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第一章:まずは、スタートラインに立つために。
6.嵐の予感再び
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実は今、フランセスカは、ちょっと本家に顔を出してまいりますわ、と言って、ライネッツ領の最も古い城に向かった。
今そこにはミネルヴァやフランセスカにとって曾祖母にあたる人物が暮らしている。本来ならミネルヴァも挨拶に行きたいところなのだが、実は曾祖母は両親の結婚を未だに了承しておらず、グリッツ家を名乗っているミネルヴァの事をよく思っていないのだ。
(一日有れば着く距離に、毎年遊びに来てはお伺いを立てているけど…一度もお会いしたこと無いのよね)
実際は、生まれて直ぐの頃に会っているらしいのだが。ミネルヴァからすればそれは、曾祖母が自分を見たのであって、会った事にはならない、と考えている。
果実水を飲み終え、ふと息を吐いた主人の、その吐息の音が思いの外大きく聞こえ、リーネアッラは口を開く。
「フランセスカ様がいらっしゃらないと、何だか静かですねぇ…」
「そうね」
ミネルヴァは、リーネアッラの言葉に笑って頷く。
フランセスカは、良くも悪くも賑やかだ。
ミネルヴァが静寂を嫌わない事を解っているリーネアッラは、自身もどちらかと言えば静かなタイプだ。とはいえ、フランセスカは騒がしいわけでも五月蠅い訳でもない。ミネルヴァを気遣ってくれる心優しい主人の友人である。リーネアッラはミネルヴァと両親姉妹達の次位にフランセスカの事が好きであった。
(あの怖い癖が無ければお嬢様の次位に好きになっちゃうだろうなぁ)
時折、ミネルヴァの居ない所で、王太子やリリィへの呪詛を吐き出す呪い人形モードを発動させているのを見るとぞっとしてしまうのだが。初日以外そうした姿をミネルヴァに一切見せない点や、その呪いもミネルヴァを思っての事である点など、リーネアッラの中のフランセスカ株は絶賛高騰中だ。
互いにフランセスカを思い出しながらも、特に言葉は交わさない主従は穏やかな沈黙の中で過ごしていた。そのため、その音に直ぐに気がついた。
「これはなんのベルかしら」
「訪問者を告げるベルだと思いますが…鳴り止みませんね」
ベルの音は随分騒がしく、そしてずっと鳴り響いている。普通ならばもっと間隔を開けて静かに鳴らすものであるし、こんなに続く前に対応する人間が出るはずである。
「玄関周りには侍女長が居るはずよね?」
言いながらミネルヴァは席を立ち上がって、居室から玄関へ向かうための廊下へ続く扉へ近付こうとした。
「待ってください、お嬢様、もしかしたら賊の類かもしれません。どうか寝室に。私が様子を見て参りますので」
リーネアッラの緊張した声に、はっと立ち止まって、ミネルヴァは頷いて寝室へと踵を返した。が、直ぐに扉をノックしながら主人の状況を確認するビンスの声が聞こえた。そっとリーネアッラが扉を開けると、ビンスが困惑した顔で立っている。
「お嬢様はご無事です。何事ですか?」
「良かった。実は、玄関ベルの紐に鳥が絡まっていて」
「鳥が?」
困惑したようなビンスの言葉に、リーネアッラも困惑した声を返した。
「なにがしかの陽動かと思い此処に駆けて来たのですが、何事もないようですね」
玄関先に注意を逸らし、ミネルヴァの部屋へ何者かが侵入する。そんな想定をしたのだが、ビンスは杞憂であったと安堵の息をつく。
「その鳥は、無事なの?」
声が聞こえていたミネルヴァが、窓側をちらりと見てから扉に近付いて声をかけた。
「あ、お嬢様、まだ安全だと確認出来てないのですから寝室に入っていてくださらないと」
「でも、大丈夫そうじゃない?」
「いけませんよ、まだ陽動の可能性は消えていないのですよ」
「全然そんな気配無いから大丈夫よ。それより、鳥は無事なの? 翼が折れていたりはしないの? まだベルが鳴っているようだけど」
陽動であるならビンスが此処に到着した時点で無効化されている。ミネルヴァはそう主張したい。
「侍女長が困っていらしたので、キールが対応しているはずですが…確かに鳴り止みませんね」
「行きましょう」
「お嬢様!」
「ビンスと一緒にキールがいる所に向かうのだから、安全よ大丈夫」
キールはビンスと共にこの屋敷に来た護衛のもう一人である。確かに、ビンスとキールの居る所がこの屋敷で最大戦力にはなるが、防御力に最も優れているのは寝室だ。リーネアッラがどうするのが正しいのかもたついている間に、ミネルヴァは脇をすり抜けて廊下に出てしまう。
「さ、行きましょう?」
「あ、待ってください、お嬢様!」
リーネアッラは慌てて主人の後を追うことになった。
今そこにはミネルヴァやフランセスカにとって曾祖母にあたる人物が暮らしている。本来ならミネルヴァも挨拶に行きたいところなのだが、実は曾祖母は両親の結婚を未だに了承しておらず、グリッツ家を名乗っているミネルヴァの事をよく思っていないのだ。
(一日有れば着く距離に、毎年遊びに来てはお伺いを立てているけど…一度もお会いしたこと無いのよね)
実際は、生まれて直ぐの頃に会っているらしいのだが。ミネルヴァからすればそれは、曾祖母が自分を見たのであって、会った事にはならない、と考えている。
果実水を飲み終え、ふと息を吐いた主人の、その吐息の音が思いの外大きく聞こえ、リーネアッラは口を開く。
「フランセスカ様がいらっしゃらないと、何だか静かですねぇ…」
「そうね」
ミネルヴァは、リーネアッラの言葉に笑って頷く。
フランセスカは、良くも悪くも賑やかだ。
ミネルヴァが静寂を嫌わない事を解っているリーネアッラは、自身もどちらかと言えば静かなタイプだ。とはいえ、フランセスカは騒がしいわけでも五月蠅い訳でもない。ミネルヴァを気遣ってくれる心優しい主人の友人である。リーネアッラはミネルヴァと両親姉妹達の次位にフランセスカの事が好きであった。
(あの怖い癖が無ければお嬢様の次位に好きになっちゃうだろうなぁ)
時折、ミネルヴァの居ない所で、王太子やリリィへの呪詛を吐き出す呪い人形モードを発動させているのを見るとぞっとしてしまうのだが。初日以外そうした姿をミネルヴァに一切見せない点や、その呪いもミネルヴァを思っての事である点など、リーネアッラの中のフランセスカ株は絶賛高騰中だ。
互いにフランセスカを思い出しながらも、特に言葉は交わさない主従は穏やかな沈黙の中で過ごしていた。そのため、その音に直ぐに気がついた。
「これはなんのベルかしら」
「訪問者を告げるベルだと思いますが…鳴り止みませんね」
ベルの音は随分騒がしく、そしてずっと鳴り響いている。普通ならばもっと間隔を開けて静かに鳴らすものであるし、こんなに続く前に対応する人間が出るはずである。
「玄関周りには侍女長が居るはずよね?」
言いながらミネルヴァは席を立ち上がって、居室から玄関へ向かうための廊下へ続く扉へ近付こうとした。
「待ってください、お嬢様、もしかしたら賊の類かもしれません。どうか寝室に。私が様子を見て参りますので」
リーネアッラの緊張した声に、はっと立ち止まって、ミネルヴァは頷いて寝室へと踵を返した。が、直ぐに扉をノックしながら主人の状況を確認するビンスの声が聞こえた。そっとリーネアッラが扉を開けると、ビンスが困惑した顔で立っている。
「お嬢様はご無事です。何事ですか?」
「良かった。実は、玄関ベルの紐に鳥が絡まっていて」
「鳥が?」
困惑したようなビンスの言葉に、リーネアッラも困惑した声を返した。
「なにがしかの陽動かと思い此処に駆けて来たのですが、何事もないようですね」
玄関先に注意を逸らし、ミネルヴァの部屋へ何者かが侵入する。そんな想定をしたのだが、ビンスは杞憂であったと安堵の息をつく。
「その鳥は、無事なの?」
声が聞こえていたミネルヴァが、窓側をちらりと見てから扉に近付いて声をかけた。
「あ、お嬢様、まだ安全だと確認出来てないのですから寝室に入っていてくださらないと」
「でも、大丈夫そうじゃない?」
「いけませんよ、まだ陽動の可能性は消えていないのですよ」
「全然そんな気配無いから大丈夫よ。それより、鳥は無事なの? 翼が折れていたりはしないの? まだベルが鳴っているようだけど」
陽動であるならビンスが此処に到着した時点で無効化されている。ミネルヴァはそう主張したい。
「侍女長が困っていらしたので、キールが対応しているはずですが…確かに鳴り止みませんね」
「行きましょう」
「お嬢様!」
「ビンスと一緒にキールがいる所に向かうのだから、安全よ大丈夫」
キールはビンスと共にこの屋敷に来た護衛のもう一人である。確かに、ビンスとキールの居る所がこの屋敷で最大戦力にはなるが、防御力に最も優れているのは寝室だ。リーネアッラがどうするのが正しいのかもたついている間に、ミネルヴァは脇をすり抜けて廊下に出てしまう。
「さ、行きましょう?」
「あ、待ってください、お嬢様!」
リーネアッラは慌てて主人の後を追うことになった。
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