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9.燦々と眩しい
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半年前とさほど変わらぬ姿の春陽の後ろに、初めて見る姿を見て、少なからぬ数の犬狼族が驚いた。
彼等が知る虎猫族とえば、花嫁の伴をしてやって来た者達と、花嫁自身だけだ。だが、春陽を支えるように傍らに立つ虎猫族の族長は、犬狼族にまったく劣らぬ体格をしている。
「直接お目にかかるのは初めてですね」
「ええ…お父上から聞いてはいましたが、真に先代によく似ておられる」
族長としての挨拶を終えた爪刃は、春陽に面差しが似ているが、僅かに体格の良い、こちらを睨んでいるのかというほど真剣に見ている海春に笑みを返した。驚いたような怒ったような顔で視線を逸らされて、しかたがないかと苦笑する。己が最後まで氷冴尾の嫁入りを反対したように、犬狼族側で最後まで反対していたのが彼だというのは、春陽から聞いていた。
「そう言えば、氷冴尾は」
爪刃の一言に、場の空気が凍りついた。かのように感じられ、戸惑い瞬く。
「声をおかけしに離れに行ったのですが、いらっしゃらなくて…」
族長の視線を受けた女中が、おずおずと答えた。
「いない?」
「離れ?」
爪刃が首を傾げると、違う事が引っかかったらしく春陽も疑問の声を上げた。
「離れとういうのは何処に?」
その反応から場所を知っているのだろうと思った爪刃は春陽に問いかけた。
「あの角を曲がれば見えます」
春陽に言われ、示された角を曲がった所から眺めれば、確かに離れらしい建物が見えた。
「なるほど」
そして、氷冴尾が何処でどうしているのかも解った。
「ご迷惑をおかけしてすみません。呼んで来ます」
不思議そうにする犬狼族の面々にそう言って、爪刃は軽く駆けて離れ近くの木へ向かい、登った。
「?」
木が揺れたような気がして、氷冴尾は目を開けた。そこで初めて自分が寝てしまっていた事に気付く。
「出迎えてもしてくれないのか?」
「…なんだ、もう来たのか」
懐かしい声に、思わず振り向きかけたが、氷冴尾はわざと反対を向いて答えた。
「来たよ」
「ふぅん」
氷冴尾と爪刃が会話をしながら木の上に立っているのを、多くの犬狼族の面々がはらはらしながら見上げていた。唯一落ち着いてその様子を見ていたのは、虎猫の里で彼らが当然のように木へ登るのを見ていた春陽だけだ。
「ひっ!」
「危ない!」
「大丈夫です」
落ちたように見える木の降り方に、悲鳴が上がるのを、宥めて、春陽は数歩前に出た。何事もなく着地し、こちらに手を挙げる爪刃に応えて、横に並ぶ小柄な氷冴尾を見る。犬狼族では見かけない白い毛並みが陽に燦いている。
嬉しそうに春陽を見ている従兄から視線を移せば、柔らかな笑顔と目が合う。氷冴尾は、目を伏せるようにして逸らしながら、本当に似合いだと思った。彼等の間に産まれる子の未来さえ明るく見えるようだ。
「初めまして」
「どうも」
近付いて、そっけない挨拶を返した氷冴尾の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、爪刃は族長に向けて謝った。
「どうやら木の上で寝こけていたようで。本当に、しようのない奴で、いつもわがままばかり言ってご迷惑をおかけしているのでしょう」
「いやわがままなど。こちらこそ、春陽をいつも細かに気遣っていただいているようで」
「我嬬ですから」
爪刃が族長と話し始めたため、小言めいた非難にも大人しく口を閉じた氷冴尾は、春陽の視線が自分に向いているのに気付いてちらとそちらを窺った。
「…何?」
「あの、髪に触れても良いですか?」
「は…別に、良いけど」
何が楽しいのか、春陽は氷冴尾の髪を梳くように撫でる。
「綺麗ですね。爪刃さんからよくお話を聞いていたんです」
「へぇ…じゃあ俺も爪兄の話でもしようか」
「本当ですか?」
「駄目だ」
春陽がぱっと明るく笑ったので、氷冴尾は冗談のつもりだったが、本当に話しても良いかも知れないと思ったのだが、背後から笑顔ではあるが笑っていない爪刃に首根っこを掴まれた。
「俺の事はあれこれ話したんだろう」
「お前、どうせ悪口を吹き込む気だろう」
「さぁ?」
母屋に向かって歩き始めた流れに乗りかけて、氷冴尾はそっと春陽に爪刃が帰ったら話すと言って立ち止まる。離れに戻るためだ。
「氷冴尾?」
「積もる話もあるだろう。俺は特に無いし、離れにいる」
「たく、お前は」
呆れ顔の爪刃に背を向けて、尾のひと振りで応えて歩き出す。
「あれはいつもあんな風に?」
爪刃から族長への問いかけは、
「離れに一人でいるのが好きなようで、滅多に出ては来ませんよ」
と、海春が答えた。
「そうですか」
離れの中に入り、扉を閉めて、氷冴尾は息を吐く。久しぶりに会った従兄は相変わらずだった。その嬬となった春陽の事は、初めて会ったがすぐに解った気がする。貴冬の話に聞いた通りで、爪刃の手紙で読んだ通りだ。
(優しい奴は皆そうだな)
氷冴尾は、自分の白い髪を摘み上げて、じっと見つめる。
爪刃は、この色の事を春陽に話しただろうか。
白は、虎猫族にとっては少し意味の有る色だ。氷冴尾の母がそうであったように、白毛に金目銀目が揃うと、病弱な質になる事が多い。
両目ともに銀目、青の氷冴尾は特別病弱ではないが、少なくとも族長を継ぐ者が代々持ち合わせていた大柄な体格は持っていない。そもそも族長である父と病弱な母の婚姻はあまり里に歓迎されてもいなかった。更に、氷冴尾が白く産まれつき、病弱な母は次子を望めなかった事が災いして、幼い頃から氷冴尾は族長の子供として相応しくないと言われ続けていた。
幼い時に両親と死別し、父の思い出もさほどないせいか、氷冴尾は族長になりたいと思ったことはない。むしろ何故さっさと爪刃が継ぐと決めないのか、不思議だった。長男の長男である自分がいるせいだと知ってからは、里からいなくなる方法をよく考えた。そして、里の役に立つ上に爪刃を族長にする理由も立つ、今回の婚姻の話である。
(もっと、平気そうにしていれば良いのか?)
爪刃が思っているほど、氷冴尾は里を出た事も、今の状況も気にしていない。それを、伝える方法が思いつかないだけだ。
(あ…)
伝える方法を考える内に忘れていた事を思い出し、氷冴尾は寝間へ向かった。
彼等が知る虎猫族とえば、花嫁の伴をしてやって来た者達と、花嫁自身だけだ。だが、春陽を支えるように傍らに立つ虎猫族の族長は、犬狼族にまったく劣らぬ体格をしている。
「直接お目にかかるのは初めてですね」
「ええ…お父上から聞いてはいましたが、真に先代によく似ておられる」
族長としての挨拶を終えた爪刃は、春陽に面差しが似ているが、僅かに体格の良い、こちらを睨んでいるのかというほど真剣に見ている海春に笑みを返した。驚いたような怒ったような顔で視線を逸らされて、しかたがないかと苦笑する。己が最後まで氷冴尾の嫁入りを反対したように、犬狼族側で最後まで反対していたのが彼だというのは、春陽から聞いていた。
「そう言えば、氷冴尾は」
爪刃の一言に、場の空気が凍りついた。かのように感じられ、戸惑い瞬く。
「声をおかけしに離れに行ったのですが、いらっしゃらなくて…」
族長の視線を受けた女中が、おずおずと答えた。
「いない?」
「離れ?」
爪刃が首を傾げると、違う事が引っかかったらしく春陽も疑問の声を上げた。
「離れとういうのは何処に?」
その反応から場所を知っているのだろうと思った爪刃は春陽に問いかけた。
「あの角を曲がれば見えます」
春陽に言われ、示された角を曲がった所から眺めれば、確かに離れらしい建物が見えた。
「なるほど」
そして、氷冴尾が何処でどうしているのかも解った。
「ご迷惑をおかけしてすみません。呼んで来ます」
不思議そうにする犬狼族の面々にそう言って、爪刃は軽く駆けて離れ近くの木へ向かい、登った。
「?」
木が揺れたような気がして、氷冴尾は目を開けた。そこで初めて自分が寝てしまっていた事に気付く。
「出迎えてもしてくれないのか?」
「…なんだ、もう来たのか」
懐かしい声に、思わず振り向きかけたが、氷冴尾はわざと反対を向いて答えた。
「来たよ」
「ふぅん」
氷冴尾と爪刃が会話をしながら木の上に立っているのを、多くの犬狼族の面々がはらはらしながら見上げていた。唯一落ち着いてその様子を見ていたのは、虎猫の里で彼らが当然のように木へ登るのを見ていた春陽だけだ。
「ひっ!」
「危ない!」
「大丈夫です」
落ちたように見える木の降り方に、悲鳴が上がるのを、宥めて、春陽は数歩前に出た。何事もなく着地し、こちらに手を挙げる爪刃に応えて、横に並ぶ小柄な氷冴尾を見る。犬狼族では見かけない白い毛並みが陽に燦いている。
嬉しそうに春陽を見ている従兄から視線を移せば、柔らかな笑顔と目が合う。氷冴尾は、目を伏せるようにして逸らしながら、本当に似合いだと思った。彼等の間に産まれる子の未来さえ明るく見えるようだ。
「初めまして」
「どうも」
近付いて、そっけない挨拶を返した氷冴尾の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、爪刃は族長に向けて謝った。
「どうやら木の上で寝こけていたようで。本当に、しようのない奴で、いつもわがままばかり言ってご迷惑をおかけしているのでしょう」
「いやわがままなど。こちらこそ、春陽をいつも細かに気遣っていただいているようで」
「我嬬ですから」
爪刃が族長と話し始めたため、小言めいた非難にも大人しく口を閉じた氷冴尾は、春陽の視線が自分に向いているのに気付いてちらとそちらを窺った。
「…何?」
「あの、髪に触れても良いですか?」
「は…別に、良いけど」
何が楽しいのか、春陽は氷冴尾の髪を梳くように撫でる。
「綺麗ですね。爪刃さんからよくお話を聞いていたんです」
「へぇ…じゃあ俺も爪兄の話でもしようか」
「本当ですか?」
「駄目だ」
春陽がぱっと明るく笑ったので、氷冴尾は冗談のつもりだったが、本当に話しても良いかも知れないと思ったのだが、背後から笑顔ではあるが笑っていない爪刃に首根っこを掴まれた。
「俺の事はあれこれ話したんだろう」
「お前、どうせ悪口を吹き込む気だろう」
「さぁ?」
母屋に向かって歩き始めた流れに乗りかけて、氷冴尾はそっと春陽に爪刃が帰ったら話すと言って立ち止まる。離れに戻るためだ。
「氷冴尾?」
「積もる話もあるだろう。俺は特に無いし、離れにいる」
「たく、お前は」
呆れ顔の爪刃に背を向けて、尾のひと振りで応えて歩き出す。
「あれはいつもあんな風に?」
爪刃から族長への問いかけは、
「離れに一人でいるのが好きなようで、滅多に出ては来ませんよ」
と、海春が答えた。
「そうですか」
離れの中に入り、扉を閉めて、氷冴尾は息を吐く。久しぶりに会った従兄は相変わらずだった。その嬬となった春陽の事は、初めて会ったがすぐに解った気がする。貴冬の話に聞いた通りで、爪刃の手紙で読んだ通りだ。
(優しい奴は皆そうだな)
氷冴尾は、自分の白い髪を摘み上げて、じっと見つめる。
爪刃は、この色の事を春陽に話しただろうか。
白は、虎猫族にとっては少し意味の有る色だ。氷冴尾の母がそうであったように、白毛に金目銀目が揃うと、病弱な質になる事が多い。
両目ともに銀目、青の氷冴尾は特別病弱ではないが、少なくとも族長を継ぐ者が代々持ち合わせていた大柄な体格は持っていない。そもそも族長である父と病弱な母の婚姻はあまり里に歓迎されてもいなかった。更に、氷冴尾が白く産まれつき、病弱な母は次子を望めなかった事が災いして、幼い頃から氷冴尾は族長の子供として相応しくないと言われ続けていた。
幼い時に両親と死別し、父の思い出もさほどないせいか、氷冴尾は族長になりたいと思ったことはない。むしろ何故さっさと爪刃が継ぐと決めないのか、不思議だった。長男の長男である自分がいるせいだと知ってからは、里からいなくなる方法をよく考えた。そして、里の役に立つ上に爪刃を族長にする理由も立つ、今回の婚姻の話である。
(もっと、平気そうにしていれば良いのか?)
爪刃が思っているほど、氷冴尾は里を出た事も、今の状況も気にしていない。それを、伝える方法が思いつかないだけだ。
(あ…)
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