上 下
58 / 84
アップを終えたからって、いきなり最高速度は出ないよ

56.一歩ずつ

しおりを挟む
「今日は、何かあるのですか?」
 登城前にしては楽しそうな様子のファランに、ミモザが声をかけた。
 ファランは、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑顔で応じる。
「今日は部会があるのよ」
「部会?」
「そう、月に一度の重要な会議なのよ」
「然様でございますか」
 では大変な日なのではないだろうか、と首を傾げるミモザに、笑顔を返して、ファランは意気揚々とマーヴェラス家を後にした。
(ようやく、私に仕事らしい仕事が!)
 そうした訳で朝からワクワクしながら登城し山野局に入ったファランは、ドレス姿で初めて足を踏み入れた会議室で、上座という名の一人外れた席に着席する。
(まぁ、席は仕方ない。私は一応重役だし)
 斜め後ろに置かれた椅子にはクライフが座っているので、何かあれば相談もできる。そもそも、全体の報告を聞く事が主目的なので、今までの勉強で何とかなっているはずではあるが。
(さぁ、どんと来い!)
 会議は、つつがなく開始され、既に半分の部門から報告を聞いた。
 年度始めの部会という事もあり、全体的に昨年度の実績報告だ。
 部屋に入った時は九部門しかないのに二十人近い人が居て、ファランは面食らったが、基本的に部門長と報告担当者という形であった。全体に報告担当者が若者なのは、場数を踏ませるためなのかな、とぼんやり思っている。
(本当に報告をひたすら聞いているだけなんだけど…これでいいのかな? 理解はできてるし、そもそも資料がちゃんとまとまってるから質問したい事も出てこないし、口を挟む余地ゼロなんだけど。重役会議なんて出席した事ないから解んないな。何かコメントするべきなのか、否か………言うにしてもここまで無言通しちゃったから最後にまとめて言った方が良いか)
 視線を提出資料と担当者の間で行き来させながら、大人しく報告を聞いていたファランは、最後の部門の資料になって、初めて声を上げてしまう。
「え?」
 水を打ったように、しんと室内が静まり返った。
(え?)
 そんなに大きな声を上げたつもりのなかったファランは、むしろその沈黙に驚く。
(まずい、これは、どうしよう。全然大した事じゃないのに物凄く注目されている!)
 今ファランが見たのは、農業部門がまとめた作付け種別の収穫高推移だ。その中で大豆が減っていたので、思わず声を上げてしまったのだ。何せ、ファランは大豆を様付けして呼びたいほどお世話になっているので。
(馬鹿なの? 私馬鹿なの? 何で声出しちゃったかなぁもう)
 報告をしていた担当者が、心持ち青褪めた顔をしている。
「あの、何か不備がございましたか?」
 担当者の横に居た部門長が質問を投げかけた。
 ファランは、慌てて笑みを浮かべ、否定する。
「いいえ。違います。ごめんなさい、少し意外に思って声が出てしまっただけで、資料や報告については何の不足も感じておりませんので。どうぞ、続けてください」
 再び報告は再開されたが、心持ち気まずい雰囲気が流れ続けた。
(やってしまったぁ…次回以降もずっとこんな感じになったらどうしよう)
 その後会議は終わりを迎え、ファランは会議室を後にする。片付けにざわつく室内を背に感じつつ、局長室へ戻ると、扉が閉まってすぐクライフを振り向いた。
「クライフさん!」
「はい」
 少し驚いたように目を見開く彼に詰め寄る。
「私が怒っていなかったと部門長と担当者の方にお伝えいただけませんか!」
 あの空気は全然誤魔化せていなかった。そう感じたファランは、フォローを頼むため、真剣である。
 クライフは、じっとその目を見返して、手元に持ってきていた資料を示した。
「意外との事でしたが、何をご覧になってそう思われたのですか」
「それは、作付けの事なのです」
「作付け?」
「大豆の収穫高が大幅に減っていて、グローリア領では、むしろ大豆は推奨しているので、それを意外に思ってしまって」
 思わず声が漏れたのだ。
(そう、ただ考えてみればグローリア領での大豆推奨策はお祖母様の存在あっての事で、本来この国ではあまり有用な食材ではないから、連作に難のある大豆の収穫高が落ちるのはおかしな事ではないのよ。当然のように料理に豆腐が存在していて、ダイエット中にお世話になりまくったから忘れていたけど)
 ミキの記憶をもとに豆腐を生み出す、というチートな事はしていない。マーヴェラス家にはトーリシア出身の祖母がもたらしたものがいくつかあり、豆腐もその一つだったのだ。豆腐を多用してアレンジ料理を提案しはしたが、そのものは元々あった。
 だから、忘れていた。マーヴェラス家の台所事情は、決して全貴族共通のそれではないのだと。
(大豆栽培もトーリシアから農業学者が一緒に来て広めたんだよね。結構大変だったってそういえば書いてあったよ領史まとめに)
 クライフが資料を確認して頷いている。
「なるほど。解りました。お伝えしておきます」
「良かった! お願いします!」
 自分が言えば逆効果を生み出すかもしれないので、身近な人間から伝えてもらえれば事実として伝わるだろう、と信じている。
(この方法でも圧力と受け止められたらもう我慢して気の重い部会を受け入れよう。私の行いが悪かったのだから)
 内心で懺悔のポーズをとりつつ、ファランは局長室へ向かいかけた。
「あの、グローリア領では、大豆はどのように利用するのですか?」
 が、クライフから問いかけられ、足を止める。
「ご覧になりますか?」
「え?」
「ちょうど、お昼ですし」
 珍しくきょとんとした顔で首を傾げるクライフを、ファランは笑顔で局長室へ招き入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる

syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。 原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。 初投稿です。 取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。 話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。 ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。 ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

ヤンキー乙女ゲームの主人公になる!虐め?上等!夜露死苦!

美浪
恋愛
1980年代暴走族の特攻隊長だった主人公ルナリー・ウェールズ。 生まれ変わる際に選択肢が動物か乙女ゲームの主人公しか無かった為、意味も解らず人間である乙女ゲームの主人公を選んでしまう。 舞台は近世のヨーロッパ風。実際にはゲームの中だけでしか存在しなかったボードウェン国。 音楽の才能溢れる乙女ゲームの主人公 はアリア音楽学院に入学が決定していました。 攻略対象者や悪役令嬢を振り回し今世を育ててくれた親の為にオペラ歌手を目指す!!と心に決めましたが・・・。 全く乙女に慣れないルナリーが破天荒に生きて沢山の仲間と共にこの世界で楽しく生きて生きます。 小説家になろう。カクヨムにても公開中ですm(_ _)m

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...