え、あ、はい」
言われて初めて自分が振り子の音も聞こえていない事に気付いた。
(全然落ち着いてないぃ!)
相変わらず俯いているが、深呼吸をして、振り子の音に耳を澄ませる。
(顔を、まっすぐにして)
カチカチと響く規則正しい音を聞くうちに、少しだけ状況に慣れ始めた。触れている場所の温かさも、ゆっくりと馴染んでいく。
(背筋を伸ばすのよ。私は広告塔! 真っ直ぐ格好良く颯爽と!)
ファランの気合が緊張を押し殺した時。
(あ、動く)
触れている体を通して、相手が動く瞬間が、解った。
(お? おお? これは、踊れているのだろうか?)
振り子の音に合わせて、更に三拍を意識しながら動く。物凄く簡単に表現すれば、今やっている動きは足を出しては寄せて、出しては寄せての繰り返しだ。手を引かれる方に回転しながら、ただひたすら出しては寄せてを繰り返す。
(意外と…覚えてるものね!)
足を鳴らすとか、跳ぶとか、そういう事をする必要はない。拍に合わせて回りながら、周囲に接触しないよう動けば良いのだ。つまり、今十分に出来ている。
(ファランはやれば出来る子よ!)
そんな風に調子に乗ったのが悪かった。
思い切りクライフの足を踏みつけてしまう。
(ひあああぁあああ…)
思わずろくに上げられなかった顔を上げ、謝罪を口にしかける。
「大丈夫ですよ。先に謝っていただいたので。続けましょう」
が、美形の笑顔が待ち構えていただけだった。
(ぐはっ…!)
続けると言われても、踏んだ事と笑顔に心臓が破裂寸前なファランは、もはや使いものにならなかった。
「すこし、休憩を挟みましょうか」
結局さほど踊らないうちから休憩を差し挟んだ。
(何やってんの私ぃ…)
当日の衣装の話をカトレアとしているクライフの背中をぼうっと見つめながら、ファランは傍らのつらら振り子を触る。紐を巻き上げて短くしたり長くする事で拍が変わる仕組みのそれを、動かしたりしつつ心臓を落ち着けようと呼吸を意識して繰り返した。
(調子に乗るんじゃない。私の第一目標を思い出せ。やらなくてはならない事は広告塔としての使命を果たす事よ。煩悩を殺しなさいファラン。私は大豆の普及という使命を果たすべくダンスをするのよ。これは仕事です!)
煩悩が消えてはいないが、消えた振りでアルカイックスマイルを浮かべ、ファランはその後の練習を乗り切った。クライフの足は、更に三度踏んだが。
「明日には、もう少しまともに踊れるようになっておきます」
合わせる顔が無く、両手で顔を覆いつつクライフを見送り、室内に残ったファランは大きく溜息を吐く。
「大丈夫ですかぁ?」
心配そうにニーアに尋ねられ、ファランは、少し疲れた顔で笑い返す。
「大丈夫。ちょっと、久しぶりに踊ったら、全然駄目で困っちゃっただけだから」
何とかあと四日で踊れるようにならなくては、とファランは、思わず自分の不甲斐なさに肩が落ちた。
「いえ」
振り返ったクライフは、眼鏡を外していた。
(ぐ…薄々感じてはいたが、クライフさん…美形だ!)
厚みのあるガラスが有るか無いかでこんなに変わるものなのか、とファランは内心で慌てているが、クライフはいつも通りだ。
(落ち着け私!)
深呼吸をして、中へ足を踏み出す。
「最初に謝っておきますね。足を踏んでしまったらごめんなさい」
「構いませんよ」
動揺を落ち着けようと冗談を口にして笑いかければ、クライフも笑みを返してきて、余計に心臓が跳ねた。
「すぐに始めますか?」
「えぇはい」
勉強会の時と同じような問いかけに、反射で頷いてしまう。
クライフは、机に置かれた、つらら振り子、と呼ばれている振り子を動かした。ファランの記憶ではニュートンのゆりかごというそれは、メトロノーム代わりに拍を刻んでくれる装置だ。
手を構えて立つクライフの前に立って、唐突に緊張が全身を襲う。
(いや、いやいや。クライフさんはお兄ちゃんだから! 駄目だぞファラン。ちょっと、じゃないな、かなり美形だからってミーハーなはしゃぎ方をするんじゃない! これは大事な訓練なんだから! 私の振る舞いに大豆スイーツの未来がかかっているんだよ!)
ヒールを履いて向かい合った目線は、クライフの口元にある。顔ではなく真っ直ぐ前を、ひたすら見るようにして、気合を入れ直したファランは、構えている手に手を合わせながら一歩前へ踏み出す。
(うわぁっ!)
背を押され、体を引き寄せられ、せっかく緩めようとした緊張が再び襲った。。
(近い…近い近い!)
当然なのだが、密着している箇所が気になって仕方がない。至近距離で顔を見上げる事も出来ず思わず俯いてしまう。顎を引くようにするせいで、体が離れそうになった。
「どうぞ、力まずに、体を預けてください」
「は、はい」
答えはするが、顔は上げられないし、体は相変わらず硬い。
(そう言われましてもぉ…いや、落ち着け、これはダンス! 思い出せ! シャルウィダンス! 煩悩を排除するのだ!)
ファランは、ダンスを嫌らしい等と考えるのは日本人の悪い癖だ。これはただのコミュニケーションだ。超派生型握手だ。進化したハグだ。と、ちょっとおかしな理論を何度も頭で繰り返した。
「振り子の音を聞いて」
「え、あ、はい」
言われて初めて自分が振り子の音も聞こえていない事に気付いた。
(全然落ち着いてないぃ!)
相変わらず俯いているが、深呼吸をして、振り子の音に耳を澄ませる。
(顔を、まっすぐにして)
カチカチと響く規則正しい音を聞くうちに、少しだけ状況に慣れ始めた。触れている場所の温かさも、ゆっくりと馴染んでいく。
(背筋を伸ばすのよ。私は広告塔! 真っ直ぐ格好良く颯爽と!)
ファランの気合が緊張を押し殺した時。
(あ、動く)
触れている体を通して、相手が動く瞬間が、解った。
(お? おお? これは、踊れているのだろうか?)
振り子の音に合わせて、更に三拍を意識しながら動く。物凄く簡単に表現すれば、今やっている動きは足を出しては寄せて、出しては寄せての繰り返しだ。手を引かれる方に回転しながら、ただひたすら出しては寄せてを繰り返す。
(意外と…覚えてるものね!)
足を鳴らすとか、跳ぶとか、そういう事をする必要はない。拍に合わせて回りながら、周囲に接触しないよう動けば良いのだ。つまり、今十分に出来ている。
(ファランはやれば出来る子よ!)
そんな風に調子に乗ったのが悪かった。
思い切りクライフの足を踏みつけてしまう。
(ひあああぁあああ…)
思わずろくに上げられなかった顔を上げ、謝罪を口にしかける。
「大丈夫ですよ。先に謝っていただいたので。続けましょう」
が、美形の笑顔が待ち構えていただけだった。
(ぐはっ…!)
続けると言われても、踏んだ事と笑顔に心臓が破裂寸前なファランは、もはや使いものにならなかった。
「すこし、休憩を挟みましょうか」
結局さほど踊らないうちから休憩を差し挟んだ。
(何やってんの私ぃ…)
当日の衣装の話をカトレアとしているクライフの背中をぼうっと見つめながら、ファランは傍らのつらら振り子を触る。紐を巻き上げて短くしたり長くする事で拍が変わる仕組みのそれを、動かしたりしつつ心臓を落ち着けようと呼吸を意識して繰り返した。
(調子に乗るんじゃない。私の第一目標を思い出せ。やらなくてはならない事は広告塔としての使命を果たす事よ。煩悩を殺しなさいファラン。私は大豆の普及という使命を果たすべくダンスをするのよ。これは仕事です!)
煩悩が消えてはいないが、消えた振りでアルカイックスマイルを浮かべ、ファランはその後の練習を乗り切った。クライフの足は、更に三度踏んだが。
「明日には、もう少しまともに踊れるようになっておきます」
合わせる顔が無く、両手で顔を覆いつつクライフを見送り、室内に残ったファランは大きく溜息を吐く。
「大丈夫ですかぁ?」
心配そうにニーアに尋ねられ、ファランは、少し疲れた顔で笑い返す。
「大丈夫。ちょっと、久しぶりに踊ったら、全然駄目で困っちゃっただけだから」
何とかあと四日で踊れるようにならなくては、とファランは、思わず自分の不甲斐なさに肩が落ちた。
17
お気に入りに追加
464
あなたにおすすめの小説
【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる
syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。
原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。
初投稿です。
取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。
話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。
ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。
悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?
無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。
「いいんですか?その態度」
おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。
貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。
そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい?
あんまり内容覚えてないけど…
悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった!
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドを堪能してくださいませ?
********************
初投稿です。
転生侍女シリーズ第一弾。
短編全4話で、投稿予約済みです。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います
蓮
恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。
(あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?)
シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。
しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。
「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」
シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる